雨の降る日は屋上で -17-


情報発信の手段としては実にアナログな“号外”だったが、教師たちの対処が早かったにもかかわらずその話題は想定以上に学園内を席巻していた。
ただし、注目されたのはゾロとサンジの熱愛発覚記事だけだ。
紙面の画像を撮ってLineに流したりTwitterに上げられたりして、もはや収拾がつかなくなっていたが、単なる合成写真だとわかっているから周知も早い。
また、取り上げた生徒達もあくまで「ネタ」的に楽しんでいたため、偽物だと知ってもさほど影響はなかった。
「合成でもお宝ですよー、素敵なショット」
「だよねー、私待ち受けにしてる」
きゃっきゃとはしゃぎながら画面を見せてくれる生徒達はあっけらかんとしていて、問題画像の拡散もさして「問題」ではないのではないかと、ゾロは拍子抜けした。
「新聞部部長から聞き取りを行いましたが、やはり卒業生からの画像提供だったということです」
職員会議の「その他」事項で、教師が報告をする。
「卒業生と言うと、彼か」
「そうですね。卒業してからも律儀にちょいちょいと、爆弾を投げてくれる…」
アブサロムと言う卒業生は、大学に進学した今でもたまに後輩相手にネタを提供して来るのだという。
「どういうルートでこういう画像を手に入れるのかわかりませんが、今回は彼にしては失態でしたね。合成を掴まされるとは」
「ものすごく悔しがってましたよ、まさか俺が騙されるなんて!ってね。もちろんこちらからは厳重注意しましたし、これに懲りて学生らしく本分たる勉学に励んでくれるといいんですが…」
どうやら、名物?問題児の卒業生が元ネタらしい。
思えばゾロが在籍していた頃から、何かと傑物&色モノ揃いのグランドライン学園だった。
「ネット上に流出した画像については、もう打つ手はありませんね」
「私としては、事実無根である以上あのような画像が出回っても痛くも痒くもないので、放置して自然消滅でいいと思っていますが、ロロノア先生はいかがですか?」
サンジに水を向けられ、ゾロも不承不承頷いた。
「私も同じ意見です。特に騒ぎ立てるつもりはありません」
「それでは、モンキー先生はいかがですか?」
いままで沈黙を保っていたルフィが、促されるままに顔を上げた。
「俺も、特に対処するつもりはありません」
「今回は一生徒が巻き込まれていますから、モンキー先生の画像のみ見つけ次第削除と言う形を取るつもりです。ただ、今のところこちらの画像は見つけられませんね。ロロノア先生達の画像はあらゆる場所で検索できますが」
ヒナの意見に、教師たちは半笑いになった。
「ともかく、生徒の名誉と権利だけは我々教師が全力を挙げて守らなければなりません。それを第一に、今後も気を配ってまいりましょう」
教頭が意見をまとめ、この事件は一旦収束と判断された。


ゾロは、普段の彼らしくない態度が気に掛かって、メールチェックをする振りをしてこっそりとメールを打った。
『時間あったら、飯食いに行かねえか?』
対して、すぐに返事がきた。
『俺の行きつけの飯屋でよかったら、奢るよ』
『いいよ、飯代は持ってくれ。俺は酒代を持つ』
交渉成立とばかりに、いそいそと机を片付けて帰り支度を始める。
いつもなら雰囲気を察して真っ先に関わってきそうなサンジは、知らぬ顔で事務作業を続けていた。



