Cherry tarte -1-



コンパ行かないかと誘いを掛けてきたのは、思いがけないことにルフィだった。
驚愕のあまり、サンジは携帯を握り締めたまましばし固まる。

ルフィがコンパ?
つか、ルフィからお誘い?

「アクアリウムバーで、2時間制限食べ放題なんだってよ」
言われて初めて、ああそうかと納得する。

硬直していた膝を折って、休憩室の椅子に腰掛けた。
午後の仕込みにはまだ時間があるし、一服しながら話そうと煙草に火を点ける。
「マジびっくりしたぜ、まさかルフィからコンパなんて単語が出るなんてよ」
「仕切りはナミだ」
なるほど、さらに納得。

「んで、女性陣はナミさんに任せておけば、すんごいメンツが揃うんだろうな」
「おう、だからお前からも野郎を集めろって話だ。俺はお前しか知らないし、ウソップ達はペアで声掛けしてあるらしいから、誰かフリーな奴呼べよ」
フリーと聞いて、すぐに頭に浮かんだのはゾロだ。

確か、多分、恐らくは、いやきっと―――
フリーなんだろうあいつは。
でも誘っても来るかな。

「ゾロも呼べよー」
まるで頭の中を見透かしたようにその名前を出す。
「そうだな、酒も飲み放題か?」
「もちろん」
「なら問題ねえな」
レディより酒ってので釣られる男ってのも問題だと思うけど、それがゾロのゾロたる所以だから仕方がない。

「あと、エースも来るぞ」
その名を聞いて、どきんと心臓が鳴った。
「え、エースも来んの。珍しい」
「お前を誘うっつったらすぐに乗ってきた」
うわあ。
サンジは携帯を耳に押し当てたまま、片手で顔を覆った。
相変わらずストレートだ。
弟の前でもなんのてらいもないんだろうか。

「サンジに悪い虫とかつくとヤなんだろ。ああ見えてめっちゃ大人げないし、ヤキモチ焼きだし」
「へええ〜って、ええ?」
何言ってんの?
つか何言ってんの?
お前どこまでわかってんの?

矢継ぎ早に質問したくなるのをグッと堪え、サンジは平静を装った。
携帯越しなんだから、どんな真面目な顔つきをしたって無駄なんだけれども。
「要は頭数揃えだけだから、表向きフリーならいいんだって話だ。5人っつたからこれこっちは確保できたな。じゃあな」
「って、おい!」
ルフィは用件だけ伝えて、さっさと通話を切ってしまった。


待ち受けに戻った画面をしばし眺めて、サンジはふうと煙を吐くとポケットに仕舞う。
コンパは好きだし面子的にも気の置けない仲間ばかりだから、気楽っちゃあ気楽なんだが・・・

―――エースとゾロが、一緒になんのか

なんとなく、その場面を想像すると背筋が寒くなった。
居心地が悪いと言うか、後ろめたいというか・・・そんな感じで。
「なんでだ?」
声に出して自問したところで、答えなど返るはずがない。

しょうがないと覚悟を決めて、サンジはメール画面を開いた。
一応、ゾロへの連絡は自分が受け持った形になったし。
気は進まないけれど、ナミさんのためを思えば例え火の中水の中。
ゾロがすげなく断ったら、それでよし。

簡単に連絡事項だけ打って、送信した。
場所を指示してもゾロ単独では辿り着けるわけもないから、店で待ち合わせることにする。
送ってしまってから、しまった現地集合にしとけばゾロは来たくても来れなくなったんじゃねえか?と姑息な手段に思い至ったが、どちらにしろ手遅れだ。
―――まあいいか

ナミとカヤ、その他見知らぬ美女3名に期待を寄せつつ、その場にエースがいると思うと気分が沈んだ。
別に、エースがいたら嫌な訳じゃないけど。
むしろ盛り上げ上手なエースがいた方が、凄く楽しくなるに決まっているのだけれど。

