Call me
-5-



ロビンとともに宿に戻ると、ナミは不景気そうな顔でそろばんを弾いていた。
「ダメ、食費だけで予算オーバーしちゃう。ルフィ、どこでもいいから冒険に出てってよ」
いつもなら、厄介ごとを引き込むからとルフィの暴走を止める側に回るというのに、よほど切実なのだろう。
「いいのかよ、トラブルメーカーを解き放って」
心配性のウソップに、ナミは面倒臭そうに返した。
「どうせあちこち、お宝探しの海賊だらけなんだから、構わないわ」
「お宝が見つかんねえから、やさぐれてんな」
雨音に合わせ、フランキーがポロンとギターを爪弾く。
「せめて、安い食材でもうまくやりくりできる腕のいいコックさんがいてくれるといいんですがねェ」
「そうだ、やっぱり幽霊コック誘おうぜ」
「フライパン持てないって言ってんでしょうが!」

話が堂々巡りしそうなところで、ロビンが前に進み出た。
「その幽霊のことなのだけれど、過去の資料の中にジェルマ66の写真があったの。持ち出し禁止だったからこの目で見ただけだけれど、あの幽霊さんと似ていたわ」
「――――それって」
ナミがぴょこんと首を擡げて、ロビンを振り返る。
「じゃあやっぱり、あの幽霊はジェルマ由来のお宝?」
「もしかして、科学の力で現代まで生き残ってるとか」
「いや死んでるだろ、幽霊だ」
「そこが科学の力でさあ」

ああだこうだと盛り上がる仲間を前にして、ナミは肩をすくめて見せた。
「どちらにしろ、科学の力じゃ即現金とは行きそうにないわ。あるかないかわからないお宝なんて諦めて、なるべく慎ましく暮らしてログが溜まるのをひたすら待ちましょう」
「ええー」
「冒険はー、お宝は―」
「ナミがお宝諦めるなんて、熱でもあんじゃねえか」
仲間たちのブーイングを一蹴し、「うっさいわね」と語気を強める。
「だいたい、もしあの幽霊がジェルマ関係者だったとしても、観光パンフレットに載るような幽霊よ?超メジャーよ?しかも希少性なしよ?もっと早く、誰かしらがその関係に気づいててもおかしくないでしょ?百何十年経ってるんだから!」
なるほど…と誰もが思った。
確かに、そう言われればそうだ。

「珍しくもなくて無害で、百何十年もふらふらしてる幽霊に今更お宝なんてオプションついてるはずないのよ。今日だって、行けば会えるんでしょ?っていうか、もしかしてゾロ、もう会ってきた?」
突然話を振られ、ゾロは渋面を作る。
「その顔じゃ会ってきたのね…なによ、毎日会ってるの?あの、同じようなことしか喋らない彼に」
「同じようなことばかりじゃ、ねえぞ」
ゾロはかねがね思っていた疑問を口にした。

「少なくとも、俺があいつに会ってるときあんな風に同じことばっかり喋ってねえぞ。ただ、今日会った時は前とちょっと違ってはいたが」
「ちょっと違うって、どんな風に?」
ロビンに問われ、しばし考える。
「最初に会った時と昨日とは最初からあいつと話せたが、今日は最初の内ずっとあいつは海を見ながら独り言を呟いていた」
「ゾロが来たことに気付かなかったってこと?」
「ああ、雨が降ってたから音が聞こえなかったのか、気配に気付かなかったのか―――」
「幽霊に雨は関係ねえもんな、雨粒だって素通りだろ」
「冷たい雨は骨身に沁みますが、濡れることすら叶わないのは切ないですヨホホ〜」
雨煙で霞む男の姿はいつもより儚く見えた。
その光景を思い浮かべると、なぜか苛立つ。

「ちょっと違うというのは、今日はゾロが来たことに気付かなかったということかしら」
改めて確認されると、自意識が過剰なだけという気がしなくもない。
が、ゾロはなんとなく「変だ」と思ったのだ。

「日がな一日海を眺めて独り言を呟くだけの毎日だろうが。誰かが近付いてきたなら暇つぶしに相手しようとか、思うもんじゃねえのか」
「ゾロなら、相手かまわず勝負挑みそうだな」
「弱い奴に喧嘩吹っかけねえだろ、ゾロなら」
軽口を叩きつつ、うーんとウソップが首をひねる。
「一昨日と昨日と、今日とでなんか違うことねえのか?」
「雨が降ってる」
「まあ、それも違うけどよ」
「昨日は、私たちを引き連れて行ったから賑やかだったわね」
「でも、私たちがあの丘の上にたどり着いた時、彼はずっと遠くを眺めてたわ」
「そうだな、俺たちが見つけた時も海を見てた」
「ゾロが声をかけるまで、そっぽ向いてたよな」
チョッパーのつぶらな瞳を見返し、ゾロは頷いた。
「ああ、俺が声をかけるまで―――」
そこまで言って、ふと顎を擦る手を止める。
「俺が、声をかける…」

