「なんだこの物体は」



ゾロが指差した先には見慣れない物体―――跳ねた黒髪のまま、寝顔を無防備にさらけ 出した大男が
サンジが営む小料理屋のカウンター席で上半身ごとテーブル上に預けて鎮座 していた。

その青年の背中からは、体育会系ゾロに一生縁は無いだろう紳士の上品な香水が鼻につ き、眉間に深く
皴を寄せる。



「あぁ、先日そこら辺の道端で拾った犬だ」

「あァ拾ったァ?てか、この図体で犬扱いかよ。テメェ上品な香水をつけた妙な野良犬を拾っ たのかよ」

辛辣に比喩したゾロの言葉にサンジは「野良犬って…うん、まぁ当て嵌まってるな」と苦笑を 零して、
彼らには見向けず手元の伝票と仕入先表の確認を続ける。



「何者だコイツは」

見知らぬ物体に警戒心を解かないゾロに、謎解きを語るようにサンジはすらすらと言葉を紡 いだ。

「銀座高級クラブで働いてるホストでエースって云うそうだ。先日、そいつァ真冬の明け方に クソ酔っ払いで
 道端で寝込んでたんだよ。バカだろ?そんで起こしてやったら、そいつ盛大 に腹空かせてたんで、飯
 食わせてやったんだ」

「―――ホストだと?コイツがなんでまた朝っぱらから此処に居座りやがってンだよ」

自然低くなった己の声に、サンジは顔を上げて片手を振る。

「いンやコイツが職業柄、クソ不健康な食生活送ってるらしくてさ。出前やコンビニ弁当三昧 の日々だっ
 つうからさ、なら俺の好意って事で毎朝だけ仕事帰りのコイツに飯を食わせてや ってるだけだよ」



ホストに朝飯を?

「野良犬に飯ったぁ、お人好しにも程があるだろーが」

苦虫を噛み潰したような顔で未だ眠りこける当人の背中を睨みつける。だがサンジはチチチ と人差し指を振る。

「ところがなクソ野良犬にゃ役立ってる部分があるんだよ。容姿みりゃ判るだろうが、コイツァ 高級クラブで
 売上bPの地位を陣取るだけあって、社長さんとかに高級料理店とかに食事 同伴してって貰う事が多い
 んだってよ。だからめちゃ舌が肥えてんだよなー」

「それがどうした」

「あー味音痴のテメェには判んねぇ事かな。俺の店で出すメニューの繊細な味を彼に批評し て貰って色々
 参考にしてんだよ」

もっぱら旨い旨いの批評ばっかだけどな。

上品な香水をつけた妙な野良犬に朝飯を食わせてる事自体、さも問題はないと答えるサン ジに、ゾロは内心
面白くなかった。





サンジとは中学時代からの腐れ縁で、学生時代はどつき合いや掴み合い喧嘩も日常茶飯 事な程だったが、
妙な処で馬が合う仲でもあった。

高校卒業後、サンジは専門学校や実家の修業に、ゾロは宅配便会社に就職した。

そして時には仕事無い日に酒の付き合いでつるむようになり、バカ騒ぎもそれなりにやって きた。

そして数年後、セールスドライバーのゾロは偶然、サンジが個人起業した店舗がある配達 地域の集配宅配
担当を振り分けられた。

生鮮食品等の冷蔵・冷凍小荷物を配送する宅配便会社のサービス業務だが、ゾロは毎朝 サンジの店に
届ける仕事が実に楽しみでならなかった。



―――そう、ゾロは中学時代から、サンジに淡い想いを秘め続けていたのだった。





幼い頃に親友を亡くして以来、気持ちを表現する事が苦手な性分のゾロは荒れるまま周囲 の人間と衝突する
事が多かった故に、親しい友人と呼べる人は一人も居なかった。

そんな中で中学で出会ったサンジは心底から自分に真っ直ぐぶつけ合ってくれ、時に軌道 修正もしてくれる
希少な友人となり、ゾロの人生においては無くてはならない貴重な存在と なった。

その彼にいつの間にか友情とは違う恋愛感情を抱いた自分に気づくも、希少な友人である サンジとの友情を
壊したくなくて、想いを押し殺していた。

きっと生涯告げる事はないだろう想いを自然昇天させる術は難しく。

でも、傍でサンジの笑顔が見られるのなら―――自分はずっと清らかな友情を育む友人の ままでいいと。

中学卒業式の日、友との別れに涙ぐむサンジを見て、ゾロは心に堅く決めた。

生意気な弟分みたいに感情起伏は激しいけれど、誰にでも優しく手を差し伸べる心優しい サンジ。



サンジの幸せを守る為に、友の仮面を着けた騎士になろうと思ったのだ。









なのに、サンジの聖なる領域へいとも簡単に侵入し、あまつさえ飯を頂戴してる野良犬の 図々しさにゾロは
我慢ならなかった。



「もしかしてテメェ…コイツが客から友人に昇格したとでも云うんじゃねえだろうな」

「んん〜味批評までして貰ってるから、客…でもねぇし……そうなるかもな」

「お前、何も考えてねぇんだろ」

「何が?」

「コイツァホストだぞ」

「だから?ホストで何が問題あるのか?」

「あるに決まってんだろ!そんな得体知れねぇ輩を店に上げてっと、コイツ調子に乗って何 かしら問題起こし
 ちまうかもしれねぇ。そん時はコイツ責任取れんのかよ。コイツのせいでテ メェの店の評判を落としちまったら
 どうすんだよ?!」

