Apfel In Schlafrock -9-



ゾロに連れて来て貰ったバーは雰囲気も味も良く、値段も手頃でサンジはすっかり気に入ってしまった。
何よりバーテンダーに可愛らしい女性がいるのがいい。
しなやかな指でカクテルグラスをそっと目の前に置かれると、何杯でもお代わりを頼みたくなる。

「次は何をお作りしましょうか?」
少し舌ったらずな話し方に、サンジはもうメロメロだ。
「君が作ってくれるカクテルならなんでもいいよ」
「まあ、それじゃあお二人をイメージして・・・」
「ん?お二人?君とボクがいいなあ。マリモジュースはいらないから」
小さく笑いを漏らしてカクテルを作り出すバーテンダーの前で、ゾロはサンジの前に地図を広げた。
「ここが行きつけの店だ。半径1k以内でも相当数の花屋があってな、それとは別にマルシェでも市が立つ」
「へえ、こんなにあったら商売かち合ったりしねえの?」
「あっちは日常的に花を買うんだよ」
こことここと、ここに感じのいいカフェがあった。
そんな風に言いながら印をつけて行くゾロに、サンジはへへへと笑いながら身を寄せた。
「なんだよお前、ちゃんと地図見れんのになんで迷うんだ?」
「迷ってねえよ」
「どの口が言うか」
頬を抓るつもりで口端を指で挟んだ。
けれどゾロの頬はするりとしていて摘める余裕も無い。
仕方ないから代わりに軽く爪を立てる。
「お前、相当酔ってんな」
ゾロは鬱陶しそうに顔を背け、地図を広げ直した。
「酔ってねえよ」
「嘘付け、指が熱い」
「ん〜それはチカちゃんの視線が熱いから〜」
すでに言動が酔っ払いだ。

「そんだけ女に目がねえお前が、どうしてエースと付き合ってる?」
旅行先の話の延長のように、声のトーンを変えず尋ねた。
サンジはう〜ん〜と眉間に皺を寄せ、目を閉じる。
話の流れが変わってきていることに気付かない。
「なんでだろうな。別に俺、男と付き合う趣味ねえのに」
「だが、了解したんだろう?あっちは明らかに付き合ってるつもりでいるぞ」
「んー実際、一緒に出かけたりするしなあ」
「どこ行くんだ?」
「え?食事とか、買い物とか・・・映画見たこともある」
典型的なデートなんだよ〜と呟いてから、一人でニヘヘと笑った。
「海行ったことある。野郎二人で海だぜ、砂浜に並んで座って弁当広げて・・・きもー」
声を立てて笑い、寒すぎると首を竦めながらカクテルを飲み干した。
チカちゃんお代わり、と掛ける声も弾んでいる。

「一緒に出かけて飯食って、そんだけか?」
「ん、そんだけ」
「進展は?」
「ん〜?んなのあってたまるか」
「それ、付き合ってんのか」
「そうそうそう」
頷きながらぐらりと身体が傾いたが、サンジは斜め状態で再びそうそうそうと顔を上げた。
「キスはした」
「ほう」
「最初にホテルで〜、んで海でも」
「へえ」
「こないだ、うちでもした。お前がパリ行ってる間」
「へえ」
ゾロはグラスを空けて、無言でお代わりを要求する。

「それなりにエースと付き合ってるのに、年上の女とやらからも連絡があったのか」
「ふん〜」
サンジは半眼のまま首を巡らせてゾロを見た。
なんのことだっけと、回らぬ頭でなにやら思い出そうと努力しているらしい。
「・・・ああ、ドミノちゃん」
「誰だ?」
「ん、関係ねー。誰にも、お前にもエースにも」
「エースの教室関係者じゃねえのか」
「んー違う、けど関係ねえ」
「また会うんじゃねえのか?」
「俺は会いたくねえ、ブロンド巻き毛の超美女なんだけど。エースの話じゃなかったら、もっとずっとお会いしたいけど」
「エースの話を、しにくるんだな?」
「ん、違う違う。関係ねえ、エースは関係ねえんだ」
会話に割り込まないように、チカちゃんは静かに新しいカクテルを置いた。
鮮やかなエメラルド色だ。
サンジは気付かず、喉の渇きを潤すために無意識にグラスを持ち上げる。
「あーマリモ色だ〜」
気付いて、笑顔でバーテンダーを仰ぎ見た。
「次はサファイアをイメージして作りますよ」
「いんや、チカちゃんのがいい」
「それでは、次は私のとっておきを」
じゃあ早く空けなくちゃ。
サンジは声に出さずに呟いて、綺麗な液体にそっと唇を付ける。
「エースに関係ないのに、あいつの話をしに来るのか?」
「ん、そう」
「それで、お前は迷惑なんだ」
「別に迷惑じゃねえよ。でもできたら、個人的にお会いしたいなあ」
「だが相手は、エースの話しかしないんだろ?」
「そうなんだよ、それが俺辛い」
「エースの話をするために、近付いて来てんだな」
「個人的にお付き合いしたいのに〜」
噛み合わないまま、ゾロは根気よく会話を続ける。
「それをお前は、了解しないと」
「んー」
「女の頼みを断るなんて、お前らしくねえ」
「だってしょうがねえじゃねえかよ。人の気持ちなんて、他人に言われて変えられるもんじゃねえだろ」
「お前の気持ちか?」
「うんにゃ」
「じゃあエースか」
「んー」
「それじゃあ、お前がどうこうしようがないな」
「だろ?だよな、そうだよな」
サンジは調子付いて勢いよくグラスを空け、そのまま腕を上げた。
「チカちゃん、お代わり〜v」
そんな調子でピッチを早め、来店して1時間後にはサンジは見事に潰れていた。



