酷い男
とにかくひでェヤツなんだよ。
俺の話を聞いてくれるか。


あいつに初めて会ったのは、まだ俺がレストラン・バラティエでコックをしていた頃の事だ。
確か、俺もあいつも17の時だったと思う。

俺は、自分用の買出しの船で近くの港へ買出しに出かけたその帰りだった。
船は小さいが、小さなキッチンもついているし、バラティエから往復で3日かかるその港へは、おれ自身の休養も兼ねた
気楽な小旅行だった。
俺はレストランでコックなんかしちゃいるが、本当のところ、まだ見ぬ海原へと旅をしてみたくてたまらなかった。
子供の頃から夢見ていた、「オールブルー」を見つけて、その話をウソだと決め付けて笑った連中を見返してやりたかった。
それに何より、おれ自身がその「オールブルー」というものをこの目で見てみたかったんだ。

だから俺は一人船の舵を握りながら、「よーそろ」だの「敵は左舷から来るぞ!砲撃準備!」とか一人でつぶやきながら、
船乗りになってこの大きな海原を渡っているつもりになっていた。
子供っぽいと笑うかもしれないが、誰も見ていないところだぜ、誰だってそれ位の覚えはあるだろう。

「遭難者発見、直ちに救助せよ」
「イエッサー!浮き輪を投げろ!」
「これはこれは、美しい遭難者だ。お怪我はありませんか。私のベッドをお貸ししましょう。ゆっくり休まれるといい」
「まあ、ありがとう。素敵な船長さん」
「なんてな、なんてな〜〜!!・・・・ん?」

いい気分で一人芝居なんかやっている最中、俺はそれを見つけた。
それは、波間に見え隠れする、小さな一隻の船だった。

「・・・船じゃねェな、ボートだ」

確かにそれはボートだった。
俺は周囲を見回した。
俺は、そのボートが救難用のボートかと思ったのだ、つまり、それ位小さかった。
周囲に難破したらしい船影はない、もちろんこのボートは長い事漂ってきたのかもしれないから近くになくても
不思議ではないのだが。
一見したところそれで大海原に出るようなボートでは決してない。
操縦している人間の姿も見えなかったし、俺は心配になって自分の船を寄せた。
船の中に、横たわっている人影が見えた。

「おーい!大丈夫かー!」

俺は大声で呼びかけながらそのボートに近づいた。
近づいても、横たわっている人影は動く気配もない。
もうお陀仏になってしまっているのだろうか。
例えそうでも、海に生きるものとしては海で死んだ人間をそのままにはしておかないものだ。
もし死体なら、この船でバラティエまで引っ張っていって、そこできちんと水葬にしてやればいい。

「おい、生きてるか?死んでんのか?」

俺は寄せた船からボートの中を覗き込みながら言った。
図体の大きな人間だ、美しい女性ではなかったなと頭の隅で思いながらも俺は自分の船に備え付けてある櫂で
そいつをつついてみた。

「むご」
「お」

死体、いやその人間は何かを言った、という事は死体ではない。
だが船といいそいつといい、何もかもがボロボロだった。
おそらく死にかけているのだろう。
俺はそう判断し、船とボートを綱で固定すると、ボートに乗り移った。

小さいボートだ。
大人三人も乗ればいっぱいだろう。
ボートには樽一つとロープ、櫂、予備の帆布、そして釣竿と思われる木の棒があるだけで他には何もない。
かろうじて男は毛布をかぶってはいるが、それも風雨にさらされてボロボロだ。
一体何があったというのだろう。

