
「くっそー!また逃げられちまったな!あいつ強ぇなー!」
「今回は結構深手を負わせたから、仕留められると思ったんだけどなぁ」
「てめぇが足を引っ張るからだ、長っ鼻」
「そ、そんなことねぇぞ!ウソップは足を引っ張るほど、前線に出てきてないじゃないか!」
「あらチョッパー、それはフォローにはならないと思うわ」
ここは、とある国の、国民には知られざる某組織の秘密本部。
カツカツと足音を響かせ廊下を歩く彼らの会話は、いっそ呑気なものなのだが。
きらりと胸に光るムギワラバッジは、国家から重大なミッションを仰せつかっている証なのだ。
もともとは任意で結成された民間人のグループであったが、とある崇高な理念によって国家と結託したのである。
それはずばり、「平和と安全を守ること」に他ならない。
メンバーは"リーダー"であるルフィを筆頭に、"狙撃主"ウソップ、"医者"チョッパー、"学者"ロビン、"コック"サンジ。
そして、もう一人―――
「みんなお疲れさま!ちょっと今日の戦闘データについてミーティングするから、会議室に集まってー」
「はぁい!ナミすぁんvv」
「司令官とお呼び!」
サンジが崇拝してやまない、愛しの司令官・ナミ。
この6名――通称『ムギレンジャー』は、常に人々の平和のために暗躍しているのである。
人間の中には、知能や体力が桁外れにずば抜けているものや、特殊な能力を持つものが生まれることがある。
そういった者たちが能力を利用して犯罪を犯さないように、または起こしてしまった犯罪を繰り返さないようにするのが、
ムギレンジャーの勤めだ。
そして、犯罪を起こさずひっそりと生きている能力者を探し出し、ムギレンジャーとして勧誘することも、活動に組み込まれている。
実際、今のムギレンジャーもそうやって結成されている。
みな何かしら特殊な能力を兼ね揃えた人間ばかりだ。
体が伸びる者、体の一部を花のように咲かせる者、灼熱の蹴りを放つ者、鼻が異常に長い者。
チョッパーなど、人間でさえないのに、普通に肩を並べておしゃべりしている。
とにかく個性ぞろいのメンバーで、これまで特に問題もなくミッションを遂行してきたが。
最近、少々厄介な事態に陥っていた。
半年ほど前、おおよそ平和だった街に、とある男が突如現れた。
後に『魔獣』と呼ばれるその男はおよそ人間とは思えないパワーで、たった一人が暴れているとは思えないくらい、
被害は甚大だった。
駆けつけた警察を嘲笑うかのように返り討ちにし、重傷者や行方不明者が大勢出るほどの大惨事となった。
魔獣は、それから幾度となく街に現れては破壊活動を繰り返しているが、いまだに捕らえることに成功してはいない。
しかし、問題はそれだけではなかったのだ。
魔獣が街に降り立つと同時刻、魔獣被害にあったはずの行方不明者もまた、街に現れるようになった。
行方不明者は何らかの催眠状態にあり、魔獣と同じように破壊活動を行うのだ。
警察はこの行方不明者―――通称"マッド"の犯行を取り押さえるので手がいっぱいで、ムギレンジャー出動の
要請となったのである。
魔獣は騒ぎを起こすための手駒であり、真の敵がバックにいるはずだ、というのが警察の見解である。
とはいえ、その敵の素性がまったく分からない。
どれだけ足を洗ってみても、手がかりがまったくないのである。
警察によって捕らえられたマッドの証言が、まったく望めない状態なのだ。
マッドの催眠状態は、しばらく放置すれば解かれるような軽いものであったが、それまで自分に何があったのか、
さっぱり覚えていないのだという。
犯行自体に覚えがない上に催眠状態であるので、罪は不問にするか否かで、大きな社会問題となっている。
そしてマッドは、どれだけ警戒を厳重にしても破壊活動が起これば行方不明者が後を絶たないのだから、厄介なことこの上ない。
得体の知れない敵を探すより、必ず現れる敵から情報を得た方が手っ取り早い!とのナミのお達しにより、ムギレンジャーは
魔獣を生きたまま捕縛しようと日々奔走しているわけである。
が、任務はいつももうあと一押しのところで失敗、冒頭の会話を繰り返すこととなるのである。
