密林の女帝と恋バナ女子会のおはなし -3-



目に光を取り戻したマーガレットは、真っ先にサンジの心配をした。
「コックちゃん、大丈夫?!」
自分の腕にサンジが掴まっているのに気付き、そっと抱き締める。
柔らかな胸の谷間に顔を埋める形になって、サンジは危うく鼻血を噴きそうになった。
「ままままマーガレットちゃん、マーガレットちゃんこそ、大丈夫かい?」
「え、私?」
どうやら、石になっていた間の記憶はないらしい。
自分が石化していたことにも気付いていなかった。
「俺を庇って石にされてたんだよ」
「そうなの?でも戻れたんだね」
そう言って、サンジを抱いたままハンコックの前にひれ伏した。
「戻してくださってありがとうございます」
「その無礼者が、己の愚かさを包み隠さず私に白状したからじゃ」
そう言って、もう去ねと片手を振る。
「はっ、失礼いたします」
マーガレットはサンジを抱いたまま、そそくさと宮殿を後にした。


「大丈夫だった?」
石柱の影から次々と出てきたのは、カトレア達だった。
ハンコックに呼ばれて宮殿に赴いたサンジ達を心配し、こっそり柱の影から見守っていたらしい。
「マーガレットが石化された時は、ほんとにどうしようかと思った。でもコックちゃんカッコよかったよ」
「そうそう、あのハンコック様に堂々と進言して」
「できることならなんでもするから、マーガレットを元に戻して欲しいって懇願したのよね」
マーガレットはいまさらながら青くなって、サンジを目元にまで抱き上げた。
「そんなこと言って、コックちゃん大丈夫だったの?」
「うん、結局俺は、なんの力にもなれなかったよ」
ハンコックが機嫌を直してくれたから元に戻れただけのことだ。
そもそも、マーガレットが石にされたのもハンコックの機嫌を損ねたからのことだが。
なにが逆鱗に触れたのかもわからない。
「俺、やっぱり失礼なこと言っちまったのかなあ」
「大きくしてくださるって言うのに、断ったこと?」
どうやら、プリムラ達はほぼ最初から見ていたらしい。
「私達、お連れの剣士さんが言う“生涯の番”とか、コックちゃんが言う“ほんとに好きな人”って言うの、よくわからないわ」
涼やかな滝が流れ落ちる庭園に腰を落ち着け、みんなで車座になった。
プリムラは膝を抱え、足の爪を指でなぞりながらつまらなそうに言う。
「好きって言うなら、ハンコック様が一等好きよ。あんなに強くて綺麗で気高い人は他にいないわ」
「私もよ」
「私だって」
カトレアもマーガレットもローズもパンジーも、先を争うように続けた。
「誰かを好きになるって言うなら、私一生ハンコック様を好きでいるわ」
「ハンコック様以外、考えられない」
「コックちゃんはどうしてハンコック様のことを好きにならないの?」
いきなり問われて、サンジは慌てて両手を振った。
「好きにならない訳ないじゃないか!あんな美人、一目見たときからメロメロだよ」
「だったらどうして、ハンコック様の仰るとおりに大きくなってハンコック様に愛を捧げないの」
―――あ・・・そういうことか。
サンジは、なぜハンコックが怒ったのかちょっとわかった気がした。

「そんなの、俺なんか恐れ多いよ」
「ハンコック様から言ってくださったことを断る方が失礼よ。だからコックちゃんが石にされたって仕方ないの」
「そうよ、ハンコック様はなにひとつ悪くないわ。だってあんなにお綺麗なんだもの」
女ヶ園での常識は、サンジが知っているそれらとは少しずれていることはよくわかった。
だがどちらが正しいかなんて、答えは絶対に出ない。
この世界においてはそれぞれで正しさなんて変わるものだから。
「俺、失礼なことしちゃったんだね」
「そうよね、あの剣士さんも断ってたから、二重で大失礼よね」
「あらでも、ハンコック様はあの剣士さんはいらないって仰ったじゃない」
「でも、私達の申し出を断ったってことはハンコック様にも無礼なことよ。私達とハンコック様は一心同体よ」
「そうよねー」
サンジは神妙な顔で居住まいを正した。
「本当に、みんなに対して失礼なことをしました」
深々と頭を下げるサンジに、プリムラはぷっと噴き出した。
「そうよ、とっても失礼だったんだからどうしてそこまで失礼なことをしたのか私達にもわかるように説明してもらわないと」
「・・・え?」
「サンジちゃんが、本当に好きな人って誰?あの剣士さん?」
「え――――」
えええええええ?!

