海へ還る日 -3-
脳髄から蕩けてしまいそうな快感だった。
今まではどんな相手であれ自分が主体で、跪かせ這い蹲らせることで欲望を満たしてきたのに。
貶められ支配されることが、これほどの悦楽を引き起こすなんて、知らなかった。
今も尚後ろから太いもので穿たれて、その動きを待ち望んで自ら腰を振ることも適わず、一人身を捩って
ねだることしかできない。
そのことが自分の欲情を更に煽り立て、サカリのついた雌犬のようにただ求めるだけの獣に成り下がって
しまっている。
「・・・それで、可愛いモルモットとやらには指一本触れてねえってのか?」
「あ・・・ん、そうよ・・・だって―――」
自分の中で息づく雄の気配が、これほど熱いものだとは知らなかった。
「仕事で・・・あ」
「気取ってんじゃねえよ。頭の中がどうだろうと、所詮世間知らずの坊やだろう。あれでほんとに天才なのか?」
「う、焦らさないで」
「応えろよ」
「ん、天才・・・よ・・・だって、データがない」
「なんだと?」
「・・・う、あんっ・・・データなんてどこにも、ないのよ。全部、あの子の頭の中――」
「パソコンにも?」
「・・・ネット通販とか、そんなことばかりで使って・・・」
思い出して笑いが漏れた。
使い勝手のいい調理器具やスパイスが届くたび、子どものようにはしゃいでるあの子。
「他の研究の、結果なんかは送ってくるけど・・・あの子のは、全然―――」
「じゃあ、どうやって報告してるんだ」
「・・・パソコンを、持ち込んで・・・あの子が、直接・・・」
ちっと、舌打ちが聞こえた。
苛立ちをそのままぶつけるように、痛みを伴う愛撫が施される。
「んあ、いやっ・・・痛い、いた・・・」
「じっとしてろ、ほんとはイイくせに」
嘲りを含んだ声で、ねっとりと唇を舐められる。
下半身は痛みで痺れるほどなのに、上半身には優しいともいえる丁寧な愛撫を施されて、頭が変になりそうだ。
「んあ、いやっ・ああ・・・」
「素直に啼かねえと、これきりだぜ?」
「・・・ふ、う・・・」
じわりと涙まで溢れてしまった。
マスカラで目元が汚れることも、もう構わない。
私は欲に塗れた雌ブタだ。
今はただ、これが欲しくて欲しくて堪らない。
「ああ・イイ、もっと―――」
「なら質問を変えよう」
すぐに動きを止めてしまった。
今欲しいのに、すぐ欲しいのに、早く欲しいのにっ
「あいつの精子は何かに使ってんのか?それとも凍結保存?」
「ああ、早く―――」
「応えろ」
「つ、使ってるわ」
「子どもを作るために?」
「ん、あ・・・いいえ」
また動きが止んだ。
もどかしくて気が狂いそう。
「最初は、子どもを作るために使ってたの、ほんとよ!」
私は切羽詰って早口でまくしたてる。
「でも、いくら授精させても子どもができない・・・それどころか・・・」
ああ、私、何言ってるんだろう。
なぜ、こんなところで・・・
「それで?」
ぞっとするような優しい声で囁きながら、いきなり動きを激しくさせた。
耳朶を噛む甘さと、内部を抉る衝撃に我を忘れる。
「ああっ、あああ・・・」
「それで、なんだって?」
「あ、し、死ぬのっ」
「ああ、昇天させてやる」
「違・・・彼の、精子は・・・死を連れてくる・・・」
またピタリと動きが止まった。
もう少しで、イきそうだったのに!
「どういうことだ?」
ああ、その目だ。
獲物を食らう肉食獣の輝きを秘めて、どこまでも貪欲で冷たくて悪意に満ちた色を漂わせながら、それが
わかっていてもどうしようもなく惹かれてしまう。
食われたいと。
汚されたいと。
この手に掛かるなら、堕ちてしまっても構わないと。
一時の悦楽の為だけに人生を狂わせるなんて馬鹿げていると、頭ではわかっているのに身体が言うことを
きいてくれない。
欲しい欲しい、もっと欲しい。
私は、戒められた腕を精一杯伸ばして縋り付こうとした。
歪んだ笑みを浮べた顔が、視界の中でゆっくりとぼやけていく。
再開された動きに翻弄され、今度こそ正気を失いながら、私は問われるままにとりとめもないことを
喋り続けた―――ような、気がする。
もう、今となっては何一つ、思い出せないけれど。
チャイムの音と共に、警備員から来客を告げられると、サンジは俄かに慌ただしく動き始めた。
また、ゾロが来た。
いつも突然だから心の準備ができない。
まずは冷蔵庫を開けて確認したりなんかして。
もう少し前持って訪問予告でもくれたらいいのに…
いや、それじゃ違うのかな。
友達ってそういうもんじゃないのかな。
間もなくインターフォンが鳴る。
サンジはなんとなく髪を撫で付けながら玄関に向かった。
「お連れしました」
「よう」
前と変わらないゾロの挨拶。
一瞬かしこまっていた自分に苦笑して、サンジも「よ、」と返した。
「なんか、今日も有り合わせしかねえぞ」
冷蔵庫に顔を突っ込んでごそごそしているサンジの後ろで、ゾロはソファーに腰掛け我が家のように寛いでいる。
「なあ、飯はいいからちょっと座れよ」
「あ?でもなんか飲む…」
「いいから」
やや強いゾロの口調に驚いて、サンジはカップを用意する手を止めてゾロに向き直った。
ゾロは背筋を伸ばして浅めに腰掛け、腕を組んでこちらを睨んでいる。
「なんだよ」
「こっち座れ」
命令される謂れはないのだが、なんだか有無を言わさぬ雰囲気があって渋々近付いた。
