「なにやってんの!ゾロ!!」
甲高い声が聞こえたかと思うと、締め上げていた手の力が緩んだ。
サンジは床に倒れ伏せて咳き込む。
奥歯が折れたんじゃないかと思うほど痛い。
手を当てればぬるりとした感触があった。
口からの出血じゃない、鼻血が出てる。

「大丈夫か、サンジ」
ウソップが駆け上ってきてあーあと声を出した。
「ゾロ、無茶すんなよ」
恐る恐る顔を上げれば、ゾロは唇を噛み締めてそっぽを向いている。
「サンジ、大丈夫か。降りられるか?」
ウソップに助けられて、サンジはなんとかマストを降りた。



「ったく、あの単細胞バカ。ろくなことしないんだから」
ナミはサンジの頬に冷たいタオルを当ててくれた。
いつの間にか、起きて来ていたらしい。
「大丈夫。びっくりしただけだから・・・」
サンジがそう言って笑うと、二人とも複雑な表情になる。
「怒らねえんだな」
「喧嘩にも、ならないのね」
ナミは困ったように眉を顰めて、それでも微笑んで見せた。
「わかったわ、私も腹を括る。あなたはサンジ君じゃない、よくわかったから」
ゾロにもよく言って聞かせないとね、と独り言みたいに呟く。
「あの、俺朝飯の支度っての、やってみる」
サンジはそう言って立ち上がった。
「大丈夫なの?」
「うん。あ、でも味は保障できないよ。昨日みたいなものしか無理だ」
そう言って笑って、サンジは足早にラウンジに入った。




まだ胸がどきどきしている。
びっくりした。
あんまり驚いて痛くて、何も考えることすらできなかった。
まさか、ゾロに――――
殴られるなんて・・・

サンジはゾロに殴られたことがショックで、ほとんど何も考えないで手を動かした。
朝食のメニューとか、在庫の置き場だとか頭で考えないで勝手に身体が動いている。
そんなことも気付かないくらい、サンジはショックを受けていた。
だってゾロは幼馴染で、幼稚園の頃からくっついて回った大の仲良しだったから。
元々無口で愛想のないゾロは、サンジ以外特別な友達もいなくて、一緒に行動することが多かった。
剣道に夢中で道場に通ってたりもしたけど、それ以外は殆どサンジの家に入り浸っていたと言っても過言ではない。
高校を先に決めたのもサンジだ。
ゾロは当然みたいに同じ高校を選択した。
授業中は寝てばかりだし、クラスメイトとバカな話ひとつしないゾロは、クラスでも結構浮いた存在だった。
でも幼馴染のサンジにだけは心を開いているのか、普通に接している。
いや、サンジのゾロへの接し方が普通なだけなのだろう。

ゾロは、その態度や目付きから相手に冷たい印象を与えて敬遠されることが多い。
強面で腕っ節も強いから、上級生でも絡んで来ない。
まるで腫れ物に触るかのような周囲の扱いの中で、サンジだけはダイレクトにゾロの胸元にまで飛び込んでくる。
天性の明るさや屈託のなさが、ゾロの中に普段隠れているモノをも引き出してしまうみたいに。
だから、サンジと一緒にいる時のゾロは、他の友人達からも受け入れられる。
なんとなく、サンジはそんなゾロが放って置けなくて、あれこれと世話を焼いてしまうのだ。
もう高校生なんだからいい加減女の子と付き合ったりもしたいんだけど、ゾロが気になって休日にデートの約束も
取り付けることができない。
だって、俺がいないとゾロはだめだからなあ。
サンジはそう思っていた。

なので――――
そんなゾロに胸倉掴まれて揺さぶられてぶん殴られたのは、非常にショックだったのだ。







「まあ、いつもの朝食みたいね」
ロビンが平坦な声で感想を述べた。
テーブルの上には豪勢な朝食がずらりと並んでいた。
サンジ自身、驚いて声も出ない。
「どうしよう、俺こんなに作っちゃって・・・」
今更ながら青褪めた。
一体何人分、自分は作ったんだろう。

