親愛なるクソじじい。
  まだ生きてるか。
  俺たちは、グランドラインに入ったぜ。




月の綺麗な凪の夜。
甲板では、いつ終わるとも知れない宴会が続いている。

ナミが一つあくびをして、立ち上がった。
「夜更かしは美容に悪いし、先に休むわね」
しっかりとした足取りで中に入っていく。
「ああ、ナミさんお休みなさい。いい夢を・・・」
サンジがその後姿にハートを飛ばした。
「まったくザルだな、あの女」
呆れたゾロの声にサンジが振り向く。
「失礼な。ナミさんがザルならてめーはワクら、このクソ剣士」
もはや呂律も回っていない。
赤い顔をして、それでもグラスを舐めている。

「てめーこそほどほどにしとかねえと、明日辛えぞ」
「大きなお世話だ、ワクマリモ!」
親切に言ってやってるのに、また茹蛸のように怒る。
女に対する態度とどうしてこう違うのか、こいつは。
「いくら女好きでも、相手見て判断しろよ。あんまナミに入れ込むと、碌な事ねえぜ」
「なにい、貴様さてはナミさんを狙っているら!」
酔っ払い相手にムキになることもない。
ゾロは半分眠ったふりで、サンジの抗議を聞き流すことにした。
「いや、ゾロお前の気持ちもわかるぜ。ああー・・・レディはいいよなあ。ナミさんが船にいるって思うだけで
 晴れやかな気分になるようなあ・・・」
いつの間にかサンジは自分の世界に入っている。
「あの細い手首とかー、柔らかな物腰とかー、大きな瞳とかなあ。あんな目で見つめられると、どきどきするよな」
一人で言って一人で身悶えている。

変な酒だ。
どこをどうとったら、ナミの物腰が柔らかいんだ?
「レディがいるだけで、華やかだよな。イー匂いするし・・・朝でも夜でも一緒の船にいるんだしよぉ」
どんどんトリップして行く。
「あんな可愛い声で話してよ、細い指で食事をつまむんだ。笑った唇なんか花びらみてーで・・・」
ゾロはなんだか尻がむずむずしてきた。
なんと言うか、サンジの女性賛美には呆れを通り越して一種尊敬の念すら感じるが、それにしても何か違和感を感じる。
そういうことは女に向かって言うことで、野郎の俺に聞かせる話じゃねえだろ。






ふと目をやると、ルフィとウソップは二人でなにやらゲラゲラ倒れこんで笑っている。
ジャンケンをしては杯をあおっているようだ。
あの様子ではそう長くはない。
誰も聞いてないようなので、ゾロはそっとサンジにささやいた。

「俺相手にそんなこと言ってねえで、男同士の話にしようぜ」
「へ?」
サンジの目が丸くなる。
「お前・・・女の好みどうよ」
「好み?」
言動から察するに、どんな女でもどこか長所を見つけてるようだが、実際どんなタイプが好きなのだろう。
ゾロの興味はそこにあった。
「色々あるだろ、巨乳がいいとか」
「巨乳?」
反芻して、サンジの顔が真っ赤になる。
「あああ、アホかてめえ!レディに対してなんて失礼な言い種しやがる!む、胸がでかかろうが小さかろうがレディには
 違いねえだろ、エロ剣士!」
「俺はでけー方がいいけどな」
さらっと言うゾロに、うううと口篭もっている。
「そりゃ、大きい胸はどきどきするよな。柔らかそうだし・・・」

―――?
やっぱり変だ。
「可愛いタイプと綺麗タイプとどっちがいいよ」
「うーン・・・どっちも捨てがたい・・・」
「お前、女ならどれでもいいのか」
「ほっんとに、失礼な野郎だな、てめえ」
「じゃあ、上付きと下付きとどっちがいい?」
「―――は?」
サンジの目が怪訝そうに細められる。
ゾロは胸がどきどきしてきた。
面白れえ。
こいつ・・・もしかして―――
「正常位と後背位とどっちがいい?」
「?」
「騎乗位とか・・・」
「―――?」
サンジが困惑している。
意味がわからないのだ。
ゾロは大声で笑いたくなった。
腹筋を痙攣させながら、かろうじて堪える。




面白れえ、すんげえネタだ。
どうやってからかってやるか―――。




ゾロの目が爛々と輝いている。
まるでワクワクしているような期待に満ちた光。
サンジは酔った頭で不審に思った。
「なんらあ、ゾロ。てめー何かよからぬ事考えてねえか?」
潤んだ目が不安そうに揺れている。
いつの間にか仲間になったこのコックは、その言動に反して恐ろしく純情な童貞君らしい。
いつもの尊大な態度の裏に、こんな弱点があったとは。
いけ好かないコックの意外な一面を見て、ゾロは舞い上がっていた。
少し酒も回っていたのかもしれない。