一応、エースとサンジは付き合っていることになっちゃってたりするのだからして。
それは先月、デートらしきことをしてしまったから。
誰もいない春の海辺で、キスなんてしちゃったから。

「うわああああああ」
思い出して、サンジは頭を抱えて一人情けない声を出した。

どうしよう。
俺、男と恋人同士になっちゃいそうだよ。
どうしよう。
まだちゃんと恋人にはなってないよな。
でもまた、こうしてデートしようなとか言われて、ノリで「うん」とか頷いちゃったよな。
なんではっきり突っ撥ねられないんだろう。
気色悪いんだとか嫌なんだとか迷惑だとか、なんできっぱり断れないんだろう。
それは俺が、嘘をつけない性格だからだ。

サンジは益々深く頭を垂れた。
なんと言うかもう、自分でもフォローしきれない。


―――おれのばか
でもまだ素直にエースが好きだとも認められない、複雑な男心だ。

一人頭を抱えウンウン唸るサンジの傍らで、本日の焼き菓子、チェリータルトの焼き上がりを告げる音が響いた。








ゾロは来なくていいぞと思いつつ、約束の時間に店に到着するのをまだかまだかと待っている自分に気が付いて、
サンジは自嘲した。
来て欲しくないというより、行きたくないと思っているのか。
でも、可愛いレディとはたくさん話をしたいからコンパは大好きだ。
あの初対面での微妙な距離感とか、思い出すだけでドキドキワクワクしてしょうがない。
なのに今回どうにも、今回は気分が落ち込み気味だった。
大好きなコンパなのに一体どうした訳だろう。
その場に、一応今後もお付き合いする予定のあるエースがいるからか。
そして更に、そこにゾロが同席するからか。

―――別に、ゾロなんて関係ないじゃん
いくらそう結論付けても、凹み具合は改善しない。
だからと言ってゾロに会いたくない訳ではないのだ。
どちらかと言うと、エースに会う方がなんだか気後れする。
多分、スクールでエースを顔を合わしていてもこんな気持ちにはならないだろう。
教室が終わった後、労ってくれて他愛無い話をして作りたてのケーキを食べて。
あの時間はサンジも心から寛げる、ほっとする時間だ。
それはエースも同じで、そう感じるからこそ楽しんで続けられる講師なのに。

つらつらと考えている内に、店の裏口に姿が見えた。
待ち合わせ5分前だ。
ゾロにしては実に上出来と、ドアを開けかけてシルエットが2つあることに気付く。

「こんばんは、お初にお目にかかりやす!」
でかい声に動作を止めるも、勝手にドアが開いて見知らぬ男2人が畏まっていた。
「あっしはヨサク」
「あっしはジョニー」
「ゾロの兄貴の名代で、本日のコンパに参加させていただくことになりやした!」
「よろしくお見知りおきを!」


「―――は?」

たっぷり10秒間を置いてから、サンジは怪訝な声を出した。
お世辞にも人相がいいとは言い難い2人だが、そんなサンジの反応にガキくさくにかりと笑う。
「改めましてサンジさん、ですね。俺達はロロノアさんと同じ会社で後輩に当たります」
「本来は、ロロノアさん1人がこちらに寄る予定になっていたんですが、あいにく終業間際にトラブルが発生
しまして」
「ゾロの兄貴じゃねえと治まりがつかねえってんで、急遽俺らが代役としてこちらにお邪魔した次第です」
「ほんとに新参者が、不躾で申し訳ないこってす。けど俺らコンパ大好きなんで、どうかご容赦のほどを・・・」
畏まってるんだかふざけてんだか厚かましいんだか、よくわからない2人組だ。

