about you 2



「おい見ろよウソップ、脱衣カゴの隅にクソマリモの汗まみれのシャツが、えらい長いこと放置されてたみたいだぞ。」
「うげー…見せるなそんなモン!」

あれからサンジは何かとウソップに報告に来るようになった。
その大半がゾロに関することで、昨日は苦手なレアチーズを苦虫でも噛み潰してるみたいな面で全部食ったとか、錘に内緒で500gの硬貨を貼り付けといてやったら手に持っただけですぐに気づいたとか、今日は雨だから格納庫で腕立て伏せされると汗沁みが床について困るだとか…そんなことだ。

「そいでな、試しに俺のシャツに使ってる柔軟剤を奴の汗拭きタオルに使ってやったんだよ。そしたら、
 あの分厚い皮膚でもさすがにわかんのかねー。怪訝な顔して拭くのを止めて、どうしたと思う?」
サンジの目は爛々と輝いている。
ウソップは答えに困って「さー?」と首を傾げて見せた。
「自分の頬にすりすりってしてな、匂い嗅ぎやがった!あんまりらしくねーから笑いを堪えるのに苦労したぜ。」
「へー・・・」

ずっとこの調子だ。
サンジにしてみればずっと一人で観察していたゾロの生態を誰かに話せるのが嬉しくて溜まらないらしい。
最近では「マリモ観察日記」なるものまでつけて、ウソップに無理やり見せる。
あくまで自分独りのマイブームだったものを他人に話せるのは楽しいって気持ちはわからないでもないが、ウソップにしてみれば、正直もう勘弁してください、だ。
別にゾロが何を食べてどんな顔してよーがどーでもいい。
今日の鍛錬で汗を吸い取ったタオルが何gだろーが、ジジシャツ以外の服を着てよーが、本当にどーでもいいのだ。
ただあんまりにもゾロについて語るサンジの顔が嬉々としているので、無碍にもできない。
耳だけ貸すなら無害だろうとなるだけ適当に相槌を打って聞いてやっている。
だから今夜も、なぜかキッチンに入り浸って差し向かいで酒を摘まみながら語り合ったりしているのだ。
主にサンジが一方的に。







部品を弄繰り回していつものように適当にほーとかふーんとか言っていると、重い靴音がして扉が開いた。
途端、ウソップの肩越しに顔を近づけていたサンジがパッっと身体を引く。
「なんだなんだクソサボテン。今夜はてめーが不寝番だろうが。夜食は持ってってやるから、サボってんじゃねーぞ。」
火がついてない煙草を噛みながら殊更ゆっくりとした動作で席を立ち、キッチンに向かう。
なんかわざとらしよなーとその後ろ姿を見送ってゾロを見たら、目が合ってしまった。
目が合うと言うより、もしかして、睨んで、る?

「なんだよ、ゾロ。」
「・・・別に。」
全然別にじゃねー。
声が低い。
ウソップは心当たりもないまま本能で恐怖を感じていた。
もしかしてゾロ、機嫌悪い?
っつーか怒ってる?

なんでだ。
大体明らかに挙動不審なサンジを無視してなんで俺に注目してんだよ。

疑問に思いながらも聞くに聞けず、気づかないふりをしてウソップはいそいそと片付けはじめた。
三十六計逃げるにしかずだ。
「んじゃサンジ、俺そろそろ寝るわ。」
「おうウソップ、また明日な。」
また明日って・・・うんざりしながら手を上げれば、横からビームみたいに突き刺さるゾロの視線が痛い。
なんだってんだ、まったく。
ウソップはゾロにも愛想笑いで手を振ってキッチンを後にした。













数日前にナミが予測したとおり、島影が見えてきた。
割と大きな街だ。
久しぶりの上陸ではしゃぐクルー達を尻目に、ウソップは倉庫整理に狩り出されていた。
「悪いなあ。ちいと多めに買出しときたいからよ。ナミさんがおっしゃるにはこの島出てからは当分寄港しそうにねえらしいし。」
「そりゃ構わねえぜ。俺も仕入れしたいし、楽しみだよな。」
サンジはよいしょと箱を持ち上げた手を止めて、だよなーとしゃがむウソップを見下ろした。
「普通楽しみだよな。皆いろいろすることあるしよ。けど、ゾロはいっつもどうしてんのかな。」
またゾロだよ。
ウソップは内心辟易しているが表には出さない。
大概船番をかって出てくれるから、助かってはいる。

「まあ刀の手入れ用の小物買ったり、結構買い物はしてんじゃねーの。」
「そいでたいした用もないのに迷子になって集合時間に遅れたりすんだよな。今度発信機つけてくれよ。」
それは必要かもなーとウソップも思う。
サンジはきょろりと首だけ傾けて戸口を見ると、ウソップの横にくっつくようにしゃがみ込んだ。

