愛が呼ぶほうへ 3



けれど状況が変わるわけもなく。
俺は意識して普段どおりの生活を続けることに決めた。
クルーはレディ以外はみんな平等。
適当にちょっかいを出して、ゾロとの喧嘩も日課化させる。
まるで旅を始めた当初みたいに、乱暴で気楽な日々。

けれど俺は時折夜中にトイレにこもらなければならなくなる。
消そうとしても消えない記憶の中のゾロに抱かれて、夢精しちまう夜もある。
鍛錬後のゾロとすれ違うとき、無防備に眠る顔を見下ろすとき、俺の心はざわめいた。
如実に反応しちまう身体が恨めしい。
この気持ちが通じる可能性なんて、多分100%残されちゃいないだろうに。
それでもあの熱い手が恋しい――――


「もうすぐ次の島に着くわよ。」
風の向きがずっと良かったせいか、予定より早く島に着くとナミさんが笑った。
「今度はサンジ君も余計な心配掛けずに済んだわね。」
ナミさんに、前の島に着くまでの俺の逼迫した胸の内を悟られてたんだろうか。
俺はそうですねと軽く返事をして流した。
食料の心配はしなくていい。
久しぶりに新鮮な食材が手に入るのは嬉しいが、今までみたいに喜ぶ気持ちも湧き上がらなかった。
もうゾロと連れ立って宿にしけこむこともねえしな。
しょぼーんと肩を落として溜息をついた俺は、とんでもない可能性に気がついた。

島に着く。
俺はこんなに溜まってて、解消できなくて落ち込んでる。
ゾロも溜まってる筈だ。
絶対色街に行く。
ゾロがレディと寝る。

嫌だ。

唐突に、実に唐突に俺の中で何かが競り上がった。
嫌だ嫌だ嫌だ。
ゾロが俺以外の人間を抱くなんて、例えレディでも絶対に嫌だ。
遠くに島影が見えてはしゃいでいるクルーの後ろで、俺は多分蒼白になってただろう。
何がショックって、心底嫌がっている自分自身がショックだ。
ゾロは男なんだからレディを抱きたいと思うのは当然なのに、それが許せないと思う自分が信じられない。
俺はこんなに嫉妬深かったのか。
独占欲が強いのか?

あのごつい手が柔らかな肌を撫でるなんて、あの熱い舌がより深くまで湿らせるなんて――――
かあっと顔に血が上った。
青褪めていた筈の頬に、血が逆巻くのが自分でもわかる。
どうすりゃいい?
どうすれば、ゾロを繋ぎ止められる?



「コックさん?」
不意にロビンちゃんに小声で囁かれて、心臓が口から飛び出そうになった。
間近で切れ長の瞳が気遣わしげに俺を見てる。
その唇は柔らかそうで魅惑的で、ふくよかな胸は甘い香りを放つんだろう。
ダメだ。
俺はレディに敵わねえ。

「大丈夫?顔色が、変よ。」
「うん、大丈夫ですよロビンちゃん、俺は大丈夫。」
無意識に、ぺらぺらと俺は返事していた。
かえって不自然だと気遣う余裕もないくらい、俺はオウムみたいに言葉を返すしかできない。
どうすりゃいいんだ。
ゾロが島を降りる。
ログが溜まるのは2日らしい。
ってことは、今夜一晩なんとか夜をクリアさせれば大丈夫か?
俺は姑息な計算を始めた。
船番はチョッパーだ。
たった一晩のことだから、皆ナミさんから小遣いを貰って好き勝手に散るに違いない。
俺は明日の出航前に買出しができれば良いから、べったりゾロに張り付いてやる。

全員並んでナミさんから雀の涙ほどのお小遣いを貰った。
好きなように使いたければ自分で稼げということだろう。
ゾロはもともと蓄えが無いから、レディを買うほどの金もないようだ。
いや・・・あいつのことだから金銭取引なしにやっちまう可能性もなくもねえかも…などと悶々と考えていたら出遅れた。
気がつけば皆散っていて、俺一人波止場で煙草を吸っていた。
やべえ!毬藻を見失う!
俺は慌てて街中に入った。


