Apfel In Schlafrock -23-



「あー・・・そこっ、そこっ・・・が・・・」
サンジはシーツに顔を擦り付け、悩ましい声を出した。
ゾロの指は的確に気持ちがいい部分を突いて来る。
まさかこんなテクニックを持っていただなんて、驚きよりも先に快楽に流されて、身体はもうゾロの思うがままだ。

「力、抜け」
「あ、でも・・・そ、そこっ・・・あ―――」
い、たたたた・・・
「痛え、か」
「ん・・・でも、いた・・・きもち、い―――」
最後は快感の吐息で掻き消される。
「んーそこ・・・もっと」
「ここか」
「ん、そこも」
アンとかハンとか鼻に抜けた声を上げながら、さすがのサンジもようやく状況が呑み込めてきた。



ラブホテルの一室で、男二人くんずほぐれつアンアンギシギシ。
ゾロはわざと膝に体重を掛けてベッドを揺らし、音を立てながらサンジの肩を揉んでいた。
首筋から肩甲骨、背筋から脇の下まで。
なんでそんなとこが、こんなに痛いの?と問いたくなるほど、痛い&気持ちいい場所だ。
「あ、そこも・・・あ」
「うし」
全身余すところなくコリを解されて、サンジはなんだかすっかり弛緩してしまった。
本当ならこんなことしてる場合じゃないのに。
車で乗り付けた不審な男共に襲われ殴られて、尋常でない状況でゾロにホテルに連れ込まれたのに。
でもきっと、これは意味がある行為。

「も、いいから」
充分コリを解されたと、サンジは仰向けになって覆い被さるゾロの肩を軽く押した。
ゾロはサンジの顔の横に両手を着いたまま、それじゃあと腰を上げおもむろに腕立て伏せを始めた。
思わず噴き出しそうになって、サンジは自分の口元を手で覆い苦しげに息を吐く。
「ふ・・・ぎ・・・い―――」
「ん、どうだ?」
鼻で息を吐きながら、ゾロは近付いては離れるを繰り返す。
安物のベッドはギシギシ軋んで、音だけ聞いていれば安っぽいポルノだ。

―――音・・・そうか。
ようやく気付いて、サンジはわざとらしく声を上げた。
「ん・・・い、いい、よ―――」
「いいか、痛く、ねえか?」
「・・・いたく、ね・・・きもちい・・・ん―――」
ハアハアと喘ぎながら、なんだかおかしな気分になってきて、サンジは上下するゾロの肩に腕を回し、片足も上げて腰に巻き付けた。
そうしながら背を撓らせ、ゾロの動きに合わせた腰を揺らす。
「ん、いいよ、いい・よぉ・・・」
「・・・て、んめえっ」
ゾロの額にビシッと青筋が立って、そのままサンジの背中に腕を差し込んで片手で腕立て伏せを再開させる。
サンジはそんなゾロに上半身だけぴたりと摺り寄せて、同じように身体を揺らした。
「あん、ぁ・・・ああんっ、い―――」

―――やべ・・・勃ってきた。
ヤってる振りで気分が高まって、サンジは内心焦りながらもどんどん激しさを増すゾロの動きに必死で付いていく。
「んも、あ・・・あ―っ」
「―――くっ」
ぴたっと動きを止め、抱き合ったままどさりとベッドに倒れ付す。
正直ゾロの身体が重かったが、なんだかやりきった感があってへとへとだった。
本当にした訳でもないのに、軽く汗まで掻いてしまった。



お互いハアハアとしばらく荒い息を吐いたあと、ゾロはのろのろと身体を起こした。
「汗掻いたな、とりあえずシャワーでも浴びたらどうだ」
「あ、うん」
どこまで話を合わせるんだと首を傾げたら、ゾロは両手を動かしてジェスチャーで上着を脱ぐ仕種を見せる。
ほんとに服を脱げってか?
サンジは訝しく思いながらも上着を脱いでハンガーに掛けた。
ゾロはズボンのポケットを探る仕種も見せるから、自分のポケットをひっくり返して中に何も入ってないのを確認させた。
「じゃあ、一緒に入るか」
「え、一緒にって・・・」
一瞬躊躇ったが、ほんとに入る訳じゃないんだと思い直し、そうだなと声に出す。
ベルトも外しシャツとズボンだけを着て部屋に備え付けのシースルーな浴室に二人で入った。
丸見えではあるが、声は届かないかもしれない。

