about you 1



春島海域に差し掛かったせいか、時折強い風が吹く。
手元を吹きぬけた風に煽られて転がる部品を、ウソップははしっと受け止めた。

「風が入るのは気持ちいいけど、作業には不向きだな。」
窓を開けようと立ち上がったら、後方でばさりと音がした。
珍しくテーブルの上に出しっぱなしにされていたサンジのレシピブックが、メモを散らばらせて落ちている。
「さっき慌てて出てったからなあ。」
ウソップはしゃがんで散らばったメモを拾い集めた。
ナミのひと声でおやつを持って文字通り飛んで行ったサンジは、今ごろ女達の前でくねくね踊りをしてるんだろう。
少し癖のある走り書きが目に止まって、ついメモに見入ってしまった。

――――ホワイトソース6口・梅醤、シソ巻き2口

「・・・なんだこりゃ?」
挟まっていたらしいページを見ると、なにやらびっしりと書いてある。
「なになに、9月12日、トマトソース:ニョッキ5口:豆腐サラダ2口:コンソメスープひと息:パンナコッタ2口:テーブルパン2個、バゲット半分:ぺペロンチーノ7口:(胡麻ドレッシング)?9月12日 アサリの味噌汁6口:白飯茶碗1杯につき6口:3杯おかわり:カレイの干物3枚:1枚につき所要時間2分、3口:冷奴4口:だし巻き卵6口:梨3口。咀嚼数最多。・・・んで、花丸?」

背中に妙な気配を感じて、慌ててノートを閉じた。
が、時既に遅くウソップの真後ろで額に青筋を浮かべたサンジが威圧的に見下ろしている。

「――――なにを、見ている・・・」
「ひえええ〜・・・ち、違うんだ!風が、春一番が吹いてだなあ!」
サンジにノートをおしつけて、尻餅をついたままわたわたと後退りした。
個人のノートを無断で盗み見たと思われたくはない。
実際見ちゃったんだが。

「なーんも、見てねえぞ。見たってわかんねえからな。なん口だとか何分だとか・・・」
サンジのぐる眉がぴくりと動いて、あたふたと口を噤む。
「見〜た〜な〜・・・」
「ひいいいい・・・見てねえっ!なにも見てねえええっ」

蹴られるっと両手で頭をブロックして身を伏せたが、いつまでたっても衝撃が来ない。
恐る恐る顔を上げれば、サンジはウソップの向かいに腰を下ろして煙草を吹かしていた。
「まあ見ちまったもんは仕方ねえ。俺の話も聞けやコラ。」
怯えつつもウソップもイスに座り直す。









サンジ曰く、巨大レストランからこの船に移ってこっち、しばらくは調理のペースが崩れていたらしい。
なんせレストランでは時間との勝負で何人前ものあらゆる料理を、定められたメニューに添って作っていた。
だがこのちっぽけな海賊船の専用コックになってから、一人当たりの食事量は半端ではないが頭数は知れている。
そこで、一人一人の好みを調べ出した。

好き嫌いのある奴にはいかに工夫して騙してでも食わせるか。
この傾向さえ掴めば食欲のない時でも箸が進むとか、食材の少ない時でも美味しく乗り切れる方法だとか。
こいつはシェフの鑑だな、とウソップは感心した。
口が悪くて凶暴で、女にだらしないが腕は一流だし何より気持ちが篭っている。
サンジの料理をより美味しくしているのは、多分これなんだろう。
そう思って口に出して言ったら、馬鹿言ってろとそっぽを向かれた。
けど耳は赤いし口元が緩んでいる。
チョッパーほどではないが、サンジもかなり表情がわかりやすい。

「そいじゃ、あのノートのメモは、誰が何をどんくらい食ったかとか、そう言うデータなのか?」
ウソップの質問にサンジは眉を顰めた。
「・・・本来なら、てめえらみてえにアレが美味いとかコレが好きだとか、はっきり言ってくれる奴らばかりだったら、俺もわかりやすいんだよ。けど、一人何にも言わねえ奴がいる。」
ああ、とウソップも思い当たった。
ゾロだ。
文句を言わない代わりになんにも残さない。
だが美味いとも美味そうにも食べないから好みが掴みにくいんだろう。