ゾロは方向音痴のくせに歩くのが早え。
闇雲にずんずん進むから街の中に留まってるとも限らねえし。
幸い、ゾロはゆっくりとぶらついていた。
目立つ緑色の頭が麦藁帽子と並んで歩いているのが見える。
時折相槌を打つ横顔は笑っていて、俺の胸がきゅうと締め付けられるように痛んだ。

ゾロは、ルフィには素で笑う。
ウソップもチョッパーも同じだ。
ナミさんやロビンちゃんにはぶっきらぼうに見えて、優しい。
戦いの中で多分、全力で守っている。
けど俺は…
肩を並べて馬鹿言って、笑い合える関係でも守られるような間柄でもねえ。
俺は、俺達は、船を下りたら全く接点のない、他人のように余所余所しい仲間だった筈だ。

俺のゾロを追う足は、どんどん歩みがのろくなった。
そしてとうとう立ち止まる。
ゾロの後ろ姿は雑踏に紛れて見えなくなった。
ゾロを見失う。
ゾロと俺の接点も見失った。

もうどうやったら元に戻れるのかなんて、わからねえよ。


文字通り途方に暮れて、俺は手近な酒場に入った。
ゾロを引き止める術も知らねえなら、もうゾロを見ない方が良い。
目を閉じて耳を塞いで、自分の気持ちだけ大事に大事に暖めて、いつか飲み込んでしまえばいいんだ。
時が経てば、きっと終わる。

簡単なつまみとビールを頼んだ。
本当は島の地酒とか試したいところだが、今夜は悪酔いしそうだから止めておく。
まだ宵の口で客はまばらだったけど、カウンターの一つ隣の席で二人連れが、笑いながら話していた。
「―――だろ、だからそん時俺は言ってやったんだ。」
その内の一人の声が、ゾロに似ていた。
声が似ている人同士は、顔の下半分の骨格が似てるんだっけ?
そっと伺い見ると、ゾロより幾分年上か、20代半ば男の二人連れだ。
よく見ると顎のラインが似てるっちゃあ似てる?
ビールを一口飲んで目を閉じた。
「バカ言ってんじゃねえや。ホラも大概にしろよって。」
ああ、やっぱ似てるかも知れねえな。
俺はまたその男の口元を見る。
無精髭が生えてっが、歯並びはいいみたいだ。
あいつと同じだな。
いくら似てても、刀咥えて正確に発音するなんて芸当はできないだろうけど。

「兄さんは旅の人か?」
唐突にその口がこっちに向けられて、ビックリした。
どうやらチラチラ視線を送っていたのがわかったらしい。
「せっかくだからこの島自慢の酒、飲んでけよ。俺のおごりだぜ。」
男が気前よく声を掛けてくれる。
ゾロなら絶対に言いそうにない台詞だけど、ゾロに言われたみたいで嬉しくなった。
「ああ、ありがとう。」
俺は遠慮なく笑みを返す。

どこからきたのか。
この島はどうだい?
陽気な二人連れと意気投合して杯を交わす。
この島で生まれ育って、時折出稼ぎで他の島へ出て暮らしているのだという。
船に乗っていつか旅をしてみたいとも言っている。
俺達とは正反対の穏やかな人生。
屈託も含みもなく、軽く肩を叩かれて、手が触れた。
それでも俺はその声にゾロを求めずにいられない。
ゾロともこんな風に情欲抜きで会話を交わしたり、触れ合ったりできないだろうか。
ただの仲間として、命掛けて張り合って生きていけないだろうか。

もう何杯目だかの地酒を空にして、俺は男の口元をじっと見詰めた。
その口端が皮肉みたいに上げられるのが目に映る。
「あんたさ、酔っ払うとそうなんのか?」
視線を遮るように覗き込まれて、ゾロと似てない目が入る。
「そんな目で見られっと、そのケがねえのに気になっちまうぞ。」
ゾロに似てない男がゾロの声で笑う。
「なんか危なっかしいなあ。それとも俺、誘われてんのかな。」
ああ、何が似てるって声が似てんのが一番いいな。
眼を閉じたらきっとゾロに抱かれてる気分になれる。

