「なんだ、野郎か」
引っ越しの挨拶だというのでドアを開けたら開口一番そう言われた。
明らかに学生、という雰囲気で、それでも服装はきっちりしている。
目を引く金髪に、綺麗な目。
「悪かったな」
見た目に押されつつ、それでもそれだけを返すと、金髪はとりあえずこれ、と持っていた和菓子を渡してきた。
挨拶もそこそこに、つまらなそうに去っていく。
去り際に、
「麗しいレディが良かったぜ」
と言い残して。
家賃の安いこのアパートは、学生が入居することが多い。
そんなゾロも、学生からの馴染みでここに住んでいて、会社に勤め始めてからもまだ居座っている。
もうかれこれ5年。
会社からは少し遠いが、引っ越しをするのが面倒なのだ。
新しく学生が入ってくる度に、年齢不詳の女大家にまだ出ていかないのか、と笑われる。
そんな大家に聞いた話だと、ゾロの隣に引っ越してきたあの失礼な金髪も学生らしい。
名前がサンジ、というところまで聞いたが、特に関わることもないだろうからすぐに忘れた。
しかしサンジという男が引っ越してきて2週間が経ったときである。
時間は未明頃、会社の残業帰りのゾロが自分の部屋に入ろうとすると、隣のドアに背中を預け、うなだれる金髪の姿が目に入った。
「何やってんだ」
思わず声をかけると、サンジは顔を上げる。
「なんだ、てめぇか」
「てめぇ、って、俺はお前より年上だ」
「は?」
「こんな鞄持って夜中に帰ってくる学生がいるかよ」
その言葉に、サンジはしばらく考えていたが、やがて納得したらしい。
「ご苦労なこって」
ポケットからタバコを取り出し火を点けようとするが、風が強くなかなかつかない。
サンジは舌打ちをすると、また下を向いた。
暦の上では秋といっても、夜中はもう寒い。
とりあえず、とゾロはドアを開けると、サンジに声をかけた。
「入れよ。何もねぇが」
「なんで野郎の家に…」
そうサンジは反論するが、
「こんなところで風邪なんか引かれたら気分悪いからな」
そう言うと、サンジはしぶしぶとゾロの部屋へと入っていった。
本当は放っておいても良かったのだが、なぜだか心に引っ掛かるものがあったのだ。
このまま無視をして、言葉の通り、本当に風邪を引かれても困る。
サンジの話を聞くと、どうやら飲み会の帰りに家の鍵を無くしたらしい。
携帯で連絡しようにも電池切れ。
公衆電話から大家に電話することも考えたが、夜中だからとやめたという。
曰く、
「レディに夜中電話するのは失礼」
だそうだ。
ゾロにはあの年齢不詳の女がレディと呼ぶに値するか気になるところだが、この男にはこの男なりのポリシーがあるらしい。
そんなこんなでうなだれているところに現れたのがゾロというわけである。
「本当に何もねぇな」
出会った時のような容赦ない口ぶりで、サンジはゾロの部屋を見渡す。
そう言われても当然だ。
ゾロは余計なものは揃えないため、リビングにあるのは雑魚寝するためのソファーベットと本棚ぐらいだ。
その本棚も学生のときに使っていて、そのままである。
サンジは靴を脱ぎ部屋に上がると、換気扇の下に移動してタバコを取り出す。
「吸っていいか?」
ああ、と軽く頷くと、良かった、と軽く笑う。
その笑顔を見ると、なんだかサンジが幼く見えて、ゾロは内心驚く。
話しかけずにいると、しばらくタバコを吸っているので、ゾロは冷蔵庫を開けビールを出した。
飲むか? と一応声をかけると、大丈夫だ、と返ってくる。
ゾロの方が年上なのにも関わらず、サンジは先ほどから敬語を使わないが、なぜだかそこまで気にならない。
今さら気にすることでもないだろう。
「今日はここ泊まっていっていいぞ」
あんなソファーで良ければ、と言葉を続ければ、サンジはタバコの煙を吐いてから、
「いや、悪いだろ」
と答える。
明日は日曜日。
ゾロは仕事が休みだし、鍵を無くした学生一人ぐらい泊めても支障はない。
それともこの寒い中、どこかに行くというのか。
そう説明すると、サンジは、
「まぁ…そりゃ、ありがたいけどよ…」
と少し困った様子でタバコの火を消す。
灰皿がないので、先ほどゾロが飲んでいたビールの空き缶を渡すと、そこに丁寧にタバコを入れる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
サンジはそう言うと、台所にある小さなテーブルの椅子に腰かけた。
ゾロもそれに倣い、向かい側に座る。
そこで初めて、お互いが挨拶をしていないことに気付く。
「挨拶がまだだったな。俺はロロノア・ゾロ。会社員だ」
「サンジ。大学2年」
7つも下か、と瞬時にゾロは計算する。
