「相談したいことがあるの」
ナミに真剣な面持ちでそう切り出され、サンジは内心「チャンスだ」と色めき立った。

コンパで知り合った、2歳下の超美少女。
顔が可愛いのは言うに及ばず、スタイルがまたいい。
ボンキュッボンでメリハリのあるボディに、キュートな仕種。
一緒に来ていた友達曰く、頭もものすごくいいらしい。
確かに、勝気な瞳は知性に溢れて輝いて見えた。
まさに地上に舞い降りた女神。
サンジのハートがビビビと震えたのだって、もはや運命と言うより他はない。
ぜひぜひぜひとも、もっともっとお近付きになりたいな〜とあの手この手でアプローチしている最中だったから、ナミからの
呼び出しに一も二もなく駆け付けた。

「俺でよかったら、いくらでも相談に乗るよ」
サンジは浮き立つ心を抑えながら、努めて冷静さを装い答えた。
こうして二人きりで向かい合い、喫茶店で話をするだけでもたいした進歩だと言える。
もう、交際してるって言っちゃってもいいんじゃねえの俺たち。

浮かれたサンジとは裏腹に、ナミは沈痛な面持ちで口を開いた。
「実は・・・私、ストーカーされてるかもしれないの」
「・・・!」
驚いて声を出しかけ、いいや待てよと思い直す。
ナミさんはこんなにも美しくて賢くて可愛くてナイスバディなのだ。
ストカの一人や二人、三人や四人や500人くらいいたっておかしくはないはず。
なんせ、道を歩けばみんながみんな振り返る、超美少女なのだからして。

「それは、気味悪いね」
「そうなの」
サンジの同意に気をよくしたか、ナミはおずおずと顔を上げた。
いつもの勝気な瞳が、今は不安に揺れながらサンジを見つめる。
ああ、俺のハートはもう君の瞳に撃ち抜かれちまったよ。
「それで・・・こんなことサンジ君に頼むなんて厚かましいのかもしれないけど」
「そんなことないよ、なんでも言って!」
「うん、でも、サンジ君関係ないのに」
「関係なくなんかないよっ、少なくとも俺はナミさんのことは全力で守りたいと思ってるよ」
「・・・サンジ君」
ナミの瞳がうるりと潤んだ。
釣られてサンジまでウルウルきてしまう。
ああ、か弱い女性の眼差しってなんでこんなに透き通って綺麗なんだろう。

ナミはそれでも躊躇う素振りを見せて、綺麗にネイルが施された指でストローを弄った。
「サンジ君、とっても強いって聞いたから」
「・・・うん、まあ、ね」
サンジ自身、幼少時に親戚から空手を習って少しは腕に覚えがある。
それを笠に着て暴れるような真似はしなかったが、高校までは目立つ髪色のせいか何度か因縁をつけられ、その度穏便に
叩き伏せてきた。
今では空手云々よりも、我流で喧嘩が強くなっている。
チンピラの一人や二人、三人や四人や30人くらいならなんとかなるだろう。

「ああでもだめ、やっぱり迷惑掛けらんない」
「そんなことないってば」
サンジは焦れて、テーブルの上で握り締められたナミの手の甲を握りかけた。
一瞬早く手を引いて、ナミは思わせぶりに頬杖を着く。
「だって、あたしのためにサンジ君にもしものことがあったら・・・」
「大丈夫だって。ああもう、ナミさんはなんって優しい子なんだ」
伸ばしかけた手を顔の横で合わせ、サンジは目をハートにしてめろりんと身をくねらせた。
女性に夢中になるとつい飛び出てしまうクセだ。
お前、それさえなきゃ少しは見られるのにと、親友のウソップに度々注意を受けるがどうしても治らない。