司令官の苦悩も、だんだんとその重みを増し。
「んっとに、アイツの強さったら、異常だわ」
「大丈夫だよナミすわんvはボクが守って差し上げるからねぇ〜v」
「ああ。パワー・スピード・技・・・どれを取っても今まで相手にしてきた輩より、群を抜いている」
「おかげでわたしの"腕"も、危なっかしくて使えない。せいぜい、吹っ飛ばされたルフィを受け止めるくらいしか・・・」
「あったりまえさぁ!ロビンちゃんのキレイな腕に傷なんか付けられねぇ!」
「・・・サンジくんは、ちょっと黙ってて。うるさい」
ナミに冷たくあしらわれて、大人しくシュンと項垂れる。
「クールなナミさんも素敵だなぁv」なんて脳内では鼻の下伸びまくりだが、今この愛を表現しても受け取っては貰えなそうだ。
それくらいの空気は読める。
しかし、この場にはサンジより空気の読めない・・・というか、読む気のない男がいたりする。
「なぁなぁ、なんでアイツ3本も刀持ってんだろうなァ!かっこいいよなぁ!」
「・・・ルフィ。アンタもちょっと黙ってて」
「なんでだよナミぃ。3本もあるんだぞ?刀が!アイツ、おれたちの仲間になってくれねぇかなぁ」
「アンタねぇ、相手は魔獣よ?無理に決まってるでしょうが」
「おれも、無理だと思うぜルフィ。あの目を見ればわかるだろ?」
「ウソップの言うとおりだ!魔獣の、あの目・・・すげぇ冷たくて、まるで感情なんか入ってないみたいで。おれ、睨まれるたび、
いつも怖ぇんだ」
鬼神のような戦う姿を思い出したのか、チョッパーが身震いする。
いろんな「異常者」を相手にしてきたこともあるが、そのどれとも違う、まるで人間としての温度を感じさせない金色の瞳。
あれを初めて見たときには、怖いもの知らずのサンジさえ、背筋が寒くなる思いがした。
黒い手拭いを頭に巻いて戦うあの姿は、まさにこの世のものとは思えなかった。
「なんだよおめぇら、話してみりゃイイ奴かもしれねぇじゃねぇか」
「そうね、ルフィ。けれどその前に、肝心の魔獣を捕まえなくてはね」
にっこり笑いながら、ナチュラルに会話を本題に軌道修正するロビンの話術は、年の功だろうか。
いつもながらの聡明さにメロリンとなったサンジは余所に、ミーティングの議題は本日の反省点へと移っていったのだった。
秋も深まった11月、朝晩の冷え込みは最近めっきり酷くなったようだ。
街路樹も木の葉を散らし、街はすっかり寂しげな色を落としている。
物悲しい景色に、これまた物悲しい背中が溶け込んで、トボトボと帰路を歩いていた。
金の髪に青い瞳を持つ、ムギレンジャーの一味・サンジである。
魔獣襲来のために呼び出された本日、彼には珍しくナンパに成功した女の子とのデートの約束があったのである。
待ち合わせの時間は8時。
それなのに、ミーティングが終わったのは、時計の短い針が9を回ったところだった。
もちろんミーティング終了と同時に謝罪の電話を入れたのだが、怒鳴られキレられ、通話中ペコペコと頭を下げまくりで。
「死ねこのサイテー男。カス」なんてレディには使って欲しくない台詞を最後に、携帯電話は機械音を垂れ流すだけになってしまった。
「ちくしょ〜!これも全部、あの魔獣のせいだ・・・!」
一人むなしく悪態を吐いてみても、誰も慰めてくれるものはいない。
ちょびっと泣きそうになり、鼻をスンスン鳴らしながら公園を横切ろうとしたところで、ギョッとした。
植え込みの影から、にゅっと、太い腕が血を帯びながら伸びている。
サンジの頭の中に、「死体第一発見者」の文字が浮かぶ。
殺人事件の場合、いちばん先に疑われるのは第一発見者だというのは有名な話だ。
薄暗い取調室の中、カツ丼を片手に尋問される自分の姿を想像して、眩暈がした。
もしこの腕が、か弱い女性のものだったら、何はなくともすぐに警察を呼ぶけれども。
この逞しいムキムキな腕は、どう考えても男だろう。
しかし、見過ごすのは人としてどうだろう。
現実逃避なのか呑気なのか、ちょっと長い考え事をしていたら。
死んでいたはずの腕の指が、ぴくりと蠢いた。
(・・・・・・・・・っ!!)
