Apfel In Schlafrock -19-



私生活であれこれと悩んではいても、仕事が充実していればあっという間に時間は経つ。
デートの日はすぐにやってきて、サンジはともすれば沈みがちな気分を無理にでも高めようと、サンディとの再会に賭けた。
2度目に会った時も彼女が素敵な人だったら、きっと自分は恋に落ちるだろう。
相手が女性だから安心だとそう思ってしまうのは、彼女に失礼だろうか。

待ち合わせ場所に向かったら、早めに着いたにも関わらず彼女の方が先に来ていた。
この間と同じようなざっくりしたポンチョ姿だが、その下はブーツに生足で真っ白な太股が眩しい。
「サンディちゃん、遅れてごめんね」
「ううん、いま来たとこ」
目元が隠れているから表情はよくわからないが、艶やかなルージュが引かれた形の良い唇がにっこりと笑う。
それだけで、サンジはその場にへなへなと崩れ落ちそうになるほどにキュートだ。
ただ、デートには不釣合いな大きな荷物を持っていて、サンジはさり気なく手を出した。
「大きな鞄だね、よかったら持とうか?」
「ありがとう、朝の内にちょっと職場に寄っちゃったの。荷物になってごめんね」
「おやすいご用さ」
かなり嵩張ってずしりと重かったが、サンジは何食わぬ顔をして鞄を肩に掛けた。

「またこうしてデートできて、超ラッキー」
サンディは人懐っこい仕種でサンジの肘を取って腕を絡めてきた。
寒いね、と囁きながらぎゅっと胸に抱きこむ。
布越しにもそのボリュームがわかる、豊満さと弾力にサンジの意識はすぐさま肘に集中した。
柔らかい、あったかい、いい匂い〜
油断するとすぐに膝が抜けてしまいそうで、サンジは意識してシャッキリと背筋を伸ばしサンディをエスコートした。



今日はサンディのリクエストを聞いて、スパニッシュランチだ。
事前にチェックして予約を入れておいたら、素敵なお店と褒められた。
こうしてサンジが手配して案内するのは本当に久しぶりのことで、新鮮でどこか誇らしい。
いつもエースやゾロに連れて来て貰うばかりだったと、今更ながらそちらの方が異様に思える。
「サンジ君って、素敵なお店いっぱい知ってるのね」
「いやーまあ、勉強も兼ねてるからね」
「コックさんなんでしょう?サ・・・私もサンジ君のお料理、食べてみたいなあ」
「勿論、サンディちゃんなら特別に腕を揮っちゃうよ」
その辺にウジャウジャいるカップルと同じように、公然とイチャつけるのもまた新鮮だった。
これが本来のあるべき姿だと、再確認する。

と、またポケットの中で携帯が震えた。
サンジは内心で舌打ちしながら、ちょっとトイレへと席を立つ。
確認すれば、またゾロだ。
昼時からもう10回も着信があって、メールも山ほど来ていた。

いまどこだ。
なにしてる。
帰って来い。
返事しろ。

「あああうぜえっ」
サンジはキレ掛けて、思わずトイレの中で携帯を振り翳した。
とは言え、寸でのところでその手を押さえる。
ウザいのはゾロであって、携帯に罪はない。
どうにもラチが明かないと、仕方なく携帯を掛けた。
ワンコールする間もなく、ゾロの噛み付くような声が聞こえた。

「てめえ、いまどこにいやがるっ」
「・・・!いい加減にしろよ、てめえこそっ」
トイレの中で大声を出す訳にはいかないから、手で口元を囲って短く叱咤した。
「なんで電話掛けてくんだよ」
「休みは明日だっつってたじゃねえか」
「なんでバレたんだよ」
「今日、昼飯食いに来たら、てめえがいねえからだ」
畜生、他の奴らも「ちょっと出てます」くらい言えねえのか。
「休み変わったんだってな、いまどこにいる」
「お前に関係ない」
「関係あるだろうが、パリの打ち合わせだ」
「俺はパリに行くって、一言も言ってねえっ」
「お前の意見は後回しだ、どこだ」
「なんで後に回すんだ、どんだけ強引だてめえ」
「いいから、答えろ!」
ビンっと耳を打たれたようにゾロの声が響いた。

なんだってんだ。
なんでこいつは、こんなに必死な声出してんだ。

サンジは髪を掻き混ぜながら呻いた。
「もういい加減にしてくれ、俺は今デート中なんだ」
「ああ?エースとか」
「ちげえよっ女の子だよ、れっきとしたレディだ」
「女あ?」
「おうよ、ストロベリーブロンドの超超超可愛いレディだ」
「どんな女だって?」
「とにかく可愛くて素敵なんだ、顔だって…前髪がもさっとしてて目はよく見えないけど、とにかく綺麗な唇しててそりゃあもうキュートなんだぞ」
「・・・」
「俺はもう、エースもてめえもうんざりなんだ、レディとデートしてんだ、邪魔すんなっ」
言って乱暴に通話を切った。
受話器じゃないから叩きつけて切れないのが残念だ。
そのまま勢いで電源も切ってポケットに仕舞う。
トイレの個室で深呼吸を数回繰り返し、よしと声に出して気合を入れてサンディの元に戻った。





