なんだ、あんたも蹴られたクチかい。
笑うなって言ったって、そりゃ無理さ。
なんでだろうねぇ、アレに蹴り飛ばされた奴ほどアレを忘れられないようじゃないか。
本当に手のつけられないほど凶暴な淫売だったよ。
そういや、前にもあったね。
幾晩もアレのところに泊まり込んで、ずっとあの淫売を借り切ってた男がさ。
出航の朝、アレにドアから外に蹴り出されて。
ドアがんがん叩いて怒鳴ってたよ。
『出てこい!さっさと来やがれ!』ってさ。
アレをつれて行こうとしたんだろうね、海にさ。
まったく馬鹿だよ。
淫売には淫売なりの事情があるってもんだ。
それをわからないで、そんな残酷な事を言うなんてね。
知ったうえでなら、もっと馬鹿だ。

ああ?
あれがどこにも行ける筈がないのを、アンタ知らないのかい?
性根はともかく、あれだけの器量でこんな島にくすぶってるのを、アンタ、不思議には思わなかったのかい?
そうだろ?
思うだろ?
当たり前だよ、あの淫売は足枷つきだったのさ。
毎度お決まりの金。借金だよ。
ジイさんだか恩人だか知らないが、バカ高い薬買うためにずっと金を借り続けてたのさ。
そのジイさんが死ぬまでね。まあ、この島にあの二人が流れて来てからそのジイさんが死ぬまでなんて、
そんなに長い事かからなかったけどさ。

んん?
ああ、あのノースははめられたようなもんさ。
証文の写しが二重になってるだなんて、古い手にひっかかるなんざ。
別に言ってもかまわない事さ。このへんの誰もが知ってる事だ。
知ってたってどうしようもない事だけどね。

ひっかけた奴かい?
驚くだろ、なんとこの島の領主さね。いまはもう違う家の者が領主のかわりをしているから、ほんとなら先代の
領主、って言うんだろうね。
好き放題してた奴だよ。
みんな酷い目にあわされたよ。税なんて他の島の3倍は取られてた。
漁師以外の人間が船を持とうとしただけで、全財産を没収されるんだ。島から勝手に出ていかないようにね。
漁師は必ず家族のうちの一人を、そいつのトコに奉公に出さなきゃいけなかった。
奉公なんて言葉だけの、ていのいい人質さ。
見目の良い娘なんざそこで何をされてたのかなんて、わかりゃしないよ。
幼い子供に何をさせてたのかなんて、知りたくもない。
そんな腐った豚野郎さ。
それでも力はある。
逆らえなかったよ、あたしたちには。

今かい?
今はもうそいつはいないよ。
なんだろうねぇ。
つい半年ぐらい前に殺されたよ。物騒な話しさ。
強盗じゃないのかい?もっとも盗られたものはなかったそうだけどね。
まあ、あたしたちにゃ、誰がやったのかなんてどうでもいいこった。
あの屑野郎さえいなくなりゃ、この島もまともになるからね。
喜んだよ、みんな。










しつこいね、知らないって言ってるだろ。
墓なんてないよ。
淫売の死体なんてゲンの悪いもん、そのへんに置いておくわけないだろ。
ああまったくしつこい男だね。

何度も言うけど、アレは淫売だよ。
それも、えらくタチの悪い。
そんなのに男は弱いのかねぇ。
酒も煙草も男もキレ目がなかった。
アレが原因の揉め事なんざ、しょっちゅうだった。
死んじまってよかったんだよ。

ああ、何をそんなに怒る事があるかい。
本当の事だろ。
料理?
ああ、あんたもソレでほだされたクチかい。
馬鹿だね、それがアレの手なのさ。
腹が減ってる奴を見つけちゃ、メシを作って食わせてやって。
そうやって自分が助けた奴としばらく暮らすんだ。
おまんま食わせて、自分抱かせてやって。
その間は客だってとらない。まったく馬鹿だよ。
情だって?
淫売に情なんてあるもんかい。
とくにアレにはね。
ああ、ああ、わかってるよ。
あんたにゃ優しかったって言うんだろ。
だったらどうして捨てられたのか、言ってごらんよ。
言えないだろ。
飽きたんだよ、同じ男に。
そんなとこさ。

子供?
子供ってどこのだね。
ああ、それならあのドースとアイラとレイラの兄妹だ。
近づくなってあれほど言ったのに、あとで叱ってやらなきゃいけないようだ。
まったく最近の子供ときたら。
気まぐれに優しくしてくれたからって、アレは近づいていいようなもんじゃないんだってわからないんだからね。
それをあの子たちに教えてくれる母親がいないもんだから、あんなのになんぞ懐いちまう。
子供ら手懐けてどうしようってんだろうね、淫売のくせに。
ご飯?
あの淫売が作ったものを、あの子らが食べてたっていうのかい?
それは…知らなかったね。
母親は早くに死んじまって、ギャンブル狂いでアル中の父親が滅多に家に近寄らなくなっちまって、近所の者は
ちょくちょく顔を出してやるようにしてはいたんだがね。
…そうかい、あの淫売が。

何かの罪滅ぼしのつもりでもいたのかね。
何をしたって、アレの性根も罪も変わるわけでも消えるわけでもないのさね。

だからアンタももうアレの事は忘れな。
忘れたほうがいいよ。
あたしらだって、滅多にあの淫売の事は口にゃ出さないんだ。
先代の領主は死んだけど、その借金の証文はまだ残ってるんだ。
先代とべったりだった地回りのヤクザものどもがそれを握ってるんだ。
そこまではさすがに今の領主だって手を出せない。








エレーン