「それで、俺は具体的にはなにをすればいいのかな。ストーカーの正体を突き止めてみようか?それともこ、こここ恋人の
 ふりをして、四六時中一緒にいて見張っててあげようか」
既に、自分自身がストカ的発言をしながら、サンジはテーブルに懐くようにしてナミの顔を覗き込んだ。
ナミはそんなサンジにはにかむような笑顔を見せ、指先で抓んだストローをクルクル回した。
「ううん、そこまでは必要ないの。ストーカーの正体もわかってるし」
「え、わかってんの?」
「ええ、でもそいつしつこいのよ」
それなら話は簡単だ、とサンジは胸を張った。
「わかった、俺がきっちり話を付けてきてあげるよ。なあに大丈夫、俺は紳士だから穏便にことを済ませられる」
「ほんと?」
ナミは顔の前でぽんと手を合わせ、拝むような仕種を見せた。
これがまた、なんとも可愛い。
「助かるわ、ありがとうサンジ君。やっぱりサンジ君にお願いしてよかった」
「任せといて」
サンジは鼻高々に頷いて、それで?と尋ねた。
「最悪最低なクソストーカー野郎は、どんな奴なんだ?」
ナミはオレンジジュースを音を立てずに飲み干すと、にっこり笑って携帯を取り出した。

「そいつの名前はロロノア・ゾロ。半年ほど前に一度、デートしただけの男よ」
そう言って示された画像の中に、目付きの悪い緑髪の男が写っていた。






「あんたがロロノア・ゾロか」
なるほど、目立つ緑頭だと繁々と眺めながら、サンジは戸口の前に立った。
運送会社の倉庫裏。
毎週火曜日はここでバイトしているからと、ナミに場所指定までされたお陰ですぐに目当てのストカ野郎に行き着いた。
山のように積み上げられた荷物を黙々と運ぶ男は、サンジの存在など丸無視して背中を向けたままだ。
「おい、ロロノア・ゾロ。聞こえねえのか」
ガン無視である。
「話がある」
「仕事中だ」
振り返らないで、声だけが返る。
なるほど正論だと、火の点いていない煙草を咥えたままいきなり途方に暮れていると、背後から人がサンジを追い越した。
「ロロノア、休憩だ」
「うっす」
ナイスタイミング。
タオルで汗を拭きながら、ストカ男が振り返る。
携帯の画像通り、目付きが悪い強面の男だ。
だがまあ、客観的に見てイケメンと言えなくもない。
背も高いしがっちりした身体つきで、先ほどから荷物を運ぶ動きも丁寧かつ静かでしなかやかだった。
一時の気の迷いとは言え、あのナミさんが一日デートしてしまった気持ちもわからないでもない。
それなりに、そこそこまあいい男だ。
俺には負けるけどな。

「なんの用だ」
イケメンストカ男、ゾロは休憩中にまでサンジを無視する気はなかったらしく、ペットボトルの茶を呷りながら倉庫裏に回った。
サンジも片手をポケットに突っ込んでついていく。
「話ってのは他でもねえ、ナミさんのことだ」
「なに?」
ぴくっと、足を止めてゾロが振り返った。
そうでなくとも物騒な目付きが、剣呑な光を帯びてぎらついている。
「てめえ、ナミのなんだ」
「うっせ、話してんのは俺だ」
煙草に火を点けて、サンジは顔を顰めながら横を向いた。
「ナミさんはなあ、てめえの存在が迷惑なんだとよ。たった一日、気まぐれでお付き合いしてくれたってえ、そりゃあ嬉しかった
 のはわかるぜ。お前の気持ちはよくわかる。だが、本人が嫌がってるもんをしつこく付きまとうなんざ、男としてどうかと思うぜ」
「・・・」
ゾロは答えない。
ただ、射殺さんばかりの目付きでサンジを睨み付けている。
生半可な人間じゃ竦み上がるような眼光だ。
それに臆さず、サンジはわざと軽く肩を竦めて見せた。

