壁に馬
「おい、ゾロがまた女変えたってよ」
遅れて入ってきた学友が息を切らせながら報告する内容は同じ学年でも学部の違う、けれど学内では
有名な男のことだった。
「え〜っ、今月、何人目だよ?」
「ってか入学以来、何人目だよ。あいつマジで千人切りでも目指してんじゃねえの?」
「いいねえ、モテる奴は」
キャンパス内、中庭に面したキャフェテリアの陽射しが差し込んで暖かな窓際に集っていた男どもは
口々に一人の男の噂話に花を咲かせていた。
その中で一人だけ、毛色の違う金髪に痩身の男だけが眉間に皺を寄せ、席を立った。
「サンジ?」
「俺、次の講義の下調べがあっから」
「またな」と片手を挙げてサッサと群れから離れる。
「あいつ、ゾロの話になるといなくなるのな」
「サンジはゾロのこと嫌ってるみたいだよな」
「そりゃあサンジは女至上主義だからさ、ロロノアみたいに女とっかえひっかえにする奴は好かねえだろうな」
「いや、逆に妬んでんのかもしんねえぞ」
「あ、ソレ言えてる!」
サンジの女性への献身度は夙に有名だった。その割には特定の一人と一緒にいるのを見ないから彼の献身ぶりが
報われているわけではないのだと皆が気付いていた。
ドッと笑いが起きて「そういえばさ」とまた違う話題が皆の口に上る頃にはサンジは既に図書室のある館への
渡り廊下を歩いていた。
(なんとでも言いやがれ、クソ野郎ども)
ケッと吐き捨ててサンジは静まり返った渡り廊下を図書室へ向かって進んだ。






サンジのアパートは大学に程近い古びた1DKだった。
古いながらも風呂とトイレが付いていて、台所が学生用にしては広めにとられていて料理を趣味としているサンジに
とってはそれが住居を決める際の決定打となった。
今にして思えばもう少し近隣についても考慮するべきだったと多少の後悔をしている。
それというのも ――

『ああんっ・・・いやあ、んっ・・・ゾロォ』
「ちっ、今晩もかよっ」
毎晩のように隣室から聞こえる女性の嬌声にサンジは辟易していた。
「あいつ、また相手が違ってねえか?」
女性の声が昨夜までの甘えたな舌っ足らずな感じではなく、落ち着いた色気を感じる。
そんな違いまで聞き取れてサンジはげんなりとした。

このアパートは古いこともあるが元々の壁の構造が薄いらしく隣室の音がモロに筒抜けるのだ。
最大にして最悪の難点をサンジは3月の終わりに引っ越してきて一ヶ月もしないうちに思い知らされた。
サンジの部屋は102号室、1階のどん詰まりである隣は101号室で居住者をロロノア・ゾロという。
学部は違えど同じ一年生だ。
反対隣の103号室にはエースという2学年上のソバカス面の男が居住しているけれど、こちらは何の問題も
今のところはないようだった。

『ああんっゾロォ、そこ気持ちいいっ・・・焦らさないでぇ・・・』
甘え強請る作為的な声にサンジは溜め息を吐いた。
「AVの女優さんになれますよ・・・レディ」
サンジは性的に淡白なほうなのか、隣室の睦言を必死に聞き耳を立てたり、オカズにしようとは思わない。
というより既にうんざりとさせられていた。
「勘弁してくれよ」と隣室で毎晩毎晩、飽きることなく繰り広げられていることにうんざりしているのだった。
「なんで、あんな奴がモテんのかねえ・・・」
新入生として大学の門をくぐった四月以来、ゾロが付き合い、別れ、泣かした女性は数多に上るというのに未だに
ゾロと付き合いたがる女性は構内外を問わずに後を絶たない。
女性の男に対する嗜好はイマイチ理解できないとサンジは思っている。
何故にあんな男がいいのかが解らない。

女性は好きだと自他共に認めるけれど、こうも容易く簡単に躯を繋げるという行為をサンジは好まない。
厳格な祖父に育てられたせいもあってサンジの考え方は保守的且つ古風でさえあった。
だから新学期からかれこれ半年余り経つ今では隣室のロロノア・ゾロという男には嫌悪感さえ感じる始末だ。
ロロノアという男の何をどれだけを知っているというわけではない。
けれど女性に対する誠実度のなさは周知の事実だ。
「あんな奴がモテるなんて世も末だ」
サンジは一人言ちて今夜もヘッドフォンを耳に宛がうと新作メニューの開発とばかりにキッチンに立った。
最近、バイト先のレストランで新しいメニューのアイディア募集があってサンジはここのところ、それの試作に
没頭していた。
将来は料理人になりたいと思っているサンジは自分の力量を計る良い機会だと張り切っていた。