したたかに酔ったせいか、俺は目を開けていられなくて男の肩に額を乗せた。
隣の男と何か小声で囁きながら、男が俺の手を掴む。
ああ、野郎の体温なんて、どれも似たり寄ったりだな。
分厚くて熱い。
「兄さん、確かに声を掛けたのはこっちだが、ウリなのかはっきりしてくれ。その・・・そっちの
 商売か?それともただ酔っ払ってるだけなのか?」
ああこの言い方はゾロらしくねえなあ。
ビビってやがんのかなあ。
俺は下からすくい上げるように見上げた。
男の顔が赤らんでるのがわかる。
さっき、こいつなんて言ったっけ。
そのケもねえのにその気になるって・・・
そうか、その気になったのか?

またしても唐突に、俺の頭の一ヶ所に血が集まった。
ノン気の男がその気になったんだ。
ゾロももしかしたら・・・
そこまで考えたらいてもたっても居られなくなって、がばっと跳ね起きたら頭がくらくらする。
「おいおいおい、大丈夫か兄さん。」
よろめく俺を支えてくれる男を、きっぱり押しのけた。
「いや、あんがと。酒おごってくれて・・・ご馳走になった。美味かった。」
足元がふらついてんのがわかるが、こうしちゃいらんねえんだ。
「あーおごりは一杯目だけかなあ。2杯目からの分は払うから。あ、こんだけで、足りっかな。」
ゆらゆらしながら財布に手を伸ばす俺に、男達はいいからいいからとなだめてくれた。
「珍しいお客さんだ。全部俺らのおごりでいいぜ。」
「それよりかなりやばそうだぜ。ちっと休んでいけよ。」
親切に引き止めてくれるが、俺はこうしちゃいらんねんだって。
ありがと、と財布は仕舞って足を踏み出す。
かくんと膝が折れて転びそうな俺の肘を、男が掴んだ。
「兄さん、まだダメだって。水飲んでけ、な」
「ああ…れもこうしちゃいらんねんだ。俺、人を探さなきゃ…」
ノン気の兄さんがその気になったんだ。
今ゾロを見つけたらその気にさせられるかもしんねえ。
「見つけなけりゃ、なんねえんだ。緑色の頭・・・」
「緑色?」
男達が顔を見合わせる。
「緑色って、さっきからそこで飲んでる男は緑色の頭だぞ。」

驚いて振り返った。
こともあろうに、直ぐ後ろの隅っこでゾロが一人で飲んでいた。
呆れたような顔をして。








かあっと頭に血が上ったのがわかった。
いつから?
一体いつから見てやがったんだ!

「何やってんだ、お前。」
顔の表情そのままに、心底馬鹿にしたような平坦な声が響く。
「あんた、この兄さんのお連れさんか?」
似た声が応酬したので、連れの男が変な顔をした。
「ああ連れが世話になったな。」
連れ・・・連れだよ。
俺ゾロの連れ。
じいんと胸に来ちまった。
むやみに感動して余計うまく歩けねえや。

「これは俺の飲み代だ、こんで足りるか。」
ゾロは俺の肘を掴んで金を支払った。
ああ、足らなかったら俺が貸してやるぞ。
「外はひどい雨が降ってますぜ、酔っ払い連れて出歩くのはちときついよ。」
酒場の主人が親切に教えてくれる。
ゾロが扉を開けたら、たたきつけるような雨音が店内に流れ込んできた。
「ああこんくらいの方が、こいつも酔いが冷めていいだろ。」
「そりゃあんまりだ。悪いことは言わないからこの2階に泊まっていきなさい。1部屋2000ベリーだ。高かあないだろ。」
そうだ、そうしてやれと男達も薦めてくれる。
根が善良な、気のいい人たちだなあ。