「キスするときは、目を閉じるのか?」
いつの間にかゾロの顔が間近まで近づいている。
サンジは避けることもしないで目をぱちくりしている。
「目を閉じるだろ、普通」
視界がゆらりと揺れた。
酔いが回ったせいだ。
「どんな風に?」
ゾロの問いかけに、サンジが瞳を閉じて見せる。
無防備な唇に自分のそれを重ねた。

一瞬、間を置いて驚いたように開かれた口内に舌を滑り込ませる。
サンジの舌を捉えてきつく吸い上げ、さっと離れた。



ぽかんと口を開けたまま、サンジが固まっている。
阿呆面だ。
ゾロは笑いが止まらない。
すげーアホ。
アホすぎて、何か可愛い。
腹をひくつかせてのけぞるゾロの耳に、呆然としたサンジの声が届いた。



「――俺の・・・ファーストキス・・・」

―――は?

にわかに空気が凍る。
今、なんと?

「俺の大事な大事な大事な・・・・」
低い声で、呪文のようになにやら唱える口元に目が行った。
あまりのことに、虚を付かれたゾロは隙だらけだ。
目の前が朱に染まる。
いや、スパークか。
無数のきらめきが脳裏を過ぎり・・・
ゾロは気を失った。







ナミは、さわやかな朝の光の中で大きく伸びをした。
「今日もいい天気ねえ」
遠い水平線の彼方から足元に視線を落とし、眉を潜める。
こんなに素敵な朝なのに、見たくない光景だわ。

足元には、血反吐を吐いて倒れているゾロがいる。
表情を見ると、気を失ったまま眠ったようだ。
規則正しい寝息が聞こえる。
異常な状態はゾロだけで、昨晩の宴会の後は綺麗に片付けられ甲板はいつもどおり。
ただ、ゾロが倒れているだけ。
察するに、サンジ君を怒らせたわね。
ナミは鼻歌を歌いながらキッチンに向かった。





「おはようございますナミさん!今日も眩しい笑顔ですね」
いつもと変わりない、サンジのにこやかな顔。
ルフィは早くも朝食をがっつき、ウソップは頭が痛いと唸っている。
「さあどうぞ。今温かい紅茶をお出ししますから」
ナミのために椅子を引いて、いそいそと動き回る。
いつもと変わりない・・・が、やはりちょっと違う。
サンジがニコニコ笑っている。
ナミのみならず、ウソップやルフィにまで愛想がいい。
そしてテーブルの上に用意された食事は4人分。
1人、足らない。
船の上で食事を供給されないとは、命にかかわること。
ましてや、その重要性を誰よりも認識しているはずのサンジの凶行に、ただならぬ怒りを感じる。
ナミがちらちらとサンジを観察していると、元凶がゆらりとキッチンに入ってきた。
まだ口の端に血が残っている。



「おう、ゾロ目ぇ覚めたか」
ルフィが口一杯に頬張って、手を上げる。
「あら、ゾロの食事はないみたいよ」
ナミがさらっと声を掛ける。
「んだあ、まだ怒ってんのか」
ゾロが面倒臭そうに、椅子に腰掛けた。
「女じゃあるまいし、たかがく・・・」
ぶんっと風圧でテーブルが揺れた。
寸での所で止めたゾロの腕は痺れている。
並みの男なら骨折しているだろう。
強烈な蹴り。

「それ以上、ぐだぐだ喋るんじゃねえ」
まるで地獄の底から響くかのごとく、低く暗いサンジの声。
マジで怒っている。
「ともかく、てめえは今日1日食事抜きだ。座禅でも組んで反省してやがれ!」
ゾロとて、フザケ過ぎた感は否めない。
ここは素直に謝ろう。
「ま、今回は俺が悪かった」
「謝って済むなら海軍はいらねえ」
ぴしりと言って、冷たい目でゾロを見下す。
「てめえの行いは、万死に値する」
言い放ってキッチンに引っ込んでしまった。

「ななな・・・何やらかしたんだ、ゾロ」
背後に殺気を感じてウソップが振り向くと、柱の影から睨みつけるサンジ。
―――やべえ、殺られる。
「いや、もう何も聞かん。聞かんから、お前は修行しろ、な」
ゾロは所在無さげに頭をぼりぼり掻いて、キッチンを出て行った。