授業が終わり、バイトをこなして帰宅する頃には日もどっぷりと暮れている。
サンジがバイトとして勤めているのは味に定評のある老舗のレストランだが最近では午後のティータイムの
ひとときにだけ提供しているケーキ類にも人気がある。
10月はハロウィンの時期と相まって家族連れやら恋人同士、はたまた友だち同士と客層は違えど、昼食も午後の
ティータイムも、そして本元の夕食も店内は満席続きの大盛況だった。
バイト風情のサンジでさえ時間さえあれば店に出て接客やらまで務めさせられる有り様だった。
それが11月に入るとレストランにも一時の穏やかさが訪れる。
12月に入ればクリスマスと年末年始の掻き入れ時がやってきてレストランに限らず飲食店はどこも猫の手も借りたい
時期に突入するから11月というのは、ちょうど骨休めにもってこいの時期だ。
ハロウィンの多忙期で陽が短くなったことを実感する間もなく、完全に陽が落ちた頃にしか家に帰れなくなっていた
サンジは今年の秋は薄手のジャケットを出すこともないままで、既に布地のしっかりとした厚めのコートを着用していた。
サンジは身に沁み始めた寒さに閉口しつつマフラーをギッチリと巻いてアパートへと道を歩いていた。

「あれ、あんた隣の人じゃねえ?」
背後から声をかけられて振り返ると人懐っこいソバカス顔が笑っていた。
「あ・・・ええっと103の?」
「そうそう。俺、エースっての。あんた102の人でしょ」
握手に手を差し出された手に手袋のまま手を重ね、名乗る。
「サンジだ」
「ああ、そんな名前だった。引越ソバ美味かった」
サンジが引っ越してきた時にはエースはもうあのアパートの住人だったから引越の挨拶に出向いたのだった。
「そりゃ、どうも」
ペコリと頭を下げるとエースの笑みが深まった。
「お行儀の良い子は好きだよ、お兄さんは」
「ソバの感想もらえて俺も嬉しいんで」
返す言葉にエースの片側の眉毛が上がった。
「え、もしかしてアレ手作りだったとか?」
「そうそう」と笑い返しながら頷くとエースが「へーっ」と目を見開いた。
「料理得意なんだ?毎日お隣から良い匂いが漂ってくるからどうしてかと思ってたけど、そういうことか」
「なんなら味見しに来るか?」
気楽に訊くとエースが破顔した。
「いいのかい?言っとくけど俺、大食いよ?」
「そりゃあ心強いな。なんせ今は試作品の大量生産中だ」
「うひょーっ、ツイてるな俺!」
「ンじゃ早速、今夜からどうだ」
「やったー!俺、夕飯まだでさぁ。部屋でカップラーメンかって思って黄昏てたんだ」
「そりゃあ幸いだったな」
笑いあいながら肩を並べて家路に着いた。



「どっか適当に座っててくれよ。直ぐに仕度すっから」
自らの部屋に帰ったはずのエースはジャケットを脱ぐや否やという短時間でサンジの部屋へとやってきた。
元々、薄着だったエースは今やハーフパンツに半袖のTシャツという軽装だった。
タートルセーターの上にカーディガンを羽織ったサンジは(寒くねえのかな)と思うが然程、親しいわけではないから
黙っていることにした。
「後輩ちゃんにタカってばかりじゃ悪いからビール持ってきた」
「あ、サンキュー。じゃあ、とりあえず冷蔵庫に入れといて」
コンビニの袋に詰められたビールの缶を抱えて見せたエースに礼を言いつつ、その処遇を頼む。
初めて会話らしい会話をしているのに苦もなく、まるで旧知の仲のように親しげに時間が進むのをサンジは愉しく感じた。
冷蔵庫からタッパに保存していた食材を取り出しながら作るメニューを考える。
「パスタにすっけどトマトソースとホワイトソースどっちがいい?」
「肉たっぷりのほう!」
「ってことはトマトソースか。肉っていってもミートソースだけど構わねえ?」
「全然オッケーよ。俺、好き嫌いねえし」
言われてパスタ用の大鍋を出し、水を張るとコンロにかける。
次いでフライパンを出し、作り置いていたミートソースを冷凍庫から出す。
何か足してやろうと野菜室を覗く。と。
『あ、ゾロッ、だめよぉぅ、ね、ベッド行こう?んんっ、あっ、ああんっ』
薄い壁を通して隣室から恒例と化した女性の声が今夜も聞こえ始めてサンジの動きが止まった。
(また、おっ始めやがった)
今夜はエースが来ているから声には出さなかったのに

