Apfel In Schlafrock -27-


「はい、サンジ君にもお土産〜」
珍しくディナータイムにビビとともに食事に来てくれたナミが、マカダミアンナッツの箱をくれた。
「ありがとう、グアム行ってきたの?」
「そうよ、いま有給消化タイム」
?と疑問を投げ掛けるようにビビに視線を流せば、ナミに代わって親切に解説してくれる。
「ナミさん、今度お仕事を転職されるんです。それで今は残った有給を利用して旅行されたようで」
「え?転職ってナミさんも?」
ゾロが転職すると聞いたのは、ナミの口からだったんじゃなかったか。
「まあね、成り行きで」
言いながらワインのグラスを空け、サンジに注いでもらう。
「そう言えば、ゾロはまたパリに行ってるわよ。身辺整理くらいでゆっくりしてればいいのにもう次の仕事の段取りですって、落ち着かない男よねえ」
「・・・へえ」
ゾロと和解?はしたものの、結局携帯のアドレスを消去したきりだった。
ナミかウソップにでも聞いてこちらから改めて連絡しようと思っていたのに、相手はまた日本を離れているとあっては、なんだか出鼻を挫かれた思いだ。
と言うか、ゾロは本当はどんな心積もりでいるんだろうか。
単なるストカではないとわかった今でも、サンジに対してどこか遠慮がち・・・と言うより無関心に見える。
今となっては、サンジが誤解していた間頻繁にメールをくれたりバラティエで待ち伏せされた頃が懐かしい・・・と言うか、恋しい。
「どうしたの?」
ワインボトルを傾けたまま動作を止めていたサンジを、ナミがつんつんと指先で突ついた。
はっと我に返って誤魔化すようにへらりと笑う。
「ナミさんの新しい職場がどんなところか知らないけど、心機一転頑張ってね」
「ええ、ありがとう」
転職の不安や気負いなど微塵も感じさせないナミの晴れやかな笑顔に、サンジも釣られて笑顔になった。



ゾロに続いてナミも転職すると聞いて、なんとなくサンジの近辺は慌しい雰囲気となった。
サボは元から交流がなかったから転居してもさほど影響がないと思っていたけど、ドミノと離れていったと思うとそこはかとなく寂しい。
ゾロはパリだし、エースも来週渡米すると言う。
その上、講師仲間のウソップも来年度から就職するから講師は今期限りで辞めると言い出した。
「就職って、会社にか?」
ウソップはずっとフリーで仕事するイメージがあったから、いきなりのサラリーマン化にサンジの方が驚いてしまった。
カヤを伴ってランチタイムに訪れたウソップに、カウンターから身を乗り出すようにして小声で詰問する。
「おう、まあなあ。俺がサラリーマンとか柄じゃねえと自分でも思うけどよ」
言いながらウソップは、長い鼻の下を照れくさそうに擦る。
「来年、カヤと式挙げようと思うしさ。一応安定を狙った訳で」
「そっか、カヤちゃんおめでとう。でもいいのか、こう見えてこいつは鼻だよ?」
「意味わかんねえ」
カヤはコロコロと笑いながら、幸せそうに頷いて見せた。

ゾロ、ナミに続いてウソップまで就職とは―――
自分ひとりを置いてなにもかもが変わっていくような気配に、置いてけぼり感が漂う。
なんとかしなきゃと焦るよりも、取り残される寂しさに飲み込まれそうだ。
「そういや、お前も修行に出るとかどうとか言ってなかったか?」
「ん、んーあれなあ」
エースから半ば強引に湧き上がった話ではあったが、なにもかも任せるのは止めにしようと南米での修行は白紙に戻した。
行くのなら自分で選ぶ。
そう言うと、エースもそうだねとあっさりと引き下がった。
そしてエースは一人で南米に行く。
サンジの行く末だけが、宙ぶらりんのままだ。
「もう、別にこのままでもいいんじゃね?って思ってよう」
「どうした、随分弱腰だな」
からかうウソップの隣で、カヤが嗜めるようにその裾を引っ張る。
「サンジさんは、このお店にいてくださる方が私は嬉しいです。みんなが異動するからって、サンジさんまで流されなくていいと思いますし」
流される―――の一言が、胸にズキンと来た。
本当にもう、流されてばかりだった。
「変わらないでいてくれる存在が、とても嬉しいことってあると思うんです。サンジさんにはこのままでいていただきたいな」
「カヤちゃん・・・」
カヤの優しさに絆され、サンジは思わず涙ぐみそうになってしまった。

と、ふと思い出して真顔でウソップに向き直る。
「ところで頼みがあんだが」
「ん?なんだ」
ウソップのどんぐり眼を見つめ、サンジは少々モジモジしながら口を開いた。
「お前機械モン強いだろ?ちょっとライターに仕掛けられた盗聴器、外して欲しいんだけど」
「・・・お前、一体なにやってんだ?」
深くは聞いてくれるなと、なぜかサンジは照れたように頭を掻いて誤魔化した。