俺は横たわる男を抱き起こそうとした。
しかし重い。
一体何でできてるんだこの男は。

ぱっと見たところ、変なできものができている感じではない、ウイスル性の伝染病などうつされたら困るが、
そういう事もなさそうだった。

「おい、大丈夫か。動けるか?」

俺が肩を貸して体を起こしてやると、男はようやく目を開け言った。

「・・・誰だ、お前」
「誰だじゃねェよ。お前こそ誰だよ。俺は通りすがりのコックだ。遭難でもしてるんじゃねェかと思ったんで見に来てやったんじゃねェか」
「遭難?俺は遭難なんかしてねェぞ」
「そうかよ。それにしちゃあすげェナリだけどな。それにこのボート、救難用じゃねェのか」
「そんなわけはねェだろ。俺はこれ一つで生まれた島からずっと航海してる」
「へェッ、この船でか?」

俺は一瞬呆れ返った。
この男がどこで生まれたのか知らないが、「ずっと」という言葉にこのボロボロのなり、ここまでなるには相当
長い航海をしてたんだろうが、その間このボート一つで嵐も乗り越えてきたというのだろうか。

「馬鹿にするな。立派なもんだろうが」
「あー、分かったよ、そんなら俺はもう用はねェな。遭難してるわけじゃねェなら、俺が助けてやる理由もないわけだし」

俺はすぐに自分の船へと飛び移った。
正直言って、俺は悔しかった。
こんな船一つで、一人だけで、この海を越えてきた男。
どこから来て、どこへ行くのか知らないが、俺にはこの男がどこまでも自由に思えた。

「待て、お前コックとか言ったな」

だが、男はすぐに俺を引き止めてきた。

「ああ、そうだぜ。コックに何か用か」

コックに用と言えば答えなど分かっていたが、それでも俺は意地悪く聞いた。
だが途端に男の腹が盛大に鳴って、俺は屈託も忘れて吹き出した。

「腹、減ってんのか」

俺は聞いた。
腹の減らしたやつを、俺は見過ごしにはできない性質だ。
俺もそろそろ船を止めて夕食の準備にでも取り掛かろうと思っていたから、買出しに行ったふんだんな食材で
二人分の料理を作る事など造作もないことだ。

「ああ。三日食ってない」
「三日か」

俺はこともなげに言った。
俺はかつて二ヶ月の間少ない食料と水だけで過ごした経験があるから、三日断食くらい大した事はない。
だがまあ、普通の人間なら三日食わなきゃほとんど死にそうだろう。

「こっちに来られるか?今何か作ってやるよ」
「作る?ここで作るのか?」
「ああ、この船は俺の専用だからな、キッチンも付いてるんだぜ。買出し様だけど、時には珍しい食材を探しに
遠出する事もあるからな。船はちゃんとつないどけよ」
「ああ」

三日食ってないと言った割に男はきびきびと動き、俺の船と自分のボートをしっかりと繋ぎなおすとこっちの船に
移ってきた。
俺は操舵室の後ろについているキッチンに立ったまま男を横目で眺めた。
俺の船の中を大した興味もなさそうに一瞥しただけで、男は床にどっかりと座り込んでいる。
少なくとも、遭難者を装った海賊ではないらしい。
男からそういう匂いはしなかった。
もしやるとしたら、この男はだまし討ちなどせずに最初から堂々とやるだろう。
この男の事など何も知らないのに、なぜかそんな気がした。

とりあえず男の腹を満たしてやるため、俺は簡単な野菜スープをつくり、パンを切ってやった。
それから自分用にと思って肉を焼いていたら男がいかにも食いたそうな顔をしたので男の分も焼いてやった。
スペアリブの、香草焼きだ。

そんな骨付きの固めの肉なのに、男はスープと一緒にペロリと平らげた。
ガツガツしてはいたが、それでもそれは気持ちがいいほどの食いっぷりで、俺は気をよくしてスープのお代わりを
出してやった。

「クソ美味ェだろ」
「ああ」

返事と共に再び皿が突き出されてきた。
俺はそれにもう一度スープをよそってやり、自分はタバコに火をつけた。
こうして大海原に浮かぶ小さな船の上で、腹も満たされた今、この一服はこたえられない。
おれはぷかぷかやりながら男を観察した。
男はまだスープを飲んでいて、さすがに腹が膨れてきたのかようやく味わうようにして一さじ一さじゆっくりと口に
運んでいる。
さすがに人間らしくなってきたその顔は、最初に思ったよりも随分と若そうで、それでもその体からは長い事海を
漂ってきた男の経験みたいなものがにじみ出ていたから俺はまた少しだけ羨ましくなった。

