ただ一つの願い
【さ〜や様】
男の望みはただひとつ。
“己の全てを受けいれほしい”
男は、それは叶わないと知ると女に絶望した。
愛すべき女の存在そのものを疑うようになったのだ。
高台にある大きなお城に、ロロノア・ゾロと言う名の貴族が住んでいました。
まだ若い彼には家族がなく、一人でひっそりと暮らしていました。
多くの若い娘が彼の孤独を慰めるため、メイドとして城に行きましたが、誰一人として城から帰ってきた者は
おりませんでした。
サンジは穿き慣れない長い丈のスカートに戸惑いながら、城への道を急いでいた。
既に脱いでしまった高いヒールの靴は、片手に持っていた。
ずいぶん前から城は見えているのだが、蛇行した道は思ったよりも長くて、城につく前に日が暮れてしまいそうだった。
歩き疲れて暫く休もうとした時、サンジは声を掛けられた。
道端にある大きな石に座った、背中の曲がった老婆が手招きをしている。
「あんた・・・あの城へ行くのかい?」
ここから城までどのくらいかかるか確かめようと、サンジは老婆に近づいた。
「ああ。とてもいい条件で雇ってくれるって聞いたから・・・いえ、聞いたもので」
ヤバいと思い言い直した言葉を気にした様子も無く、声をかけた老婆はサンジの腕を掴み、今来た道を引き返す
ようにと促がした。
「ゾロ様には気をつけなくてはいけない。早く帰りなさい」
「いや・・・でも・・・」
今更家には帰れない。
家にはサンジの仕送りを待っている家族がいるのだ。
「私の孫もお城にお仕えに行ったんだが、帰ってこない・・・あの城に行った者は、誰も帰ってこないんだ・・・」
「それは城主様に気に入られて帰して貰えないんだろうな。」
こんな御時世だ。
気に入らないが、女性は小さくても城を持った貴族の妻や妾となるのが幸せなのだろう。
村々は貧しく、弱い者から先に死んでいく。
贅沢をしているのは一部の人間だけだ。
高台の大きな城の主、ロロノア・ゾロ卿は先の戦争での功績により王から貴族に取り立てられたのだという。
王の信頼も厚く報酬は莫大なもので、城は贅の限りをつくした造りになっているとか。
鍛えられた身体に整った容貌で独身とくれば周囲の女性は当然躍起になる。
働きに行った者が見初められて結婚していてもおかしくはないだろう。
「ここからお城まではあとどれくらいかかりますか?」
「あと1時間くらいだね・・・」
“なんとか日暮れまでには辿り着けそうだ”サンジはホッと胸を撫で下ろした。
「ありがとう、おばあさん」
老婆はまだ引き止めたがっていたが、サンジは少ない荷物を肩に担ぐと城へと向かった。
「オレが気に入られて帰れないって事はないだろうけど・・・」
何しろサンジは男の子だった。
ゾロの城では男は雇ってくれないというので、わざわざ女装してやって来たのだ。
色白で中性的な容姿の為、違和感はないが、そろそろ声変わりが始まる年頃だ。
そうなれば女装も難しくなる。
男だとばれたらクビになってしまうだろうが、それまででもいいからお金が欲しかった。
ほんの少しの銅貨があればパンが買えるし、オレを育ててくれたジジイにも少しは栄養のあるものを
食べさせてやれる。
そう思ったら女の格好をするのは少しも苦痛ではなかった。
煌びやかな城の中は、何故か暗い雰囲気に包まれていた。
門番に通された部屋も素晴らしい家具や置物に囲まれているが重い空気を感じた。
そして何よりも城の中が静か過ぎる。
サンジはソファに腰を降ろしてきょろきょろと周りを見た。
この城に女の子がたくさんいるなら、もっと賑やかなんじゃないのか。
不意に老婆の言葉が思い出された。
『あの城に行った者は誰も帰ってこない』
サンジは、込み上げてくる不安に思わず息を殺した。
扉をノックする音が聞こえて顔を上げると、そこには緑の髪を持つまだ年若い男が立っていた。
見事に鍛え上げられた体格と、同性のサンジでも見蕩れてしまいそうな容貌。
噂に聞いていたこの城の城主、ゾロに間違いないだろう。
しかしゾロは噂で聞くよりもずっと逞しく優しそうな青年だった。
髪は柔らかな緑色で、通った鼻筋と彫りの深い顔立ちで綺麗な瑠璃色の瞳は暖かく見える。
「雇って欲しいと言うのはお前か?」
「あ、はいっ」
慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。
まさか、ただのメイドを迎えるために城主が出てくるとは思っていなかったのだ。
「サンジです。よろしくお願いします・・・っ」
「そんなに硬くなる必要はない」
ゾロはサンジに腰を降ろすように言うと、自分も向かいに腰掛けた。
「心配するな。ちゃんと雇ってやる」
「本当ですか?」
安堵の溜息をついたサンジの金色の髪を、大きな掌が撫ぜた。
「雇ってもらえないと思ったのか?」
「はい・・・まあ・・・」
ゾロは小さく笑いながらサンジを見ている。
その声は囁くように甘く、サンジは頬が紅潮するのを感じた。
「他のメイドに来るように言ってある。そのメイドに制服を貰って、仕事の内容とこの城の決まり事を教えてもらうといい」
ゾロは立ち上がって扉の方に足を向けた。
「じゃあ、明日から頼むよ」
「はい。よろしくお願いします」
ゾロは穏やかな微笑を見せた後、規則正しい靴音を響かせながら部屋を出て行った。
「ふう・・・いい人のようだ・・・」
やはりあの老婆の思い過ごしなのだとサンジは先ほどの考えを笑った。
この城では黒いドレスを着て働くようで、サンジにもみんなと同じ物が支給された。
シンプルなデザインで、ふんわりと広がった膝丈のドレスと純白のエプロンは色白のサンジに良く似合った。
「サンジ、そんなに足を開いて歩いたらご主人様に叱られるわよ」
他のメイドは笑いながら注意するのだが、元々男であるサンジにはそれが難しい。
気を抜くとどうしても足が開いてしまう為、ここに来た時は長いスカートを穿いていた。
「ご主人様って、叱ったりするんですか?」
「いいえ、とてもお優しい方よ。でもサンジだってここに来たと言う事はあの方に気に入られて楽をしたいって
思っているならなんでしょ?」
「えっ・・・うん・・・まあ、そうかな」
楽はしたいができるだけ長く働けるようにあまり目立った行動は慎みたかった。
「だったら女の子らしくしてないと」
ゾロは同性のサンジでも惹かれたのだ。
年頃の少女達にはゾロはたまらなく魅力的に見えるのだろう。
いつもメイド達の話題はゾロの事ばかりだ。
こちらを見てくださった、優しい言葉をかけてくださったといった小さな事がほとんどだったが、髪型を褒めて
くださったと一人が言えばみんな同じ髪型にする。
メイド達は髪を短く切っているサンジに髪を伸ばして女の子らしくしなさいと注意する。
着飾って女の子らしく振舞ってもっと努力するべきだと、有難くも迷惑な忠告をくれる。
野心家な彼女達の言葉にサンジは苦笑した。
「サンジ、決まり事は憶えている?」
「えっと・・・南の塔には近付かない事と、書斎のドアを開ける時は大きな音でノックをした後、ベルを5回鳴らして
待つ事・・・でしたよね」
「そうよ。気を付けてね」
「でもおかしな決まり事ですね。何か理由でも?」
「さあ?」
長い間ここで働いている彼女達は、それは習慣になっていて特におかしいと感じないようで、肩を竦めて
見せただけで、すぐに仕事に戻ってしまった。
この城で働きだして半月くらい経った頃。
サンジはずっと仲良くしていた少女がいなくなっている事に気が付いた。
城に来た当日、サンジに仕事を教えてくれた子だ。
他の女の子に聞いても「逃げたのではないか」、「体調を崩して家に返されたのではないか」、「わからないわ」と
言われるばかりだった。
その時は“一言もなく突然寂しいな”と思ったが仕方ないと気に留めていなかったのだが、それが毎週のように
一人、二人と続くようになると流石に不安になってきた。
その中には前日サンジと仲良く話をしていた少女や、次の日約束をしていたのに何も言わずに消えた少女もいた、
みんな突然いなくなるのだ。
だけど、ここではそれが当り前のようで、誰も気に留めていなかった。
「家が恋しくなったのでしょ」と冷たい反応を返すのは、仲間や友人である前にゾロを巡るライバルが少しでも
減るのを内心嬉しく感じているせいだろう。
「いくら家が恋しいったって、みんなお金が必要なんだろ?だったらこんなにたくさん逃げ出すのはおかしいよ」
いくら訴えても誰もまともに取りあってくれなかった。
ゾロに聞いても“知らない”と答えるばかりだった。
