雨の降る日は屋上で -7-


サンジへの手土産にするつもりが、結局その場で一緒にケーキも食べてしまった。
ゾロの家にはインスタントコーヒーしかなかったが、それさえもサンジの手に掛かれば上等の煎れたてコーヒーの味になる。
俄かに自分の部屋がカフェになったような錯覚に陥りながらも、ゾロは昼食から立て続けでコーヒータイムも満喫していた。
ケーキは確かに美味かったのだろうが、正直あれこれとごちゃごちゃ入っていてゾロにはよくわからなかった。
だが、サンジがとても嬉しそうだったからそれだけで満足だ。

腹はいっぱいになったし、妙にリラックスして眠くなってくる。
ソファに凭れてうとうととしていたら、いつの間にかサンジが片づけもすべて済ませてしまっていた。
あまりにも至れり尽くせりで、さすがのゾロも少々バツが悪い。
まだ眠い目を擦り、なんとか起き上がってソファの上に正座した。

「どうも、ありがとう」
「なんだよ改まって」
サンジは気味悪そうに首を竦め、懐から煙草を取り出して換気扇の下に立つ。
「別に、煙とか気にしねえからこっちで吸っていいぞ」
「ん、そう?」
そいじゃ遠慮なく・・・と、ゾロの隣に腰掛けた。
大きめのソファとは言え、男二人で並んで座るとなんだか妙な感じだ。
だがそう思ったのはゾロだけのようで、サンジは長い足を組んで背凭れに腕を掛け、ふーと美味そうに煙を吐いている。
「俺さあ、マメだろ?」
「ああ」
自分で言うのもなんなんだろうが、サンジほどマメだとそう言っても構わない。
と言うか、いっそ清々しい。
「なんつうか、気を遣ってるとか無理してるとか、そんなんじゃねえんだよ。身体が勝手に動いちまうんだ」
「ああ」
「それに、人にあれこれ指図するのも苦手でよ。それより自分がやった方が早いじゃね?すぐできるし。したら結局、ついチョコマカ動いちゃうんだよなあ」
なんとなくそれはわかる。
見ていて気持ちいいくらい手際がいいし、サンジが動いている姿をゾロはプレッシャーには感じない。
けれど、もしかしたら人によってはあまりいい気分にならない者もいるかもしれない。
サンジが立ち働けば立ち働くほど、己が無能だと思い知らされるようなことも。

「お前、女にはあんま歓迎されないタイプだな」
「・・・うっ」
サンジは大げさなそぶりで、自分の左胸を押さえた。
「わ・・・わかるか」
「なんとなく、な」
サンジほどマメだと、付き合う女も最初の方こそ喜んでいるだろうが、毎度毎度こうだと嫌気が差すかもしれない。
なにせ自分よりよく気が付き、手際が良くて、なにをさせても上手なのだ。
なにもかも投げっぱなしで任せられる女ならそれはそれでうまくいくだろうが、大概自分と比べてコンプレックスを覚えるものだろう。
「甘え上手な女なら、うまくいくんじゃねえか?」
「そう思うんだけど、結局最後は捨てられるんだよなあ」
はぁ〜〜〜〜〜と深く溜め息を吐いてから、サンジははっとして振り向いた。
「って、なんでてめえにそんな話しなきゃなんねえんだ!」
「そうだな、なんでそんな話になったっけか・・・」
ゾロはガリガリと後ろ頭を掻いて、まああれだと話題を逸らした。
「お前はまあ、面倒見がいいってことだ。お節介だと言われりゃそれまでかもしれねえが、俺はまあ・・・嫌いじゃねえ」
「そうか?」
サンジは、どこかほっとしたように微笑んだ。
そんな表情をされると、なんだか胸にクる。
なんかこう、キュンとくる。