「そんで、お前はずっと一人なのか?」

俺は男に聞いた。

「いや、連れがいた事もあるが」
「どうしたんだよ。喧嘩別れでもしたのか?」
「いや・・・そういうわけじゃねェんだが、気がついたらいなくなった」
「気がついたら?海に落ちたのか?」
「そういうわけじゃねェ。元々別々の船に乗ってたんだ。どっかの島で一緒になって、ついてきてェなんか言うもん
 だからしばらく一緒に航海した。一緒に戦ったりもしたが、一度大船団に当たって、そこで強そうなのを追っかけて
 たらいつの間にか見えなくなっちまった。しばらく探したんだが、死体も船の残骸もなかったからどっかで生きては
 いるだろうとは思ってるが」
「大船団ってお前、そんなのと戦ってんのか」
「あっちからふっかけて来るんだ。いいカモにでも見えるんじゃねェのか。何にもねェのになァ」
「確かにな」
「まあ、あっちがいいカモだけどな」
「どういう意味だよ」
「海賊なら賞金首の一人や二人は乗ってるだろう。そいつを倒して海軍に持っていけば少しは金になる」
「お前、海賊狩り?」

俺は思わずはっとして男の腰を見た。
刀が三本、さっきはなんとも思わなかったが、もしかしたらこいつは、もしかしたら。

「お前もしかして、海賊狩りのロロノア・ゾロ?」
「なんだ、お前俺を知ってんのか」
「知ってるに決まってるだろ・・・」

今やイーストで海賊狩りのロロノア・ゾロを知らない人間はおそらくいないだろう。
だがその頃はまだ花丸急上昇、売り出し中の海賊狩りという程度だった。
だが俺は海のレストラン・バラティエで働いているのだ。
いろんな人がいろんな噂を持ってくる。
三刀流の海賊狩り、イーストブルーの魔獣。
そんなレストランにいて、ロロノア・ゾロを知らないわけがない。

「そうか」

相手が有名人だったと知って、俺はまじまじと見つめなおした。
これが三刀流の海賊狩り。
それは俺が漠然と考えていたイメージとはまるで違う姿で、それでもゾロを目の前にして俺は深く納得する。
カタリでも何でもない、この男がイーストブルーの魔獣なのだ。
この、ボートに帆を張っただけの小さな船で、三日も何も食べず、ボロボロの毛布に包まってほとんど漂流してるような
この男が、改めて見てみれば鍛え抜かれた筋肉と、絶えず周囲を警戒する鋭い目を持ち合わせているのが分かる。
ここに来るまでに、どれだけの敵と戦って、どれだけの敵を倒してきたのだろう。
その旅は、俺には悔しいほど眩し過ぎる。

黙ってしまった俺に、ロロノア・ゾロもあえて何かを話そうとはしなかった。
ただ律儀に皿をキッチンに運んでくれ、それから船をつないでいたロープを解くと自分のボートに飛び乗った。

「ごちそうさん。世話になったな」

ゾロがそう言うのにも、俺はただ頷いただけだった。

「海上レストラン、バラティエ」

ゾロが自分のボートの上で言った。
俺は顔を上げる。
その名を知っているのだろうか。

「ボートに書いてある」
「・・・ふん」
「今日の代金を払いにいつか寄る。今は持ち合わせがねェから」
「・・・場所が分かるのかよ」
「さあ、分からねェな。けどその内着くんじゃねェか。場所を聞いておいても、俺はどうも方向音痴らしいから」
「それじゃあ絶対来ねェじゃねェかよ!」
「大丈夫だ、着く」
「どういう自信だよ全く・・・。いいか、別に今日の飯は金を取ろうと思って作ったわけじゃねェぞ。でも払いに来るっ
 てんなら来い。今度はちゃん設備の揃った厨房で作った料理を食わしてやるから」
「今日のも美味かったけどな。お前がそう言うなら、店じゃもっと美味ェのが食えるんだろう。食いに行くぜ」
「おう、言っとくが、あんまり長い事来ねェと利子がかさむぞ」
「分かった。できるだけ早く行く」