「大丈夫よ、うちの船長底なしだからこれくらいすいっと食べちゃうって・・・あ」
思いついてナミは口に手を当てた。
「そう言えば、今ゴムじゃないんだわ。ルフィ、食べ過ぎちゃダメよ!」
「あ?食べ過ぎって?」
「ナミ、いいんじゃないか。人生に一度くらい食べすぎを経験させてやっても」
「・・・それもそうね」

テーブルについて改めて、サンジは首を捻った。
「俺なんで7人分も作ったんだろう。鹿はこんなの食べねえよな」
「鹿じゃないって、トナカイだって。ったくチョッパーが聞いたら気、悪くするぞ」
悪くするも何も、当のトナカイは部屋の隅っこでウロウロしている。
「トナカイって何食べるんだ?トナカイフードとかってあるのかなあ」
サンジがそう言ってうろうろするから、ウソップは隣のテーブルから皿を持って立った。
「多分、これがチョッパー用の皿だよ。味が殆どつけてないと思う。サンジが無意識に作ったんなら、そうだろう」
そういえば、そうかもしれない。
その皿をトナカイの目の前においてやると、くんくん匂いを嗅いでから食べ始めた。
「へえ、トナカイってなんでも食うんだ」
「いや、普段はそのトナカイはトナカイじゃないんだぞ。チョッパーって言う人型したトナカイなんだから」
ウソップの説明はよくわからない。
なんでもありの世界って訳か?

「ともかくいただきましょう。話はそれからよ」
皆で手を合わせていたら、のっそりとゾロが入ってきた。
瞬間、サンジの身体が強張る。
ゾロはむすっと口を結んだままサンジの背後を通り抜けて席に着いた。
目元に痣があるように見えるのは、なんでだろう。
隣でナミがこっそり耳打ちしてくれた。
「あたしがちゃんと殴っておいてあげたから。赦してやって」
びっくりして、まじまじと見た。
ゾロって女の子に殴られるんだ。
「はい、じゃあ改めて、いただきます!」
「いただきまーす!!」





「ふええ・・・もう喰えねえ。なんでだろう」
ルフィが心底情けなさそうな声を出して、テーブルに突っ伏した。
もう喰えないも何も、どうやったらそこまで喰えるんだって量を空にしてるのに。
「どうルフィ。感想を聞かせてv 今のあなたのお腹の状態は?」
「なんか・・・重くて、痛くて、苦しくて、はち切れそう・・・」
「ようく言ったわ!それが食べすぎってやつよ、ルフィ!!」
みんなやんやと喝采して喜んでいる。
事情の分からないサンジはルフィに同情した。
「ルフィ、食べ過ぎは身体に良くないぞ。もう残せ。残りモンは海に捨てたら魚の餌になるんだろう?」
生ゴミとか分別とか関係ないんだろうなあ。
そんなつもりで、サンジはそう言った。
突然、場の空気がぴきんと緊張する。

「・・・?」
サンジはなんとなく気まずくなって、首を巡らした。
「俺なんか、変なこと言った?」
突然ゾロが手を伸ばしてルフィの残った皿を掴むと、一気に口の中に掻き込んだ。
綺麗に平らげて咀嚼しながら席を立つ。
まるで怒っているように振り向きもしないで乱暴にドアを閉めて出て行ってしまった。

「な、なんでゾロが怒ってんだ?ってえかあれ、怒ってんだよな」
戸惑うサンジにナミは手を振って笑って見せる。
「あああ、大丈夫よ。気にしないで。サンジ君のせいでも、多分誰のせいでもないわ」
「でも・・・怒ってたぞ。なんでゾロはいつも怒ってるんだ?もしかして・・・」
サンジは今頃になってその可能性に気付いた。
「もしかして、ゾロって俺のこと嫌ってる?」
あっちではゾロと仲良しだったけど、こっちのゾロとはそうじゃないのかもしれない。
嫌われているというより、まるで憎まれてるみたいな目付きだった。