「―――で?」
「お前、盗聴されてんじゃねえのか?」
ゾロの指摘に、サンジはやっぱりなと納得した。
ゾロが警戒していたのは声だ。
「なんでそんなこと思うんだよ」
「お前が言ってた・・・なんつったか、女だよ。あれからなんか貰ってねえか」
「ドミノさんか、そう言えばジッポのライター貰ったけど」
なかなかクールなデザインで、一目見て気に入った。
「けど、あれ使ってねえんだ」
「へ?」
ゾロにしては間抜けな声を出し、目をぱちくりと瞬かせている。
「いいデザインで気に入ったけど、貰う理由はないと思って使わずに仕舞ってある。部屋に」
「はあ?じゃあなんでお前の行動があっちに筒抜けなんだ?」
「は?」
今度はサンジが声を上げる番だ。
「筒抜けも何も、てめえがチクってたんだろうが」
「ああ?なんで俺がんなことしなきゃなんねえ」
明らかにむっとして言い返すゾロに、今度はサンジの方が目を丸くした。
「だって、てめえヒナさんの誘いで会社変わるんだろうが」
「?なんで知ってる」
「ナミさんに聞いた」
「あー」
ゾロはバリバリと髪を掻き、で?と目を眇めながらサンジをねめつけた。
「そのことと俺がチクったってのと、どう繋がるんだ」
「だって、ドミノさんとヒナさんは知り合いじゃないか」
「ああ?んなこと知らねえよ」
「なに言ってやがる、俺見たんだからなドミノさんとヒナさんが一緒にいるとこを」
ゾロはしばらく考えるように視線を彷徨わせたが、ああと独り頷いた。
「そういうこともあるかもな、ゴール・Dグループ同志だし」
「やっぱりそうじゃねえか!」
サンジは拳を作って浴室の壁を叩きかけ、止めた。
その様子を不思議そうにゾロが見やる。
「なに怒ってやがんだ」
「別に怒ってなんかねえよ。てめえがどこの会社に再就職しようが、俺には関係ねえ」
ええとなんの話をしてたっけ。
そうだ、盗聴だ。

「で、なんで俺が盗聴されてるって話になんだよ」
「だから、お前の動きがあっちに筒抜けだっつって・・・」
「あっちってどっちだ」
「えーと、あの女だよ」
「ドミノさんだって、いい加減覚えろよ」
「知るかよ、俺は直接会ってねえんだから」
「―――へ?」
待て待て待て待て、ちょっと待て。
「ゾロ、ちと落ち着け」
「俺は最初から落ち着いてる。お前が落ち着け」
お互いにまあまあと言いながらサンジは浴槽に、ゾロはスケベ椅子に腰掛けた。

「で、お前はドミノさんと面識がないってえのか?」
「おうよ、てめえが酔い潰れた夜に電話で話しただけだ」
「それ以降は?」
「特に付き合いはねえ」
サンジはまさかと、首を振った。
「そんな、偶然電話で話しただけの女性のこと、何で言うこと聞いたりしたんだよ。てめえらしくねえ」
ゾロは一瞬黙ったが、口をへの字にして正面からサンジを見た。
射竦められるみたいな、鋭い目付きだ。
「あの女、俺がてめえの携帯に出た時、なんて言ったと思う」
「え?」
「『坊やのお守りは大変ね』だとよ」
ゾロの口から坊やとか言われると腹立たしいが、あの女性なら言いそうな台詞だろう。
そう納得しているサンジに、ゾロは苛立ちを隠さない。
「ちったあ頭使え。開口一番そう言ったんだぞ、タクシーん中で俺がてめえの携帯手に取って、じいさんに連絡しようとボタンを押すその時に、だ」
「あ・・・」
「あの女、見張ってたんだ。俺達のことをずっとな」
今更ながら、サンジの背筋をすっと冷たいものが流れた。
「そんな、偶然だろ?」
「偶然な訳あるか。だから俺は警戒したんだ、こいつはどんな手でも使うタイプだとな」
だから、ドミノの指示通りに動いたのか。
相手が危険なタイプだから?
「早いとこ手え打たねえと、てめえが危ねえだろうが」
「え―――」
俺?