「困ったナミさんが俺に助けを求めてきたんだ。なあ、彼女のことだって考えてやれよ。可哀想に、あんなか弱い女性が
 怯えてんだよ、あんたの行動に。わかるだろ、それとも自覚ねえ?」
「てめえは、ナミのなんだ」
同じ質問を繰り返すゾロに、元々気が長い方ではないサンジが切れる。
「だから、話してんのは俺だって。いいか、もっぺんしか言わねえぞ。これ以上ナミさんに付きまとうのは止めろ」
「どういう関係があって、てめえがそういうことを言う」
サンジはちっと舌打ちして、煙草を足元に投げ捨て踏み潰した。
「どんだけ野暮な野郎だ。ナミさんが困って俺を頼ったんじゃねえか、わかるだ・・・」
皆まで言い終わらぬ内に、ふっと目の前が暗くなった。
反射的に顔を引いていてまともに食らうのは避けられたが、それでも鼻先に熱が走る。
咄嗟に顔に手を当てれば、指の間からぼたぼたと鼻血が落ちた。

「てめっ・・・」
俯いたサンジに間髪入れず、ゾロの足が襲い掛かった。
それを身体を捻って避け、ついでにゾロの太股目掛けて蹴った。
手応えはあったが、まるで硬いコンクリートでも蹴ったかのように弾かれる。
「ちっ」
ゾロも顔を顰めながら、すかさず殴り掛かってきた
一発、二発、三発目まではなんとか避けられたが、足払いを掛けられバランスを崩したところに横腹を殴られた。
倒れたついでにゾロの腰に抱き付き、そのまま膝で腹を打つ。
体勢が悪いせいで浅くしか入らない。

「このっ・・・クソ野郎!」
こうなったら我流の喧嘩だ。
倉庫裏から緩やかに続く斜面に向けて体重を掛けてぶつかり、二人、団子になって転がり落ちた。
その間にも、ゾロは距離を取ってはサンジの腹を殴り、サンジもまた足を振り上げてゾロの肩に踵を落とす。
転げた反動でゾロに乗り上げ、胸倉を掴んで引き上げた。
「話し合いもなしにいきなり殴り合いかよ、この野蛮人!」
腹の上に馬乗りになったのに、ゾロはそのまま腹筋だけで起き上がりサンジの体重などものともせずに掴み掛かってきた。
シャツを掴んだ手でギリギリと締め上げられ、俄かに目の前が赤く染まる。
「・・・く、んのっ」
太い腕に爪を立てたら、締め上げた片手だけ外してサンジの手首を掴んだ。
血が止まるんじゃないかと思えるほど強く、手首を握られる。

「手はっ、手は止めろ!」
必死の声に、ゾロは眉を寄せ力を緩める。
その隙を突いて両手で突き飛ばし、一旦地面を蹴ってからゾロの顔を蹴り飛ばした。
今度はまともに当たったようで、横っ飛びに倒れる。
さらに横腹でも踏みつけたかったが、どうにも頭がクラクラしてうまく立っていられない。

「いいか、金輪際ナミさんに近付くんじゃねえぞ」
「はあ?」
口端の血を拭いながら、ゾロが身体を起こした。
「未練たらしくストーカー行為なんざ、男の風上にもおけねえ。このクソ野郎」
「てめえこそ、ナミに近付くんじゃねえ!」
サンジの言葉などまるで聞いていないかのように、ゾロは険しい顔付きで吼えた。
「ナミに近付いたら、ぶっ殺す」
「上等だ、そんときゃ俺がてめえをぶっ殺してやる」
サンジは上着の下に手を差し込んで、脇腹を押さえながら怒鳴り返した。
と、背後から人の気配がする。

「ロロノアー、休憩終了―」
「・・・うっす」
顔の半分を腫らしながら、ゾロは何事もなかったかのようにサンジの脇を通り抜けて仕事へと戻っていった。
サンジもそんなゾロを振り返ることなく、運送会社を後にした。





しばらくはサクサクと歩いて、数件先の店の角を曲がって横道に逸れてからふらふらと壁に凭れた。
その場で崩れそうになるのを耐え、浅く息を吐いて顔を上げる。
「い、て〜〜〜〜〜」
脇腹がズキズキ痛んで、息をするのが辛い。
鼻血でシャツは汚れてしまったが、ぱっと見、顔に傷はない。
が、腹や背中にかなりのダメージを受けた。
ぶっちゃけ、アバラがやばいかもしれない。

「畜生め」
シャツの裾で乱暴に鼻血を拭い煙草を咥え、サンジはその場でゆっくりと一服した。











Triangle

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