Call me
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立ち寄った島には、お宝伝説があった。
耳ざとく噂を聞きつけたナミが、大人しくしている訳がない。
「ログが溜まる間、みんな総出でお宝探しよ!」
お前が船長かと、突っ込みたくなるほど堂々としたリーダーぶりで仲間たちにハッパをかけ、率先して外へと繰り出す。
「うまくお宝が手に入ったら、ゾロの誕生日は盛大に祝いましょう。そのときは、何でも好きなもの言っていいわよ」
捕らぬ狸の皮算用にもほどがあるが、ゾロはナミの言葉の後半だけ覚えておくことにした。

四方を海に囲まれたこじんまりとした島は、宝の伝説を観光の売りとしていてトレジャーハンターが引きも切らずに訪れていた。
とりあえずお宝なら海だろうと、自分たちの船は港に預けてライバルに負けじと意気込んで海に向かった。
全員で行動していたはずなのに、気が付けばゾロの周りに人っ子一人、いなくなっていた。



「あいつら、なんでもいつも目を離すとすぐ逸れるんだ」
ゾロは嘆息とともにそう呟き、立ち止まって周囲を見渡した。
秋色に染まった山は、深い緑と鮮やかな赤や黄色のコントラストに彩られている。
すっきりと晴れ渡った空は高く、青い。
心地よい山の空気を、ゾロは胸いっぱい吸い込んだ。

「海に宝探しに出ると言ってやがったのに、山に登るたァ手のかかる奴らだぜ」
やはり俺が探し出してやらないと…と独り言を呟きながら歩を進めると、小高い丘の上に小ぶりな枝を丸く広げた樹が一本、立っていた。
どこにも遮られるものがなく、しなやかに伸びた枝の先は綺麗な円を描いている。
その梢の先に、人が一人座っていた。
否、浮かんでいる。

「…なんだあいつ」
そもそも先が細く、色づいた葉を茂らせた枝先に人間が乗れる訳がない。
枝がしなることもなく、葉が潰されることもなく。
なににも干渉しない状態で、樹の上に人の形をしたものが腰を掛けている。

年はゾロと同じくらいか。
細身の身体に黒っぽいスーツを着て、斜に構えたようにポケットに手を入れて凭れかかって見えた。
実際に彼が凭れているかに見える枝は、傾きもしていない。
金色の髪が目元にかかり、表情はよく見えなかった。
陽の光を弾く後頭部はつるりと丸く、彼が腰かける樹のフォルムに良く似ている。

「おい」
ゾロは躊躇いなく声を掛けた。
その男は、声に反応してわずかだけ首をめぐらした。
樹の下に立ち止まるゾロを、訝しげに見下ろしてくる。

「お前、飛んでんのか?」
ゾロは幼い頃から「空を飛びたい」などと夢想するタイプではなかったが、自在に空を切る存在に若干の憧憬は秘めていた。
なので、中空に浮かんでいる人間もどきの存在が、大変気になる。

男は胡乱気にゾロをみやり、「なんだ野郎か」と呟いた。
「むくつけき野郎なんざに用はねえんだよ。迷えるレディはいらっしゃらないのか…」
「なにブツブツ言ってんだ、降りて来い」
ゾロの一言に、男の片方だけ覗いている目が瞬いた。
それからゆっくりと腰を上げ、頼りなさげにふわふわと揺れながら降りて来る。

重量を全く感じさせない動きで、男が履く革靴が地面に着いた。
ゾロとほぼ同じ目線だ。
「あんな樹の上で、なにやってたんだ」
「…海を、見てた」
「海なんざ珍しくねえだろ、島中ぐるりと海だらけだ」
ゾロの言葉に、男はむっとして眉を引き上げた。
その眉尻が、くるりと巻いている?

「おもしれえ眉毛だな」
「うるせえ、お前こそなんでこんなとこにいるんだ」
荒い口調も気にせず、ゾロは男に顔を近づけて繁々と顔を眺めた。
主に眉だ。
「俺ァ、宝さがしだ」
「は?」
「この島に伝説があるんだろ?なんでも昔、どこぞの王族が宝を遺していったと」
ゾロは大雑把にしか聞いていなかったが、確かそんな風なことだったと思う。
「だからって、山に来るかよ」
「おう、俺も海に向かっていたはずだが仲間が逸れてな。仕方ねえから探してやっている」
「そりゃまた難儀な、方向音痴なお仲間だな」

