曇 天



  こんなふうに、間近から モロに負のオーラを浴びせられると 息が詰まる。
  でも、別にそれが、嫌なわけではない。
  こんなに傷だらけになって、血まみれになって。
  隣にいる俺に弱さを隠そうともせず、仰向けに地べたに寝っ転がって 曇った空を睨み付けるおまえに対して、
  全然 嫌悪の情なんか感じねェ。
  むしろ、いいんじゃねェの、とか思う。


  みんなの前じゃ、スカしたツラしてばっかりいるコイツが。
  俺の前でだけ、悔しさオーラ全開で 弱さ曝け出してるってのは、
  俺にとっちゃ ちょっと優越感だったりするわけだ。





  胸ポケットから煙草を取り出し、カチリと火をつけて ふう、と吸い込む。
  ゆっくりと、煙を吐き出せば。
  白い帯が ふわりと浮いて、雲に覆われた暗い空に ゆらゆらと吸い込まれていく。




  「…ケムい」





  ぼそ、と呟く低い声に、クク、と喉を鳴らして笑う。
  なんだ、元気じゃねェか、クソ腹巻。
  悪態つけるだなんざ、予想外だ。





  「良かったじゃねェか。ああ 俺って生きてるんだな〜って、実感できるだろ」
  「…アホか。テメエは どうして、いつもいつも」
  「あ?」
  「ちったあ、反省してんのか?」
  「は?」
  「コロッとオンナに騙されて、人質にされて。その時点で既に、テメエの勝算はゼロだろが」
  「まァ、そうだな」
  「なのに、テメエは。俺の居場所を、なんでアイツらに言わなかった?」
  「あれ?おまえ、俺が仲間を売るようなヤツだとか思ってたわけ?」
  「そうじゃねェ!そうじゃねェけど、テメエ、オレが間に合わなければ殺されてたかもしれねェんだぞ!?」
  「間に合ったじゃん」
  「結果論だろが…」




  はあ、と大袈裟にため息をついて。
  ゾロが再び、重く雲の垂れ込めた空に目をやる。
  今、コイツの胸の中に去来している感情が どんなものなのか。
  目に見えるようで、クスリと口端だけで笑う。





  「…テメエ。なに、笑ってんだ」
  「別に」
  「言っとくけどな。テメエは今、笑ってられる様な状況じゃなかったかもしれねェんだぞ?」
  「全然 笑ってられてんじゃん」
  「だから、結果論だろが」





  イラッとしたように、そう言って。
  もういい、と吐き捨てながら、ゴロリ、と俺に背を向ける。
  その、無駄に綺麗な背中を見つめて。
  今度は唇だけで そっと笑って、短くなった煙草を ぴん、と指先で弾く。






  おまえは、今。
  ドジを踏んで敵に捕らわれた俺を、わざわざ助けに来た自分の甘さに辟易しているんだろう。
  他のメンツなら いざ知らず、仲も悪ィ、しかも それなりに強ィはずの、俺のことなんざ。
  『世界一になる』っつう、大事な夢を抱えた自らの身を、危険に晒してまで助ける必要なんてなかったのに。
  それでも俺を放っておけなかった自分の『決断』を、苦々しく思っているんだろう。



  ――…そう。
  放っておきゃいいんだ、俺のことなんか。
  おまえが目指しているはずの、『強さ』のみを目指すなら。
  よく晴れて澄み渡った青空か、土砂降りの荒れ狂った雨空か。
  おまえが歩んで行きたいのは、本当は そんな空へと繋がる道だろう?
  こんな曖昧な曇り空なんざ、おまえは望んじゃいねェハズだ。





  でもな、ゾロ、知ってるか。
  おまえが『弱さ』だと信じる、曖昧で、所在のよくわからねェモンたちは。
  おまえの心の根っこを形成する、すっげェ大事なモンなんだ、ってこと。





  傷なんて、ひとつも負っちゃいねェ。
  白いジジシャツを染めた紅は、すべてが敵の返り血だ。
  そんな、化け物じみた、圧倒的な『強さ』を誇る おまえが。
  俺を見捨てられない自分の『甘さ』を前にして、敗北感に唇を噛み締めるっていうんなら。







  「なあ、クソ腹巻」
  「…んだよ」
  「ひと雨、来そうだな」
  「…そうだな」
  「俺さあ。こんな感じの曇り空、なんか好きなんだわ」
  「へえ」
  「だから。俺は これからも、テメエを振り回してやっからな」
  「、は?」






  思わず、というように 振り向いて。
  金色の瞳を丸くして見上げてくる そのカオに ニヤリ、と笑い掛けてやる。
  





  「せいぜい、覚悟しやがれ」
  





  『甘さ』、『優しさ』、『弱さ』。
  そんな、曖昧な感情たちを。
  取り混ぜて真剣に葛藤する、どこまでも真っ直ぐで、アホな おまえが。
  灼熱の日差しの下を、ただ ひたすらに前へと向かって、歩き続ける道すがら。
  やわらかな、日影を見つけて。
  ちょっぴり ひと息、つけるように。





  「フザけんな、不思議眉毛!テメエ、俺に何の恨みがあって!」
  「はあ?恨みなんざねェよ、人聞き悪ィ」
  「じゃあ、何の嫌がらせだ!」
  「嫌がらせ?」





  がば、と 身を起こし、胡坐を掻いて怒鳴るカオに、プッ、と笑って。
  ヒラリと立ち上がってスーツの裾を叩くと、ヒョイ、と振り向いて笑ってみせる。





  「バカだなァ、テメエは。愛情だろ」
  「はあ!?どこが!」
  「だから俺は、つまり こんな曇り空が好きだ、ってこった」
  「…、…意味わかんねェ…」





  ボソ、と呟く声を背中で聞きながら、クク、と笑って歩き出す。
  新しい煙草を口に咥えて、カチ、と火をつけて 吸い込めば。
  唇から零れた白い煙が、鉛色の空へと向かって棚引いた。
  




  end

  (2013/03/23)


    ****


  このお話、すっごい好き〜vと叫んだら、いただいちゃいましたー!(>▽<)
  すすす、すんませんほんとにもう厚かましいったら。
  でも嬉しい、ありがとうございます。
  まだデキてない二人の、通じ合っていない心と距離がなんともくすぐったくも愛おしいです。
  サンジはわかってる感があるんですけどね、ゾロはまだまだこれからだ。
  懐かしい19の頃の、けれどとても新鮮なゾロサン話をありがとうございます!