人というものは、本当に驚いた時は、言葉なんか出て来ないものらしい。
死体は、サンジが目を白黒させているのなんか構わず、ガサガサと植え込みの木を掻き分けながら起き上がってきた。
すでに半身を起こした男は、葉っぱや土くれだらけの頭を、血塗れの手で乱暴に払っている。
(・・・こりゃ、死んでいたんでなく、倒れていたんじゃねぇのか?)
ようやく頭の回転が追いついて、おおかたホームレスか酔っ払いの喧嘩だろう、とアタリをつけた。
まったく、寿命の縮む思いだった。
紛らわしい真似はやめてほしいのもだ。
少しばかり憤りを織り交ぜつつ安堵していたら、その男と目が合って。
またも、心臓が止まる思いをした。
(嘘だろ・・・・・・?)
まじまじと見詰めても、ずっと追いかけていたのだ、見間違いようもない。
視線を腰元にずらせば、見覚えのある3刀が納められている鞘。
思わず、ゴクリと喉を鳴らした。
もういちど見上げた男の顔は、わがムギレンジャーの宿敵・魔獣と、まったく同じ顔をしていたのである。
(なんで、こんなとこに・・・・・・)
考えてみても、始まらない。
実際、自分の目の前にいるのは魔獣に他ならない。
とにかくここで足止めして、本部に連絡を取らねば。
ようやく頭の回線が自分のやるべきことを弾き出し、隊員用の携帯を取り出そうとポケットに手を突っ込んだとき、
「・・・・・・てめぇ、誰だ」
魔獣が、厳かに口を開いて。
サンジはまたも、固まってしまった。
戦闘のたびにアレだけ顔を突き合わせておいて、呑気に「誰だ」はないだろう。
魔獣にしてみれば、自分はあきらかに敵のはずだ。
もしや敵として相手にもならないと思われているのだろうか。
それにしては、初めての人間を前にした緊張感をひしひしと感じる。
「ここは、どこだ。てめぇが、おれを連れてきたのか?」
「・・・・・・・・・」
続けられた質問も、何が何だかわからない。
まるで、記憶を失っているようだが、もしかして何かを企んでいるのか。
だが、何も返事をしないのを不思議そうに見上げるその金色の瞳には、策略の色は見えない。
どう動いていいのかわからず立ち尽くすだけのサンジに答えを求めるのは諦めたのか、魔獣がやおら立ち上がる。
傷だらけのままフラフラと歩き出そうとする魔獣を、我に返ったサンジは慌てて引き止めた。
「ちょっ、待て。どこに行くんだよ!?」
「・・・・・・わからねぇ。ここに居てもしょうがねぇだろ。腹も減ったし」
「はっ、腹減ったなら、弁当が!おれの、弁当があるから食えよ!」
がさがさと紙袋から取り出した弁当を目の前に突き出され、魔獣は驚いた表情でこちらを見ている。
そりゃそうだろう、いきなり見ず知らずの人間に弁当渡されたら、誰だって驚く。
驚くどころか、そんな得体の知れないもの、普通に拒否されるだろう。
失敗した気が満々な雰囲気だが、もう今さら引けやしない。
「おれ、おれ今日デートだったんだけどさ!仕事で遅れちまって、デート流れちまって、挙げ句にサイテーとか言われて振られちまって、そんでその子と弁当食おうって作ってきたんだけど余っちまって、彼女もいねぇし一人じゃ食べきれねぇから、だからてめぇが、てめぇにその、・・・」
勢いでまくし立てたものの、だんだんと語尾が小さくなってくる。
しかも何故魔獣に自分の切ない恋愛事情をお披露目しているのか、さっぱりわからない。
もう、何を言ったらいいのかすら、分からなくなって。
「・・・・・・食え」
と、ダメ押しに、一言付け加えた。
魔獣は呆気に取られてこちらを見ていたが、やがてクシャ、と能面みたいな顔が歪んで。
次の瞬間、思いっきり爆笑した。
笑いすぎて息も出来ないんじゃないかと思うくらい、気持ちよく豪快に笑われて、今度はサンジが呆気に取られた。
「な、なんで、そんな笑ってんの・・・・・・」
「そらてめぇ、じっとおれを見てるだけでボっと突っ立ってたかと思ったら、いきなり"弁当食え"ってなんだそりゃ!しかも振られた
だの何だの、・・・・・・てめぇみてぇなおかしなやつ、初めて見た!」
「なっ・・・そ、そんな笑うなら食わんでいい!」
「食う食う。もう笑わねぇ、悪かった」
謝りながらも「ぶくく」と笑いを噛み殺している男に、サンジはわけが分からなくなってしまっていた。
