Call me
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「おー、待たせたなー」
ルフィと共にバウンと弾んで着地したのは、小高い丘にあるレストランだった。
そこそこ値が貼りそうなエントランスに、ナミ達が小洒落た格好で待ち構えている。
「もう、どこ行ってたのよゾロ!」
「良く見つけたわね、ルフィ」
「間に合ってよかったな、これからだぞ90分間食べ放題」
「飲み放題も付いてんのか」
ルフィに揺られて頭がグラグラするが、ゾロは肩に付いた枝葉を払い落とす。
「髪にも、葉っぱが付いてるよ」
チョッパーが手を伸ばすのに、届くようにゾロの方がしゃがんだ。
「やっぱり山、登ってたのか」
「どう?山の上から見てお宝がありそうなとこ、あった?」
「どこもかしこも、トレジャーハンターだらけだよな」

宝探しの島として大々的に売り出しているせいで、人知れず眠る場所などもうどこにも残っていなさそうだ。
「その、宝のことだが。具体的にどんな宝なんだ」
ゾロが今さらな質問を口にした時、スタッフがレストランの扉を開けた。

「ご予約のお客様、お待たせいたしました」
「いーやっほ〜」
「さあ、食うぞう」
意気揚々と店内へ進む仲間達の中で、質問への答えはしばしお預けとなった。





「お宝がなにかって言われても、観光パンフレットに載ってる程度の知識しかないんだけど…ロビンは図書館で調べてくれたのよね」
「ええ、これがお宝伝説のもとになっているのかは定かではないけど、そう遠くはない昔。今から120年ほど前に、当時悪名高かった『ジェルマ66』がこの島に立ち寄ったとの記録があるわ」
「ジェルマ66?」
ナミはピンと来ていなかったが、その名を聞きつけてブルックが振り返った。
「私は存じております、当時の科学の最先端…いえ、もしかしたら現在でもその先を行くような、素晴らしい科学力を誇る国家の軍隊ですね」
「そんなのがあったの?」
「ええ、かつて存在したのです。そして、その国家もわずか40年足らずで滅びてしまいました。もちろん、私が生まれるよりずっと前のことですヨホホ〜」
『科学力』と聞いて、ナミの興味が萎んだのがありありとわかる。
「なあに、有名な海賊が黄金とか宝石とか、正真正銘のお宝をどこかに隠したって、そういうのじゃないの?」
「テンションだだ下がりじゃねえか、わかりやすいな」
「科学力こそ、男のロマンだろうが!」
ウソップとフランキーに突っ込まれても、ナミは不満顔だ。

ロビンも、苦笑しながら後を続ける。
「すぐに換金できるものではなさそうね。ただ、ジェルマ66その科学力をして強固な軍隊を結成し、一時はグランドラインの影の支配者だったとも聞くわ。それが、ジェルマ66の滅亡とともに記録も証拠もすべて失われてしまった。その片鱗だけでもいま発見できれば、それは使いようによっては大きな糧となるかもしれない」
ナミはこめかみに指を押し当てて、うーんと唸る。
「まあ確かに、今でも目新しい突拍子もない科学だとか発明だとか見つけ出したとして、普通の海賊が取り扱ったんじゃあただの玩具程度にしか値打ちがないでしょう。でもうちは違うわよね。私の頭脳とロビンの知識、フランキーの技術力にウソップの器用さ、チョッパーの医術とブルックの経験があれば、どんなものでもなんとかなりそう」
明らかに戦力外扱いされたゾロとルフィは、ほほうと感心しながら酒を飲んでいる。

「だったら、お宝の場所は必ずしも『海』とは限らないんじゃないかしら」
ロビンの一言で、ナミが「そっか」と手を打つ。
「陸を持たなかった国、ジェルマ66のお宝だから海にあるとばかり考えていたけど、そう言われればそうよね。でも、お宝がなにかわからないしどの辺りにどんな風にあるのかもわからないし―――」
「そもそも実在するかどうかわからないんだから、八方ふさがりじゃね?」
「馬鹿ね、それを探すのが楽しいんじゃない」
「ロマンだな」
「ロマンですヨホホ〜」

そうと決まれば!と、ナミは島の全体図をテーブルに広げた。
「海岸線ばかり当たるのはやめて、いっそ丘の上とか山頂辺りに的を絞りましょうか。秘密の洞窟とか墓地にのように見える遺跡とか」
「遺跡と称するには時代が新しすぎるけれど」
「ああ、そういや山に幽霊がいたぞ」
「あらそう?じゃあそこが怪しいかも…って、ええ?」
さり気なく差し挟まれたゾロからの情報に、ナミとウソップが一緒に突っ込む。
「幽霊って」
「ゾロが、幽霊?」
ゾロと「幽霊」という単語が似合わな過ぎて、みなそこに引っかかっている。

「幽霊ってえんじゃねえのか、透けててふわふわ浮いていて、すっと消えるやつ」
「幽霊、だな」
「まさしく幽霊の正しい姿」
「おばけだぞ?」
「おおおお、恐ろしーい」
ブルックが怯えるチョッパーを抱きしめて震えている。