「ありゃあ、お隣は随分とお盛んなようだね」
そのエースが肩越しに顔を出してサンジはギョッとした。
「エース、あんた何やってんだよ」
「そりゃあ普通こういう場合、男なら誰しもやるでしょう、デバガメ」
「は?」
愉しそうに壁に耳をつけるエースにサンジは怪訝な顔をしてみせる。
「え、サンちゃんはしないの?」
「・・・なんで俺が隣の野郎のエッチの声に聞き耳立てなきゃなんねえんだよ?」
そんな虚しい真似ができるかと憤る。
露骨に嫌そうな顔をするサンジにエースが驚愕の顔を向ける。
「マジで!?」
「なんで、そんなに驚いてんだよ?だから隣でアレが始まると俺はコレを耳にかけて雑音を遮断してるわけだ」
言いがてらラックに入っていたヘッドフォンを持ち上げる。
「ふ〜ん、サンちゃん淡白なんだ?まさか、その歳で涸れてるってわけじゃないよね?」
「誰が涸れてんだ!?失礼なことほざくと飯喰わさねえぞっ」
失礼にもほどがあるとサンジは激高した。
そのせいで、その様にエースの目がキラリと光ったことには気付かなかった。


「じゃあさ、あんな声聞かされてさ、何も感じないわけ?サンちゃんのココ、女の子のイイ声に反応したりしないの?」
エースの手がいきなりサンジの股間を擦ってきて青い瞳が驚愕に見開かれる。
「なっ、何すっ・・・」
「ココがさ、熱くなったりしたことないの?」
ぐいっと股間に掌を押し付けてこられてサンジは息を飲んだ。
「ひっ、うぅっ・・・」
そのままエースに躯ごと壁に押し付けられてサンジは抵抗しようと身を捩った。
「んっ、くうっ」
「ね、本当は隣の声を聞きながら1度くらいシたんでしょ?」
エースの優しい声が耳朶を掠め、その手がサンジの股間を弄ってくる。
「な、に言って・・・あ・・・んっ、ちょっ・・・やめっ・・・」
「イイ声出すねサンちゃん。ほら、ちょっと弄っただけで固くなってき・・・」
ドゴッ
その瞬間、凄まじい音がして圧し掛かっていたエースの躯が吹っ飛んだ。
「はぁっ・・・ちっと親切にしたらつけあがりやがって!ンな、くだらねえことするんなら出てけっ!!」
もう一度蹴り上げる振りをしたら床に尻餅を突いていたエースが「や、ワルノリしすぎた!ごめんごめん」と
詫びを入れてきたから眉を顰めながら「もうしねえか?」と確認をとった。
(男に押さえつけられるなんて・・・)
初めての屈辱的な経験に怒りで目の前が赤く染まっている。
耳鳴りがしていた。動悸も止まらなくてサンジは胸元を押さえた。
(あら、ま、初々しいねえ)
サンジのそんな様子にエースは心中で感想を漏らすとその場で居住まいを正した。
「うん、うん、もうしない。ちょっと調子に乗っちゃった。ごめんねサンちゃん。だからご飯喰わせて」
お腹を盛大にぐうううぅ〜と鳴らして反省して手を合わせつつもオネダリポーズをして見せるエースに聳やかしていた
肩を落とす。
治まりきらない動悸を深呼吸を繰り返すことで自身の平静を取り戻そうと努めた。
「・・・じゃあ、おとなしくリビングのほうで待ってろよ」
「はいは〜い♪」
少し顔が赤らんだままだったけれど、そう促がすとエースはさっさと立ち上がってキッチンから出ていった。
サンジは腹を空かせた奴を放っておけない性質ゆえ、あれだけ盛大にお腹を鳴らす男を叩き出すことは諦めた。
(けど、目一杯、力任せに蹴ったってのにケロリとしてやがるぜ)
先ほどの蹴りがエースには然程、効いてはいないことが一目瞭然でサンジは「ちっ」と舌打ちした。