「大丈夫ですか?」
チカちゃんに見送られても、すでに半分寝入ったサンジはむにゃむにゃと口の中でなにか呟く程度だった。
代わりにゾロが片手を挙げ、もう片方でサンジのベルトを掴み腰を抱き上げる。
正体をなくした両手はゾロの肩に回されていて、横抱き状態だ。
「タクシー来ました」
「ありがとう」
店の扉を開けてもらって、そのまま横付けされたタクシーの後部座席に放り込んだ。
多少乱暴に扱っても、すでにグナングナンのサンジは目を覚ましもしない。
ゾロは自分のマンションの住所を告げて、ゼフに連絡すべく勝手にサンジの携帯を操作した。








目が覚めたら隣に誰か寝ていたなんてシチュエーションは、映画かドラマの中だけの話だと思い込んでいたのに。

サンジは静かに覚醒したが、後からやってきた頭痛に唸って目を閉じた。
横になっていてもこめかみ辺りがガンガンと疼く。
これは酷い二日酔いだとため息を吐き、柔らかな布団の中で寝返りを打ちかけて動きを止めた。
肩まで布団を被って柔らかなベッドの上に寝ているけれど、感触がなんか変だ。
素肌にシーツが擦れて、やけにくすぐったい。
と言うかなんで素肌。
なんで、裸?
しかも、右肩から肘に掛けてやけにあったかいものが触れている。
呼吸に合わせてかすかに動く、生き物の気配。
つかぶっちゃけ、人が寝てる。
俺の横に。
客観的に見て、でかいベッドに二人並んで仲良く寝てる。

驚きのあまり声も出せず、サンジは仰向いたままきょときょとと視線を巡らした。
広いけれどどこか殺風景な部屋。
目の前に広がるのは無機質な天井。
見覚えがない、まったく知らない部屋の中。
ローテーブルの上に一輪の花が飾られていて、そのすっとした立ち姿に不意に事態を理解した。
ここ、ゾロの部屋だ。
あれはゾロが活けた花だ。

そこまで理解してから、恐る恐る首を巡らした。
布団と枕の間から緑の髪が覗いている。
ビンゴ・・・
「う、そだろ」
酔っ払って泊まったのだったら、別に問題はない。
迷惑を掛けただろうが、酔い潰れて人の部屋に転がり込むなんてことはざらにある話だ。
サンジだって酔ったウソップを部屋に泊めたことはある。
だがしかし、今回のこれは少々・・・いやかなりシチュエーションに問題がありすぎる。
「なんで俺、裸なんだ?」
ヨロヨロと身体を起こせば、やはり何も身に付けていなかった。
まさかと思って布団をそうっと捲り、中を確認する。
ひっと小さく声を上げ、慌てて布団を押さえた。
見てはいけないものを見てしまった気がする。
なんで、パンツ履いてないんだ俺。
思わず胸元まで布団を引き上げ、恐る恐る周囲を見渡す。
最低限の家具しか置いてないような、片付きすぎた部屋の中だ。
なのに、自分が脱いだであろう衣服がまったく見当たらない。
焦って頭を巡らしていると、酷い頭痛と眩暈に襲われ再び布団の中に蹲る。
その動きで気付いたか、ゾロが鼻から息を吐きながら寝返りを打った。
ビクッと身体を震わせ、サンジは尻をずらしてゾロから少し距離を取る。

布団から出ている部分だけを見ても、ゾロも裸だ。
なんで、男同士でマッパで寝てんの。
事態を認識できず、?マークだけが頭の中でグルグルと渦巻くばかりで。
とにかく服を着ないと何もできない気がする。
がしかし、どこにもそれらしきものが見当たらない。
服を探そうにも布団から出ると全裸だし。
マッパでウロウロ探しものだなんて、間抜けすぎる光景だ。
――― 一体どうしたら
一人で窮地に追い詰められていたら、ゾロが再び身動ぎした。
枕に頭を擦り付けるようにして身体をずらす。
体温の高い肌がサンジの傍に寄ってきて、慌てて飛び退いたらベッドの端から転げ落ちそうになった。

「くっそう」
サンジはヤケになって、その勢いでゾロをベッドから蹴り落とした。
ゴンと鈍い音がして、ずるずると布団を巻き込んだまま床に伸びたゾロがのっそりと目を開けた。
すっかり布団を剥ぎ取られ、裸の身体を隠すように手足を曲げて丸まっているサンジがそこにいた。
「なに、してんだ?」
「ナニもクソもあるか、この野郎!」
サンジは涙目のまま勢いよく布団を剥ぎ取り、布団に捕まって起き上がったゾロの脳天に踵落としを食らわせて再び床に沈めてしまった。



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