よってたかって説得された形で、ゾロは渋々宿代を支払った。
俺の襟首を掴んだまま引きずるみたいに階段を上り、部屋に押し込める。

ただ寝るだけの簡易なベッドが二つ納まった狭い部屋は、質素だが雨露をしのげるだけで天国だ。
俺は備え付けの水差しからがぶがぶ水を飲んだ。
何とか身体ん中からアルコールを出さねえと、役に立たねえ。

ゾロはこれ見よがしにでかい舌打ちをしてごろりとベッドに横になった。
「・・・なんで、ブーツ脱がねえんだよ。」
俺の問いに面倒臭そうに答える。
「ひと眠りしたら出かける。」
レディだな。
レディを買いに、行くんだな。
くいっとコップ一杯の水を呷ってダンとテーブルに置き、勢いをつけた。

「お前、もう金ないんだろ。」
しゅるっとネクタイを外す。
震える指でボタンを外して、途中から面倒になってシャツの前を引きちぎった。
「代わりに俺がいいとこ連れてってやるよ。てめえは寝てろ。」
そう言って、俺は寝そべるゾロの腹の上に股がった。

我ながらかなり大胆だと思う。
素面じゃとてもできねえだろうと、どっかで冷静に考える自分がいる。
だけどもう止めることなんかできねえ。

胸をはだけた俺に跨られても、ゾロは別段驚いた風でもなく冷めた目で俺を見上げていた。
両手は頭の後ろに組んだままだ。
大丈夫。
俺はノンケの男もその気にさせる魅力があるんだ。
さっきの男が俺を勇気付けてくれた。

俺は深呼吸して、ゾロの固い腹に手をあてた。
腹巻をめくって白いシャツも捲り上げ、深く刻まれた腹筋をなぞる。
いつ奴の手で張り倒され、罵倒されるかわからないが、もう俺は必死だった。
後には引けねえ。
ズボンを引き下げると、でろんと普通状態のゾロが顔を出した。
それでも充分にでけえ。
凄く凄く久しぶりな気がして俺は両手でそいつを大切に包み込んだ。

「おい?」
少し焦った感じでゾロが声を上げる。
その声に励まされたみたいに俺はそいつを口に含んだ。

萎えてるそいつはぷにょっぷにょと心許ないが、それなりに可愛い気がある。
俺は知ってる舌技を総動員して優しく丁寧にそいつを愛撫した。
歯を立てないように唇で圧迫して丹念に舐める。
扱く力はきつめの方が良かったはずだ。
ゾロが覚えてなくても身体は絶対覚えているはずだから。

俺の努力が功を奏したのか、勃ち上がるまでにそう時間はかからなかった。
元気に鎌首を擡げるそれに嬉しくなって、一層吸う力を込める。
多分、馬鹿みたいにむしゃぶりついてる俺の姿は、ゾロには色狂いにしか移らないだろう。
「おい!」
ゾロの手が、俺の前髪を引き抜きそうな勢いで掴んで無理やり上向かせた。
少し歯が当たっちまったか。
痛くねえんだろうか。
涎で口元をべたべたにしながら咥えたまま上を向いた俺に、ゾロは息を飲んだみたいだ。
なんともいえない表情をしている。

「お前・・・どうしちまったんだ。」
戸惑ってるんだろう。
声が上擦っている。
ゾロの記憶の中にこんな俺は居ないはずだから。
「うっせえマグロ。てめーはマグロだ。」
充分硬くなったゾロを握ったまま、俺は腰を上げた。
自分の唾液でべとべとになった指を恐る恐る後ろに差し込む。
いつもゾロが解してくれてたから、自分ですんのはなんか怖い。

「うえ・・・」
自分でやってて気持ちが悪い、妙な感じだ。
けどここを解さなきゃゾロのモノを受け入れられねえ。
俺の手の中でゾロのがどくんと脈打った。
俺がなにしてんのか分かったんだろう。
それに勇気付けられて、俺はより深く自分ん中に指を入れる。
ここに、ゾロのを―――
無用に力が入って、逆に締め付けちまった。
ああなんでうまくいかねえんだ。
俺は業を煮やしてゾロのモノをあてがった。
ゆっくりと腰を下ろす。
硬いそこは弾き返すように拒んでるのに、無理やり体重を落とした。




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