大きめの一人掛けだから、隣に腰を下ろすのは無理がある。
なんとなく肘掛けに寄りかかってタバコを咥えた。
「なに?」
「実はな、俺はもうここには来れねえ」
「え・・・」
ゾロの言葉に少なからずショックを受ける。
最初から期待していたような間柄ではないはずなのに、こう改まって切り出されると別れ話のようだ。
「なんでか、聞かないのか?」
黙ってしまったサンジに、ゾロの方から問うてきた。
なんでゾロがもう来ないのか。
思い当たる理由はいっぱいありすぎて、どれでもいいからだ。
ゾロがもう来ないということだけで、いっぱいいっぱいだ。
「んじゃ、最後の晩餐?」
サンジはゾロの顔を見ないようにして笑いかけた。
さっさと立ち上がりかけるのを、ゾロの手が引き止めるようにサンジの手首を掴む。
明らかに基礎体温が違うのだろう。
肌に伝わる熱と心地よい力強さ。
ゾロに捉えられたら、サンジはどうしたって抗えない。
「もう来ないのは、俺が自覚したからだ」
何を言いだすのか。
サンジはゾロと視線を合わせないようにして振り向いた。
「なあ、こないだ別れ際にお前に触れただろ」
どきんと心臓が跳ねる。
ゾロの言葉と手首から伝わる熱と、ずっと胸を満たして離れなかった記憶が押し寄せて倒れそうだ。
「それが何か」
精一杯、素っ気なく。
ゾロにとってあれは単なる親愛の情。
逆上せてるのは自分だけだ。
なのに、ゾロはサンジの手首を掴む力を強めた。
「悪い、挨拶じゃ済ませられねえ」
「え?」
意味を測りかねて素で見返した。
ゾロと目が合って、思いの外真剣な表情に怯む。
「友人とか挨拶ってレベルで、お前に触れられねえんだ」
「え?え?」
いやでも、今手を握ってるし。
ゾロの手のひらが汗ばんだ気がした。
いやこれは、自分の体温が上がったせいなのか。
「お前に惚れた」
「え」
え――――っ?
思わぬ展開にしばし呆然と立ちすくむ。
サンジだって恋愛を夢想しない訳ではない。
看護師との劇的な出会いは諦めたとしても、宅配サービスに可愛いレディが来る日もあるかもしれないし、
警備員の女性枠だってないとは限らないのだ。
だけど、こんな知り合ったばかりの男に告白される予定だけはなかったのに!
何より想定外なのは、動揺こそすれ嫌悪を感じてない自分。
それどころか動悸は激しくなるし耳鳴りまでしてくるし、一気に熱が上がって視界までピンクに染まるみたいだし、
それより何よりほのかに嬉しいとか思ってしまってる自分がいたりして・・・
「えええええ?」
疑惑の叫びはゾロに当てたものではなく、自分へのそれだ。
どうしよう、俺がおかしい。
パニックに頭を抱えようとして、ゾロの手ががっちり手首を掴んでるのをまた自覚した。
離してくれない。
離すどころか、もっと力を込めて、引き寄せて、抱き込んで――?
「ゾロっ」
混乱と驚愕と、未知のものへの恐れがサンジの胸を震わせた。
「いきなり妙なこと言って悪いな。だが俺は、嘘はつけねえ」
真正面から見詰めるゾロの瞳は真摯な輝きを秘めているようで、サンジは魅入られたように目を離せなくなってしまった。
「嫌なら今決めろ。はっきりと拒絶されれば俺も諦める」
明らかに動揺するサンジに、ダメ出しするようにゾロはわざと声のトーンを落とした。
「お前が嫌だと言うならこれきりだ。もう二度と、ここには来ねえ」
「二度と?」
サンジの声が上擦っている。
「二度とは来ねえ。お前だって自分に言い寄る男が嫌だろう。俺も、想いが叶わねえ相手と一緒にいるのは辛いんだ」
なんで?なんで?とサンジの脳内はパニックに陥った。
ゾロは友達だったんじゃないのか?
でも、俺に惚れたからもう来ないって。
けど、俺がゾロの気持ちを受け入れたら、このまま関係は続くのかな。
またこうして、遊びに来てくれるのか?
でももし俺が嫌だと言ったら?
もう、二度と来ない。
ゾロは、恋愛相手としての俺しか必要ないんだ。
友人じゃなくて。
友達じゃ、だめなんだ。
俺が拒絶したら、もうそれきりなんだ。
なんで拒絶するんだ?
ゾロが嫌いだから?
嫌いじゃない、俺はゾロが嫌いじゃない。
いきなり結論に達したから、サンジはそのまま口に出した。
「俺は、ゾロが嫌いじゃないぞ」
サンジの手首を掴んで、もう片方の手は腰を抱くように回していつの間にか身体を密着させていたゾロは、
それでも表情を変えずに見返した。
「嫌いじゃねえ?じゃあ俺が好きだと言っても構わねえのか?」
「え?あ、ああ」
驚いたけど、それも嫌じゃない。
「お前、俺のこと好きか?」
「うん」
これも即答だ。
だってゾロのことは好きだから。
来てくれて嬉しいし、去ってしまってから今度はいつ来てくれるかと待ち遠しく思ったりするから。
「なら、俺たちはお互い惚れ合ってるんだな」
そう言われ、サンジは俄かに赤面した。
これはもしかして、両想いとか言う奴だろうか。
「・・・そうかな」
「そうだ」
きっぱりと言い切って、ゾロはサンジの顎に指をかけた。
「なら、恋人同士のキスをしようぜ」
恥ずかしい台詞を吐きながらゆっくりと近付いて来るゾロの瞳を見返すこともできず、サンジは慌てて目を閉じた
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