なに?いきなり核心突いてきた?
って言うか、ストレート?ど直球?

「いや、あの、それは・・・」
「あの話の繋がりから見ると、そうとしか思えないんだけど」
「でも、大きさが全然違うから、最初から無理よね」
「大体、コックちゃん男の人よね。違うの?」
「もしかして、剣士さんってああ見えて女なの?」
「どうやって子ども作るの?」
矢継ぎ早に質問されて、サンジは目を白黒させた。
滝の飛沫が風に紛れて涼しい場所とは言え、目を回しそうだ。
「こ・・・子どもはできないと思うよ、つか、俺達二人とも男だよ」
「じゃあなんで好きなの?」
そんな、邪気のない無垢な瞳でじっと見詰めながら大真面目に聞かないでほしい。
サンジは一人でダラダラと冷や汗を掻いた。

どうしてどうして?と純粋な瞳で追い詰められ、サンジはタジタジしながら後ずさった。
「俺だって、よくわかんないんだよ」
「自分の気持ちなのに?」
「あの剣士さんのこと好きなのは、認めるの?」
他意なくズバズバ聞いてくる。
サンジは覚悟を決めて、その場で正座した。
「・・・好き、かも」
「それは、わかるんだ」
マーガレットはサンジの大きさに合わせ、ごろりと寝転んで頬杖を着いた。
プリムラ達も真似をして、その場でころころと寝そべってリラックスする。
「多分好きなんだろうなあ・・・ってのは、自分でもわかるよ。でもなんで好きかって聞かれると、わかんねえ」
「だってカッコいいじゃない」
「すっごく強そう、子どももいっぱいできそう」
「でもコックちゃんも男の人だから子どもできないよね」
「だったら、なんで好きになったのかわかんないね」
堂々巡りだ。
そもそも恋愛をすっ飛ばして「子作り」を目的にしていたら、最初から話にもならないだろう。

「あいつを見てると、ドキドキする」
サンジは膝を抱えて足の甲をなぞりながら、ぼそりと呟いた。
「無口で無愛想で、なに考えてっか全然わかんねえしさ。話し掛けてもおうとかうむとかしか、言わねえしさ。おもしろいこと喋らないし、人に気ぃ遣わないし、俺様だし身勝手だし迷子だし寝てばかりいるけど・・・」
サンジは、小さな唇をきゅむと閉じた。
「・・・でも、ドキドキするな」
マーガレット達は、じっと息を潜めてそんなサンジの様子を眺めた。
その時――――

「恋はハリケーンじゃ!」
「ふわぁっ?!」
あまりの大声に、サンジのみならずマーガレット達も揃ってその場で飛び上がった。
気がつけば、いつの間に近付いていたのかニョン婆が輪の中に加わっている。
「まさしく恋はハリケーン。一度恋に目覚めてしまったものは、理屈も何もなくただその激流に翻弄されるまでじゃて」
「ニョン婆様、これが恋なの?」
「ニョン婆様が昔拗らせて、女王の座から追われてしまった不治の病」
「そうとも、この病に罹ってはなんの手立ても無効。もはや処置なしじゃ」
サンジは驚いたのと恥ずかしいのとでドギマギしながら、ニョン婆の膝元に駆け寄った。
「いやでも、これは一時の気の迷いかも・・・」
「そう思いたいならそう思ってもよかろう。ただし、自分の気持ちに嘘など吐けるものではないぞ」
なにもかも見透かされそうで、サンジはニョン婆から目を逸らした。
「恋の病なら、ハンコック様も罹ってらっしゃったのでは・・・」
「でも、ハンコック様はご自分で治されたのでしょう?だからこうして里にお帰りになった」
「ハンコックちゃんが、恋の病に?」
サンジが驚いてその話題に食いつくと、ニョン婆は物憂げな表情で首を振った。
「あれは治ってなどおらぬ。むしろ悪化しておるわ。恋が乞ひに変じて狂おしいほどに想いを募らせておる。むしろ傷付き疲れたからこそ、戻ってきたのであろう」
「そんな、ハンコック様が・・・」
「おいたわしい」
我がことのように心を痛め嘆くマーガレット達の間で、サンジは憤然と立ち上がった。
「そんな、ハンコックちゃんほどの美女が叶わぬ恋なんて、そんなの許されるはずがない」
「何を言う、現にそなたは男の想い人のことを鑑みて、女たちとの交わりを断ったではないか」
「・・・ひっ」
またしても直球で打ち返された。