一体全体、俺はこの男が憎いほど羨ましいのに、なんでそれでもまた来いなんて事を言ってしまっているんだろう。
自分でもわけが分からないまま、帆を風に向けて走り出すゾロのボートを見送った。
また会えるだろうと思った。
それは確信だった。







だが果たして、ゾロはそれから半年も現れなかった。
噂だけは腐るほど聞いたが、本人は一向に現れない。
その間もゾロの評判は高まっていて、一月前はあっちで300万の賞金首を倒したとか、いやそれとは反対の方で
500万のを倒したとか、一体どこをほっつき歩いているのかと呆れるほどあちこちで海賊を倒しているらしい。
本人は方向音痴だと言っていた、あの男は来ると言ったら必ず来ると思っていたが、あれからもしかしたらバラティエを
探してあちこち彷徨っているのかもしれないと思うとおかしかった。
本当はあんな小さな約束なんか忘れているかもしれない。
多分それが正解なんだろう。
それでも良かった。
だがそれでも、ゾロがやってこないのは方向音痴のせいだと思うことで、あの一瞬の、誰に話しても嘘だと
思われそうな邂逅が、俺にとっては少しだけ優越感を伴った大事な、小さな思い出になっていった。

そんな頃だ、ゾロが捕まえた海賊を連れて現れたのは。
相変わらず、ゾロはあのボートに乗っていた。
ただし今回それを操っているのは捕まえた海賊の方だ。
たまたま休憩時間に甲板でタバコを吸っている時、海の向こうから小さな点が現れて、俺はそれが妙に気になって
じっと見つめていた。
その点は見る見る大きくなり、見たことのあるボートになった。

本当に来やがった。
あの約束を、ゾロは忘れなかったのだ。

ゾロの方も随分向こうから俺の姿を認めていて、船の中で立ち上がってこっちを見ていた。
ゾロは船のロープを握っている男に何か言い、それから少し言い争っているような声が聞こえて、ゾロがロープを
握ったら途端に船の進路が逸れた。
どうしたんだここまで来て、と思ったが、ゾロがロープを握って必死であれこれ動かしているのが見える。
どうも、どうしてバラティエが離れていくんだとブツブツ言っているらしい。
見る間にボートはバラティエから離れていくばかりで、一体どうしたんだと思っていると、途中でもう一人の男が
ロープを持ち替え、すると今度は再びボートがバラティエへとまっすぐに向かってきた。

なるほど、方向音痴。

それは想像を絶するほどの方向音痴なのだ。
全くひでェやつだろ、てめェの方向音痴の為に約束の金を返すまでに半年かかってるんだぜ。
呆れたもんだ。

ようやくボートをバラティエにつけると、ゾロはボートからこっちへと乗り移ってきた。
俺は二階の甲板の手すりに腕をかけ、上から見下ろした。

「よう、来たぜ」

ゾロが手を上げた。

「お前のできるだけ早くってのは半年かよ」

俺は上から文句を言ってやった。

「こんな辺鄙なところにあるのがいけねェんだろ。何度も来ようとしたんだが、どこ探してもありやがらねェ」
「それでよく来られたな。ツレか?」

俺はボートに残っている男に顎をしゃくって見せた。

「いや、こいつは海賊だ。賞金首だよ、しけてるけどな。バラティエへ行った事があるって言うもんで、道案内させた。
 辿り着けたら見逃してやるって約束だ」
「結局一人では来られねェってことだな」
「バカ言うな、一度来れば来られる。次は一人でも来られるぜ」
「どうだか」

