Call me
-3-



ゾロが幽霊の元に案内…――――という考えは、仲間達にはさらさらなかった。
むしろ、幽霊の名所までいかにしてゾロを逸れさせずに連行するかに苦心している。

「お、あれだ」
最後は両サイドから腰ひもを握られての引っ立てられぶりで、ゾロは無事仲間達と共に丘の上にたどり着いた。
連れられてきたというのに、ゾロはどこか誇らしげに顎をしゃくる。
「樹の真上に、野郎が一人座ってっだろ」
「あ、ほんとだ」
「見えるわ、確かに」
「ほんとに?いま、真昼間なのに?」
「みんなに見えるな、ほんとに幽霊なのか?」

半信半疑で立ち止まるチョッパーを追い越して、ゾロは樹を見上げた。
「おい、降りて来い!」
梢に腰かけたまま遠くを眺めていた横顔が、ゾロの呼びかけに応じてゆっくりと首を傾ける。
目が合った途端、破顔した。

「おいおいなんだ、大勢連れて」
男は腰を上げると、するすると見えない階段でも降りるように宙を下った。
ゾロの横に立つナミに目をやり、うひゃっと小さく奇声を発する。

「なんってことだ、こんな麗しいレディが存在するなんて。君こそまさに、地上に舞い降りた美の天使!」
「実際に降りて来たのあなただけど」
男のテンションに苦笑しながら、ナミは頭のてっぺんからつま先までを無遠慮に眺める。
「驚いた。本当に普通に話してるわね」
「もちろんだよ、君と出会えたのも運命だ!」
ナミの前で両手を組んでクナクナと身をくねらせていた男は、その背後に立つロビンにもはっと視線を定めた。
「なんてことだ、美の女神がもう一人―っ!」
両手を合わせて身をくねらせ始めた男に微笑し、ロビンは右手を差し出した。
「初めまして」
「初めまして、麗しきレディ」
男は恭しく身をかがめ、そっとロビンの手に己の手を添える。
触れた感触はなく、ロビンが手を動かすと男の白い甲をすり抜けた。
「あー、やっぱり幽霊だ」
「触れねえんだ」

ルフィは無遠慮に手を伸ばして、男の身体をぐるぐる巻きにした。
が、自分の手が結ばれただけだ。
「すげえな、本物の幽霊だァ」
「ヨホホ〜恐ろしい」
ビジュアル的に数倍恐ろしげなブルックが、震え上がっている。
男の視線はナミとロビンを交互に見比べるばかりで、周りを取り囲む男たちには目もくれない。

「なんて豊かなプロポーション、ダイナミックかつスレンダーでキュート&ビューティフォッ&ワンダホーッ」
「あほか」
ゾロがケッと声を出すと、憤怒の形相で振り返る。
「うるせえ、まだいたのかあほ緑」
「あほはお前だエロコック」
「はァ?この腐れ腹巻野郎がァ」

観光名所にも記載されているような、ミステリアスな存在であるはずの幽霊男がずいぶんと人間臭く騒がしい。
「ねーえ、あなたこの島のお宝伝説のこと知ってる?」
「はァい」
男は目をハートにして鼻の下を伸ばしながら振り向くと、身をくねくねさせた。
「もちろんだよぉ、君はオールブルーって知ってるかい?」
逆に質問された。
ナミは少しむっとして眉間に皺を寄せる。
「おとぎ話で、聞いたことあるわ」
「だよねー俺もそうさ、小さいころに本で読んで知ったんだ。でもこの広い世界のどこかに、必ずあるって信じている」
東の海・西の海・北の海・南の海―――この四つの海に棲んでいる魚が全種類集まる場所、それがオールブルー―――
「いつか、その海で思う存分料理をするのが俺の夢だ!」
男は、眼下に広がる水平線を見やって夢見るように語った。
憧れとロマンに満ちた熱弁を、ナミが容赦なく遮る。
「あなたの夢はわかったから、私の質問に答えて。この島のお宝について、知っていることはなに?」
「俺は昔、バラティエってえレストランで副料理長をしていてね」
話が噛み合わない。
確かにナミを見て、笑顔で会話を交わしているはずなのにはぐらかされる。

「料理長は赫足のゼフってえ、クソじじいだった。何かってェと蹴られ怒鳴られ、扱き使われたよ」
「だから、あなたの話はいいからこの島の宝の話を―――」
「乱暴なジジイだったけど、腕はピカ一でさ。食いてえ奴には食わせてやるって」
「ちょっと!」
ナミが声を荒げても、男の話は止まらなかった。

