虎 【陸様】
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扉を開けると、そこに疫病神が立っていた。
「よう」
緑頭の、どこか崩れた雰囲気の男が気楽に片手を上げる。
サンジは驚きのあまり、ぱかっと口を開けた。
「何しに来やがった!」
はっと我に返り、男の胸倉を掴み上げる。
5年前にふらりと消えたっきり、行方不明だった男だ。
言いたいことはたくさんある。
中学に入学した時から15年、迷惑ばかりかけられた。
本当に碌な目に遭っていない。
飯はたかられる。
貸した金は戻らない。
恋人は取られる。
行方不明になってからも、借金の取り立ては来るわ、女がサンジのところまで捜しに来たあげく責め立てるわ。
本当に大変だったのだ。
顔を見ただけであの時の怒りを思い出す。
「このクソヤロウ!」
高校を卒業した時から同じ部屋に住んでいるので、この男は覚えていたのだろう。
方向音痴のくせに、こんなことは忘れろと言いたい。
「この人、誰?」
下の方から聞こえた可愛らしい声に、サンジはぴたりと口を閉ざした。
おそるおそる下を見る。
オレンジの髪の女の子が、冷静な目でじっとサンジを見上げていた。
5歳くらいだろうか。
サンジは今度こそ開いた口が塞がらなくなってしまった。
「お前の母ちゃんになるヤツだ」
にやりとゾロは笑って言った。
「男の人に見えるわよ」
冷静な突っ込みだ。
「料理は旨いし、世話好きだし、けっこう稼いでるぜ」
「ならいいわ」
サンジを放ったらかしにして会話は続く。
「これからよろしくね」
「おう、頼むな」
性格は似たもの親子は、サンジに依存する気満々のようだ。
「どういうことだ、このロクデナシ!」
女の子をいつまで冷たい廊下に置いていけないと無意識に部屋まで入れて、ようやく我に返ったサンジはゾロに食って掛かった。
「まぁ、俺の子だ」
あっさりと答える。
「塒もねぇんだ。俺一人なら何とかなるんだが、こいつもいるからな」
目を落とし、ナミの頭をポンと撫でる。
「・・・本当の母親はどうした?」
「死んだ」
あっさりとしたゾロの言葉に、サンジの眉がへにゃんと下がった。
親子はちらりと目を交わした。昔からサンジはお人よしで押しに弱い。
「利用できるわね」
「あぁ。便利な奴だ」
「飯だぞ」
朝、エプロンをしたままサンジは二人を呼んだ。
いきなり扶養家族が二人も出来てしまったサンジは、非常に忙しくなってしまった。
ナミは図書館で借りてきた本を一日中読んでいる。
ゾロは酒を飲んでいるか、寝ているばかりだ。
サンジは毎日、二人の三食の食事を用意し、洗濯し、散らかすだけの男の所為で掃除もしている。
遊びに行くことも出来ず、上手くいきかけていた彼女にはふられ、それでも毎日くるくると働くしかない。
頭をかきむしって暴れたくなるのだが、ナミがいるのでぐっと堪える。
最近のサンジは家でも眉間に皺を寄せたまま、ゾロを罵ってばかりだ。
ゾロにとっては正直鬱陶しい。
今まで世話をさせていた女たちは、大概ゾロの眼光で黙る。
「もうちっと、操り易いようにしとくか」
ゾロの瞳が獣のように光った。
サンジはゾロと同じ部屋で眠っていた。
一つあった空き部屋は、ナミが使っている。
最初サンジはゾロとナミを同室にしようとしたのだが、二人から反対された。
「ずっと離れて暮らしてたんだ。今更同じ部屋で暮らせねぇ」
「レディを男と一緒にさせるなんて、信じられない」
だからゾロの寝床は、サンジの部屋のソファの上だ。
日付が変わる頃、疲れた様子で帰ってきたサンジはごろりとベッドに横になった。
「お前、明日は仕事休みだよな」
サンジの上にのしかかるような体勢だが、サンジは目を瞑ったままで気付かない。
「あぁ」
眠そうな声でぼんやりと答える。
少しは楽になれそうだが、掃除と洗濯が待っている。
「ならいつもの礼だ。サービスしてやる」
獰猛なその表情を、サンジが見なかったのは幸か不幸か。
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