俺はタバコの火をもみ消し、それから下へ降りていった。
ゾロはウエイターに案内されて席に座っており、俺が行くとティッシュに包んだ金を渡してきた。

「これで足りるか」

俺はちらっと中身を見てポケットにつっこんだ。

「足りねェな。利子がついてんだよ、半年分。けどまあいいや、お前がここに着かなかったら丸損だったんだしな。
 今日は金を持ってるのか。何を食いたい」
「何でもいい。お前が選んでくれ」
「分かった」
「あと、酒な」
「酒ね、ワインでいいか」
「日本酒はねェのか」
「あるぜ。けどうちの料理にゃ日本酒は合わないぜ」
「ならワインでいい。日本酒は最後にもらう」
「よし、待ってろよ」


俺が厨房に入るとコックの連中が騒いでいた。
ゾロがあのイーストブルーの魔獣だと分かったのだ。
俺は少しの間どうしてゾロを知っているのかと質問攻めにされたが、適当にあしらってワインを選ぶとウエイターに
持たせた。
そして俺はゾロのために料理を始めた。


ゾロはその日の昼食と、それから夕食を食べていった。
俺は仕事の合間にゾロのテーブルを訪れ、短い間に色んな話をした。

ゾロは海賊狩りと呼ばれているが、そうなりたいと思って海賊狩りになったわけではないこと、鷹の目と呼ばれる
大剣豪を探し、それを倒して世界一の大剣豪になる事がゾロの夢である事、それは俺には頭に来るほど馬鹿な
夢だが、そう言うとゾロは何と言われようと構わないが、自分はそれを追いかけるだけだと言い放ち、俺の嫉妬を
ますます煽った。
俺だって、ここで働く事が嫌なわけではない、むしろ好きだし、料理長は厳しいが料理の勉強にはうってつけだ、
だがそれでもどこかで諦めている部分はぬぐいきれなくて、だからこうして何者にも縛られず、夢に向かって
ただ突き進めるゾロが羨ましい。
だがそれを認めるのは俺のプライドが許さないから、俺はそんな気持ちをおくびにも出さずにただ冷笑してやった。
ただむやみに俺を認めさせたくて、ここにいる事は俺にとって無駄じゃないと思わせたくて、俺は持てる腕を最高に
ふるってゾロの料理を作った。
ゾロはまた、その料理を美味そうに平らげた。
だがゾロにとっては俺がここで最高の料理を作ろうと、本当は海に出たいのをどこかで我慢していようと、どうでも
いい事に違いない。
それを思うと少しだけ虚しかったが、それでもゾロが飯を食っている姿は嫌いじゃないと俺は思った。

ゾロは二食の料理を食い終わると、鷹の目の噂を集めに町へ行きたいと言ってバラティエを後にした。
捕まえた海賊を町でおろしてやる必要もあったらしい。
バラティエから町までは、二日に一度定期船が出ていたから、それについて行けばいいと言ったら、それなら二日後に
またそれについてここへ戻ってくると言った。
もう一度俺の料理を食ってから、鷹の目を探しに行くのだとゾロは言った。

それから二週間もしてからようやくゾロはバラティエに現れた。
定期船の横をずっと走ってきたらしい。
最初にバラティエに現れた時のことを考えれば、ずっと船の後を着いてこれたのが不思議な位だが、案の定何度も
はぐれたためにここへ来るまでに二週間かかったらしい。
それでも辿り着けば上等である。
そう思えるくらいに、俺はゾロの事を知り始めていた。

ゾロが着いた日の夕方からどうやら時化始めて、店にいた客は食事を早めに切り上げて自分の船に戻っていった。
ゾロは嵐など頓着せずゆっくり飯を食っているので、俺は余計なお世話かと思いながら聞いてみた。