食事の後はウィンドウショッピングに歩いて、次はどこでお茶しようか。
頭の中であれこれと算段していたら、腕を組んで寄り添い歩いていたサンディが足を止めた。
なにか目ぼしいものでもあったのかと、サンジも歩みを止めて振り返る。
と、サンディが額に手を当てて腰を折った。
そのまま、しな垂れかかるように寄りかかる。
「サンディちゃん、大丈夫?」
「ちょっと、急に眩暈が・・・」
それはいけない、と慌てて周囲を見回した。
裏通りに入ってしばらく歩いたから喫茶店らしきものは見当たらない。
スナックや風俗店ばかりだ。
「少し横になりたいな・・・」
「え?」
ドキリとするようなことをサンディは呟き、あそこがいいと腕を掲げた。
指差す先は、ラブホテル【インペルダウン】。
「サ、サンディちゃん?」
「ちょっとだけ、ね。だって本当に辛いんだモノ」
お願い〜と覆い被さられて、サンジはよろめくようにそちらの方向へと押されてしまった。

「じゃ、ちょっとだけだよ」
一応、昼間料金で部屋に入ってしまった。
どぎまぎしているサンジの背後で、サンディはさり気なくドアにロックを掛ける。
それから、サンジが担いだままの鞄を無言で外し、ベッドの上に下ろした。
「サンディちゃん、具合は大丈夫?」
気遣うサンジに微笑返し、サンディは気怠げな仕種でベッドに腰掛ける。
「んー気持ちいい、サンジ君も寝転んでみなよう。気持ちいいよう」
ベッドにコロンと仰向けになって、しどけなく隣に誘う。
サンジはとんでもないと、赤くなって首を振った。
「サンディちゃんがゆっくり休まないと、少しは気分よくなった?」
「あ」
「ん?」
サンディは横を向いたまま、もう片方の腕を上げてサンジを手招いた。
まるで、内緒の何かを見つけたような仕草だ。
「サンジ君サンジ君」
「どうしたの?」
サンディが見ている方向に同じように顔を向けて歩み寄った。
と―――
すかさずサンディの腕が背後からサンジの肩を抱き、片手を取る。
あっという間もなく、ガチャリと何かを嵌める金属音がした。

「は?」
―――え?
呆気に取られている間にも、もう片方の手首にも手錠が掛けられた。
って、手錠?なんで手錠?
クエスチョンだらけで、声も出ない。
いつの間にかベッドヘッドから引き出された手錠で両手を拘束され、サンジはベッドに膝を着いた間抜けな状態で背後に降り立つサンディを振り返った。
「サンディちゃん、これ…」
「ん〜〜〜〜違うの」
微妙に、サンディちゃんの口調が変わっている。
サッと長い足が繰り出され、ベッドに着いていた膝を蹴り払われた。
勢いで身体がくるりと反転し、仰向けになる。
なんという早業。
先ほどの手錠を掛ける手際も、見事と言うしかない。

「サンディちゃん?」
サンジの目の前で、サンディはゆっくりとポンチョをたくし上げた。
現われたのは目に毒過ぎる際どいボンデージファッション。
というか、胸元はほとんどバストトップしか隠れてない。
「サ、サササササンディちゃん?!」
「ん〜〜〜〜違うの、私は拷問大好きサディちゃん」
「ふえええ?」
どこかで聞いたことが、ある。
誰だったか、人づてに。
完璧女王様サディちゃん。
ヨサクだかジョニーだかを縛って…

「えええええ?!」
「おだまり!」
ピシィッと鞭がしなり、服の上ごとサンジの腹を打った。
どこから出したんだ、しかもいつの間に?
つか…
「ってえ!」
痛い、服の上からでも痛い。
サンディ、いやサディは不満げに鞭を撓らせるとニ、三度振るった。
ビシバシと胸や腹を打たれ、サンジは身体を丸めて防御の姿勢を取る。
長い足に鞭が絡まって強く引かれた。
足を下ろされ無防備になった横腹に、突然焼け付くような痛みが走った。
「うあああああっ!!」
スタンガンを手に、サディは満足そうに微笑んでねっとりと舌を出す。

「ん〜〜〜〜いいスクリーム、たまんなぁい。もっと聞かせてぇ」
言いながら、ゆっくりとサンジの上に馬乗りになった。





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