「お前、アホだなー」
今日の空のようにあっけらかんとしたルフィの口調に、ゾロは片手腕立て伏せを休めて思いっきり嫌な顔を返した。
アホにアホと言われるほど、腹の立つことはない。
「サンジは物心ついた時から、ずっと船で暮らしてんだぞ。世間からずれてんのはしょうがねえだろ」
ルフィが珍しく、まともなことを言う。
大いに世間からズレているてめえに言われちゃ、あいつもお終いだろ。
心の中で突っ込みを入れながら、また黙々と腕立て伏せを始めた。

「・・・て、てめえ見てたのか」
「ああ、ウソップのやつ先に寝ちゃったからよ」
そう言って、にししと笑う。
「俺、バラティエのあいつの部屋に入ったことあるけどよ。ベッドの横に写真飾ってあんだぜ。おっさんと小さいサンジが
 二人で写った写真」
マジかよ。
「殺風景な部屋の中に、それだけぽつんとさ。サンジにとって大事なもんだろうけど、あのおっさんも相当サンジを大事に
 してたんだと思うぜ」
いかついおっさん共に囲まれて育って、口だけは悪くなったが、とんだ箱入リだったわけだ。
少々乙女系が入っているあの夢想癖から考えても、せっかく大事に取っておいた「はじめてのチュウ」とやらが男相手で、
しかもディープなやつだったら、切れるのも無理からぬことか。
ゾロは一応、反省した。












船は順調に航路を進む。
途中、海王類が襲ったりしてきたが、苛ついたサンジにあっさりオロされて、日干しにされた。
出番のないゾロはひたすら鍛錬に励む。
1日や2日食べなくとも何ともないが、キッチンから甘ったるい匂いが流れてきて、すきっ腹に響く。

「よっしお前ら、席に着け!手え洗ったな。両手は膝の上に置いてー」
どん、とテーブルの上に巨大ケーキが乗せられた。
スペシャル三段デコレーションケーキ。
「うはぁぁぁ」と歓声が上がる。
やり場のない怒りをデザート作りにぶつけたサンジ。
今日はクソゾロが喰わないから、たっぷりのフルーツと生クリームを使った。
甘い甘いケーキだ。
ざまあみろ。

何がざまあみろなのかわからないが、サンジはまず満足した。
これでナミさんと、あまーい口直しが出来たら、完璧なんだけど・・・
鼻歌交じりでケーキを切り分ける。
「いっただっきま〜す!」
恐ろしい勢いで食べ始めた。
「久しぶりのケーキ、美味しいわね」
「生クリームってこんなに美味かったか」
「やっぱケーキは甘いのに限るよなあ」
自分の皿をあらかた食べ終えたルフィは、サンジの横に隠すように置いてある、ナミのお代わり用にデコレートされた皿に目をやった。
腕を伸ばしてサンジの身体を迂回し、ケーキを鷲掴む。
「あ、こら!ルフィ!」
気付いたサンジのフォークを避けて、素早く腕を縮める。
絡め取ったサンジの身体ごと。





ゾロは段々むかついてきた。
ここのところ三食きっちり取っているせいか、正確に腹が空く。
そのすきっ腹に、なんとも胸糞悪い、甘ったるい匂いが染み込んでくるのだ。
邪魔の一つもしてやろう。
そう思って、キッチンのドアを開けたら、悲鳴と何かぶつかる音が響いた。



「どわっ!」
サンジは、その長い手足をあちこちにぶつけながらルフィに激突した。
「何てことしやがる、クソゴム!」
「あ、わりい。サンジまで来ちゃったか」
悪びれず、サンジを抱き込んだまま獲得したケーキを頬張る。
「こういうの、不可抗力ってのかなあ」
はずみでクリームがついたサンジの頬をぺろりと嘗めた。
「てめ・・・行儀悪いぞ!」
叫んで、横腹に膝蹴りをくらわした。
「うげ・・・」
うめくルフィの腕から何とか脱出して、服を掃う。
「・・・たく、食い意地の張った奴だ。」
倒れた椅子を直して顔を上げたら、戸口に立つゾロと目が合った。



額に青筋が浮いている。
並みの男なら萎縮してしまいそうな、凶悪な目つき。
―――なんだあ?
サンジもガンを飛ばして対抗する。
「何だ何だ何だ、お前ら―――」
間で食器を拾っていたウソップが、挟まれた形になっておたおたしている。
「胸糞悪い匂いさせてんじゃねえ、エロコック!」
捨て台詞を残して、ゾロは乱暴にドアを閉めた。



