緑の蔦に覆われた壁。深いが少し甘い茶色の扉。
 扉のガラスから覗けば、宝石店のようなショーケースと、造り付けの棚にたくさんの小瓶。
 ゾロがその店の前に立つのは、7年ぶりで、2度目だ。


*


 500円玉を握りしめておやつを買いに出かけたゾロは、困っていた。いつもの駄菓子屋がない。
 引っ越したのか潰れてしまったのか、行けども行けども見つからなくて、気が付いたらまったく見覚えのない場所だった。
 10才の割に落ち着いていると言われるゾロだが、ひとりで見知らぬ街にいるのは不安だ。しかも、今日はいつもより大金を持っているのだ。
 どうしたものかと悩んでいると、キィ、と小さな音がして、目の前の扉が開いた。

「……小さなお客様かな?」

 茶色の扉から現れたのは、金髪の男だった。青い瞳が片目だけ見えていて、その目の上でかたつむりでも飼っているように眉毛がぐるりと巻いている。優しくてくすぐったくなるような声だ。
「宝石屋で買うものなんて、ねェ」
 男が開いた扉の奥に見えるガラスのケースを見て、ゾロは言った。ゾロのひとつ上の姉はまだ小学生だし、母はただの輪っかのような指輪をひとつ左手につけているだけで、他に飾りをつけているところは見たことがない。そうでなくとも、500円で宝石が買えるとは、ゾロだって思わない。
 ゾロの言葉に気を悪くした風でもなく、男はふわりと笑った。何だか綺麗で、ゾロはちょっと見惚れてしまった。
「ここには宝石は置いてないよ。チョコレートを売ってるんだ」
「チョコレート?」
 いつもの店ではないけれど、菓子が買えるならいいかもしれない。男が扉を手で押さえて誘うようにするので、ゾロは吸い込まれるように店の中に入った。

 ガラスのケースには、小粒の綺麗なチョコレートが並んでいた。ゾロの目には、それはやっぱり宝石のように見えた。
「クソ美味ェぞ」
 扉を閉めると、他に客がいないからか、男は丁寧だった口調をがらりと変えた。ゾロはびっくりして男を見たが、男はにこにこしているだけだった。
「値段が書いてねェ」
「ああ、どれでもひとつ200円だ」
 ゾロはがっかりして、握りしめていた手のひらを開いた。ゾロの手の中には500円ある。だが、使えないのだ。
「おれの小遣い、100円なんだ」
 今日は母親がうっかりしていて、100円玉がなかった。それで500円を持たされて、「お釣り、落とさないようにね」と言われたのだった。勝手に100円より多く使うと叱られる。いつもの駄菓子屋なら100円でもけっこう満足のいく量のおやつが買えるのに、このチョコレート屋だと一粒のチョコも買えないなんて。
「──そうか」
 男が呟くと同時に、ゾロの腹がぐううと鳴った。ささやかだが、ふたりしかいない店内では確実に聞こえる音だ。男は一瞬目を丸くして、それからぷっと噴き出した。
「笑うなよ!けっこう歩いたから、腹減ったんだよ」
 赤くなるゾロに、男は家の場所を訊いた。イーストブルー小学校のすぐ近くだと言うと、「えらく遠くから来たんだなァ」と呆れた。おやつを買いに行くところで、駄菓子屋は家の近くにあって、でもなくて、歩いていたらいつのまにかここの前にいて、とゾロはえらく丁寧に説明した。なんだか、目の前の男に知って欲しかった、ような気がする。いろいろ。
 男はゾロを店の奥に連れて行ってくれた。どうやらチョコレートを作る場所のようだ。
「これ、試しに作ってみたんだ。もしかしたらすっげェ不味いかもしれねェが、味見してくれるか?」
 見せられたチョコレートはケースの中の商品に劣らず、細かい模様が付いていて、つやつやと綺麗だ。ゾロはごくりと唾を飲んで、頷いた。
 ゾロが手を出すと、男はゾロの手ではなく口元に、チョコレートを差し出した。一瞬ためらった後、ゾロはぱかりと口を開いた。
 舌に乗せられたチョコレートが、熱い口内でじわりと融ける。ねっとりと舌に絡みつくのが直接見えるわけもないのに、男がじっとゾロの口元を捉えているから顔が熱くなった。
「うま……すっげェ美味い」
 いつも食べているチョコレートと何がどう違うのかはゾロにはわからなかったが、王様とか社長とかが食べるチョコレートのような気がした。
「お前、いい舌してるな。こっちも食べてみてくれよ」
 男はそう言って、全部で3つのチョコレートをゾロに食べさせてくれた。


 それから男は店を閉めて、ゾロを家まで送ってくれた。
 店はひとりでやっていて、名前はサンジ、職業はショコラティエ。店を出す前にベルギーとフランスに修行に行っていたという。ゾロもいつか剣道の修行に出たいと思っているから、修行から帰ってきたというだけですげェヤツだと思った。目の上にあるのはかたつむりかと訊いたら、その時だけちょっと怒った。眉毛は天然ものらしい。
 随分遠くまで行っていた気がして、家の前まで来るとゾロは心底ほっとした。だが「じゃあな」とサンジが言うと、喉の奥がきゅっとして息苦しい感じがした。
 きっと顔に出ていたのだろう、サンジは困ったように笑って、ゾロの頬に両手をぴたりと当て、今度は「またな」と言って、帰っていった。


*


 茶色の扉が開き、金髪の男が現れる。男は目を瞠って、それから7年前と同じようにゾロを店内に導いた。
「小遣い足りるか?どれも200円だぞ」
 あの時サンジは、ゾロが食べたのは試作品だからと1円も受け取らなかった。けれど、その代わりにゾロは心の中のごくやわらかい部分をごっそり取られてしまった。
 ゾロは7年前されたように、サンジの頬に両手を当てた。

「じゃあ、これください」
「──お包みしましょうか」
「このままで」


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100000HIT記念で、太っ腹にもDLFになっていたのでいただいてきちゃいました!!
あみちゃんちの、このふわりとした空気とか雰囲気とか、ちょっぴりビターな隠し味とかに毎回脱帽しています。
いやー萌えるわこの年の差v
10万打、おめでとうございます!







Ouvre-moi ta porte