そしてメイドとして働きたがる少女は毎週のように訪れる。
しかし人数が増えた分だけ減って行くようで、メイドの数は大体一定の人数を保っていた。
サンジに割り当てられた寝室のルームメイトも毎週のように替わり、いつしかサンジ自身もそれに慣れてしまっていた。
時々娘に会いたいと家族が来る事があったが、ゾロはそれらをすべて無視した。
貴族である彼に逆らえる者はなく、貧しい者はおとなしく帰るしかない。
働き始めて2ヶ月も経つと仕事にも慣れてきたと同時に、気持ちは緩みがちになった。
“近付いてはならないと言われている南の塔には何があるのか。”
“ゾロは一日中書斎に篭って何をしているのだろうか。”
と、今まで自分の仕事で精一杯だったのが、周りに興味が向くようになった。
時間ができると散歩がてら南の塔の近くまで行ってみるのだが、その度に他のメイドや見回りをしている門番
などに見つかって声を掛けられる。
元々が好奇心旺盛なサンジは気になり出すと止まらなくなってしまう。
ゾロの城は3つの塔と屋敷から成っているが、南の塔だけは窓もなければ扉もなく、他の塔とは造りが違って
いるようだった。
南の塔にはゾロの書斎を通らないといけないとわかると、その好奇心はさらに膨らんだ。
サンジは両手で銀製のトレイを持ったまま、木の大きな書斎の扉を見つめた。
トレイにはお茶のセットとケーキが乗っていて、かなり重く、周りを見回してもトレイを置いておけるような台はなく、
その間にもティーポットの重みで腕が痛くなってきた。
なんとか片手で持てるか試みたが、ポットがぐらついて真っ白だったエプロンに小さなシミを作ってしまった。
「一度くらい、いいよな・・・」
ゾロは優しく、一度も怒った事はない。
だから一度くらい決まり事を破ったくらいで怒りはしないだろう。
“書斎に入る時はノックをし、ベルを5回鳴らすこと。”それがこの城の決まり事。
「失礼します」
一応普段より大きな声をかけて扉のノブを肘で押し下げ、器用に身体を滑り込ませた。
「ご主人様?・・・いないのか」
先程、確かにこの部屋に入るところを見たのだが・・・居ないのならばかえって好都合だ。
決まり事を破ったのを咎められる事はない。
トレイから紅茶とケーキをテーブルの上に並べ、フォークやスプーンをセットする。
「これでよし・・・と」
部屋を出ようとした時、何かを引きずるような音がした。
不思議に思って振り向くと、背後に三重になっていて、スライドする本棚がある。
天井まである大きな本棚で、そこには錬金術の本や歴史の本や黒魔術の本等、様々な種類の本が並べられている。
それが勝手に動いているのだ。
身体のどこかに当たって動いたのかとも思ったが、スライド式の本棚といってもそんなに軽いわけはない。
サンジは恐る恐る近付いてギィギィと不快な音を立てる本棚を見つめた。
突然ぽっかりと空間が開き、そこから見慣れた城主が姿を現した。
同時に鼻をつくキツイ匂いと冷たい風がサンジの頬を撫でた。
「ご主人様・・・?」
「サンジ・・・!」
中から姿を表したゾロは驚きに目を見張り、次の瞬間、サンジの口を掌で塞いだ。
「ふ・・・っ」
「・・・・・・ちゃんとノックはしたのか?」
首を横に振る。
「ベルも鳴らさなかったな・・・?」
こくり。
「どうして言いつけを守らなかった?」
口元を塞いでいた掌がはずされても、サンジは声を出す事が出来なかった。
ゾロの顔は無表情だが、とても怒っている事がわかったからだ。
「ご、ごめんなさ・・・」
「どうしてだと聞いているんだ」
「トレ・・・トレイを両手で持っていて・・・、それで・・・」
瑠璃色の切れ長の瞳がチラリとテーブル上の銀製のトレイを見た。
「俺がここから出てくるところを見たな?」
「いえ・・・み、見ていません・・・・・・っ」
ゾロがいつものように小さく笑った。
それが冷たい響きを持っている事に気が付いて、サンジは逃げ出そうとした。
だが、腕をがっちりと掴まれていて身動きが取れない。
「嘘をつくのはいけないな。来なさい」
暴れるサンジを横抱きにしてゾロは再び本棚の隙間に滑り込んだ。
そこは屋敷の豪奢さとは正反対の暗い空間が広がっていた。
蝋燭の明かりだけが照らしぼんやりと薄暗い螺旋階段をゾロはゆっくりと降りていく。
