about you 3



「おい、まだ終わらねーのかよ。」
「今23人抜きだ。あ、一人つぶれた。これで24人か。」
宿の隣の酒場でゾロが飲み比べを初めて、かれこれ1時間は経っている。
「あれで飲み代浮かせるつもりだぜ。せっけーなあおい。」
「思ったより行動範囲が狭いよな。学習能力あるんだなあ。」
付き合っているつもりはないが、酒場でグラス1杯で粘ることも出来ないので、そこそこ二人して飲んでいる。
お互い強い方ではないから、かなり酔いが廻ってきた。
「お、また一人つぶれたぞ。残るはあの大男だけか。」
「あんだけ飲んで、勃つのかよ。」
ゾロの背中に、肩も露なドレスを着た美女が豊な胸を押し付けるようにしてべったり貼り付いていた。
涼しい顔で次々と杯を開けるゾロ横顔に熱い視線を送っている。
「っきしょ〜・・・今夜はあのお姉さまがお相手かあ?く〜〜〜・・・」
かなり酔っ払ってとろんとしたサンジの目は、心なしかゾロにくっ付いている女の目とよく似ていて熱い。
ウソップはやれやれと首を振るつもりでぐわんぐわん揺れてしまった。

「もーいーだろが。今夜はゾロはあの人と過ごす。そんで満足だろ。もう部屋戻ろうぜ。」
「いんや、せめてあのレディをどうエスコートして部屋に戻んのか見てえ。あの酔っ払い、脂下がった顔でレディの腰持ったりするんじゃねえだろうな。」
サンジは赤い顔をして爪を噛み始めた。
一体なんなんだ、こいつは。
「畜生、あーんなおっきいおっぱいvいいなあ。やっぱおっぱいがいいんだろうなあ。レディはやーらかくていいよなあ。」
呂律の廻らない舌で呟き続けている。
その目が泣きそうに眇められているのが、不自然だ。

「サンジ、泣き上戸か?」
「うっせー、羨ましーだけだ。」
ぐすんとサンジは鼻を鳴らした。






いきなりどおんと鈍い音を立てて、大男が床に倒れる。
やんやの歓声とともにゾロの勝利が宣言され、女が嬌声を上げてゾロの首に抱きついてキスをした。
サンジは何も言わない。
拗ねた子供みたいな顔で、ただじっと見ている。

「それじゃ、俺の飲み分はそのおっさんにツケといてくれ。」
ほくほく顔の店主に言って、よろめきもせずに立ち上がる。
女を押し退けて、まっすぐ隅に座っているウソップを目指して大股で歩いてきた。

「高みの見物か?」
「よ、よお・・・ゾロ・・・」
サンジはだらしなくイスに座って憮然とした顔で睨み上げた。
「ったく、うわばみ野郎め。レディを邪険にしてんじゃねーよ。」
女達が笑いながら駆け寄ってきた。
「いや〜ん、お友達?」
「一緒に飲みましょうよ。」
へにょんとたれ下がるサンジの顔を遮るように、ゾロはきつい目で振り返った。

「失せろ。」

ぴりっとその場の空気が凍りついた。
一声だけで制するような威圧感だ。
「この唐変木!レディになんて口ききやがる!てめーはあっち行け、お姉さんはこっちい〜んv」
へらへらとハートを飛ばすのに、女達は怯えて向こうに行ってしまった。
サンジだけが状況を把握できずにでろーんとしている。
「ゾロ、サンジは酔っ払ってんだよ。悪いけど部屋運ぶの手伝ってくれ。」
「部屋、だと?」
またしてもぴきりと空気が凍った。
なんだってんだ、一体。
「お、おおおお俺たちもこの宿に部屋取ってんだよ。偶然だな。はは・・・」
「バカマリモはもうどっか行け。俺あウソップと一緒に寝んだ。てめーはお姉さまお持ち帰りでもしてろってんだ。」
刹那、その場に張り詰めたのは紛れもない殺気。
しかも、狙われてるのは・・・
「俺かよ!」
ウソップは思わず声に出して絶叫した。

明らかに殺意を持ってゾロが睨んでいる。
なんでなんでなんで―――――
なんでココで俺が殺られなきゃならないんだっ

蛇に睨まれた蛙のごとく、硬直したままだらだら脂汗を流すウソップを視線だけで半殺しにして、ゾロは気を逸らせた。
無言でサンジの首根っこを猫みたいに引っ掴んで持ち上げる。