「つまり、ゾロが仕事で来れなくなった代わりってんだな?」
「「そんとおりでやんす!」」
なんとまあ、話す調子も口調も見事にシンクロした、お神酒徳利みたいな2人だ。
これでは、ゾロの抜けた穴をどちらか1人とは言えなかったのだろう。
「あっしら2人じゃあ、やっぱ役不足っすかね?」
ヨサクと名乗った間抜け面が、いきなりオドオドと首を下げる。
「あっしら2人が束になったって、ゾロの兄貴の足元にも及ばねえのは重々承知。ええ、よ〜くわかって
おりますとも!それでもあっしらは来たかった。恥をかこうが貶されようが、ゾロの兄貴がコンパを
ドタキャンするような汚名だけはそそがにゃならん!」
「・・・そんな大袈裟な」
サンジが思わず突っ込むと、ジョニーが嫌々と首を振った。
「何よりあっしらは、コンパが三度の飯より大好き!」
「この機会、逃さずにおくべきか!」
「・・・やっぱそっちか」
サンジとて若干気持ちはわかるが、この2人を引き連れてナミの前に出る勇気はさすがになかった。

とそこへ、バタバタと慌ただしい足音を立てながら厨房からスタッフが1人飛び出してくる。
「ああいたいたサンジ!悪い、もう帰るか?」
「んあ、どうした」
血相変えて飛び込んでくるから、3人は何事かと同時に振り向いた。
「実はパティんとこの嫁さんが、急に産気づいたらしい。まだ予定日より早えし、なんせ急なことで・・・」
「なにい?そりゃ大変だ」
サンジも顔色を変えて、履き掛けた靴を脱ぐ。
「早く行ってやんなきゃ、初産なんだろ。奥さんも不安だろうし」
「けどなあ、俺が行って産まれるもんでもなかろうに・・・」
「馬鹿野郎、四の五の言ってねえでさっさと行くんだよ」
こう言った場合、男という生き物は揃いも揃って落ち着きを無くす。
関係ないはずのヨサクやジョニーまであわあわと無駄に手を振って足をバタつかせた。

「ともかく、俺が交替するからパティは引けろ」
「そうだぜ、それがいい」
カルネにも促され、パティは取り敢えずコックコートを脱いだ。
「悪いな、恩に着る」
「たいしたことじゃねえよ、頑張れよ」
「頑張るのは嫁さんだがな」
男共に励まされ冷やかされ、パティは飛ぶように裏口を飛び出し駆け去って行った。

「おーおー早えなあ」
「いつもあんだけ機敏だとなあ」
カルネと二人でその後ろ姿を見送った後、ぼうと突っ立っている2人にサンジは改めて振り返った。
「そういうことでな、悪いが俺の分も代わりに行っちゃくれねえか」
そう言いながら、集合場所である店の場所をプリントアウトした紙を懐から出した。
「ここの2階、ルフィかナミさんの名前で予約されてっと思う。すんごい美女とか鼻の長い野郎とかいるから、きっとすぐに分かると思うぜ」
「あっしらだけで、行くんすか?」
さすがに、ヨサクもジョニーも気が引けるようだ。
「ああ、悪いけど2人とも今の事情見てくれたよな。これで俺も行けなくなったわけだし、悪いけどそのことだけでも伝えに行ってくれ。これからディナータイムだから、メールしてる暇は俺にはねえ」
そう言って慌ただしく着替えを始める。
ヨサクとジョニーは顔を見合わせてから、「承知しやした!」と大声で言い頭を下げた。
「ゾロの兄貴とサンジの兄貴のために、俺らはひと肌脱がせてもらいます」
「必ずや、お2人の代わりにコンパを成功に導きやす!」
「・・・いいから、さっさと行け」
そもそもコンパの成功ってなんだ?
軽く突っ込みたかったが、2人があまりに暑苦しいからサンジはとっとと追い出すように手を振った。
「それじゃあ御免なすって」
2人、揃って片手を差し出し、下げた腰から表へと出る。
一体どんな任侠映画だよ、いやそもそもゾロの会社ってどんなだよと、サンジは呆気に取られながらも二人の影を見送った。

「・・・さて、それじゃあしょうがねえけど頑張るかね」
コンパに行けなくなったのはすごく残念なんだけど、心のどこかでほっとしてるのはなんでだろう。
そんな気持ちの揺れを打ち消すように、サンジは慌ただしくなりだした厨房へと足を踏み入れた。



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