「お節介ついでに、ちょっと言ってもいいか?」
「あ?なんだ」
サンジはお節介で口うるさいが、言いたいことはズバズバ言うタイプだ。
特にゾロに対しては最初から遠慮がない。
そんなサンジが、こんな下手に出るような言い方をしてくると、逆になにがあったかと心配になる。
「剣道部の主将、サガっているだろ」
「ああ」
サガはゾロのことを知っていて、顧問になった時、頬を上気させて喜んでくれたっけか。
真面目で部員想いの、理想の主将だ。
「あいつ、どう思う?」
「どうって、いい主将だと思うぞ」
ゾロの言葉に、サンジは真面目な顔でうんと頷いた。
「確かに、いい主将だと思う。真面目で責任感が強くて、面倒見もいいだろ」
「ああ」
「あいつ、剣道も強いのか?」
「ああ、主将に選ばれるくらいだからな。センスがあるし基礎体力もあるし、部ん中でも文句なしに一番強い」
サンジはそうか〜と、ちょっと小首を傾げて視線を宙に彷徨わせた。
「あいつが、どうかしたか?」
「うん、ちょっとな気を付けてみてやってほしい。あいつ、時々浮いてるから」
「そうなのか?」
ゾロは、まったく気づかなかった。
「真面目で優等生過ぎるんだよ。んで、それを他の奴にも要求しちまう。特に押し付けるってわけじゃねえけど、自分にできることは他人もできて当たり前って思ってるみてぇだから、サガのことを煙たく思ってる奴もいるんだ」
「――――・・・」
驚いた。
ゾロはまったく気付かなかった。
「あ、剣道部でどうかは知らねえよ。ただ、クラスの雰囲気ではそんな感じ。俺、現国持ってるし」
サガのクラスなら、ゾロも担当していた。
けれど授業中にそこまで、とても見極められない。
「剣道部に、同じクラスの奴いるだろ?不協和音が起こるとしたらそっから伝わるかもしれねえから、気を付けててやってくれ」
そう言って、サンジは申し訳なさそうに上目遣いで見る。
「出しゃばったこと言って悪い、剣道部はゾロの担当なのに」
「いや、助かる」
ゾロは即答した。
「担当だとか顧問だとか、そう言うの関係なく生徒は生徒だろ。俺はそういうの、多分人より疎いからなかなか気付かねえと思う。だから、そう言って教えてもらえるのはすごく助かる。ありがとう」
「――――・・・」
サンジは面食らったようにパチクリと瞬きし、それから小刻みに顎を揺らしながらすーっと顔を背けた。
「そら、どうも」
背けた頬が、ほんのりと赤い。
照れているのだと気付いたら、急に胸の下辺りがズクンと疼いた。
それと同時に心臓がドキドキ鳴り出して、体温が急激に上がってくる。
――――なんだ?
自分の変化に戸惑いつつ、隣に座るサンジを至近距離から見詰めた。
吸い切った煙草を揉み消し、手持無沙汰そうに横を向いている。
拗ねたように尖った上唇が美味そうだ、と思った瞬間にはもうそこに噛み付いていた。

「―――――――っ?!」
どんと、思い切り胸を突き飛ばされた。
その勢いで、突き飛ばした方のサンジがソファから転げ落ちている。
「おい、大丈夫か」
とっさに掴んだ肘を、思い切り振り払われた。
サンジは中途半端な格好で尻餅をついて、目を見開いたまま顔を赤くした。
「・・・な、ななななななにすんだってめえ!」
「あ?」
いきなり過ぎたかと、ゾロでも思った。
なんせ自分でこうしようとか考える前に身体が動いてしまったのだから、仕方がない。
「悪い、不可抗力だ」
「はあ?」
「お前見てたらすっげえドキドキした」
サンジは、一体なにこいつ?と目を剥いて、奇怪なものでも見るような眼差しでゾロを凝視している。
「したら、すげえ美味そうに思ってつい・・・」
「俺は食い物か!」
いや、そう言う訳ではない。
多分。

「ともかく、順番を間違えた」
「・・・なんの」
聞くのが怖いとでもいうように、サンジは腰が引けたままそれでも恐る恐る尋ねてきた。
「俺はお前が好きらしい」
「――――・・・」
すう、と音が立ちそうなほどあからさまにサンジの瞼が半分下がる。
青い瞳がぞっとするほど冷徹な光を帯びて、眇められた。
「らしいって、なにそれ」
茶化している訳ではない、明らかにこれは・・・怒って・・・る?
「いま唐突に自覚したんだからしょうがねえだろうが。とにかく、俺はてめえに惚れた」
「ふざけんなっ」
サンジはすっくと立ち上がり、ゾロの脛を強く蹴った。
これは結構・・・かなり、痛い。
「痛えな!」
「痛いように蹴ったんだ。ふざけんなこのうすらトンカチ!」
人が決死の告白をしたというのに、このつれない態度はないだろう。
「んなに怒ることねえだろうが」
「怒るわ!ってか、誰が野郎に告られて喜ぶかボケッ!しかも、そんなついでみてえな言い方で!」
「そりゃ悪かった。けど俺は真剣だぞ、好きだ!」
「言い直してどうにかなるかー!」
もう一度、今度は腹を蹴られた。
結構な威力で、ソファごと真後ろにひっくり返る。
どどーんと派手な音を立てて天井を見上げたゾロは、もがきながら身体を起こした。

「なにし・・・」
「・・・せっかく、せっかく友達ができたと思ったのに・・・」
切ない声に顔を上げると、視界に入ったのは振り向きもせずにドアを閉めるサンジの後ろ姿だった。
バタンと部屋全体が軋むほど大きな音が立ち、次いで沈黙が訪れる。
ゾロはもそもそと倒れたソファから這い上がり、途方に暮れてそのまま腰掛けた。
ふと目をやると、冷蔵庫の横に返しそびれたトートバックが放置されている。
なんだ、まだ返してなかったか。
取りあえず、これでまた部屋に呼ぶ口実ができたと、懲りないゾロはポジティブな方向に考えを落ち着けた。




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