「何だ、あいつ・・・」
今回は、俺じゃないよなあ。
サンジが皆に同意を求める。
「腹減ってっから、気が立ってんじゃねえのか」
ウソップの言葉ももっともだ。
1日飯抜きと宣言したが、他の奴らの迷惑も考えて許してやるか。

どさくさに紛れて、残りのケーキはすべてルフィの腹の中に収まっていた。
















夕方から、天候は急転した。
まるで梅雨のようにしとしとと雨が降り続いている。
波は高くはないが、ナミは注意を払っている。

「たーいくつ、だなあ」
ルフィは不満そうだ。
「いい骨休めじゃねえか」
ウソップは武器の手入れに余念がない。
「そう、たまにはゆっくり読書でも・・・」
「ナミ、俺にも貸してくれ」
「ルフィ、本が逆よ」
皆キッチンにたむろっている。

「ちょっと早いけど、夕飯にすっか」
サンジがご飯をよそい始めた。
「ウソップ、どっかで不貞寝してるへそ曲がり、呼んできてくれ」
急にウソップはイタタタタと腹を抑えた。
「うう・・・持病のゾロを呼びに行ってはいけない病が―――」
一発食らわしてルフィをみると、もう食事を始めている。
仕方ねえ。
サンジはゾロを呼びに外に出た。





まさか、雨の中で修行なんぞしてねえだろうな。
もっと激しい雨なら、やりかねねえが。
船内を見て回る。
格納庫の隅に、座禅を組んでいるゾロを見つけた。
「腹巻、飯だ」
ゾロが片目を開ける。
「中途半端な野郎だな。俺は今日1日、飯抜きじゃなかったのか」
ゾロの言い種にカッとなる。
「テメエが訳わかんねえガン飛ばしやがるから、ウソップが怯えんだろうが。人がせっかく頼まれて、頭下げられて
 呼びに来てやってるのに!嫌なら来なくていい!」
踵を返して足早に出て行こうとするサンジの腕を、ゾロが掴む。
「・・・んだよ」
思いのほか近くに、ゾロの顔があった。
「お前、飯粒ついてるぞ」
「へ?」
ぺろりと、ゾロの舌がサンジの頬を嘗め上げた。



一瞬、間を置いてから、繰り出された強烈な蹴りをゾロは紙一重でかわす。
続いた回し蹴りを両手で掴んだ。
衝撃で身体が押されたが、壁に背中を打ちつけて耐える。
掴んだ足を片手で引き寄せて、横倒しに壁に押し付けた。
もう片方の足を踏みつけ、肩を抑える。

あっという間だ。
あっという間に、サンジは自由を失った。
屈辱的な事実に愕然とする。
ゾロが本気を出せば、サンジの動きを封じるなど赤子の手をひねるより簡単ということか。
サンジが顔を紅潮させて、歯噛みする。
「ふざけんな、クソ野郎!」
「―――なんで、怒んだよ」
この期に及んで何を言うか。
「怒るに決まってんだろ!ひ、人の顔舐めて、しかもこんな・・・舐めた真似しやがって・・・」
「ルフィには怒ってねえだろ」
はい?
「・・・なんのことだ?」
思い当たらない。
「さっき、ルフィに舐められてたじゃねえか」
壁に押し付けられて見詰め合ったまま、しばらく間が空く。
「あ・・・あれか?怒っただろうが!蹴り入れたぞ」
「行儀悪いってな。あれは躾だろ」
確かにそうかも。
と油断させて、サンジは反射的にゾロの手から逃れようと動いた。
不意をついたつもりなのに、びくりとも動かない。

「だから、離せって!」
ゾロのシャツを破けんばかりに引っ張り、叩く。
「てめえ、性質悪いぞ」
貼り付けられたまま俯いて、サンジは声を絞り出す。
「何が」
「―――俺がー、は・・・は―――」
聞こえない。
「――だったから、からかってんだろ!クソボケマリモ!」
金髪の間から覗く耳が真っ赤だ。
渦を巻く頭頂部を見ながら、ゾロも冷静になって考えてみる。
―――確かに、何やってんだ俺。
それでも、腕の力を緩める気は一向にない。
ただ、頭に血が上っただけだ。
ルフィに巻き付かれて、頬を舐められた姿を見ただけで、頭に血が上った。
なんでだ?

