■あるひあひるだ  -1-


唐突に元(?)に戻って恐慌状態に陥った毛玉を、強く抱き締めてまずは落ち着かせた。
が、いかんせん気温が高い。
抱き締めるゾロの腕も、あひるの体温も熱くて羽毛がぺったりとして。
正体がバレたから消えようとするのではなく、単に暑くて逃れようとする動きに変わったあひるを抱いて、ゾロはそのまま風呂場に直行した。
すでに水が張られた風呂の中にあひるを下ろし、自分は手早く服を脱いで洗濯機に放り込んだ。
シャワーでざっと汗を洗い流す。
水に浸かったあひるは殆ど本能でか、狭い浴槽内で水掻きをしながらクルクル回り、首だけ突っ込んで潜ってプルプル、尻までピルピルを繰り返してひと心地ついていた。
もはや、どこからどう見てもただのあひるだ。

―――ぴるるってこれだったんだな。
シャワーで髪と身体を一通り洗ったゾロは、浴槽の縁に腕を乗せてじっとその動きを観察していた。

小さくて丸い頭。
すんなりと伸びた首。
滑らかで真っ白な羽毛に、明るい色のぺったりとした水掻き。
尻尾の方に羽毛が固まって、くるんと丸く反り返っている。

「尻尾が巻いてんのは、オスだっつったっけか」
尻尾の先を抓んで尻を引き上げれば、短い足が飛んできてとてつもない勢いで蹴られた。
やっぱり、あひるでも脚力は強いらしい。
ゾロを牽制するように、首を伸ばしてクワッと嘶く。

「悪い」
笑いを噛み殺しながら謝り、繁々とその顔を見た。
あひるなのだけれど、どこかあひるらしからぬ顔付き。
なにせつぶらな瞳は綺麗な蒼だし、眉毛まであるし、しかもその眉がくるんと捲いているし。
―――やっぱ、ただのあひるじゃねえ。

じっと見つめていると、なんだかきまりの悪そうな顔をして再び水の中に潜り、顔を出してぴるぴるしてからくちばしをゾロの手の甲に当てた。
ツンツンと遠慮がちにつつく。
「もう、上がるのか?」
問えばこくんと長い首を縦に振った。
どうやら言葉がわかるらしい。

「お前やっぱり、サンジなんだな」
そう言えば、あひるはとても哀しそうな表情をしてコクンと頷いた。



抱き上げてバスタオルでざっと羽毛を拭いてやり、足マットの上に下ろした。
あひるの足では遠くまで逃げまいと踏んで、ペタペタ歩くのをそのままに自分も身体を拭く。
濡れたなりで居間に帰るとサンジに怒られるからだ。
もう、人間の言葉で怒ってくれないかもしれないけれど、サンジに躾けられた行儀はゾロから抜けないだろう。

きっちりトランクスとランニングを着て居間に出ると、あひるは小物入れの引き出しにカツカツくちばしを当てていた。
首を傾け、開いたくちばしの間に取っ手を挟みこもうともがいている。
「開けるのか?」
そう聞けば、あひるはゾロを見上げて首を振った。

引き出しを抜いて床に置いてやる。
あひるは中を覗き込み、くちばしで中身を捲ろうとした。
綺麗に畳まれた包装紙やらリボンやらがちゃんと取ってあって、広告の裏紙を利用したメモ帳なんかも入っている。
それらをゾロがゴソっと取り出せば、一番奥に白い封筒が入っていた。

「これか?」
聞けば再びコクンと頷く。
あて先は「ゾロへ」となっていて、ゾロの心臓がどきんと鳴った。

鉛筆書きで、稚拙な文字だ。
サンジが字を書いているところを見たことがなかったが、もしかしたらあまり書いたことがなかったのかもしれない。
総菜屋への面接に行くのも、履歴書を代筆してやったっけか。
そもそもがあひるだから、字を書く習慣はなかったのだろうか。

宛名が自分になっているのだけれど、どこか躊躇いながら封を開ける。
あひるはそんなゾロの前にぺったりと座って、じっとゾロの顔を見上げていた。

白い便箋に綴られた文字はやっぱ大きさもちぐはぐな、下手糞な字で。
けれど鉛筆に力を籠めて、一生懸命書いたのがわかる奇妙な読みやすさがあった。



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