「なあ、テレビ点けてもいいか?」
思案に暮れていたサンジにリビングから声がかかる。
「おう、BGM代わりにボリューム上げといてくれ」
隣の住人たるエースが一緒だから多少音量が高めでも問題はないだろうとサンジは踏んだ。
何せ、もう片側の隣では人目を憚るような音声が潜められることもなく明け透けに響いているのだから。
今はエースという客がいるからヘッドフォンをつけることもできない。
ならば今夜一晩くらい多少の音量、大目に見ろとサンジは内心で隣の部屋へ毒づいた。
(元々てめえらが隣近所に遠慮がねえのがいけねえんだしな)







食事が済んでエースが先ほどの非礼を詫びて自室へ戻ってしまうとサンジはやはりヘッドフォンを装着した。
「今日はヤケに長いな」
隣室のエロい行為が始められて既に2時間は経っている。
まもなく深夜。日付変更線を超える。
けれど今夜に限っては未だに終わる気配がない。
「しかたねえなぁ・・・」
シャワーを浴びて寝るかとサンジが立ち上がったところで『ああっ、あああ〜ぁんっ!』と一際、感極まった嬌声が
聞こえ、そして静まり返った。
「あ、終わった」
隣室の壁を向いて一人言ちた言葉には安堵の感情だけが満ちていた。
「・・・今度あいつと顔を合わせたら一言クギを刺しとくか」
授業とバイトで疲れているというのに、こんな深夜にまで喘がれてはたまったものじゃないとサンジは思った。






数日後。
バイトも休みで授業も休講続き。
サンジは早い時間にアパートに帰ってきていた。
帰路、商店街の中の馴染みの八百屋で小芋の良いのが手に入ったから煮物でも作ろうとキッチンに立っていたら
カツン、カツンという足音が聞こえてきてサンジは手を止めた。
その音がサンジの部屋の前を過ぎていく。
(奴だ)
間違いない。ゾロだ。
彼がいつも履いている厳ついブーツを思い浮かべた途端、下拵え中の小芋と包丁をまな板の上に置いて外に
飛び出していた。
苦情を伝えるには良い機会だと思ったのだ。