「そんなことないわよ。まあ、仲がいいとまでは言わないけど仲間だし・・・」
「喧嘩仲間だったな。しょっちゅう殴り合いとかしてたぜ。まあお前は蹴り合いだったけど」
「蹴り合い?」
「コックさんは手が命だったから、戦いには足を使うのよ」
ナミはナプキンで口元を拭くと、改めてサンジに向き直った。
「ちゃんと話して置いた方がいいかもしれないわね。少なくとも、今のことであなたがサンジ君じゃないって事は
 わかったから、ここのサンジ君のことを分かって貰っておいた方がいいと思うわ」
そう言って、ナミはサンジの過去を語り始めた。








綺麗に手入れされたキッチンを、改めて見回す。
確かに何も考えないで・・・もしくは違うことを考えながら作業すると何事もスムーズに行っている。
身体が全部、覚えてるって事か。
サンジはそう合点して、一息ついた。
イスに腰掛けてポケットを探る。
取り出した煙草に火をつけて吸った。
美味いものじゃないけど、悪くもない。
ここのサンジはずっとこうして吸ってたんだろう。

朝食の後、ナミたちから海賊サンジの過去を聞いた。
想像を絶する飢餓の記憶。
恩人への想い。
オールブルーへの憧れ。

今まで住んでいた世界とあまりに違いすぎて、サンジはなかなか現実として受け入れることができない。
目が覚めたら海賊船の中でした、なんて御伽噺みたいだと思っていたけど、こっちの現実の方がずっと
過酷じゃないか。
何の苦労も知らず、平和ボケした日本でのほほんと育ってきた自分は、こっちのゾロから見たら苛々する
ような坊ちゃんでしかないんだろう。
なんとなく気持ちがわかって、サンジは更に凹んでいた。

この世界で、自分が出来ることなんて何もないんじゃないか。
そもそも自分がここにいたら、いけないんじゃないか。
かと言ってどこかに行けるわけでもない。
第一この身体はサンジのものだから、居心地は悪くても大事に居座って、ちゃんと帰れる日まで大事に
して置くことしか、できないんだろうなあ。

サンジはそっと手元に置いたノートのページを繰った。
後片付けしていて見つけた、レシピノート。
英語に似た文字だけど、今の自分ならすらすら読める。
これを書いたのはこっちのサンジ。
クルーの好みから、食材の使い方、下拵え、仕上げのコツまでこと細かく書いてある。
もしかしたら、今自分がこれを見て調理をしようと思えばできるくらいに、詳細に。


と、突然ぐらりと船が揺れた。
慌ててノートを引き出しに仕舞い込んで立ち上がる、とまた部屋が大きく傾いた。

「敵襲だ――っっっ!」
遠くで、ウソップらしき声が怒鳴っている。
敵襲?
煙草を灰皿に押しつぶし、訳がわからないままサンジはラウンジから飛び出した。



横波のような水飛沫がかかり、続いて雄叫びが耳に響いた。
すぐ側まで迫った船からわらわらと男たちが下りてくる。
手に携えた武器が陽を照り返して眩しく光って見えた。

「え、えええっ?」
サンジにはとっさに理解できない。
さっきまで大海原の中をのどかに航行していた筈のGM号に今、攻撃がしかけられているなんて。
「ゴムゴムの〜っ」
「無理だって、馬鹿!!」
ナミの声に振り向けば、オレンジの髪をなびかせてなにやら長い棒を振り回している。
「ああ、ナミさん!あぶない!!」
考えるより先に足が出た。
軽く甲板を蹴って回し蹴りの要領で男を吹き飛ばす。
文字通り飛んで行った敵を目にして、自分のしたことながら呆然となってしまった。
――――今、俺なにした?
「サンジ君、後ろ!」
考える間もなく次々と男たちが襲い掛かってくる。
敵が手にした刀は紛れもない本物で、紙一重で避ければ髪が一房切り落とされた。
足元に落ちた金の束に改めてぞっとする。
「じ、冗談じゃねえぞ」
夢なんかじゃない。
ここで一撫でされたら、怪我どころじゃすまないだろう。