「おい、お前の船は大丈夫なのかよ。嵐の時はどうしてんだ、お前」
「近くに島があればできるだけ島に上がるようにするし、そうでなきゃ風を捕まえて嵐を抜けるまで走らせちまう。
 どうしても無理なら帆布をボートにかぶせて中で寝てる」
「・・・よく今まで生きてたな、お前・・・」

確かに帆布をきっちりとボートにかぶせればそれは中に空気の入った樽と同じと言う原理になる。
だがつまりは操縦不能、あとは運を天に任せると言う事ではないか。
あまりにも無謀すぎる。
それでもこの男はそれでずっと生き延びてきたのだと思うとその運の強さは相当なものがありそうだ。

「・・・お前さえ良けりゃ、この嵐の間はここにいろよ。俺の部屋を貸してやる」
「いいのか?」
「いいぜ、これでも副料理長なんだぜ。俺専用の部屋があるんだ。狭いけどな。ベッドは貸さねェぞ。毛布持ってきて
 床で寝ろ」
「そんでもいい、ありがてェ」

そうしてゾロはその日俺の部屋に泊まっていく事になった。
嵐は激しく、ゾロのボートはバラティエに繋がれたまま葉っぱのように波にもまれていた。
それを俺の部屋の窓から眺めながら、意外にボートが安定しているのに俺は感心していた。
あれなら、少しくらいの嵐ならそれほど堪えないのかもしれない。

俺の部屋に入るとゾロは言った。

「小せェ部屋だな」
「狭いと言っただろ。嫌なら出てけ」
「別に文句を言ってるわけじゃねェ。広いよりこっちの方が居心地がいい」
「そんなら最初からそう言えばいいだろ。お前は言葉が足りねェんだよ」
「悪ィな。昔っからそう言われんだ」
「そんな感じだよなあ。お前、島で鷹の目だかの噂聞けたのかよ」
「ああ聞けた。やっぱりイーストにゃいねェらしい。グラインドラインにいるんだとよ。だがあのボートじゃさすがに
 入れないだろうな」
「・・・分かってるじゃねェか」
「当たり前だろ。だがたまにイーストにも現れると聞いた。俺ももう少し力をつけたいとこだし、鍛えながらどっかで
 会うのを待つか・・・」
「まあそれが妥当だろうけどな。お前強いかもしれねェけど、さすがに世界一ってのはまだまだなんじゃねェの。
 うちの料理長もかなり強いんだぜ。足が揃ってたらお前、勝てるかどうか分からねェぞ」
「あのジィさんか。確かにあのジィさんは強いだろうな。海賊でもやってたのか?」
「ああ、昔な」

俺ははゾロから視線をそらした。
余計な事まで言ってしまったが、ゼフ料理長の足の事を話すのはサンジにはまだ痛すぎる。
まして知り合ったばかりの男に話すには重過ぎる話だ。

俺が黙ったのを見たのか、ゾロのほうから話を逸らした。

「そういや、あの島には色町はねェんだな」
「色町?ああ、ねェな。あそこの島は島の人間が割りに固くできてるらしい。若い女の子は肌を見せちゃいけないとかで、
 夏でも長袖に長いスカートだぜ。もったいねェだろ」
「じゃあお前はどうしてるんだ?この船のコックの連中だって、そういうとこに行きてェ時はどうしてんだよ」
「さあな、あんまりそういう話はしたことがねェんだ。それとも連中だけでしてんのかな。昔っから連中、俺を子ども
 扱いしやがるから」
「そうか」
「何がおかしい」
「別におかしかねェよ。そんでお前はどうしてんだよ」
「俺は・・・別に。この船にもレディは来るしな」
「ここに連れ込んでヤってんのか?」
「ヤ・・・ってお前、相手は客だぜ!?」
「いや・・・だからどうしてるのかって話をしてるんじゃねェか」
「・・・どうもしてねェよ。話をして・・・そういう意味ならたまに隣の島まで香辛料の買出しに行く時にナンパするくらいかな」
「隣の島があんのか。そこは色町はあるのか?」
「あるんじゃねェのか?」
「行ったことは?」
「あるわけねェだろ」
「・・・」

