2.





(マジでどういうつもりだろう)
六畳一間のボロアパートの我家に帰って、畳の上に寝転がる。今日、新しいバイトを決めてきた。
正確に言うと、誘われた。
普通、断るもんなんだろうけど。
そこで気づく。
(そうだよ、断るのが普通だよ)
断らなかったのは、下心があるからではあるが。
まぁ。なにか理由があるに違いないが、男女の区別はしたほうがいいと思う。
他人事ながら、そんなことを思う。
(普通、ホモって疑われるほうが嫌じゃねぇか?)
サンジと腕組んで歩くゾロを想像して…悶えた。
(どどどっどどうしよう。恋人同士ってあれか? 手を繋いだり、腰に手を回されたり行ってきますのキスしたり、お帰りなさいの
キスしたり。ラブラブイチャイチャするってことだろ?)
ヤバイ。好きだから余計に危ない。
ちょっと美味しい…じゃなくて。
(俺、バイトです。って、いう顔して流せるのかよ)
いや、むしろ。流してはいけないのか。
幸せそうにくっついているのが、恋人にみえる一番の方法だろう。そうなると。
(俺はその間、めいいっぱい楽しめばいいのか?)
あとできっと辛い。んなことわかってる。
でも、それでも目の前に差し出されたチャンスを手放すにはあまりにも惜しく、サンジは寝転んだままタバコを咥えて火をつけた。
「…でも、なんで俺なんだ?」
あの時は、そんなこと思いもしなかったが今になると不自然で。
そもそも、厨房の奥にいるサンジをしっかりと覚えていることもおかしかった。
でも…、覚えてくれたことは単純に嬉しかった。
「ま、明日になりゃわかるか」



明日から、ゾロの偽恋人のバイトが始まる――









「…ここか?」
閑静な住宅街。そこにどこにでもあるようなマンションにゾロの住まいはあった。
うちに来てくれというから、メモ帳片手にやってきたのはいいが。
(誰かに見せ付けるなら、外で会うもんじゃねぇのか)
素朴な疑問だ。まぁいい。ゾロの家の中がみれる。それだけでサンジンの機嫌は上昇する。
折角だからと昼飯どきでもあることだし、昼ごはんをつくってやろうと買い物袋を提げているあたりがいかにもだった。
別に狙ったわけじゃない。ただ普通にサンジはゾロにご飯を食べさせてやりたかった。
(三十代で独身か)
独身男性の部屋を訪れるのに、ドキドキしているのがなんとも気持ち悪い。そう、分析する。別に童貞でもなければ純情でもない。
自分の恋愛歴を考えても平均的ではあると普通に思うのだが、10歳ほど年上の男へ恋したことなんてない。
まして…こんなとこに一人で住んでいるような人に恋をしたこともなかった。
まだ見たことがない大人の世界が広がっているような気がして、緊張する。
少し緊張した面持ちで、玄関のドアの前に立った。呼び鈴を押すと、ゾロがドアを開けてくれた。
(うわ)
普段、Yシャツにネクタイしか知らない男のラフな格好にどきっ。と、した。
「入ってくれ」
「あ、ああ」
部屋に入る。部屋は意外なほどよく整頓されている。と、いうか物がなかった。物のない部屋に大きなベッドが妙に目立っていて、
そんなつもりなんてないのに、正視するのがなんだか恥しい。
誤魔化すように、視線をキッチンへとずらした。対面式のそこはすっきりしたもので。今はゾロがヤカン片手にそこにたっていた。
「コーヒーでも飲むか?」
「いや…なぁ。昼飯食ったのか?」
「いや、まだだ…」
「作ってやるから、そこをどけ」
ゾロを押しのけて、キッチンに買ってきた食材を広げた。簡単なものをつくる気で腕まくりをする。それをゾロは少し目をみはって
みてから、口元を綻ばせた。


「なに作ってくれるんだ?」
後ろからわき腹から手を差し入れて腹の前で手を組まれる。要するに後ろから抱きしめられた。
ふわっ。と、ゾロの匂いに包まれる。
(ちょっと待て、展開早いんですけど!)
恋人のフリのバイトだから当然なんだろうが。ここでやっても人の目はない。ここで真っ赤なっては駄目だ。サンジは過去何度かの
辛い経験を思い出した。そうやってやっと渋面を作る。
「おい…ここに俺たち以外いねぇだろ?」
「あぁ? 外だけで装ってたらたちまちボロがでるだろうが。こいうのは四六始終装ってるほうがいいんだよ」
そういうものか? と、思いつつも、一応は納得する。納得したフリをする。おとなしくなったサンジに気をよくしたのか、ゾロは
そのままべったりとくついたまま。耳元で囁く。
「なに作るんだ?」
わざとそうやってるのだろう。息遣いまでわかって、カッ。と、体が熱くなった。語化すようにてきぱきと準備をしながら、チャーハン。
と、ぶっきらぼうに答えた。
「大盛りな」
「太るぞ、中年」
「テメェ…そういうこと言っていいのかよ、今どういう状況かわかってんのか?」
声が低くなった。気にしてるのか、意外だ。
「事実だろ。テメェは俺より10も上なんだぜ? じゅうぶんオッサンだろうが」
「大人といえ、大人と」
「っ」
そういって、首筋をいきなり吸ってきた。思わず、ビクっ。となってしまう。ちょっと待て。だから展開が。
「…エロオヤジ」
わざと軽く言い返してやると、ゾロは声を出して笑いながらサンジを解放してくれた。
「美味いチャーハン待ってるぜ?」
そういうと、キッチンからでてソファに寝転んでしまった。
(もっとくっついていたいって言ったら、どうする?)
ゾロが離れて背中の温かみがなくなったことに寂しさを覚えながら、サンジは昼食作りを再開した。