「なあ、実際どう思うよ。やっぱあいつもお姉さまのお世話になってんのかな。」
「いきなり何言い出すんだお前。」
ウソップはすっかり脱力してしまった。
別にゾロが色街行ってよーがどーでもいい。
「だってよう、気になんねえか。あのクソ剣士がどんな風にSEXすんのか。魔獣モード全開で想像通りの暴れん棒か、案外マジメくさって丁寧なのか・・・」
「おいおいおいおい」
ウソップは心底呆れてじとっとサンジの顔を見た。
「お前ね、コックとしてクルーの好みを知りたいってえ気持ちであれこれ観察すんのはわかるぜ。けどなんか段々範疇をこえてるぞ。そんなの思いっきりプライベートな領域じゃねえか。」
「だってよー。」
口を尖らせて反論する様はとても自分より年上とは思えない。
「考えても見ろよ、四六時中鍛錬するか寝るかで潤いのひとっ欠片もねえ生活パターンだぜ。そりゃあ俺も多少は協力してトレーニングの直後は意識的にアミノ酸や蛋白質を取らせるようにしてるしビタミンやミネラルもたっぷり取れるようにしとかねえと筋肉を組み立てる酵素が働かねえと話になんねえし・・・」
トレーナーかよ、お前は。
「まあそうやって気を遣ってやっている以上、ある程度俺の好奇心も満足させて貰わなきゃな。だって想像できっか?あのじじシャツ腹巻がレディの前で鼻の下延ばしてる図。」
伸ばさねーと思うぞ、お前じゃねえし。
「だからよ、この島で二人であいつの後つけねえ?」
「なんでだよ!」
思わず声に出して突っ込んでしまった。
「興味あんなら独りで行きゃあいいだろうがっ」
「ええ〜、おかしーじゃねえか。何で俺がマリモの後つけなきゃなんねえんだよ。」
「お前がつけたいと言っただろーが・・・」
頭が、頭が痛い。
「いーじゃねえか、結構長居するみたいだし、買い物の時間は充分あるぜ。ちょっと付き合ってくれよう。」
ウソップはサンジの額にでこをくっつけて反論した。
「冗談じゃねえぞ、大体てめえはこないだから・・・」

「―――――おい。」

地獄の底から響くような低い声が流れた。
びくりと身体を震わせて、ウソップが硬直する。
「上陸準備するんだとよ。早くしろ。」
ぞっとするような冷たい声だ。
ウソップはなんだか怖くて振り向けないのに、サンジはウソップを押し退けて立ち上がった。
「ったく急に来んなクソハゲ。すぐ行くよ。」
床に置いたままの箱を元に戻して手を払った。
「じゃあウソップ助かったぜ、さんきゅな。それから、また頼む。」
頼むなよ。
何を頼むんだよ。
もう頼んでくれるなよ。
ウソップは冷や汗をダラダラ流しながら腕を組んだままじっと立っているゾロの前をぎこちなく横切った。
なんだか視線が、とっても痛いんですけど・・・。
怖くてとても振り向けない。





「それじゃ、船番はロビンとチョッパー、よろしくね。」

上陸して早々に解散となった。
忍び足で立ち去ろうとするウソップの首根っこを捕まえて、サンジが人差指を立てる。
「付き合えよ。約束だぜ。」
してねーよ。
力いっぱい否定したいのに、有無を言わさず連れ去れた。





三本の刀を挿して真っ直ぐ歩く剣士の後ろ姿を、時折物陰に見を潜ませながらさりげなく窺う。
端から見たら怪しいことこの上ないが、当のサンジは尾行みたいだと嬉しそうだ。
「みたいじゃなくて尾行なんだよ。ったく、仲間の後つけて、何が楽しいんだか。」
「楽しいぜ。ほら見ろよ。」
促されてゾロを見ると、早足をぴたりと止めて、じっと花売りの屋台を眺めている。
数えるように僅かに首を揺らして街灯と看板、それに向かいの店を眺めた。
「あーやって来た道を覚えてるつもりなんだよ。けどな、あいつ最初に屋台みただろ。屋台は移動するんだってえの、ほんとバカだよな。」
心底楽しそうにきしきし笑っている。
ウソップがうんざりしながらもサンジのマニアックな報告に付き合っているのは、こんな楽しそうな様子を見てるのも悪くないと思ったからだ。
楽しんでいる人を見てるのも結構楽しい。

「お、また動き出したぞ。あ、もう宿に入んのか。早えーなあ。」
宿屋の外で暫く張ったが一向に出てくる気配がない。
「もしかしたらあいつのことだから、もう部屋に篭って腕立て伏せでもやってやがんのか。それとも寝たかな。放っとくとロクに飯も食いやがらねえから・・・」
ゴミ箱の影に隠れて煙草を吹かしながらブツブツ言ってる様は立派におかしな人だ。
できるだけ他人のふりをしていたい。

「お、出てきやがった・・・と思ったら食堂かよ。とっとと飯食って寝る気か?」
少し身を浮かせてからまたしゃがむ。
「長い航海だったから溜まってんじゃねーのかなあ。俺の予想ではいの一番で娼館に飛び込むと踏んだんだが。なあお前、どう思う?」
「だから俺に聞くなって。」
「ち、お子ちゃまめ。いいか、男ってえのはどうにもこうにも止まらねえことってのがあってだな・・・」
―――――お子ちゃまはてめえだよ。
喉元まで出掛かった突っ込みを辛うじて押さえる。
もうほんとに勘弁して欲しい。
「あのよ、俺もそろそろ宿探したいからこの辺で・・・」
「ああ?宿なら目の前にあるじゃねえか。奴の泊まってる宿なら動向を把握しやすいだろ。」
別に把握したくないんですったら。
「相部屋なら安くつくじゃねーか。その分買い物に回せるぜ。」
そのことに不服はないが、もしかして一晩中ゾロの話を聞かされるかも知れない。
それだけは、もう勘弁して欲しい。
「よし、そうと決まったらこっちの店で飯食っちまおうぜ。奢るよ。」
スキップでもしかねない軽い足取りのサンジの後ろを思い枷でも付けたかのごとき足取りでウソップが続く。

そうして夜は更けて行った。



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