ナミと背中合わせに、ルフィは拳で闘っていた。
武器を持った相手に丸腰なんて、大丈夫なんだろうか。
それはロビンも同じだ。ひらりと軽く身をかわしながら敵の攻撃を封じてはいるが、ダメージを与えることが出来ない。
「火薬星!」
パチンコのような武器でウソップはあちこちを破裂させている。
なんだか一番頼もしいかも・・・
なんて思っていたら、すぐ側を風のようにゾロが駆け抜けた。

「旋回!」


ゾロの周りだけ、時が止まったように感じた。
正確にはゾロだけがとまっていて取り囲む男たちが木の葉のように吹き飛ばされてたってことで・・・
敵船から乗り込んでくる男たちの動きが止まる。
じりじりとゾロが歩を詰める度に、相手の緊張が高まっていくのがわかった。

「サンジ、今の内にこいつら海に放り込め」
いつの間に側に来たのか、ウソップが甲板に伸びた男たちをポイポイ海に落としている。
言われるままに倒れた男に手を掛けて、ぎょっとした。
身体の下から染み出してくる夥しい血。
ついさっき、ゾロに斬られたから・・・
斬られて?

ぎくりとして目を上げれば、敵船に乗り込んだゾロが刀を振るっている。
両手に一本ずつと口にまで一本咥えて、見たこともない型でまさに縦横無尽に斬り刻んでいた。
赤い飛沫を上げて飛んだのは腕だ。
有りえないほど大柄な男は立ったまま腸の飛び出た腹を抱えてうめいている。
「う・・・」
サンジは咄嗟に両手で口を抑えて息を呑んだ。
まるで舞うように鮮やかに剣を振るうゾロの後に、累々と屍が折り重なり、辺りは血の海と化している。
最後にボスとみられる一際でかい男が唸り声を上げてゾロに斬りかかった。
身の丈より大きな斧を薄い刃で受け止めて、返す刀で首を刎ねた。
一瞬のことだった。
血飛沫を上げてゆっくり倒れる巨体と、弧を描いて海に落ちた首。
すべてがスローモーションのようにゆっくりと流れて、倒れ込む音と共に静けさが訪れる。





さっきまで恐ろしいほどに鳴り響いていた怒号や喧騒はあっけなく消え去り、波の音だけが辺りを支配した。
ぶん、と刀を払い、敵の服で血を拭ったゾロはゆっくりと振り返った。
サンジの背後からナミの快活な声が掛かる。
「ゾロ、ついでにお宝ないか、船の中調べて頂戴!」
それに軽く片手を上げて、ゾロは船の中に降りていく。

「あー、どうなることかと思った。」
「ったく失礼しちゃうわよね。いきなり襲ってくるなんて。」
ウソップやナミの呟きをどこか遠くで聞きながら、サンジは口に当てた手を外すことができないでいた。
少しでも動いたら、何か叫んでしまいそうだ。

潮風に乗って、立ち込めていた血の匂いが流れていく。
デッキブラシを取り出して甲板をせっせと洗うウソップや、バケツで海水を汲んでは流すロビン。
これはドラマでも映画でもどっきりでもなくて――――
足元に転がってるのは本物の死体で。
殺したのはゾロで・・・

ぐらりと視界が揺れて、その場にしゃがみこんだ。
気付いたロビンがそっと近寄り肩に手をかける。
「大丈夫?気分が悪いの?」
「いえ・・・」
まだ口元に手をあてたままくぐもった声を返すサンジの顔色は真っ青だ。
「ここはいいから。中で休んだ方がよさそうね」
血の気が引いて白く震える指に手に褐色の指を添えて、ロビンは優しく強張った手を外してくれた。
「あ、ありがと・・・」
ようやくその言葉だけ搾り出して、サンジはそこから足早に立ち去った。




たいして汚れてもいないのに、何度も何度も手を擦って洗い流す。

まだ動悸が止まなくて、口から心臓が飛び出そうだ。
こんなことで震えている自分が情けない。
しっかり、しっかりしなくちゃ――――

「おい」
不意に背中に声を掛けられて、文字通り飛び上がった。
血の匂いがする。
ゾロだ。

「無駄に水使うんじゃねえ、勿体ねえ」
言われて慌てて蛇口を捻った。
ゾロは大股でサンジの横をすり抜けると服を脱ぎ始める。
全身ずぶ濡れで、白いシャツは斑に朱に染まっていた。
海で返り血だけ洗い流してきたんだろう。
サンジが知っているゾロより一回り大きな体。
日に焼けた肌と鍛えられた筋肉。
盛り上がった胸筋を斜めに走る傷に今度こそ声を上げそうになった。