ゾロと普通に話しているが、男はどこかふわふわとしていた。
試しに手を伸ばしてみると、黒いスーツの脇腹にすっと重なる。
「お前、幽霊か?」
「え、幽霊とか信じてんの?その年で?受けるww」
幽霊に馬鹿にされて、ゾロもいささかむっとする。
「幽霊じゃねえなら、なんで浮かんでんだよ」
「知らねーよ、俺が聞きたい」
「ああ、あれか」
ゾロはぽんと、手のひらを拳で叩いた。
「悪魔の実を食ってんのか。本体はどっかにいて姿だけ飛ばせる、ゴースト女みてえに」
「悪魔の実?!お前、悪魔の実を知ってんのか?」
男はぱっと目を輝かせて、ゾロに詰め寄った。
「おい、悪魔の実があるんならスケスケの実、手に入らねえか?俺ずっと、ガキん時からどうせ食べるならスケスケの実って決めてんだ。もう絶対!絶対!」
「なに言ってやがんだ」
唐突なテンションの高さに、ゾロは呆れた声を出す。
「悪魔の実なんざ、食うとカナヅチになるだけだ」
「あーそれなあ、それネックな」
男は心底残念そうに、ため息をついて首を振る。
「俺ァ、海の料理人だから、泳げなくなるのはダメだ」
「料理人?てめえ、料理作れるのか」
「おう、俺ァコックだ。前は、バラティエってえ海上レストランで副料理長もやってたんだぜ」
ニカッと笑い、誇らしげに薄い胸を張る。

グランドラインを航海するのに、腕のいい料理人が絶対に必要だとルフィも兼ねてから言っていた。
なかなかいい人材に巡り合えなかったが、これも何かの縁だ。
この訳のわからないふわふわ男と、ここで会ったが百年目。
「だったらお前、うちの船に乗れ」
「…は?」
「つっても海賊だ、怖気づくか」
続いた言葉に、男は慌てて目を怒らせる。
「はあ?海賊だって聞いて俺が怖気づくってか?んな訳ねえだろ、俺ァ赫足のゼフに育てられた料理人だぞ。それより、お前がいるみてえなチンケな海賊船でいままで料理人がいなかったとか、どんだけ貧相なんだ」
「うっせえな、たまたま料理人が見つからなかったんだ。仲間内で当番で作る料理も食えなくもないが当たり外れが多いし、ナミの料理は毎回高い」
「ナミ?ナミさん?レディがいるのか?」
そこに食いつく。
「ああ、女は二人いる」
「え、若い?美人?ナイスバディ?」
「世間的には上の上だろ、二人とも」
見てくれだけは…と続けたが、男はもう聞いていない。

「んっナミさ〜ん!待ってて、あなたの料理人サンジが美味しい食事をお届けするようん」
いきなり目をハートにして鼻の穴を膨らませた男を、ゾロは奇異なものでも見るような目で見た。
「なんなんだ、こいつ」
「うっせえ、くそうできるもんならお前の船に乗りてえよ!」
男は身をくねくねとくねらせた後、しゅんと肩を落とした。

「だから、俺について港に来いと」
「――――…」
ゾロが先を歩くと、男もその後についてくる。
幽霊なのに調理器具が使えるのかと新たな疑問もわいたが、まあ何とかなるかもしれない。
「お前、俺たちの船に乗れ」
ゾロはそういって振り返ると、男は一瞬呆けたような顔をしてから、ゆっくりと笑みを浮かべた。

とても嬉しそうで、それでいて儚げで。
透き通って空気に溶けそうだと思った瞬間には、男の姿は目の前から消えていた。

「―――――あ?」
ゾロはその場で立ち止まり、身体ごと振り返る。
丘の上にこんもりとした樹が一本立っている以外、人の姿はどこにもなかった。

「おい、ぐる眉?」
「おーい!ゾロ―――――っ」
山々に遠い声がこだまして、その音がグングンと近づいてきた。
ルフィは枝に腕をからませ、チンパンジーのごとく次から次へと樹を渡ってくる。
「見つけたぞ!お前この山ん中で、なにやってんだ」
びよーんと跳ねながら抱きつかれた。
だが、ゾロは丘の上に目をとどめたままよろけない。

「ルフィ、てめえこそどこに逸れてた」
「みんなもう、港に戻ってっぞ。宝探しは明日に持ち越しだ、腹減った!」
お前が帰って来ねえと宴が始まらねえと、駄々を捏ねる。
「もうそんな時間か」
いつの間にか日が傾き、西の海は黄金色に輝く雲に覆われていた。
「明日は雨になるから今のうちに作戦会議だって、ナミが言ってた」
さ、帰るぞ。

ルフィはそういうと、片手でゾロを抱えもう片方の手を伸ばして崖下の樹に巻きつける。
「あ〜ああ〜〜〜〜」
「あ〜ああああああ〜〜〜〜」
ルフィの雄叫びとゾロの叫びが交じり合い、再び山の間で木霊が響いた。







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