R先生の些細な道楽3 -3-






「おやおや、これはこれは」
前を歩く大柄な男が大袈裟な手振りで声を掛ける。
「ゼフさんのお孫さんではありませんか?」
サンジはたじろいで、一歩下がった。
店の関係者ならともかく、こんな一見してカタギでないガラの悪い男の集団に心当たりはない。
あからさまに怪訝な顔をしたサンジに、男はとってつけたような愛想笑いを浮べた。

「実は私は、ゼフさんとは懇意にさせていただいていた者でね。突然のことで去年は本当に驚きました。
 命日と聞いて、こうしてお参りに伺った次第です」
「ああ、そうなんですか」
ゼフの交友関係まではサンジにも把握できていない。
店の常連客ならなんとなくわかるが、親類縁者がないこともあって店以外のゼフのことをサンジは何も知らなかった。
こういう知り合いも、いてもおかしくないだろう。
「それはご丁寧に、ありがとうございます」
頭を下げるサンジの隣で、男は簡単に手を合わせると「ところで」と朗らかに振り返った。
「ここで会ったも何かのご縁です。どうですか、今から一緒に食事でも」
「・・・は?」
「お祖父さんが亡くなられてから、一人で大変だったでしょう。こうしてこの場で巡り会えたのも、きっとお祖父さんの
 お導きですよ。貴方とは色々とお話も―――」



「おやおや、これはこれは!」
どこかで聞いたような台詞が、横から飛んで来た。
「こんな所で顔を合わせるたあ、どういう酔狂だ?ドン・クリーク」
見れば、鼻がやけに大きく赤い男が同じくガラの悪そうな男達をゾロゾロと引き連れてこちらに近付いて来る。
最初にサンジに声をかけた男が、忌々しげに舌打ちした。
「てめえこそなんだバギー、死者の眠る神聖な墓地にてめえみてえな騒々しい奴あ似合わねえぜ」
「その台詞、そっくりそっちへ返すぜ」
バギーと呼ばれた男は、サンジを見つけると目を細めて猫撫で声を出した。
「これはこれは、ゼフさんのお孫さんですな。お初にお目にかかります。私はゼフさんに生前、大変なご恩があるもの
 でしてねえ」
「はあ・・・」
あからさまに胡散臭い男の出現に、サンジはまた一歩下がった。
「実はゼフさんのことで、ぜひともお話しておかねばならないことがあるんです。よろしかったらこれからちょっと
 お付き合いを・・・」
「おいおい、この方はこれから俺と一緒に昼食をする約束になってんだぜ」
「はあ?馬鹿言ってんじゃいけねえよ。おい坊ちゃん、こいつはてえした極道だからな。こんなんと係わり合いに
 なっちゃあいけませんぜ」
「てめえが言うな、この腐れチンピラが!」
クリークと呼ばれた男と赤鼻は、険悪な雰囲気を隠しもせずに睨み合っている。

突然の物騒な闖入者たちに、サンジは聊かむっとして脇をすり抜けようとした。
「お参りいただきありがとうございました。俺はこれで―――」
「そうはいかねえんだよ」
突然声音を変えて、睨み合う二人が同時に振り向く。
いつの間に近付いてきたのか、サンジの背後に回った男が肘を掴んできた。
背中に硬いものを押し付けられ、反射的に身体を反らせる。

「なるべく穏便に連れて行こうと思ってたのに、てめえが来やがるから台無しだ」
「素人さんに乱暴はよくねえぜ。ったく、これだから外れモンの極道は頭足りねえってんだ」
「減らず口はそこまでだ」
サンジを挟んで両名が睨み合う・・・と思ったら、墓地の入り口辺りに、違う団体の姿が見えた。
どちらにしろ、堅気とは見えない物騒な男達ばかりだ。

――― 一体なんだってんだ?
何が起こっているのか、事態はさっぱり把握できないが、とにかくこの男達の目的は「ゼフの孫である自分」で
あることは、おそらく間違いないだろう。
しかもこの場にこれほど集まるということは、今日が命日で必ずサンジが墓参りに来ると踏んでのこと。

―――待ち伏せされてたのか
サンジにはゼフとこの男達との関わりも、目的も、何一つわかってはいない。
だが、この男達の誰か一人にでも言いなりになってよさそうな人間はいないことだけはわかる。
大体白昼堂々ピストルって・・・完全にヤバイじゃねえか!
振り返って確認はできないが、なんとなく本物じゃないかと思う。
この場の雰囲気からして筋者の集団ばかりだ。
今まで安穏と学生生活を過ごし、次いでメイドライフを過ごしてきたサンジにとって次元が違いすぎる。



「グズグズしてる暇はねえんだよ、とにかくこいつは俺のものだ」
クリークがそう叫んだ途端、サンジの腕を掴んでいた男がぐいっと強引に引いた。
殆ど反射的に身体を捻って相手を蹴り上げる。
抵抗されると予測していなかった男の腹部にあっさりと蹴りが入り、そのまま勢いで背後の墓にぶち当たった。
「あ・・・やべ・・・」
コトを荒立てるつもりはサンジにもなかったが、こうなっては仕方ない。
大人しいとばかり思っていたサンジの反撃に、どちらの男達も俄かにいきり立った。

「この野郎、大人しくしやがれ!」
次いで伸びてくる手を避け殴りかかる腕を蹴り上げて、サンジは飛び退りながら間合いを測る。
「どこのどいつだかわからねえが、訳わかんねえ野郎についてく義理はねえんだよ!」
勢いで啖呵を切って回し蹴りを繰り出した。
不用意に近付いた者は派手に吹き飛び、脅すつもりでピストルを構えた男達も狙いを定められずうろたえる。

「ちっ、とんだじゃじゃ馬だ」
クリークが顎をしゃくると、後ろに控えていた顔色の悪い男が素早く動いた。
殺気を感じ咄嗟に頭を下げれば、すぐ後ろの墓石がとてつもない衝撃音とともに砕かれる。
「・・・なっ」
いつの間に近付いたのか、男が両手に鉄の玉がついたような変わった武器を持って迫っていた。
「怪我させたくはねえが、大人しくついてこないんなら腕ずくで連れてくまでだぜ」
にやりと笑い、躊躇いなく武器を振るう姿に、さすがのサンジも戦慄を覚える。

―――こいつは、ただのチンピラじゃねえ
必要ならば、サンジが死なない程度に傷を負わして連れ去る気だろう。
本気でヤバイ奴らだと、今更ながら思い知って愕然とする。
「しゃらくせえ、てめえら引っ込んでろ!」
バギーが吠えて、自ら銃を取り出した。

サンジと男を共に射程距離に捕らえ、そのまま引き金を引く。
撃たれる!と身を竦めた瞬間、男を弾き飛ばしてサンジの前に誰かが立ち塞がった。






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