ゾロは膝を擦りながら、まあなんだ・・・と言葉を捜している。
「見たところ随分と軽いようだから、浮気の証拠写真のようなものを撮って送ってくれたらそれでいいと、言いやがったんだ。事実だろ、てめえは酔っ払ってぐなんぐなんだったし」
「そ、んな・・・の」
ムカッと来たが、言い返せなかった。
ゾロなりに、かなり言葉を選んでくれたのだろう。
ドミノは、カクテルで酔っ払ってゾロに運ばれたサンジを見て尻軽だと思っただろうし、事実そうなのだ。
エースと言うものがありながら、他の男の誘いに乗って酔っ払って介抱されて、ゾロじゃなかったらどうなってたかわからない。
でもゾロだから信頼してた・・・そんな言い訳は通用しない。
現にゾロは、正体を失くしたサンジを裸に向いてキスマークを付けまくったのだ。
その前から、ゾロは自分を憎からず思ってくれていると気付いていたのに、無防備に酔っ払った。
すべて、自分の自覚のなさと不誠実さが原因。
「ドミノさんが怒るの、当然だよな」
「・・・なんでそういう結論に達するんだ?」
サンジの内心でのぐるぐる具合に首を傾げ、ゾロはまあと取り成すように言葉を続ける。
「これでてめえとエースの仲が拗れりゃいいと思ったのは事実だ。ところがてめえ、これをきっかけにあいつと寝たって言うじゃねえか。こりゃ失敗したと、本気で後悔したぜ」
―――!
思わずガバリと顔を上げる。
「それでもまあ、あっちに俺とてめえが懇ろになってエースと疎遠になったって思わせてりゃそれでいいと思ってた。てめえらも大っぴらに会うのを控えてるようだったし、一度エースに連絡を取ったらそりゃすげえ勢いで罵倒されたぞ」
「え?」
驚くサンジを前にして、ゾロは楽しそうにくっくと笑う。
「そんな奴だと思わなかったってえ、えれえ剣幕でな。金輪際お前に近付くなとか、俺はエースがあんなに感情を露わにする奴だとは思わなくて、正直面食らった」
「エースが、そんな」
「そんだけてめえのことが大事なんだな、奴は」
ゾロの瞳は、あくまで穏やかで優しい。
なんで、とサンジの方が辛くなる。
「だっててめえ、俺のこと思って悪役引き受けてくれたんじゃねえか、そんなこと一方的に言われて腹立たねえのかよ」
激昂したエースがどのようなものかわからないが、恐らくかなり辛らつな言葉を浴びせられただろうに。
「怒らねえのかよ、エース・・・いいや、俺に」
「別に」
ゾロは心外そうに片眉を上げて見せた。
「お前のこと思ってて言ってんのは理解できるし、あいつが怒ってんのは俺がてめえの信頼を裏切った、てめえを傷付けたことだったからな。それに関しちゃ事実だ。それに、見損なったと言われるくらい見込まれてたんなら、満更悪い気分じゃねえ」
「そんな」
「あいつがてめえのことで必死になればなるほど、逆に俺はあいつのことを気に入って行くんだ。どういう訳かわからねえが、てめえと付き合う前のあいつより今の奴の方が好ましい。もともと俺は自分のことをどうこう言われてもピンと来ねえっつうか、俺の沸点はそこじゃねえみてえで。よく馬の耳に念仏とか、糠に釘とか暖簾に腕押しとか、言われたなあ」
懐かしげに目を細め、いやいやいやと首を振る。
「話が逸れた。まあそういう訳で、てめえが休みの日にエースと会うんなら邪魔のひとつもしてやろうと思ってたのに、てめえは連絡取ってもつれねえし」
「・・・そりゃあ、まあ」
「挙句、休みの日を勝手にずらして妙な女と会いやがるし」
サンジはそこで、あれ?と気付いた。
ゾロがドミノと通じてたんなら、休日は最初に言ってたとおりの木曜日だと思われていたはずだ。
けれどサンディ・・・いや、サディちゃんは急に変わったサンジの休暇に合わせたように水曜日と連絡してきた。
これって・・・
「あれ?やっぱり俺の行動があっちに、伝わってる?」
「だろ。今日、こうやって出て来たのもバレバレなんじゃねえのか」
だから襲われたのか。
今日、俺が仕事終わってからホテル・ガレーラに行くことを知ってた人物。
そんなのゼフ以外―――

「あ・・・」
いた、ゼフ以外にもいた。
仕事のシフトが変わったことも、休暇の行動がある程度把握できるのも。
サンジの様子を伺って、逐一報告できるのも。
店にいるスタッフしか考えられない。
まるで家族のような気の置けないスタッフたちの中でただ一人、他所からやってきた新顔。
「コビー・・・」
サンジは呆然と呟いた。





next