「おいっ、てめえ」
「あん?」
振り向いたゾロはサンジの姿を認めて眉を顰めた。
珍しく女連れじゃないゾロにサンジはホッとした。
(レディのいる時にゃあ言いにくいからよかった)
「なんだよ?人を呼び止めておいてボーっとしてんじゃねえよ」
「うっせえっ。てめえに今日は隣人として言っておきたいことがあんだ」
「俺に言っときてえこと?」
「ああ」
頷くサンジにゾロは首を捻る。
「てめえな、ここのアパートの壁が薄いって解かってっか?」
「それがどうした?」
即答だった。
解かっていて毎晩アレか?とサンジの額に青筋が立つ。
「毎晩毎晩てめえの部屋からレディたちの色っぽいお声がダダ漏れしてんだよっ!」
サンジの言葉に一瞬、目を見開いたものの、直ぐに元の余裕のある顔に戻り、あろうことか横柄に顎をしゃくった。
「だから?」
これまでの憤懣を爆発させたサンジにゾロは鼻で嗤ったようだった。
「・・・え?」
今度はサンジが首を傾げる番だった。
「だからなんだって訊いてんだ?」
不遜な態度でサンジを眺めるゾロの目が嗤っているように見えるのは気のせいなんかじゃない。
(こいつ、俺がやっかんでるとか思ってんのかっ!?)
腹の奥がカッと滾る。それを堪えるように声を振り絞る。
「あー、だから・・・な、近所迷惑だし少しは自重してもらわねえと」
「毎晩、刺激が強すぎて、てめえの股間が暴発しそうってか?」
ニヤリと嗤われてサンジは完全に怒った。
「ンなわけねえだろっが!夜中まで延々ヤられちゃあ、うるさくてこっちは寝られねえんだよ!」
「・・・・・ふ〜ん」
品定めするように上から下までサンジを見遣って、ゾロは口の端だけで嗤った。
「その歳で涸れちまってるたぁ可哀想にな」
「誰がだ!!」
とことん失礼な奴だとサンジは更に憤った。
憤怒の形相でゾロを睨めつけても相手は余裕の態でサンジを見つめて嗤っていた。
「毎晩、女のエロい声聞いても、おっ勃たねえんじゃ、もう涸れてんだろ」
「違うわっ!」
サンジがクワッと牙を剥く。
「ンじゃあホモなのか?」
「どういう理屈でそうなんだよっ!!」
サンジが、がなってみせてもゾロは平然としているから憎たらしいことこの上ない。
不愉快さと腹立たしさに、どんどん血圧が上がる。
こめかみがドクンドクンと脈打っているのが自分でも感じられた。
「涸れてるわけでもないのに女のエロい声に反応しねえなんてホモくれえじゃないのかと思ってよ」
「失礼なこと言うなっ!!」
唾液を飛ばして抗議を申し立てるサンジにニヤッとイヤラシイ嗤いを寄こす。
「なあ、お前、本当に女の上げる声聞きながら俺と女のセックス想像してヌいたことねえの?」
「あるかっボケ!」
「1度もか?」
「当ったり前だっ!!」
「ふ〜ん、どっか欠陥でもあんのか?」
「男としての大事な部分によぉ」と耳許に顔を寄せてこられて低音で囁かれて「ぎゃっ!」と飛び退く。
「な、なにしやがるっ!ぉ、俺は五体満足だ!!」
囁きついでに耳許に息を吹きかけられてサンジは耳を押さえて狼狽えた。
「本当かよ。なんなら俺が確かめてやろうか」
そう告げたゾロの目に猛るモノが宿るのをサンジは見逃さなかった。
(・・・?なんだ、こいつ・・・)
ゾクリとした。それが何なのか解からないまま、本能の部分で「逃げろ」と指令が下る。
「ぃ、言ったからな!今度からは声の大きさに気をつけろよなっ!それができねえんなら、どっか他でやれっ!!」
こんなところで、こいつに背中を見せるのは甚だ不本意だったが本能が勝った。
言うだけ言うとサンジは平静を装って自室の玄関に入り、ドアを閉めようとした。が、閉まりきらない。
「?」
怪訝に思ってドアノブを掴んだままで視線を上下させるとドアの隙間にブーツを履いたゾロの厳つい足が
差し込まれているのが見て取れた。この足こそがドアが閉まるのを邪魔していたのだった。
「なっ・・・」
サンジが何事かの文句を口にするより早く、その隙間にゾロのデカい手が掛かり、外側から強い力で
こじ開けられていく。
ぐぎぎぎぎ・・・
内側からノブを掴んでいるサンジの握力などものともせずにドアが開かれていくのを信じられないものを見るように
茫然と見つめた。
「ンだよ、ツレねえな」
一分と保たずに暮れかかるオレンジの色を背景にゾロの立ち姿が全景を現わす。
驚愕に見開かれた目に肉食獣を思わせるゾロの双眸が映った。
嗤う顔は極悪さを極めていて
「ひっ・・・」
サンジは口中で小さな悲鳴を上げた。
立ち話をしていた先ほどまでの表情とは明らかに違っていてサンジはジリッと後退さった。
醸しだす雰囲気自体、変化して見えた。
ノブから手を離し、室内に駆け込むサンジをゾロは玄関先でゆっくりとブーツを脱いで追ってきた。
「逃げんなよ」
部屋のドアを開けかけたところで捕まり、逃げ場を失なったサンジは獰猛に嗤う獣を前に目を見開いたまま
茫然としていた。
「に、逃げてなんかねえっ」
それでも反射的に反論を返すのは負けん気の強さ故のなせるワザだったけれど。
今、サンジの眼前で唇の端を釣り上げるように嗤ったゾロは普段、大学の構内で時折見かけるゾロと
同一人物だとは到底思えなかった。
サンジは自室のドアに背中を預けた格好で震えかかる手をギュッと握り締めて強気に睨み返した。
「かっ・・・勝手に入ってくんじゃねえっ、帰れよっ!」
「ンな素気ねえこと言いっこなしだ。なに、隣同士のよしみだ。せっかくだから、てめえが不能かどうか確かめてやるよ」
言うより早く腕を掴もうと伸びてくるデカい手に捕まるまいとサンジは身を捩り、次いで得意とする蹴りを繰り出した。
その蹴りが違わず、ゾロの腹に命中した。
内心で(やった!)と思ったのも束の間、腹にめり込んでいたはずのサンジの足をゾロがグイッと掴み、
高く持ち上げたからサンジはそのままバランスを崩した。
「うっ、わっ・・・」
片手で足首を掴んでサンジの躯を逆さまに軽々と持ち上げるゾロが頭上から勝ち誇ったような声をかけてくる。
「噂どおり足技は大したモンだ。けど俺には効かねえ」
サンジは悔しそうに唇を噛みしめる。
「それにしても、なかなか良い格好だな」
「うるせえっ、離せよっ!」
「その減らず口がいつまで聞いてられるか愉しみだ」
「何をっ!え、うわっ、おいっ」
「勝手に入ってくんなって言われたからな。場所変えんぞ」
言った時には、そのままの格好でゾロは玄関を出、隣の101号へと向かっていた。










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