とりあえず対女の子バージョンの可愛らしい弁当箱を渡すと、気を落ち着かせるためタバコに火をつけ、その食いっぷりを
呆然と見詰める。
星やハートに飾り切りされたおかず達が次々と口の中に消えて行き、ハムスターよろしく頬をまるまると膨らませる。
どう見たって魔獣そのものなのに、イメージが違いすぎる。
もしかしたら似ているだけのまったくの別人なのか、そうだとしたら、一般人がこんな街中で全身傷だらけってのはどういうことなんだ。
いや、もしかしたら。
パン、と乾いた音で思考の波から呼び戻された。
魔獣は手を合わせ、「ごちそうさま」と食後の挨拶をしている。
これは「ヒト」だ。
こんな礼儀正しいケモノ、某動物番組のチンパンジー以外にいるわけがない。
「あー食った食った。うまかった、ごっそさん」
「おぅ」
ちょっとヨレた感じに包まれた弁当箱を受け取りつつ、また彼をしげしげと見詰めてしまう。
そこかしこに走っている傷口が痛々しい。
「・・・なぁ、おまえそれ、痛くねぇの」
「まぁ痛いっちゃ痛いが、もう塞ぎかけてるみてぇだしよ」
「は?」
何言ってやがる、そんな早く傷が治るはずが―――と言いかけて、口を噤んだ。
まだ生々しいその傷口が、つい数時間前に負わされた傷だということを、"初対面"の男が知っていたらおかしいだろう。
いや、そもそもまったくの別人で、自分たちとは関係ないところで作った怪我なのかもしれない。
ともあれ。
「・・・・・・脱げよ、手当てしてやる」
そう言って、チョッパーに渡されている救急セットを取り出すと、彼は「やっぱりおかしなヤツだな」と笑った。
「おまえ、名前は?」
「ゾロだ。ロロノア・ゾロ」
魔獣と呼ぶのも憚られるので名を尋ねると、意外にもというかあっさりというか、素直に答えが返ってきた。
サンジの名前は聞かれなかった。
ロロノア、と呼びかけると「ゾロでいい」と言われたので、そうすることにする。
世間話を交えながら薄ら寒い公園の片隅でゾロの服を脱がせ、サンジはわずかに驚愕した。
本人の言ったとおり、傷にはもう薄い膜が張っており、塞ぎかけているようだった。
もしゾロが魔獣だったとしたら脅威の回復力であるが、それよりサンジの目に熱く妬きついたのは。
見覚えのない、胸を両断するかのようにななめに走った古い傷跡。
「・・・・・・こ、これ・・・」
「ああ、これか?気持ち悪ぃか」
ぶんぶん、と否定するように首を振るだけで精一杯だった。
でこぼこと醜く膨れ上がった傷を、そぅっと指で辿る。
「どう、したんだ・・・・・・これ。こんな、酷ェ」
「よく分からん。思い出せねぇ」
「え・・・――――――?」
「昔のことも最近のことも、よく覚えてねぇ。これは古い傷だが、」
こことか、と言って、鬱血して赤黒くなっている箇所を指差す。
まるで、ルフィの拳の後のように見えるその形に、サンジは息を呑んだ。
「気付かねぇウチに、こんな風に傷をこさえていることもよくある。この刀が、血に塗れている時もある。ときどき、今みてぇに
道端で倒れてる時があってよ、誰かに見つかったらまず不審者扱いか、悲鳴を上げて逃げられるか。そのうち、また記憶が
なくなって、そこからはまた何も覚えちゃいねぇんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「覚えてないとはいえ、自分が犯罪者なのは・・・・・・勘付いてはいる。このまま逃げてても埒があかねぇのも。だが、こんなことを
話しても、まず誰も信じねぇだろうし」
「・・・・・・し、信じるぞ、おれは」
何も考えないままに、勝手に口から飛び出していた。
「おれはおまえが、嘘を吐いてるとは思わねぇ。おまえこそ、口先だけだと思うかもしれねぇが、」
「ああ、信じる。なんとなくおまえなら大丈夫かと思った。だから初めて誰かに話したんだ」
ニ、と笑いかけられて、不覚にもサンジの胸は熱いもので満たされてゆく。
冷静になって考えなければいけないと分かっているのに、どうにもすることが出来ない。
けれど、燻っていた疑惑は、確信にかわりつつある。
眩暈がするような絶望を伴って。
―――――魔獣は、ロロノア・ゾロだ。

〜魔獣を捕まえろ大作戦〜 【1】