お前の夢が詰まってる大事な店なんだろ。

自分とは違ってサンジの幅広い交友関係実態を深く追求はしないが、付き合う友人の職業 種形態を把握して
選別ぐらいはしやがれってんだ。

いくらホストとは味批評の友人程度の付き合いだろうが、万一何かが起きてからでは遅い のだ。

最悪、非常事態時パターンを一度は考えろと肩を怒らせて云うと、サンジはぷうと頬を膨ら ませてそっぽ向く。

「俺の交友関係にケチつける奴だとは思わなかった」

「ケチって…あのな!俺はテメェの店の事を思って――」

「コイツは品のいいクソ野良犬だ。害はねぇよ」

「……何の根拠があって、そう云い切れんだよ」

「飯をクソ旨そうに食う奴に、悪い奴は居ねぇよ」

「その認識はルフィとお前だけだッッ!!」

海に駆り出してるかつての高校時代の後輩の名を共に出し、ガァッッと唾出さん勢いで怒鳴 りつけると、あーあー
うるさいなーと両手で耳を塞いでサンジは調理シンクの奥に消える。

尚も文句言おうとするゾロに、彼は再びカウンター前に現れた。

「とにかく大丈夫っだっつーの!それ以上詮索しやがンと、テメェにはあげねぇぞ」

「何をだ」

眉間に皺を寄せたまま腕組むゾロの眼前に、何かが曲線を描いて放り投げられた。

運動神経のいいゾロはとっさにその物を掴むと、煙草のような四角い箱が感触で判った。

そして手元を見やれば、シンプルに包装された淡い花が可愛らしく揺れていた。

その箱からは微かにチョコの匂いがした。

「何だこりゃ」

「んん〜友チョコってぇの?今年は逆チョコってのが流行ってるらしいけどな」

「チョコって、…バレンタインの?」

ドキンと鼓動が激しく打った。



まさか自分の想いがサンジにバレたのではないだろうか?



「なんで俺に」

震えそうになる声を辛うじて抑えて疑問を向けると、サンジはじゃん!と籐かごを目前に持っ て来てみせた。

籐かごには同じような箱がいくつか収められていた。

「今日バレンタインだろ!今日だけの特別サービスって事で、デザートとは別にランチ客に 配るモンを用意したんだ」

「………」

「本当は逆チョコとしてレディ客だけに差し上げようと思ったけど、それじゃ不公平だろ?

だから野郎の分にも分けてやろうって。お優しいだろ、オーナーシェフの俺!」

「…客じゃねぇ俺にチョコくれンのか」

「あぁ?だから友チョコだろ?」



友達だからくれんのか。

サンジの、俺への揺るぎない信頼が形となって手元のチョコに収められている。

「そっか…」

「まーテメェにゃ宅配でお世話になってるし、日ごろの感謝を込めてって事で?」

にかっと笑うサンジの笑顔。

金髪が朝日に煌めく、サンジの笑顔が本当に眩しくて―――。

ついゾロは目を細める。



これだから、俺はサンジに想いは告げられねぇんだ。





「……ありがとな」

「どういたしまして。まだ配送荷物が残ってんだろ、配送ルート短縮して道に迷うんじゃねぇ ぞ」

「うるせぇよ」

「万年方向音痴ゾロが宅配便会社に就職出来ただけでも奇跡だってつうのに、まさか集配 宅配担当を任される
 ようになるなんて世も末だよなー」

「新世紀明けたばっかだろ」

「はいはい、ほれ伝票サインな」

つっけんどんに伝票サインと共にゾロの尻にはよ行けと足蹴りかますサンジに、ゾロはしか めっ面で伝票を
受け取ると、お返しに軽くチョップをサンジの頭に食らわす。

「いってェな!ホントにチョップに手加減しねェのな馬鹿力ゾロ!!」

キレるまま早くも喧嘩形勢に構えるサンジをほっといて、店の前に停めた配送トラックの方 へ駆け出す。

「道に迷っちまえ!バーカ!!」

店外に出たサンジの子供じみた罵声さえ、愛らしくてゾロは苦笑を洩らす。



トラックの助手席に置かれた箱からラッピング紙を早速取り外して、チョコを口に咥える。

チョコの芳醇な香りと軽やかな口どけが舌の中で踊る。ほのかにビターの苦みが効いた味 わいを堪能する。

こんな美味しいモノを作り出すサンジに気の利いた批評を上手く伝えられない自分がもどか しく思える。

突如出現した得体の知れない物体は気に掛かるのだが、ゾロはまろやかなチョコの味と共 にその彼の存在を
頭から掻き消した。



そうだ、これから先何が起ころうとも、友人の俺が全てからサンジを守ってやる。





お前の笑顔を守る為なら、俺は騎士だって何でもなってやるよ。









ゾロはそう呟くと配送トラックのギアを手早く入れ、二月にしては陽気な日差しが射す街並 の向こう道を駆け出した。

















―――だがその頃小料理店で、サンジはホスト野郎にも友チョコをくれてやった事を。

この時のゾロは知る由は無かった。



【終】2009.2.14








ピアンさん、自サイト2000hit自爆記念に頂いてしまいましたーv(どんな:笑)
リクエストのお誘いに、厚かましくも「エースが爆睡中に仲良く話すゾロサン」を
お願いした私に、快く描いてくださった上小説まで頂いてしまいました!
ピアンさん、ありがとうありがとう!
エーサン・ゾロサンサイトと仰いつつ、これが初のゾロサンだなんて・・・
もう、ピアンさんったらv
ゾロサンスキーとしては、これからも細々とゾロサン念波を飛ばしますので
どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m(深々)
嬉しいバレンタインプレゼント、ありがとうございました!





片想いに憂う騎士