「どんな幽霊だったんだァ?」
骨を咥えたルフィが、目を輝かせて身を乗り出した。
「俺らぐらいの、若い男だ。眉毛がこう、変な形に渦巻いてておかしな野郎だった」
「なに、近くで見たのか?」
「話しもしたぞ」
「話もできるのか?すげえ!」
みなの興味は、あるかどうかもわからないお宝ではなくゾロが出会った幽霊へと移ってしまっている。

「なんとかってえレストランの副料理長だったとかで、コックらしい。うちの船にコックがいねえから、ちょうどいいと思ってな」
「そりゃでかしたゾロ!さっそく誘いに行こうぜ」
「レストランの副料理長って、偉いのか?」
「ああ、そりゃ偉いぜ。料理長の次に偉い」
「そんなすごい奴がコックになってくれたら、いいなあ」
「ちょーっと待った!」

わいわいと盛り上がる仲間たちを、ナミの細腕が制した。
「よく考えてちょうだい、いまゾロは『幽霊』って言ったわよね」
「ああ」
「幽霊に、料理ができるわけないでしょーが!」
至極当たり前の突っ込みに、一拍遅れて「それもそうかあ」との声が上がる。
「えー、せっかくコックが見つかったのにぃ」
「ひどいよナミ」
「なんで私が酷いみたいな流れになってるのよ。幽霊だっていうから無理でしょって言ってんの。幽霊でも、フライパンが持てれば問題ないわよ」
話の勢いに乗って、ナミも非現実的な方向へと流されつつある。
「どうなんだゾロ?フライパン、持てそうか?」
もはや問題はそこかと思えるような雲行きだが、そこでゾロも生真面目な顔をして首を振った。

「無理かもしれん。俺の手は、そいつの身体をすり抜けた」
ああ〜〜〜と一斉に落胆の声が出た。
「ゾロが触れないっていうんなら、幽霊もこっちを触れないってことだよな」
「えー、でもなんとかなんねえか?」
「そうそう、念動力とかさ」
「えーとなんだっけ、あの、ポルターガイスト?」
「それ怖い〜〜〜」
怯えるチョッパーの傍らで、テーブルから生えたロビンの腕がせっせっと空にした皿を積み上げて片付けている。

「せっかく、いいコックが見つかったのになあ」
「なんとかなんねえか」
「だーかーら、今はお宝の話してんのよ。幽霊コックの話じゃないのよ!」
軌道修正しようとするナミの隣で、今まで黙っていたロビンがボソッと口を開いた。

「ゾロ、その…彼、かしら」
「ああ」
「山で出会ったって、もしかしてこれ?」
ロビンのすんなりとした指が、パンフレットの一点を指し示す。
島の中心部の山頂に一本の樹が描かれ、デフォルメされた猫背な男が座っていた。
矢印の先には「赫足の呪い」と書かれている。

「なんだこりゃ」
「やだ、幽霊も観光名所になってるじゃない」
ナミが身を乗り出すと、豊かな胸が重たげに揺れる。
「ゾロだけの発見じゃなかったのか」


『海が見える丘公園から続く遊歩道は山並みを一周し、港町へと繋がっている。山頂にある樹の上には時折り若い男の幽霊が浮かび、海を眺めながら独り言を呟いている』
「え、これがそう?」
「すげえ、幽霊が観光名所になるとか!」
怯えていたウソップも、恐怖心より好奇心の方が勝ったようだ。
「あ、でも観光推奨って訳じゃねえんだな。山頂までのルートは確保されてねえし、道なき道を進む勇者ぐらいしか目撃証言がねえって」
「それも、ただ海を眺めるだけの幽霊で他に芸はなさそうね」
「幽霊に芸を求めるなよー」
「だって、せっかく珍しいんだから一芸ぐらい披露してもらわないと、わざわざ山を登る意味ないじゃない」
「だから、観光地としてはいまいちパッとしないんじゃないかしら」

散々な言われようだが、ゾロは盛り上がる仲間達の中で一人首を傾げていた。
「海を眺めて独り言?あいつ、普通に喋ってたぞ」
しかも、ゾロに向かって笑いかけていた。
少なくとも、こんな観光パンフレットに載るような茫洋とした浮遊体では、絶対にない。

「ともかく、明日みんなでこの幽霊に会いに行ってみましょう。幸い、時間帯に縛りはないようだから真っ昼間でも普通に見えそう」
「昼間なら、怖くないな」
「ゾロが喋ったって言うんなら、俺らも喋れるかも」
「フライパン、持ってくか」
「別に、フライパンじゃなくてもいいんじゃない?」
「赫足の呪いってなんだろな」

ワクワクしている皆を前にして、ナミが釘を打つ。
「いい?あくまでお宝探しの一環で幽霊に会いに行くんだから。目標はお宝ゲットよ、わかってるわよね!」
「おう!」
「さーあ、幽霊にお宝のありかを吐かせるわよう」
一致団結して「おー!」と拳を掲げたところで、食べ放題の制限時間はタイムアップとなった。








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