「ここは安くて美味くて、量が多いんだよ」
ルフィに連れてこられた先は、駅からほど近い繁華街の裏手だった。
表通りとは違い、ひっそりとした路地裏に目立たない入り口があり、常連客でないとぱっと見店だともわからない。
扉を開けると、普通の居酒屋のようだった。
「酒も美味いぞ」
「いいとこ教えてもらえて、ありがてえな」
小さな座卓を囲んで座り、ルフィはメニューも見ずに「上から順番に持って来て」と乱暴な注文をした。
ゾロも「適当に美味い酒」と注文する。
スタッフは快く受け付けて、さっさとその場を離れた。
「ゾロから飯に誘ってくれるって、珍しいな」
「俺だって、こんなことすんの初めだよ」
早速持ってきたビールで、とりあえず乾杯した。
「ルフィ先生と飯食いに行くなんざ自爆行為だって、散々聞かされてたからな」
「へえ、俺はゾロと飲みに行くってとんでもねえ自爆行為だって聞いたことあんぞ」
そう言ってしししと笑う。
屈託のない笑顔はいつもの彼と変わらないが、ゾロはなんとなく違和感を覚えた。
「なんかね、大人しいと思って」
「ん、俺がか?」
「ええ」
次々と運ばれてくる皿を、ルフィはいつもの調子でテンポよく空にしていく。
そうしながら、時折手を止めて考えながら話した。
「まあな。俺ってさあ、嘘吐けねえんだよ」
「うん」
「誤魔化すのとかも下手だし、つうか、無理だし」
「わかる」
ゾロも、その辺はよく似ている。
嘘や誤魔化し自体が嫌いだし、どうしても必要になったとしたら悪あがきせずに沈黙を守る。
「だからさ、黙ってるしかできねえんだよな」
「それって、あの写真が原因ってことか?」
ズバリ聞けば、ルフィは躊躇いなく頷いた。
「そう。ただ、俺だけの問題じゃなくナミがいるから、言えねえ」
「つまり、あの写真は本物だと」
「おう」
あっけらかんと認めてしまった。
「誰もいない教室で、生徒と抱き合ってたと?」
「言い訳じゃねえけど、あれ抱き合ってんじゃねえぞ。ナミが俺の胸で泣いただけだ」
「まあ、そうなんだろうな」
ともかく、とても意味深な構図の写真だった。
ピントも合っていないし全体的にぼやけていたから、偶然撮れたショットなのかもしれない。
「アブサロムが白状したとこによると、ほんとは演劇部が視聴覚資料室で着替えてたとこを盗撮するつもりだったんだと。そしたら隣の
 教室にいた俺らを見つけたと」
「盗撮は犯罪だぞ」
「そっちはきっちりシメといたから。もう懲りただろ」
ルフィはそう言って、串を咥えながらにやっと笑った。
先ほとは違い、悪い笑みだ。
「それなら安心か。しかしあの女生徒とは…マジでそうなのか?」
言葉を濁したが、つまりは泣きつく程度に親しい間柄かという問いだ。
「おう、俺はナミが好きだしナミも俺を好きだと言ってる」
「…生徒だぞ」
「だから、気持ちは通じてるけど実際になんもしてねえよ。あの時はたまたま、ナミの気持ちが高ぶって泣いちまっただけだ。
 家庭環境がちっと複雑だから」
ゾロは、実はあまりナミという生徒のことを知らない。
というか、サンジが放課後にもう一人の男子生徒と共に指導していたという程度の記憶しかない。
「今回のことは、早い対処で有耶無耶にできてよかったっちゃあよかったんだが」
「ああ、ありがたいなあ」
ルフィはしみじみとそう言って、唐揚げを頬張った。
油断しているとあっという間に皿が空になるから、ゾロも水のように酒を飲み下しつつ適度に箸を動かす。
「俺は大概鈍い方だど、二人の関係って結構知られてんのか?」
「いや、多分誰も知らねえと思うぞ。俺は隠し事したくねえけど、ナミのこと思うとバレない方がいいと思うし。多分サンジくらいじゃねえ
 かなあ知ってるの」
「…サンジ先生は知ってると?」
「あいつナミと仲いいから。ナミからいろいろ相談されてんじゃねえかな」
思いがけない関係性に、ゾロは驚いて眉を顰める。
「何でも相談できる間柄って、そういうのって妬けねえ?」
「ん?誰に、サンジにか?」
そんなのないないと、笑って手を振られた。
「ナミが好きなのは俺だし。俺はサンジも好きだから、なんも問題ねえよ」
「そう言うもんかね」
ゾロは釈然としないものを感じながら、グラスを傾けた。
自分ならどうだろう。
もし、自分との間柄のことをサンジが勝手にナミに相談していたとしたら――――
「…別に、問題ないか」
「そうだろ?」
ルフィはビールを飲み干して、全部おかわり!とグラスを掲げた。




薄々気づいてはいたが、ルフィはゾロと根本の部分がよく似ていた。
最初の内は先輩だからとどこか意識していたがそれも途中で飛んで、帰り際には無二の親友のように近しい間柄に変わった。
サンジとはまた違う種類の、かけがえのない存在だ。
「ありがとな、色々話せて楽しかったしなんか気が楽になった」
物事を生真面目に捉えて考え込む性質ではないが、ルフィはルフィなりに鬱屈したものを抱えていたのだろう。
最初は滲み出ていた、どこか借りてきた猫のような大人しさはすっかり消え、いつもの楽天的で破天荒な明るさが戻っている。
「俺も楽しかった、また飲みに行こうぜ」
「ああまた、今度はサンジも一緒に」
「いいな、そうしよう」
食い倒れとウワバミ相手で文句を言われそうだが、それでも誘ってみたいと思った。
一緒に飲んだら、きっともっと楽しい。

夜も更けて静まり返った住宅街を、いい気分でブラブラ歩く。
ポケットに手を突っ込んで、思い出したようにスマホを取り出した。
着信ランプが暗やみでピカピカと光っている。
サンジからのメールに、自然と湧き上がる笑みを隠さないで目を通した。

「…あ?」
読み流したメールの内容を把握しきれず、スクロールしてもう一度読み返す。

―――提案だけど、俺達はしばらく二人きりで会わない方がいい。弁当の差し入れも止めるし、お互いの家に行き来するのも禁止。俺は屋上にはもう行かない。

「なんでだ…」
思わず乾いた声で呟いて、電話を掛けた。
コール音はするものの、一向に出てくれない。
通話を切って、ともかく家路に急いだ。
アパートに着いてから、靴を脱ぐのもそこそこにもう一度手にしたスマホを開く。
歩いている間に、着信があったのだろう。
サンジからまたメールが届いていた。

―――別に付き合ってた訳じゃねえから、こういうのもおかしいと思うけど。別れよう。

ゾロは愕然として、その場に立ち竦んだ。






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