物怖じしない性格は、本来の性格か、それとも今流行りのゆとり教育のせいだろうか。
そんなことを考えながら、ゾロはサンジと取りとめのない会話をする。
話してみると、女が好きなだけであって、悪い奴ではないらしい。
「風呂、先に使っていいぞ」
話も落ち着いた頃、ゾロが声をかけると、サンジの目が途端に険しくなった。
「まさかそっちの趣味ねぇだろうな」
「男に性的な興味はない」
「なら良かったぜ」
サンジは小さく安堵のため息をついてから、
「体冷えてたんで助かる」
と言い残し、じゃあお先に、と風呂の中へと消えていく。
後ろ姿を改めて見ると、背が高い割に線が細い。
フラフラとおぼつかない足取りをしているので、風呂場で倒れないか少し心配になる。
声を掛けようと思ったが、誤解されるのもなんなので何も言わないでおいた。
あとでこっそり様子を窺えば大丈夫だろう。
そう思い、ゾロはソファーベッドに座ってテレビのリモコンをつけた。
「先、頂いたぞー」
サンジが体の芯から温まり、風呂から上がると、家の住居人であるゾロは、ソファーベッドに身を預け寝息を立てていた。
テレビは深夜にありがちなテレビショッピングを映している。
隣人とはいえ、ほぼ初めて会った他人を家に上げたのに、これではあまりにも不用心だ。
そう思い、ゾロを起こすことを考えるが、話を聞く限りこんな時間まで働いていた会社員だと言っていた。
明日は休みらしいし、疲れているのだろう。
サンジはそう結論付けると、近くにあった布団をゾロにかけ、勝手ながら備え付けのエアコンのスイッチをつけた。
自分はどう寝るか、と考え、結局台所の椅子にうつぶせになり眠ることにした。
少し寝辛かったが、この寒い中、外にいるよりはマシである。
意外と良い奴だよな、とゾロのことを結論付けてサンジは眠りに落ちた。
ゾロの目覚めは、久しぶりに嗅ぐ卵焼きの匂いから始まった。
台所に目をやると、そこに立つのは金髪の男。
一瞬誰だかわからなかったが、しばらくすると昨夜のことを思い出す。
いつの間にか掛かっている布団から抜け、台所へと向かう。
「お、意外と早く起きたじゃねぇか」
サンジはそう言いながら、小皿をテーブルに置く。
中身はきゅうりの漬物らしい。
「何もねぇ部屋だから期待はしてなかったが、思ったより冷蔵庫を充実してんだな。驚いたぜ」
ほらよ、と白米がゾロの前に出される。
温かなご飯をゾロが見るのは久しぶりのことだ。
これで完成、と皿に綺麗に形づくられた卵焼きを置く。
良い香りに、ゾロのお腹が思わず鳴る。
「まぁ…一宿の恩義ってことで」
サンジはそう言うとタバコに火をつける。
「これ、一人で作ったのか」
「他に誰が作れる」
これでも料理は得意だ、とサンジは自慢げに言った。
ゾロが人の作った料理を食べるのは久しぶりだ。
最初は恐る恐る箸を伸ばしていたが、そのうち何も気にならなくなる。
はっきり言ってかなり美味いからだ。
「味、どうだ?」
その様子を見ながら、サンジは笑いながら言う。
「美味い」
素直にそう答えると、
「まぁ、当然だな」
と少しばかり偉そうに返事がくる。
普通こんなことを言われたらカチンとくるところだろうが、なぜだかサンジの言い方には嫌な感じはしない。
ゾロは焼き魚をおかずに白米をかきこむ。
自分の家のものだけで、こんなに美味しい料理が作れるとは、ただただ驚くしかない。
あっという間に全ての料理を食べ終わると、食べる様子をずっと見ていたサンジに手を合わせる。
「ご馳走さん」
「美味かったなら何よりだ」
嬉しそうな笑顔でサンジは笑いかける。
それは最初に挨拶をもらったときには想像出来ないほどの変わりようだ。
「もう少ししたら俺から電話かけとくからな」
「悪りぃ、助かる」
一緒にいた時間はたった少しなのに、ゾロはサンジが昔の友達のような気がしてくる。
女大家が来て、サンジの部屋を開けたとき、そんなことを思った。
「また来いよ」
ゾロがそう声をかけると、サンジはまた笑った。
「野郎の家に通う趣味はねぇ」
でも、とサンジは続ける。
「たまに飲みに行くぐらいだったら、行ってもいいぜ」
じゃーな、とサンジは部屋のドアを閉める。
これからもこの隣人との関係が続いていくことが出来るようで、ゾロは思わず微笑む。
そういえば、とゾロは気付いた。
今日は11月11日、奇しくも自分の誕生日であった。
End
なんて生意気で素敵なお隣さん♪
これからこの二人がどんな風に近づいていくのか。
はたまた、ずっとつかず離れずの距離で、でも気になるお隣さんになるのか。
色々「この先」を妄想できて美味しいです。
ゾロにとってもちょっぴり幸せな誕生日をありがとうございますv