脱いだシャツを一纏めに洗面所で搾ると、ゾロは固まったままのサンジを睨みつけた。
「何、見てやがる。」
だが、サンジはその傷から目を逸らすことができない。
深く切り裂かれたであろう傷口はぼこぼこと盛り上がって、粗い縫い目がそのままに残っている。
普通なら、死んでるに違いない、深い傷。
ちっと派手に舌打ちをしてゾロは風呂場に入ってしまった。
それを見送ってはじめて、サンジはよろけながら壁に手をついた。

びっくりした・・・
っていうか、驚いたってえか、ビビったってえか・・・

額に手を当てて、もう一度大きく息を吐く。
しっかり、しなくちゃ。









「今日は、ごめん」

何事もなかったように和やかに囲まれた食卓で、サンジは一人頭を下げた。
一瞬なんのことかわからず、ナミ達の動きが止まる。
「って、やだー何言ってるのサンジ君。今日の海賊達のこと?」
「なに謝ってんだよ。それより気分はもう、大丈夫か」

結局青い顔をしたままキッチンに引きこもって、それでもなんとか夕食は拵えた。
レシピを片手に、それなりに一生懸命。

「私達はもう慣れっこだけど、コックさんには刺激が強すぎたでしょう。それなのにこんな風に食事を作って
 くれただけでも、凄いことよ」
「おう、それにこの飯、美味いなあ」
口々に褒められて慰められて、サンジはますます頭を垂れる。
実際吐き気を我慢してここまで食事を作った自分は我ながらえらいと思う。
けど、こっちの常識じゃ軟弱としか思われないんじゃないかな。
そう考えるとやはり落ち込んでしまうのだ。


「それにしても、気になるのは今日の奴らが言ってた事ね」
ナミはフォークを絡めたままウソップを見た。
「ああ、あれだな『力がねえ内に』って、あれ」
「どういうこと?」
ロビンが首をかしげてウソップを見る。
「ルフィやロビンにはなるべく後方に下がっててもらってたから、聞こえなかったかも知れねえが、あいつら
 明らかに能力者の力が失われてることを前提に襲ってきた感じなんだよ」
ふへえ、とルフィは口いっぱい頬張ったまま視線を上げた。
「ってことは、俺がゴムじゃないことを知ってて襲って来たのか?」
「残念ながら、そこまで知られてないようね。まあ海賊船だからそこそこ能力者も乗ってると思ったんじゃ
 ないかしら。ともかく重要なのは、奴らが能力者の力がなくなってることを知ってるってこと」
「この海域はそう言う海域だってことね」
ロビンの言葉にこくりと頷く。
「ロビンも知らないなら、ここ最近の現象かもしれない。実際次の島はもう目と鼻の先にあるんだけど、
 用心して上陸は明日の朝にしましょう」
「そうね、島を取り囲む形で待ち伏せされていた感じもあるし、用心に越したことがないわ」

「まあ、あいつらの誤算と言えば、この船にゾロが乗ってたことだろうな」
まるで他人事みたいに、ウソップが声を上げる。
「そうよね、能力者じゃないのに、能力者並みよね」
「あいつら、案外イーストブルーの魔獣も何かの能力者だと誤解してたんじゃないかしら」
くすくす笑うナミにちらりと視線を送ったままで、ゾロはただ黙々と食べるばかりだ。

「イーストブルーの…、魔獣?」
つい声に出して呟いたら、ウソップがああ、とサンジを見た。
「そうだぞサンジ。このゾロは俺たちと出会うまでは海賊狩りをやっててな、魔獣って恐れられてたつわものだ」
「海賊狩りって・・・」
「おう、元海賊狩りが海賊になってちゃ、世話ねえよな」
ケラケラ笑うウソップと対照的に、ゾロはにこりともしない。