ゾロが呆れたように俺を見るので、俺はいたたまれず言い訳をした。

「言っとくけどなあ、俺はまだ17なんだぜ。てめェみたいにあちこちの港でレディを買ったりとか、そういう事はしねェんだよ」
「俺も17だぜ。もうすぐ18だが」
「え、ええ?!嘘だろー!?」
「嘘ついてどうすんだよ。島を出たのが14の時だからな」
「・・・」

今度は俺が呆れる番だ。
というか、本当にこいつは腹が立つ野郎だ。
確かにそう変わらないだろうとは思っていたが、まさか同じ年とは。
俺と同じ年で、これだけ名を売って、港で女を買う男。
俺はムカムカしてきて、外が嵐でなきゃゾロを追い出すところなのにとまで思った。

「じゃあ仕方ねェな」

ゾロは言った。

「・・・何がだよ」
「じゃあお前は?お前はいくらだ」
「・・・は?」
「お前を一晩買うならいくらだって聞いてるんだよ」
「・・・・・・・・」

もう我慢する必要はないと思った。
外が嵐だろうが、寒くなってきていようが、俺を買おうと言う男と一緒に寝られようか。

俺はゾロを部屋の外に蹴り出した。
海に蹴りださなかっただけありがたいと思って欲しい。
さすがに猛嵐の海に放り出す気にはなれなかった。
俺は部屋にガチャンと鍵をかけ、腹立ち紛れにその辺のものを蹴り飛ばしながらベッドに飛び乗った。

全くひでェやつだろう?
俺が怒るのも無理ないと思ってくれるよな。

外からゾロが「おい!」と言いながらドアを叩いたが俺は開けてやらなかった。
しばらくすると静かになったから、あきらめて廊下で眠ったか、船に戻ったか。
どっちでも俺はもう構わないと思った。
頭にきて、こっちは眠れるどころではなかったからだ。

俺はムカムカを抱えたまま、布団に包まって一人ベッドで横になっていた。



あくる朝、嵐は通り過ぎていた。
バラティエも嵐の後は甲板の片付けや掃除があるからコックは仕込みの前に早起きして仕事を始めなければならない。
俺は明け方うとうとしただけで起きると、まだ昨日のムカムカが残っていたので部屋の前で寝ていると思われるゾロに
わざとドアがぶつかるようにバーンと勢いよく開けた。
が、そこにはゾロはいなかった。
そして見下ろすと、ゾロが乗ってきたボートも既になかった。
ゾロは行ってしまったのだ。

挨拶もなしか、と思ったが、まだ俺は怒っていたので朝あの野郎の顔を見たら殴りかかりそうで仕事にはならない。
口をきくのも腹立たしいと思っていたから都合がいいといえば都合がいい。

だが今までも何度か船乗りにゾロと同じような事を聞かれた事があり、その度に蹴りだしてはいたが、こんなに怒りが
残る事はなかった。
それは失望と言う要素も加わっていたから余計に頭にきたのかもしれない。
俺は、ゾロが羨ましかった。
男として他のものは何も省みず、だた夢だけを追って生きられるゾロが羨ましく、そしてその夢へと着実に近づいて
いっている事が悔しくもあり、眩しくもあったのだ。
だがゾロは所詮ただの男だった。
しかも親切にしてくれた相手に、「一晩いくらだ」と聞く無神経さ。
いくら名が売れた海賊狩りといえ、性格に多大な難ありでは先が思いやられる。
世界一になるつもりなら、人間的にももう少し成長が必要なんではないだろうか。

そんな最悪の別れ方だったが、またいつか、来る事があるだろうか。
来たらまた蹴り出してやろう、いやそれより、口のきき方について一晩でもじっくり説教してやった方がいいかもしれない。
俺はまあ、そんな偉そうな事を一人思いながらゾロが出て行ったと思われる海を眺めた。