「叶わぬ恋は心を乱れさせ、周囲を巻き込み騒ぎを大きくしながら本人もまた悶え苦しむ。まさに傍迷惑なハリケーン」
「でも、ハンコック様はますますお美しくなられて・・・」
「魔力にも磨きがかかっておろう。暁の魔女の源は黒い力。人を憎み妬み呪うことで、より強大な力を得る」
―――傍迷惑だ。
どこかで聞いたことがあるなと考えて思い出した。
アルビダと同じだ。

「それに比べて、そなたは白い力を源としておる。ハンコックには少々眩しいようじゃがな」
ニョン婆が優しげな瞳で見下ろしてきたので、サンジは「え、おれ?」と自分を指差した。
「俺は、食べものを大きくするぐらいしか魔法は使えねえよ」
「うむ確かに。最初は少し備わっていたであろう小さきものを大きくする力も、食べものを乗せる皿や道具程度に限定されておる。つまり、“食”に関わるものしか大きくできぬようになっておる」
サンジにはそれで充分だった。
名のある魔法使いになりたいなんて夢は持っていないし、ゾロを飢えさせない程度に力を使えればありがたい。
「じゃが、それを応用することはできぬかの。例えば、そなた自身を食べものとして例えることで大きくはできぬか」
「・・・俺が?」
自分自身を、大きくする?
サンジと一緒になって、マーガレット達も身を乗り出してきた。
「どういうこと?ニョン婆様」
「恋が一般的になっておる、いわゆる世間というところではの。可愛い女が意中の男の前で“あたしを食・べ・て”などと言って身を差し出すのは、子作りの前段階なのじゃ」
「そうなんだー」
―――えーっ
サンジは口をぱかんと開けて、唖然とした。
「それでそれで?」
マーガレット達は目を輝かせてニョン婆に詰め寄っている。
「さすれば男は“いただきます”とありがたく女の身を頂戴し、運がよければ子ができる。世の中そういうものじゃ」
―――いや違うだろ。
サンジはそう突っ込みたかったが、一概に「違う」とも言い切れず困った。
「“据え膳食わぬは男の恥”という言葉もあるのじゃからして」
「さすがニョン婆様、物知りねえ」
「ねえ、それがいいわコックちゃん」
いきなり話を振られ、サンジは「え?え?」と怯えた目をして振り返る。
「コックちゃんもあの剣士さんの前で、『俺を食・べ・て』って言えばいいじゃない」

――――え―――――!!!!
なんでそうなる?


「こんなところで、なにしてるの?」
巨大な羊歯を除けながら顔を覗かせたのは、全身ずぶ濡れの美女だった。
「キキョウ、水浴びでもしたの?」
「ロロノア殿に滝壺に落とされたのよ」
長い髪を片側に束ね、軽く絞る様が色っぽい。
「ゾロの奴、レディになんてことを!」
「さすが、容赦ないわねえ」
憤るサンジの後ろで、カトレアが感心している。
そうしている間に、次々と濡れ鼠の美女達が森から帰って来た。
「ああ〜まさに水も滴る美女揃い〜」
目をハートにしてグネングネンしているサンジの前に、ずぶ濡れのゾロがのしのしと割って入る。
「あーさっぱりした」
「ロロノアさんも落されたの?」
「落してる内に羨ましくなって、自分から落ちた」
ケラケラと笑う美女に囲まれ、こちらはまさに水も滴るいい男だ。
ああ、やっぱりゾロには美女が似合うなあと、つくづく思わずにはいられない。

