■寸前■









窓から覗く空の青さが場違いに映った。
午後のラウンジ。
甲板からは、遊ぶ仲間たちの歓声が聞こえてくる。
おやつ時まではまだ時間がある、気だるい昼下がり。
女性陣は寛ぎ、男共は銘々の楽しみを見つけてガキ臭く走り回っているだろうこの時間に。
いつもなら寝くたれているはずのこいつがなんで、ここにいるんだろう。

後片付けが一段落したラウンジで。
青い水槽の中に、優雅に泳ぐ魚たちをバックに。
なんでか涼しい顔して人の前に立ち塞がってやがる。

右手には俺の左手を、左手には俺の右手が。
どういうわけか、お玉を握ったままでがっつり掴まれて壁に押し付けられている。





随分前からあれやこれやと、やたらとちょっかいかけてくるなとは思っていた。
こっちもタメ年の仲間なんて初めてだから、こんなもんかと一々喧嘩に応じて
じゃれ合う程度に付き合ってやってはいた。
実際、手加減なしでどつき合えるってのは楽しかったし。
本気でムカつくこともあったけど、一目置ける部分もあったし。
仲間としては結構頼もしく、しかも誇らしい気持ちもあったし。
だからこういう、喧嘩仲間兼ライバルって立ち位置は、一番都合がよかったんだ。
奴が踏み込んで来るまでは。


「なんの真似だ」
ギリギリと、射殺す勢いで睨み付ける。
だが至近距離で俺の視線を受け止めるゾロは、瞬きもしない。
右手は左手に、左手は右手に。
壁に押し付けられる格好で、ゾロが前を塞いでいる。
息が近く、視線がかち合って逸らす暇もない。

「遊びは止めだっつってんだよ」
低い声でそう囁いて、ゾロはにやりと笑った。
典型的な悪人面だ。
その顔で、その目つきで、口端だけ引き上げて笑ったら悪人以外の何者でも
ないんだよこの野郎。

「遊びってなんだ。これが悪ふざけなんだろが」
視線を逸らすと負けな気がして、俺は精一杯虚勢を張って睨み返す。
ゾロがさらに顔を近づけて、額をくっ付けやがった。
ひやりと、存外冷たい皮膚の感触に、他人が触れたのだと余計思い知らされた。
顔を逸らすと視線も逸れる気がして、動かすのが癪だ。
けれどゾロの顔が近過ぎる。

「ふざけてなんか、ねえよ」
嘘だ。
その口元、笑ってるじゃねえか。
壁にまで追い詰められて、両手を拘束されてる俺を見て、てめえは嗤ってるん
じゃねえのか。
ビビってるなんて勘違いしてるんじゃねえのか。

「遊びは終わりだっつったんだ。俺は本気だからな」
低めた声を、俺の耳に届くように息を吹きかけながらささやく。
ゾロの顔が近すぎて、両目を睨むには焦点が合わない。
片目にだけ照準を変えても、微妙に色の違う虹彩や案外濃い睫毛の動きに目を
奪われて睨むという行為が難しくなってきた。
ゾロの肌はつるんとして肌理が細かい。
適度に日に焼けて引き締まった肌、鋭利なラインの頬。
皮肉そうに笑うから、口の端には笑い皺が寄っている。

「本気、だ」
何か言うたび、ゾロの息が肌に掛かる。
頬に、鼻先に、唇に。
額をくっつけ、鼻先を擦り合わせて、ゾロの唇があと数ミリのところまで近付いてきた。

「なにが本気だ。ざけんじゃねえよ」
自分の息も、ゾロにかかっているだろう。
煙草と鶏出汁のスープと・・・ああ、さっきレモンティ飲んだっけか。

「とぼけんじゃねえよ」
ゾロの指が、壁に押し付けたら俺の指に絡められた。
掌の体温は、発火しそうなほどに熱い。
指の一本一本まで逃さないとでも言うように、きちんと重ねて抱き込むように押し当ててくる。

「てめえがだろ、悪ふざけなら・・・」
指の腹を撫でられて、俺はぴくりと顎を上げてしまった。
その動きに応じて、まるで逃げるようにゾロの唇も上がる。
ギリギリの距離。
吐息まで共有してる、ただ触れ合わないだけの数ミリ。


外からは変わらず、時折仲間たちの歓声が聞こえる。
穏やかな昼下がり。
いつなんどき、仲間たちが飛び込んでくるかもしれないラウンジで。

両手を握り締められていても、足はまったく触れられていない。
いつだって蹴り上げられる。
顔を背けて身を捩れば、ゾロの拘束から抜け出すのはたやすい。
でも、だからこそ―――

ゾロは黙ってじっと俺を見つめている。
その視線を受け止めるだけの余裕がなくて、俺はいつの間にか背後の水槽を眺めていた。
仲間たちの笑い声。
光満ち溢れるラウンジの外。
ゆったりと泳ぐ魚。
両手だけを押さえつけられて、時までも止まってしまったかのように動けない身体。

ほんの少し顔を上げたら。
いたずらに舌を伸ばしたなら。
深く息を吐いたなら。
触れてしまうだろう唇が、すぐ側にある。

近過ぎるキスまでの距離に、俺は余計動けないでいた。



お前が決めろ。
ゾロの目が、そう言っている。


END










「hana★Gallery」さんちの企画「KISS ME 50」に恐れ多くも参加させていただきましたーv
色んなキスのパターンがあるのです、それを選べるのです。
迷わず“寸前”を選んでしまいました!!だって、このギリギリ感とか大好きなんですものv
したらば、ハナコしゃんにこんな素敵なイラストを描いていただけたー!!
ありがとうございます(>▽<) 余裕のゾロ!この筋肉、この筋肉に阻まれたら、
サンジどこにも逃げ場はないよう!!(落ち着け)
怒りつつ困って追い詰められてるサンジの表情がもうもう、溜まらぬ!はあはあ(落ち着け)
ハナコしゃん!素敵企画をどうもありがとうございましたー!