「コラ、バカ侍、オロすぞオラ!」
声だけは威勢良く引きずられていく。
何事かと見守る周囲に愛想笑いさえ残して、ウソップは怯えながらも後に続いた。





先回りして奥の部屋の鍵を開ける。
二つ並んだベッドの片方に乱暴に投げ込むと、長い手足を跳ねさせながら「気持ち悪い〜」とうめいた。
「あ、ありがとよ。」
だからもう出てってくれ・・・と暗に促してもゾロは腕組みをしたまま仁王立ちして動こうとしない。

「こないだから、てめえらいやにコソコソしてやがったが、一体いつから宿とって一緒に寝るほど仲良くなったんだ?」
口調が刺々しい。
声に険が含まれている。
額に青筋が浮いて、組んだ腕の筋肉も不必要に盛り上がっていた。


―――――怒ってる?
なんで、なんでだ。

ベッドに大の字で寝転がったままのサンジの横で、ウソップは否応なしに一つの可能性にたどり着いた。
つまり・・・そう言うことですか?

何故ゾロが怒っているのか。
何故サンジは泣きそうな顔になっていたのか。


―――――マジかよ。







答えないウソップに苛立ったようにゾロは一歩踏み出した。
ウソップは一歩下がる。
またゾロが進む。
「ま、待て待て待て待て・・・違うぞゾロ、誤解だ!」
「・・・なにがだ?」
壁際まで追い詰められて、もはや絶体絶命だ。
ウソップの命はまさに風前の灯。
「激しく誤解だ。俺とサンジはなんでもねえぞ。つうか、俺たちが話してたのは主にお前の・・・」
「ウソップ!」
サンジが声だけで割り込んできた。



「・・・ケリ殺すぞ。」

ひえええええ〜〜〜本気だ。
こっちも本気だ。
余計なことは言うなってか?
「言え、返答次第によっては、仲間でも斬る。」
ひいいいいいいいいい〜〜〜
どちらにしても、このままでは只では済まない。
ウソップは膝をかくかくさせながらも、ゾロに一歩近づいた。
「ならゾロ、サンジが暴れないように押さえてろ!」
了解とばかりに、素早くゾロが ベッドに飛び乗った。
膝を蹴り上げるより一瞬早く圧し掛かる。
「てめっ、きったねーぞ、ウソップ!!」
「バカ野郎、俺だって命がかかってんだ!それにそれに・・・」
ウソップはごくりと唾を飲み込んだ。
「もうこれ以上巻き込まれるのはごめんだぞ。ゾロ、サンジがやたらと俺に話し掛けてきたのは、お前の話だ。」
「なんだと?」
サンジの両手足を戒めて、全体重をかけながらゾロが振り向いた。
「明けてもくれてもてめえの話ばっかりだ。聞かされてるこっちの身にもなれってんだ。」
視線を泳がせて、戸惑った表情でゾロがサンジを見下ろす。
サンジは耳まで真っ赤に染めて、殺す、オロす、と呪いみたいに呟いている。

「ここに宿取ったのだって、お前の後をつけてたんだ。島に降りてからどう過ごしてるのか知りたいっつって・・・」
「覚えてろよ、畜生っ・・・」
サンジはすでに半泣きだ。
ゾロは口をあけたままウソップとサンジの顔を交互に見比べた。
「・・・なんで、こいつはそんなこと知りてえんだ。」
「それはサンジに直接聞け。それから、なんでてめえが俺を斬り殺してえほど怒ったのか、それもちゃんとお前からサンジに言え。」
ウソップはなけなしの勇気を振り絞ってそう言うと、二人に背を向けた。
端から見るとゾロがサンジを押し倒して押さえつけているようにしか見えないから、いかがわしいことこの上ない。

「てめえ、このクソコック。俺の何が知りてえってんだよ。」
「けっ、いつもスカした面してやがっから、どーやってレディ口説くのか見てみてえって思っただけだ。」
サンジは開き直ったのかそれでもソッポを向いたまま正直に言い返す。
「そんなこと、知りてえのかよ。」
「おう、なんせ観察日記つけてっからな。てめえの生態を研究して論文書いてやる。昼寝の極意から夜の生態までだ!」
自棄を起してゾロの真正面を向いて吠えたら、がしっと両手で顔を挟まれた。

「なら、教えてやる。」







―――――?