カツン・・・、カツン・・・という靴音が響いてサンジの恐怖を煽った。
鼻をつく匂いはどんどんと強みを増し、湿った空気が肌を刺激する。
「は、はなして・・・!」
見上げたゾロの表情の恐ろしさに身が竦んだが、声をあげた。
顔立ちは変わらないのに、無言で酷薄な雰囲気を纏うと妙な凄みがある。
「着いたぞ」
階段を降りるとそこには幾つもの牢屋があった。
サンジは乱暴に床に放り投げられた。
そこには柔らかなベッドが置かれていて痛みはなかったが、サンジは自分の視界に映るものを信じられない
気持ちで凝視した。
「ぁ・・・」
行方不明になった少女達が半裸のまま隅に蹲っている。
抱きあって震え、俯いてゾロの方を見ようともしない。
手首に縛られたような痣ができている少女もいれば、体中に噛んだような鬱血の痕が目立つ少女もいた。
彼女達の姿を見れば何をされたかは一目瞭然だった。
「ここにいるのは、みんな言い付けを守らなかったメイド達だ、サンジ」
だから叱ったのだとゾロは言う。
「ひど・・・い・・・」
「ひどい?なぜだ」
ゾロは首をかしげた。
「抱かれたがっていた女達だろ。願いがかなって本望だろう?」
「だけど」
「それをどんなふうに抱くかは俺の自由だ。違うか?」
じりじりとサンジは壁際に追い詰められた。
なんとかしてここから逃げ出して近くの村に行って助けを呼ばなくては。
「それに彼女達の給料はちゃんと故郷の家族のもとに毎月支払ってある。その分俺に奉仕すればいい」
ゾロの腕が伸びて来て、サンジの腰を引き寄せた。
「逃げてもムダだ。書斎への扉の開き方は俺以外知らないんだからな」
強い力で再びベッドに押さえつけられる。
「この塔はな、元々罪人を捕らえておくためのものだ。だから造りが頑丈で窓も扉もない。声も外には漏れない
ようになっているし、逃げ出すのは不可能だ」
大柄なゾロに上から押さえ込まれてしまうと、小柄なサンジは不利だった。
ジジイに仕込まれた蹴り技もこの体制ではびくともしない。
スカートが捲り上げられ、エプロンが破り捨てられる。
下着を取り払ったゾロはサンジを見下ろして口元を緩ませた。
「やはり、男だったか」
同性だとわかったらあの少女達と同じ目には遭うまいと思った。
「はじめて見た時から男だということは分かっていた。歩き方や仕草、言葉遣いがやはり他のメイドとは違うからな」
まだ体毛のない幼い性器を長い指がゆるりとなぞり上げた。
ゾクリと悪寒に似た、しかしまったく正反対の感覚が背筋を駆け上がった。
初めて感じたその感覚が恐ろしさとなって身体中を巡る。
「やめろ、離せ!」
サンジは露になった下肢を掌で隠しながらなんとか逃げ出せる方法はないものかと視線を泳がせた。
同性とわかってもあの少女達と同じように扱おうとするゾロが信じられない。
闇雲に暴れ、なんとかゾロの腕から逃れる事が出来た。
体は小さくてもやはり少女達とはちがった。
チラッとゾロの澄んだ瞳が少女達を一瞥した。
「あのメイド達を助けたいんだろう?」
ゾロの声は悪魔の囁きのように甘い響きを持っていた。
「お前が俺を喜ばせる事が出来たら、一人ずつ外に出してやろう」
「どうして・・・」
今まで城には女しか入れなかったはず、何故同性であるオレを抱こうとするのか。
それがどうしてもわからない。
「しかしお前が俺のすべてを受け入れなかった場合は・・・彼奴等もお前もここから一生出ることはない」
条件をのむか?と冷たい微笑がもう一度問い掛けた。
「お前は俺を受け入れるか・・・?」
「彼女達を出してくれるっていうのは・・・本当・・・なんだな?」
ゾロの薄い唇がやんわりと笑いの形を取った。
「ああ約束しよう。女はもういい。誰も俺を受け入れられない事がわかったからな」
彼が言う“受け入れるという行為”がどういう意味なのかと、サンジは暫く躊躇したが、やがてその条件を
受け入れる決心をした。
自分は男だから、妊娠する事もなければ一生心に傷をつくる事もないだろう。
彼女達がもしも妊娠してしまったら、ゾロは二度と外に出さないかもしれない。
彼女達はこんなにも怯えている。
誰か一人でも城から出ることができれば、助けが来て、皆が助かる。
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