Bird song 2

自分が決めた量を飲み終えると、空の皿を持って立ち上がる。
少し振り向いて手を伸ばすサンジに礼を言って渡した。
サンジとは逆に、ゾロはなるべく思ったことを口にするように心がけている。
もともと無口なゾロがサンジにつられて無言で行動すると、まったく考えが読めなくなる。
それに戸惑っているサンジの顔を見て察したゾロが、自主的にできるだけ自分の思ったことをストレートに口に出すようになった。
サンジの前でだけは、なるべく自分をさらけ出そうと努力している。

「・・・触って、いいか。」
俯いて皿を洗い始めたサンジの手が止まる。
「何を?」
と胡散臭げな目でこちらを向いた。
「髪」
言いながら、もう手はそこに触れている。
少し伸びて耳に掛けられた金髪をそっと指で梳くと、引っ掛かりがなくてサラサラしてて、どうにも心許ない。
髪だけじゃなく地肌まで撫でてみる。
丸い後頭部を確かめるように擦って高さの変わらない頭に顔を近づけて、匂いを嗅いでみた。
がつんと向う脛に痛みが走る。
サンジは靴先で蹴って、手にした包丁をゾロの横腹に押し当てていた。
やってることと睨みつける顔は凶悪だが、覗く耳は真っ赤で首も染まっている。
嫌がっているわけではない。
「包丁下ろせ。抱きしめてエ。」
向う脛はじんじん痛むが、こんなことで痛がっていてはサンジに手が出せない。
ゾロは痛覚も麻痺したようでサンジを口説くことに意識を集中している。
しぶしぶといった感じでサンジが包丁を下ろした。
ゾロはその手を取って凶器をシンクの上に置くと、改めて正面からサンジを抱きしめる。
薄い背中から痩せた肩に軽く廻る腕の中で、サンジの身体が強張るのがわかった。
口で誤魔化しがきかないから、反応がいちいちダイレクトだ。

ゾロは宥めるように髪を梳き、背中を撫でる。
首筋に顔を埋めるとくすぐったそうに首を竦めた。
サンジの手はゾロのシャツの端を中途半端に引っ張っている。
「俺の背中に手えまわせ。」
そういうと、苦虫を噛み潰したような顔をして、それでもおずおずと手を廻してきた。
ぎこちねえとこが可愛いよな。

「キス、すんぞ。」
サンジの目の玉が右斜め上を向く。
了解らしいからゾロはその唇を吸った。

髪を撫でて、抱きしめてキスをする。
ここまでならなんとかいけるのだ。
ゾロにしてはそれは辛抱強く、ここまでの過程を繰り返した。
自分の熱でサンジの強張りが溶けるように、ひたすら抱きしめて一晩明かしたこともある。
実に涙ぐましい努力をして、ゾロはようやくこうしてキッチンで抱き合ってキスできるまで関係を持ち込めた。

思えば、自己完結的な暗い欲望の対象でしかなかったサンジと、合意の上でここまでできるなんて凄いことだ。
それだけで充分喜ばしいことなのに、欲というものは際限がない。
―――やりてえな。
もっとキスして触って、深く感じたい。
熱く昂ぶる自分に応えて欲しい。
どれほど修行しても所詮19歳の健康男子。
下半身は正直に次のステップを切望している、が、ゾロ自身、それ以上踏み込めなかった。

恐らく、自分はサンジにこれ以上の事をしている。
いやもしかしたらこんな手順はまったく踏まずに、最終目的だけを果たしていたかもしれない。
その行為は彼のプライドをいたく傷つけ貶めただろう。
それが痛いほどわかるから、ゾロは先に進めないでいた。

まず、声が出るようになってから。
チョッパーの言葉を呪文のように頭の中で唱え続ける。
焦っちゃいけない。無理強いしちゃいけない。
心理ストレスの問題は、声が出るようになってからでないと進めない。
ゾロはサンジの唇を堪能して、その抱きしめた腕を解いた。尖った肩に両手を添えてゆっくりと身体を離す。
ぎぎぎと関節が鳴りそうなほどぎこちない動き。
サンジは赤い顔のままゾロを見つめて、それから視線を落とした。
実に堂々と、胸を張って立つゾロの前は大テント状態だ。
「じゃあ寝るぜ。お休み。」
それでも爽やかに、笑みまで残して去っていく後ろ姿はさすが未来の大剣豪と感心せずに入られない。
サンジはその男前な背中を見送って、気が抜けたようにシンクに凭れかかると盛大にため息をついた。
煙草に火をつけて深く吸い込む。

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