突然会話が途切れて沈黙が流れた。
壁に向かってたそがれていたウソップは不審に思って思わず振り返る。




―――――見なきゃ、よかった。

ウソップ人生最大の後悔。
ほん数メートル離れただけのベッドの上で、熱い口付けが交わされていた。



がぼ――――――――ん









開いた顎を戻す術もなく、ウソップは飛び出た目玉もそのままに、固まるしかない。
何度も角度を変えて深まる口付けは湿った音を伴って濃厚なラブシーンへと変化していく。

すっかり抜けてしまった腰を引きずりながら、ウソップは自分の荷物を掴み後退り態勢でなんとか部屋を抜け出した。


と、とととととんでもねえことだ。
ああ神様、慈悲深き神よ、どうか我らを救い給え・・・

居もしない神に祈り、滂沱の涙を流しながら静かに扉を閉める。
それでもドアノブに「起さないで下さい」のプレートを掛けてあげるあたり、自分でも嫌になるほど気がつくな・・・と自嘲して―――――

人気のない廊下でしばし、さめざめと泣いた。















「ゾロはともかく、サンジ君が集合時間に遅れるなんて、珍しいわね。」
ナミが時計を見ながら苛々と足を鳴らした。
「買出しに時間取ってるんじゃないか?ゾロも荷物持ちで一緒かもな。」
チョッパーは見張り台から望遠鏡であちこち探している。
ウソップはげんなりと船縁に凭れながら何かと思い出深い街を眺めていた。

あれから5日経つが視覚から入ったショックが強すぎて、なかなか立ち直れそうにない。
あの二人がこの船に戻ってくるのも凄く怖い。
帰っていきなり殺人的キックをくらうかもしれない。
アバラの2、3本は覚悟しようと思っていたが、このところそれを上回る恐怖に苛まされている。

―――――もしも、もしもサンジのマリモ観察報告に、夜の生態が加わったら・・・
あれ以上に事細かに聞きたくもない、世にも恐ろしい話を延々聞かされるのかと思うと、心配で夜も眠れない。

深深と溜息をつくウソップにナミが声を掛けた。
「ウソップ、あんたこの島に降りる時サンジ君と一緒だったわね。何か聞いてる?」
「いんやーなにも・・・」
「ここ最近コックさんと仲が良かったものね。」
にこやかにロビンに指摘されて、アワアワと首を振った。
「じょ、冗談じゃねえ。別に仲がいいとか親しいとかじゃねえぞ。サンジが勝手に俺にあれこれ話し掛けてただけだ。」
「へー、意外ね。サンジ君ってそんなタイプなの?」
ウソップは鼻息も荒く言い募った。
「意外も何も、あいつは見た目以上にガキっぽいんだぜ。ちょっとしたコックの拘りだかなんだかを話してわかる相手が見つかった途端、堰を切ったようにあーだこーだと話し始めたんだ。まあ本来コックなんてキッチンを根城にして孤独な職場ではあるし、常人には理解しがたい職人ならではの面もあるからな、そう言うのを話せる相手が出来て嬉しかっただけさ。俺に限ったことじゃねえんだぜ。ちょっとよく見てりゃ、サンジなんて実にわかりやすい表情してっから、ナミたちに褒められっと大げさなくらい喜ぶけど、俺ら男でも内心すげ―嬉しがってるし、そんなときに限って仏頂面になったり乱暴な口きいたりするけど、よく耳朶とか見てたらすぐ赤くなってんだよな。あと煙草に火つけてないときは他のことに気い取られてることが多いとか、レシピノート読んでるふりしてほんの数分爆睡してることがあるとか、洗濯物を干すときはちゃんと生地を裏返して縫い目まで乾くように干してるとか、テーブルを拭く時は必ず時計回りに2度拭きするとか、食器をしまう順番は左からとか…お前らも気づいてるよな。」
ぺらぺらと喋り捲って、はたと気がついた。
クルー全員の目が自分に向いている。

「な、なんだよ。」
ナミが腕を組んで溜息みたいに息を吐いた。
「驚いたわ。ウソップがホラ話以外でこんなに喋るなんて・・・」
「しかもコックさんのこと、本当によく見てるのね。」
「すげーなあ、ウソップ。なんかすげーぞ。」
チョッパーまで何故か目をキラキラさせている。

「確かにすげえ。ウソップ、お前サンジが大好きなんだな。」
きっぱりとルフィに言い切られて、ウソップは慌てて首を振った。
「ち、ちちち違うぞルフィ!断じて俺は・・・」
「好きって言うより、マニアックよね。サンジマニア?」
「マニアだな。」
「マニアね。」
「何がマニアだ?」
気がつけばでかい麻袋をいくつも担いだゾロが船縁に上って来ていた。
後ろにはサンジのアヒル頭も見える。


「なんのマニアだ?」

ゾロの双眸が壮烈に眇められた。
ウソップは恐怖のあまり遠退きそうになる意識に必死にすがり付いて、気力を振り絞る。



「ち、違―――――――――――うっっ!!!」








断末魔の如き悲痛な叫びは、果たしてクルー達の胸に届いたかどうか・・・定かではない。



END



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