今改めてゾロを見ると、最初に見た印象と随分違う。
いや、はじめて見たときは、多分ゾロだと思っただけで、よく見てなかった。
ゾロには間違いないんだけど、顔つきや身体が少しずつ違う。
性格も多分、全然違うんだろう。

イーストブルーの魔獣。
三本の刀を操る剣士。

―――――俺の知ってる、ゾロじゃねえ
サンジはそのことを肝に命じておこうと思った。
間違えないように、錯覚を起こさないように。











沖に停泊したまま、GM号は早い夜を迎えた。
さすがに皆疲れたのだろう、早々に部屋で休んでいる。
今夜の見張りはルフィらしいから、何か差し入れを持って行ってやろうか。
サンジは疲れてはいたが、どうも興奮していて寝つけなかった。
仕方なくキッチンでレシピノートを捲る。
夜食のバリエーションも豊富に書き留めてある。
でもこのルフィバージョンは、なんでもゴムの時のらしいから、分量は当てにならないみたいだ。


クロックムッシュを片手にひょいひょいとマストを上がった。
もう慣れたものだ。
途中から待ちきれないかのようにルフィが落っこちそうな勢いで下を覗き込んでいる。

「サンジ〜、腹減ったア!」
「おう、お待たせ」
もどかしそうに両手を伸ばしてトレイを受け取ると、にししと笑う。
あどけない、少年のような船長。
17歳っつってたから、俺と同い年になるんだよな。
勉強はできそうにないが、どこか一本筋の通ったとこがあって憎めない。

でも、強さで行ったら断然ゾロのが強いだろ。
思わずしげしげとルフィの顔を見ていたら、こっちに座れと手招きされた。

「サンジはどんなサンジでも飯は美味いなあ」
満足そうにそう言われて、サンジは苦笑した。
「そうでもねえだろ。だって皆どこか物足りない顔してるぜ。こっちの俺ってよっぽど料理美味かったんだろうなあ」
愚痴じゃないけどつい本音が出た。
「そりゃあ、当たり前だぞ。サンジはプロだ」
ぺろりと指を舐めて、にかっと笑った。
「だけどお前が作るのも美味い。さすがサンジだ。一緒だな」
・・・一緒、だろうか。
2年の年の開きだけじゃなくて、多分根本的なものが俺と違う気がする。

「・・・俺、いつまでもここにいちゃ、いけないな」
そんなこと、口に出して聞いたって仕方ないことなのに。
「どっか行くのか?」
「行けないよ。戻りたいけど、どう戻ったらいいかわからない」
サンジは膝を抱えて頼りなさげに顎を乗せた。
「でもここに俺の場所はねえよ。サンジみたいに美味く作れねえし、何もわかってねえし、戦えねえし、
 それに―――」
ゾロに、嫌われてるし。


「俺は割とお前も好きだけどな」
あっと言う間に夜食を平らげて、ルフィは熱いカフェオレを啜った。
「お前がサンジじゃねえのはわかってる。サンジと違って、お前は弱さを隠したり、自分に嘘吐いたりしてねえ」
「・・・」
「そんなお前も俺は好きだ。だから一緒にいろよ。どこにも行くな」
サンジはじっとルフィの目を見た。
暖かいランプの灯りを仄かに照り返して、黒い瞳は闇の中でも輝いて見える。
何故だかルフィに断言されると、そうなんだなと納得させられてしまうものがあって・・・

「俺は、ここにいて、いいんだろうか」
「ここにいろ。サンジと交替する時が来たら、すればいい。それまで側にいろ。これは船長命令だ」
瞳だけは真剣で、でも笑いながらくしゃりとサンジの髪を撫でた。
ぽふぽふ、子供みたいに軽く叩かれて、その笑顔に吊られて笑う。
「そっか、そだな。どこにも行くあてないもんな」
こんなにガキなのに、どこか頼もしい。
やっぱ船長は違うなと感心して、手すりに凭れた。

見上げれば、空には降るような星空が広がっている。






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