昼食はリクエスト通り大盛りにしてやった。
ゾロは幸せそうにそれを平らげ、やっぱりあの時と同じ笑顔で美味かったと言ってくれた。
胸がキュウとする。
(やっぱ好き)
どんな人かもわからないのに。だが、それは言えない想い。
我ながら馬鹿ことしてるなと思いながらも、サンジは今の状況を楽しんでいた。
「なぁ…あんた普段飯は?」
「コンビニか外食だが…夜は酒がありゃ他は別にいらねぇな」
「はぁ? 最悪な食生活だな」
「おう。だから昼にがっつり食ってる」
それでか。納得が言ったところで後片付けを済ませ、最初にゾロが提案していたコーヒーを出してやる。
「おお、インスタントじゃねぇ」
「全部そろってんのにインスタントのみかよ」
勝手に独身男性の予想をもってコーヒーの粉を買ってきてよかったとサンジは思う。と、いっても自分自身自宅ではインスタントである。
因みに、サンジはどっちかという紅茶党だ。まぁそれはどうでもいい。
「やっぱ美味いな」
機嫌のよさそうな声でゾロは言う。
それからふと気づいたように立ち上がり、どこにいくのかと目で追って行くと、ゾロが無造作に財布を投げた。
「なんだ、これ」
「食費。そこからとってくれ」
なるほど。
「食費?」
「好きなだけ使っていい」
ゾロのなかではサンジが今後もご飯をつくることが決定らしい。異存はないからいいけれど。
「ふぅん、じゃぁ。遠慮なく」
一万円を抜いてポケットに突っ込んだ。脳内では今晩なににしようなんて思ってるからもう駄目だ。
(餌付けしてどうするよ)
バイトしにきてるのに。そう思いつつも、なにか楽しくて。
ゾロとそのあとまったりと互いのことを話した。恋人のフリをするといっても、サンジはゾロのことをよく知らない。ゾロだってそうだ。
知っているのはサンジがゾロの会社の厨房でバイトしていることと、サンジが貧乏そうに見えたということだけである。
「大学通ってんのかよ…おい学生。毎日お前、食堂にいねぇか?」
「もう四年だから週一しか学校はねぇよ」
「就活は?」
「あー…俺は就職しねぇから」
夢の話は、大人のゾロからみたらあまりに子どもじみていて、笑うかも。そう思って、サンジはそれ以上は、はぐらかす。
ゾロのほうもそうサンジの将来に興味はないのかそれ以上は突っ込んではこなかった。かわりに聞いた。
ゾロはあまり自分については語らなかった。ただ、いたって平凡に入社して平凡に生きている。と、そういうばかりで。
なぜ男のサンジを雇ったのか全然わからない。


(ま、それでもいいか)
世の中知らないほうがいいこともある。そう納得したところで、ゾロがちらっとサンジをみたと思うと、肩に手をかけた。
自分のほうに引き寄せて、唇を寄せてきた。
「なれねぇと、な?」
「だから、あんたエロっ…んっ」
ゾロの顔が間近にある。ああ、キスされてるなってことはわかったけれど。なんで?と思って、ああ慣れるのかと納得した頃には、
ゾロの舌が入り込んできていて。
(なんか…考えがまとまらねぇ…)
しつこいぐらいのキスに意識をさらわれて、いつのまにか押し倒されたことにも気づかぬまま、夢中でキスを交わす。
(すっげぇ気持ちい…ぁ)
そっとなにかが股間の上に触れてうっとりする。さわさわと触られて、体に震えが走った。
「感じやすいな」
低い声が耳に入り込んだとき、その息の熱さにうっとりする。
そんなサンジがおかしいのかゾロはひっそりと笑って、もう一度キスをしてきた。
今度も、腰にずっしりとくる濃い口付けだ。
(あ・・・もう駄目)
ふわふわとしたまま。サンジは薄っすらと目をあけた。
サンジの上にゾロはまたがるようにして覆いかぶさってきて。
それを認めながらも、サンジは目を閉じた。












偽恋人