休日を利用して、目下絶賛家出中のエースが宿泊するホテルを訪ねた。
引継ぎの残務処理のためほとんどホテルに缶詰状態だったエースが「やあいらっしゃい」と手放しで歓迎してくれる。
「全部ほったらかして出てくつもりだったから、後始末がもう大変で」
目の下に隈まで作ってヨレヨレのぼさぼさ状態のエースに、ずいっと持ってきた荷物を差し出した。
「一応、お惣菜持ってきたけど食うか?」
「食う食う!もうホテルの料理飽きたーっ」
一声叫んで小躍りしながら受け取った。
「ああもう嬉しいよ、サンちゃんの料理食べたかったんだー!」
「絶叫しない、デザートもあるから」
「嬉しい、超嬉しいっ」
その場で飛び跳ねる勢いのエースを取り敢えず風呂に行かせて、その間にテーブルを片付け料理を並べる。

ほとんど烏の行水で飛び出てきたエースは、バスローブを身に付けただけでベッドに腰掛けた。
「やー嬉しいなあ、いただきまっす」
「・・・服ぐらい着ろよ」
「えーもういいよ、ご馳走前にして野暮なこと言いなさんな」
ずっと部屋に閉じこもっていたから、もう昼夜の区別も付いていないのだろう。
サンジは仕方ないなと苦笑して、エースの向かいに椅子に座って煙草を取り出した
「あ、もしかして禁煙ルーム?」
「や、違ったと思うよ。俺そういうの気にしないし」
じゃあいいかと煙草に火を点け、携帯灰皿を取り出した。
相変わらずの健啖ぶりに目を細めつつ、ゆっくりと煙を吐き出す。

「サボがさ、ドミノさんと挨拶に来てくれたよ」
「ふぐっ?」
エースは頬袋をパンパンに膨らませ、顔を上げた。
「やービックリしたなあ。ドミノさん、全然雰囲気違ってんだモノ。美女だろうとは思ってたけど、素顔はあんなに感じのいい人だったなんて」
サンジの言葉に肯定とも否定とも取れる動きで首を振り、エースは部屋付きのワインをごきゅんと飲んだ。
「驚いたのは俺の方だよ、全然知らなかったもんよ」
「ドミノさんの素顔?」
「違う、サボと付き合ってたってこと」
へ?とサンジは目を瞠った。
「エースは気付いてなかったの」
「ああ、今から考えたらあんまりサボとじっくり話したことなかったけどよ、それにしたってまさか・・・ドミノと」
ありえねーと一人愚痴る。
「そうでなくても、ポートガス家とゴール家・・・や、義母さん家とは犬猿の仲なのに、とんだロミオとジュリエットだ」
「エースのお母さん家も、結構大きなとこだったんだね」
うん、と再び頬袋を膨らませながら頷く。
「親父も、なまじ良家の子女に手を付けちゃったから話がややこしくなったんだよなあ。義母さんとは許婚の関係だったのに俺の母さんと本気の恋に落ちたとか、ふざけんなって感じ」
それはサンジも同感だ。
「結局、子ども同士が同級生とかシャレになんねえことになったしさ。母さんが俺を生んですぐ亡くなっちまったから俺はこっちに引き取られたけど、そうでなかったらまたややこしいことになってたんだろうなあ」
サンジは複雑な気持ちで頷いた。
結果的にどちらがエースにとって幸福だったか分からないが、母親を亡くしてしまうほど不幸なことはないだろう。

「エースにも、知らないことがあったんだ」
「あったもあった、知らないことだらけだ」
そう言って、すこし痛そうに顔を歪める。
「人の表裏にはガキん時から慣れてきたつもりだったけど、やっぱ身近なモンに掌返されるとキツいわ」
「ん?」
サンジの問い掛けに、黙って自嘲めいた笑みを零す。
「エースも、ドミノさんとサボが付き合ってたことがショックだったの」
「や、別にそれは・・・」
言いかけて、首を振った。
「まあ、それもあるな。知り合い同士が実はって、結構ショックじゃね?」
「だよなー。ドミノさん、あんなに美人だしなあ」
ピントがズレたところで同情してくれるサンジが、おかしくて愛しくてならない。

「でもサボ、北海道行くってどうするんだろう。当てでもあるのかな」
「ああ、それは大丈夫」
ぐびりとワインを呷って、次の皿を手に取った。
「ポートガスとも義母さんとことも違う、ゴール家独自の系列会社にコネ就職決めてんだよ。ドラゴン開発って」
「ああ、それならよかった」
「そういうとこ抜け目ないからなあいつ、昔から結構、要領はよかったんだぜ」
言って、ふふっと笑った。
「結局兄弟バラバラになっちまうけど、お互いのためにその方がいいんだって意見が合致した」
それは、サボも言っていたことだ。
兄弟ってそんなもんだろうかと、サンジは漠然と思った。
「なんか、寂しくね?」
「そうでもねえよ、なんかあったらどこにいても駆けつけて力になるって、それはお互い思ってることだから」

―――お前の存在が憎くて堪らなかったけれど、お前自身は別に嫌いでもねえし。
ぶっきら棒にそう言って、強い力で握手して旅立った弟。
半分血の繋がった、誰よりも大切で信頼できる弟。

「あ、忘れがちだけど弟ってもう一人いるよな」
「忘れるのが不思議なほど強烈なキャラだけど、こういう時は存在感ねえよなあいつ」
破天荒なルフィを思い出し、二人して噴き出す。
「まあもう、ルフィはどこでなにしててもいいか」
「許されるキャラだよな」
そう言いながら、エースは意味ありげに笑った。







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