彼と出会った時のことが、脳裏によみがえる。
「なにをしてんだ」と、自分は言った。
声を、かけた。

「そうか」
「ん?なに」
「なんかわかったのか?」
皆の注目を浴びながら、ゾロは一人小さく頷く。
「多分そうだ。あいつ、俺が言った通りのことをする」
「え」
「俺じゃなくてもいいのかもしれん、誰かが言った通りのことをする。呼びかければ気付く、尋ねれば答える、降りてこいと言えば降りてくる」
そうだ、そうかと急に頭がクリアになった。
「だが、ついて来い、一緒に船に乗れと言うとできねえんだ。できねえから、消えるんだ」
「やだ、そんなことまで言ったの?っていうか、そこまで進展してるの。やだー」
「なに言ってんだよナミ」
「俺も、あいつがコックになるの賛成だぞ」
「だから幽霊なんだっての」

ところどころ混ぜ返しながらも、一つの結論に落ち着いた。
おそらく、幽霊は相手が言ったことには反応できる。
だが自分からはアクションが起こせない。

「そっかー、だからあれが噂の幽霊ね〜って眺めてる分には、ただ独りごとを呟くだけの存在だったんだ」
「ゾロが『なにしてる』とか『降りてこい』とか言ったから、反応できたんだな」
「でも、だからってそのまま憑いては来れないのよね。物も持てないしい、あの場所から移動もできない」
「話すことも、制限されているのではないかしら。途中で壊れたレコードみたいに、同じことを繰り返すようになったでしょう。核心に迫る部分…例えばお宝に関することなどは、タブーになっているとか」
「そう、そうよねお宝!」
話が「お宝」に戻って、ナミの目が輝きを取り戻す。

「逆に考えれば、それほど慎重に守り続けられたお宝の鍵を彼が握っているってことかもしれないわ!ちょっと、どうにかしましょう!」
「それで、どうにかしようって話になってたんだよな」
「すげえ遠回りしたけど、あいつ仲間にするって話だよな」
「なんでそうなるのよ」
「結果的に、そうなるんだ」
ししし、と満足そうに笑うルフィを睨んでから、ナミは嘆息する。

「まあいいわ、結果的にコックが仲間になってくれるに越したことないもの。料理はできなくてもアドバイスぐらいしてくれるとすごく助かるし、そのためにはまず彼が自由に話せるようにしないとだめなのよね。お宝のありかも含めて」
「でもどうすりゃいいんだ?当人は話せないとなると…」
「街の人に聞き込みするしかないんじゃない?図書館の資料はロビンが調べてくれたんだし」
「古老に話を聞くにも、伝聞にしかならない年月ね」
「それでも何か手がかりがあるかもしれねえ。どっちにしたって滞在してる間暇なんだから、やろうぜ」
「そうと決まったら、さっそく聞き込みだ!」
おう!と応えて早速飛び出しかけたルフィの襟首をつかみ、ナミはてきぱきと采配する。
「あんまり分裂しても後が面倒だわ、ルフィとチョッパーは私と来て。ゾロはウソップ、ロビンはフランキーとブルックとで組んで、三手に分かれましょう。そろそろ雨も上がることだし」
「了解!」
手掛かりを求めて宿から出る頃には、ナミが予想した通り雨は止んでいた。







聞き込みなどゾロの性には合わないので、ウソップに任せてブラブラと付いていく。
島中に海賊や観光客があふれていて、それぞれが宝を探して右往左往していた。
島民も慣れたもので、聞かれたことに明快に答え、または親切に案内などしてくれる。

「ジェルマってえのはおっかないってことしか、聞いたことねえなア」
「丘の上の幽霊とジェルマって関係あるのかな」
「さあ、聞いたことねえよ」
ジェルマについては、世間話程度にしか情報が得られない。
「じゃあ、丘の上の幽霊はいつごろかいるとか知ってる?」
「うーん、それも俺らが生まれる前から…親父がガキん時からいたって話だし」
「赫足の呪いってのはなんだ?」
「ああ、それはあの幽霊の養い親のことだ。昔、“赫足のゼフ”って海賊がいたんだよ」

曰く、あの幽霊の恩人であり勤めていたレストランのオーナーでもあったらしい。
ゼフの夢がオールブルーだった。
恩人の夢を引き継ぎ、幽霊は死した後もオールブルーの夢を追い続け、語り続けているとのことだ。

「ここに縛られてるから、夢の海を探しに旅立てないってことか」
「そうさ、そう考えると気の毒な話でな」
「それで“赫足の呪い”かあ」
幽霊をこの地に縛っているのは赫足の夢のせいなのか、はたまたジェルマが関係しているのか。
どうすればあの幽霊を自由にしてやれるのか、なにもかもがわからないことだらけだ。

教えてくれた島民たちに礼を言い、ウソップはゾロがはぐれないよう見張りながら取り決めた待ち合わせの場所へと向かう。
「島の人も言ってたが、考えてみりゃ気の毒なことだ。夢を追うのは男のロマンだし恩義は忘れちゃいけねえけど、死んでまでそれに縛られるのは当の赫足だって、望んでねえんじゃねえかな」
「夢―――――」
ふっと、男の言葉が脳裏によみがえる。

―――――お前の夢は、なんだ?

俺の夢。
俺の、夢は―――

「おい、お前の夢はなんだ?」
「はあ、なんだ藪から棒に」
ウソップはどんぐり眼を瞬かせて、ゾロを見やる。
「そんなの決まってっだろ。そのためにもきっちりお宝GETして、また海へ漕ぎ出すぞ」
「――――・・・」
意気揚々と歩くウソップとすれ違うように、こちらもまたお宝の手掛かりを求め仲間と話しながら通り過ぎていく海賊を見送った。
なにか妙だ、とゾロは思った。







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