「だからー・・・離せ畜生!痛エっつの」
抑えていた手首が赤くなっている。
力の加減を忘れていた。
それでも迂闊に手を緩めることは出来ない。
バネのように俊敏に、反撃してくるから。

いつまでも顔を上げないサンジの頭に、声をかける。
「なんでそんなに、赤くなってんだ」
「赤くなってなんかねえ!」
勢い顔を上げた。
真っ赤だ。
真正面にゾロのアップがあって、視線が揺れる。
目を逸らしたら、負けなのに・・・合わせられない。
「恥ずかしいのかよ」
「んな訳ねえだろ!ハラマキ親父」
「なら、顔上げろ」
観念したのか、小さく唸ってからまた顔を上げた。



隙を与えず、唇を奪う。
目を見開いたまま、硬直していたサンジは、歯をがっちり噛み合わせて耐えている。
―――鼻摘まんでやろうか、こいつ。
片手を離すのは危険だ。
仕方なくゾロは唇を離した。
もう怒りを通り越して真っ白になったサンジの頭は、正常に働きそうにない。



「お前な、キスぐらいでそんなに緊張してたらキリがねえぞ」
ゾロの顔は笑っていない。
まるで、小さい子供に真剣に言い聞かせるお兄さんのようだ。
やってることは、イケナイが。
「ちったあ、慣れねえとな」
本番のときに困るだろ。
もっともらしいゾロの言葉が、辛うじてサンジに届く。

―――本番・・・
例えば、ナミさんとか。
港のレディたちとか・・・
まだ身体は硬直しているのに、サンジの頭の中が別の方向にぐるぐる廻りだした。
サンジの目線があらぬ方に左右している。
―――考えてるな、こいつ。

「ちょっと、『あ』って言って見ろ」
ゾロが誘う。
「あ?」
小さく口を開けて発音してみた。
掬い取るように、またゾロが唇を重ねる。
舌が滑り込み、絡め取った。
サンジの頤が小さく震えている。
掴んでいた手首を離して、片足も下ろさせた。
まだ足は踏んだままだが、両手でサンジの小さな顔を掴んで何度も角度を変える。
口蓋を舌で擦り、舌根まで強く吸う。
首を竦めたまま、唸るサンジの髪を梳いて宥めた。
「舌、逃げるな。ちょっと出せ」
少し離して、唇を合わせたままゾロが囁く。
おずおずと差し出されたピンク色のそれに吸い付き、自分の中に誘い込む。
噛み付くように何度も深くあわせて、貪ってくる。
湿った音が耳について、サンジは身を捩るのも忘れていた。









遠くで、足音がした。
サンジが我に帰る。
―――飯だ。
―――俺はゾロを呼びに来たんだ。
あれからどれくらい時間が経った?
足音が近づく。
軽く、規則正しい・・・
ナミさん?
ゾロは気付かず、サンジの腰をぐいと引き寄せた。


――――!



「・・・・・ぅお―ー――」



気がつけばゾロが床に蹲って悶絶している。
膝蹴りがモロに股間に入ってしまった。
―――緊急事態だから、仕方ねえ。
荒い息を整える。
身だしなみも確認して、髪を梳く。
口元をぐいと拭いて、格納庫を出ようとしてナミと鉢合わせした。



「わ、びっくりした」
「あナミさん、すみません。ハラマキがなかなか起きなくて・・・」
ナミが中を覗く。
ゾロはまだうつ伏せでうめいている。
「またこれで。ひと悶着起こさないでよ」
きれいな眉が潜められたのに、サンジは強張った顔のまま笑って見せた。
「大丈夫ですよ。あのクソ剣士、打たれ慣れてるから」

―――慣れてねえ。
少なくとも股間は慣れてねえ。
ゾロが冷や汗をたらしながら、口をパクパクさせている。
「わざわざ呼びに来てくださってすみません。さあ、行きましょう」
ナミの手を取ってエスコートする。





ゾロは何とか身体を起こして、腰を叩いていた。
一瞥もせず立ち去ろうとする後姿に、声をかける。
「おい素敵眉毛!」
仕方なく立ち止まり、嫌そうに振り返る。
「―――覚えてろよ」
にやりと。
暗闇から光る目でにやりと笑ってやった。
その笑みは・・・ヤバイだろう―――
この状況でその笑い方は・・・ナミさんに感づかれるだろうが!
ゾロの笑みに慄き、背後のナミの視線にも慄きながら、サンジは辛うじて言葉を搾り出す。
「一昨日、来やがれってんだ」
その声は、上擦っていたけれど。







ハコイリムスコ