「例えばルフィでも、ありゃあ肉が好きだからって肉ならなんでもいいかっつうとそうでもない。歯応えのある方がいいみたいだ。だからヒレみたいな食感の柔らかいものは優先してレディに回している。そん代わりルフィには筋も脂身もわりとアバウトに出したって差し支えねえ。」
そんなものかと益々ウソップは感心した。
「てめえだって、きのこをソテーにしても嫌がりやがるがカレーに入れりゃ食うだろが。しめじのみそ汁だって食わねえくせに、から揚げにすると食うじゃねえか。」
そういやそうだ。
「ところがクソマリモはそれがさっぱりわからねえ。別に奴が何を好きだろうが嫌いだろうが俺の知ったこっちゃねえが、コックとして自分の作った料理をどう思って食ってるのかは、非常に気になる。」
そりゃ、もっともだ。
「そこで俺は考えた。注意を払ってよく見てりゃなにかヒントがあるんじゃねえかと思ってな。すると面白いことがわかった。」
ふむふむとウソップが身を乗り出す。
「奴はどうやら、自分の好きなものはゆっくり食う傾向にある。」
サンジが勝ち誇ったような顔で人差指を立てる。
「もちろん大皿で皆で取る場合は別だが、一人一人の皿をあてがった場合、奴はまずそう好きではないものから箸をつける。そして好みじゃないものほど咬む時間が少なくて飲み込むのが早い。」
はあ・・・とウソップは声を漏らした。
「反対に、好きなものは一口分も少なめだし味わって噛んでいる。それらのデータで統計を取った結果、俺は奴の好みを粗方知り尽くした。」
ほお、と大げさに感心して見せた。
サンジは益々得意げに笑う。
「まず奴は醤油ベースのソースが好きだ。生クリームや小麦を使ったホワイトソースはあんまり好まねえ。味付けも薄めの方がいいみたいだし、カツオと昆布で取っただしが好きだ。じゃこだしはそう好きでもねえらしい。」
ぺらぺらと話しだしたサンジの口が止まらない。
「味噌汁もあまり具が多いのは好きじゃねえら。豆腐とワカメとか大根と油揚げだとか、シンプルなのを喜んでんだが味噌仕立ての豚汁やら薩摩汁になると、具がたっぷりなのがいいんだな。魚は焼くより煮付けがいい。穀類が好きで、芋もよく食う。甘いもんはダメかと思ったら小豆みてえな豆類ならちゃんと食う。バターやヨーグルトみたいな乳製品は根本的に好かねえみたいだが、漬物を食うから乳酸菌はそっちでOKだろ。」
ウソップはいちいちふーんとかはーんとか相槌を打った。
と言うか、それしかできなかった。
まるで立て板に水の如く、サンジが喋り捲る。
「パンは仕方ねえ食ってるかってえとそうでもねえ。バゲットみてえな固いもんが好きだ。それに全粒粉を使ったハード系、でも意外なことに干しぶどうは好きみてえだ。トーストを焼く時はキツネ色よりやや濃い目にこんがりと。バターもつけずにそのまま食べる。ゆで卵の殻はぜってー額で割るんだぜ。」

サンジの話の内容よりも、その活き活きとした表情に目を奪われた。
なんて楽しそうに話すんだろう。
「奴の好きなメニューを出す時は一旦席に座ると片足を組んで2、3度貧乏揺すりしやがる。待ち切れねえんだな。そんなときはわざと一番最後に給仕してやるんだが、眉ひとつ動かさねえでお預けくらった犬みてえに待ってんだ。そん代わり置いた途端、両手で皿をまず持つからな。誰も取るなって意思表示かありゃ?」
「よく見てんだなー、お前。」
ようやく口を挟めた。
サンジは少し目を見開いて、また眇める。
「別に好きで見てる訳じゃねーぞ。元はといえば俺様の料理にロクな感想も言わねえ奴が悪いんだ。優しい俺様は仕方なくボギャブラリーのねえ哀れな男の気持ちを意識して汲み取ってやってるんじゃねえか。」
そう口を尖らせて、ムキになって反論されても困る。
「まあそんな訳で、そのノートにゃてめえにはなんの得にもならねえことしか書いてねえよ。だから気にすんな。」
「ああわかった。よくわかったぜサンジ。俺は今モーレツに感動している。」
ウソップはがしっとサンジの両肩に手をかけた。
「やっぱりすげえ、お前ってすげえよ。一流の料理人ってこうなもんかなあ。なんでもねえことにとことん拘って観察して、さり気なく気配ってんだな。お前のその心の篭った食事を俺たちは毎日食べてるからこそ、ここまでグランドラインを乗り越えて来れたんだ。」
感動のあまり目に涙まで浮かべて力説してしまった。
対するサンジの目も心なしか潤んでいる。
「ちっ、バカなことほざいてんじゃねえよ、クソ野郎。」
「いいや、お前こそ海のコックだ!俺は心底尊敬してるぜ!!」

―――――とそこへ、無遠慮にドアが開いた。
上半身裸のゾロが、タオルで汗を拭きながら顔を出す。
何故か足を止めて立ちすくんだ。

「バカ野郎、汗だらけのままキッチンに入ってくんじゃねえよ。」 
悪態をつきながらも、飲み物を用意するために離れたサンジの耳はまだ赤い。
浮いてしまった両手を所在無さ気に下ろして、ウソップもイスに座り直した。
散らばった部品を再び扱い始めるが、どうにも落ち着かない。
っつうか、視線を感じる。

「ほら、ちゃんと汗を拭ってからこれを飲め。氷が溶ける前に飲むんだぞ。」
あーともうんとも言わないで、黙ってゾロが後ろに腰を下ろした。
言われたとおりに汗を拭っている気配がする。
いつもと変わらない午後の日常の筈なのに、なんでだかゾロに睨まれてる気がするのは・・・なんでだろう。



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