「久しぶりに思い切り身体を動かせて楽しかった。コック、そろそろ行くか?」
「あ、お、うん」
マーガレットの膝の上から飛び降りようとして、すかさず掴まれる。
「ゆっくりしていったらいいじゃないですか。ね、コックちゃん」
「え?」
「急ぐ旅でもないんでしょう?もう一晩、泊まってってくださいよ」
カトレアも、甘えるようなしぐさでゾロの腕に手を掛けた。
「そうですよ、子作りしなくていいんで私にも稽古付けてください」
「あー私も私も」
「ロロノア殿、もう一戦お願いします」
「私、コックちゃんのケーキ食べたい」
「お料理もー」
総掛かりで引き留められ、ゾロとサンジは目を合わせた。
「お前がいいなら、俺は構わんぞ」
「・・・」
正直、サンジにとって天国のような女ヶ園はしばらくどころかずっと滞在していたい場所だが、マーガレット達が何を意図して引き留めているのかわかっているから、できることならこのまま逃げ出したい。
「決まりじゃの、二人ともゆるりと逗留なさるがよい」
サンジが口を開く前に、ニョン婆があっさり結論を出してしまった。



「なんじゃ、あの者たちはまだおるのか」
不機嫌を露わにしたハンコックに、ニョン婆が執り成すように笑う。
「なかなかどうして、佳き男達じゃぞよ。ロロノアは猛き強く、戦士達の良い指導者じゃ。小さき王子はかように美味な食を与えてくれる」
そう言って、熱帯の花で彩られた豪華な料理を指示した。
「食してみよ、そなたの美貌にもさらに磨きが掛かろうぞ」
「このようなものがなくとも、わらわの美しさは留まることを知らぬゆえ」
ハンコックは悪ぶりもせずそう言って、それでも料理に手を伸ばした。
しなやかな指で摘み口に運べば、それとわからぬ程度に軽く目を瞠る。
「・・・ふむ」
「お口に合えば行幸」
ことさら賛辞の言葉は出なかったが、ハンコックにしては食が進み、いつのまにか綺麗に平らげてしまった。
「不能の男どもなれど、少しは役に立つならよかろう」
「小さき王子は仕方ないとしても、なにゆえロロノア殿を誘惑なされぬ?」
ニョン婆のもっともな問いに、ハンコックは柳眉を釣り上げた。
「あのようなケダモノ、わらわと血を混じらわせるのも厭わしいわ。村の女どもも、決して交わってはならぬぞ」
「ははっ」
ハンコックの剣幕に、侍女達は恐れをなしてその場でひれ伏した。
ニョン婆も虚を突かれたように押し黙ったが、すぐにまた口を開いた。
「ロロノア殿は、そなたの不興を買ったか?いや、そなたの機嫌がすぐれぬのは村に帰る前からじゃの」
「黙れ」
「大方八つ当たりであろう、この世のすべての男を跪かせてきた女王が、なにを小娘のように憤っておる」
「黙れと言うに」
「ロロノア殿にも、見向きもされぬのが恐ろしいか」
かっと、ハンコックが目を見開いた。
途端、ニョン婆は物言わぬ硬い石の塊になってその場でごろりと転がった。
「婆さま!」
「グロリオーサ様!」
慌てて駆け寄る侍女達を押しのけ、ハンコックはすらりと長い足をスリットの間から惜しげもなく晒して振り上げた。
「踏み砕いてやる」
「待って!」
跳ねるようにして駆け寄ってきたのは、サンジだ。
「一体どうしたんだ、落ち着いてハンコックちゃん」
「ええい、お前から先に踏み潰すぞ」
忌々しげに見下して、サンジの格好に気付く。
「なんだお前、そのなりは」
「・・・あ、いやこれは・・・その」
「告白ですわ、ハンコック様」
マーガレットがおずおずと繻子の向こうから進み出て、平伏した。
「告白?」
「コックちゃんはこれから、剣士さんに告白するのです」
「マーガレットちゃん、ほんとに勘弁して・・・」
「なにを告白するのじゃ」
改めて、小さなサンジの身体を見つめる。
その体を包んでいるのは、小さく作ったアマゾン・リリーの夜伽用の衣装だった。
薄く透けた布地に赤い刺繍を施し、金色の房飾りを付けている。
「この格好で、コックちゃんはこれから剣士さんを誘惑するの!」
頬を赤く染め目を輝かせたマーガレットは、きっぱりとそう言った。




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