バラティエでの生活、荒くれコックどもの日常、大きな魚の形をしたレストラン、どこかにあるはずの夢の海、オールブルー。
男の話は行きつ戻りつし、何度か同じことを語る。
最初は苛立っていたナミも、戸惑いを見せ始めた。
「ちょっと、これってどういうこと?」
「これが、パンフレットに載っていた独り言?」
ロビンはパンフレットに目を落とし、簡単な紹介分を読み直す。
「赫足の呪い…かしら」

「おい、お前コックなんだろ?」
唐突なルフィの言葉に、男ははっとして顔を向けた。
「ああそうだ、俺は海のコックだ」
「ちょうどいい、うちの船にはまだコックがいねえんだ。お前、俺のコックになれ」
「ちょっとルフィ!」
ナミが服の裾を引っ張るのも、意に介さない。
「俺は肉が好きだ!」
「幽霊勧誘してどうするのよ、フライパン持てないでしょ!」
「あーやっぱりフライパン、持てないですかね」
「そもそも、うちは海賊船だぞ」

『海賊』の言葉に、男は不適な笑みを浮かべた。
「海賊がなんだってんだ、なんせ俺は海賊に育てられたコックだぞ」
ところどころで、会話が成立している。
「いったいなんなの?」
呆れるナミの前に進み出て、ルフィはししっと笑った。
「だったら決まりだ、行こう!俺たちと一緒に!」
その身に触れることはできないから、両手を広げて歓迎の意を示す。
男は困ったように笑みを浮かべ、その場に佇んだ。

ゆっくりと、その姿が薄れていく。
「――――えっ」
瞬きする度に影が薄れ、やがてそこには誰もいなくなった。

「消えた?」
「え?え?」
驚く仲間たちを尻目に、ゾロは頭の後ろで手を組んで息を吐く。
「こないだも、こんな風だった。しゃべるだけしゃべって、勝手に消えやがるんだ」
「幽霊、ですものね」
妙に納得した様子のロビンは、樹の上へと視線を移す。
消えた幽霊の姿は、そこにもなかった。








「いったい、なんだったんだろうなあ」
「訳わかんえねとこが、幽霊なんだろ」
「あれはいわゆる地縛霊…でしょうかねえ、恐ろしぃ…」
昼間に見た幽霊の生々しさを肴に、街の食堂で夕食を摂る。
ルフィを筆頭に大食い揃いなので、食事代だけでバカにならない。

「あーもう、あんたたちの食費を捻出するためにも絶対お宝、GETするわよ!」
「いいコックが見つかったと、思ったんだけどなあ」
「最初から幽霊だっつってんでしょうが!諦めなさい」
「フライパン握れねえんじゃ、しょうがないよ」
「問題はそこか」
「そこだな」
堂々巡りの話題に盛り上がり、誰ともなくため息を吐いた。
「結局、パンフレットに書いてあった通りの無害な幽霊か」
「物珍しいけれど、途中で飽きられるみたいね」
ロビンの容赦ない評価に、ゾロは一人眉間の皺を深くする。
「赫足の呪いにかかった幽霊―――彼の言葉の中にも出てきたわ。赫足なる人物と一緒に働いていたと」
「クソじじいがどうとか、言ってたな」
「それと、オールブルーのおとぎ話」
「同じ話を繰り返す、それが呪いなのかしら」
「独り言?海を見つめてぶつぶつ言ってるって…でも、俺らとは確かに話したよな」
途中までは、会話が成立していたのだ。

小首をかしげるロビンの横で、ゾロは緩く首を振った。
「昨日、俺と話していた時はあんなんじゃなかったぞ」
「なんだ、もうちょっと普通に話せたのか」
「時々訳わからねえことを呟いちゃいたが―――結局、途中で消えたのは同じだ」
「じゃあ、やっぱりただの幽霊じゃねえか」
「しゃべって消える幽霊かあ」
「無害ですヨホホ〜怖いけど」

ナミは一気に酒を煽り、どんとジョッキを置いた。
「ともかく、あの幽霊にはお宝の情報はなーんにもないことがわかったわ。無駄足だったってわけ、明日からまた海沿いを捜索よ!」
「おうっ!」
「冒険だ―――っ」
ログが溜まる間、暇を持て余すこともなく「宝探し」の名目で自由に動き回れるのを、ルフィたちは純粋に喜んでいる。
島の名所めぐりのつもりで幽霊と会えたから、それで良しとするのだろう。

釈然としない面持ちで顎をさするゾロの横で、ロビンはパンフレットを折りたたんだ。
「明日、私だけ別行動をしていいかしら。調べ物をしたいの」
「もちろんよロビン、成果を期待してるわ!」
「じゃあ、俺も島の裏側に冒険―――」
「あんたはダメ!」
ルフィの頬をつねると、むにょ〜んと伸びる。
酒に酔った仲間たちは馬鹿笑いをし、宝探しで浮かれるほかの海賊たちとともに賑やかな宴の夜は更けていった。





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