囚 わ れ 人  -1-

その残酷な手に―――――

最後に縋りつくのは、いつだって俺の方だ。
















窓のない格納庫の暗闇に、湿った音が響いた。
時折混じる苦しげな息遣いが一層卑猥で、ゾロの興奮を掻き立てる。

「てめ、しつけー…」
サンジは床に額を擦りつけて、爪を立てた。
遠くから甲板ではしゃぐルフィ達の声が聞こえる。
真っ昼間、よく晴れた空から陽光が照り付ける昼下がりに、サンジはゾロに犯されている。



「早く…しねーと、おかわり・・・」
「わあったよ、そうがっつくな」
散々指を突き入れて解した箇所に、怒張したそれを押し込む。
サンジは息を吐いて力を抜いた。
何度しても慣れない挿入時の痛みを少しでも和らげる為に身構えて腰を突き出す。
ずぶりと減り込む感触に、肌が粟立った。
スーツの裾を噛んで声を抑える。

「相変わらず、きっちいな」
ゾロは手を伸ばして床に落ちたタオルを拾うと、サンジの股間にあてた。
「おら、ちゃんと押さえてろよ。汚すとてめえがうるせえんだ」
もう先走りの汁を溢れさせているそこを震える手で押さえる。
中途半端にズボンと下着だけずらされて、腰を高く突き出した格好で容赦なく突かれた。
肌を打つ律動にあわせて、粘着質な水音と衣擦れが響いて余計に息を詰める。



甲板から歓声が聞こえた。
その度身が竦んで、ゾロが動きにくそうに舌打ちする。
「力、抜けっ・・・すぐイく」
乱れたスーツの裾から手が差し込まれて、乱暴に乳首を抓られた。
思わず声を出して抑えていた自分の掌にも噛み付いた。
一層深く抉られて大きく身体を震わせながら、タオルの中に精を放つ。
少し上擦った息を上げてゾロが勢いよく己を引き抜くと、剥き出しの尻に白濁の液をぶちまけた。

「…は、は…はあ…」
とろりと流れ落ちる感触に震えながら、サンジはそっと腰を傾けた。
「なんてとこに、出しやがる…汚れたらどうすんだっ…」
「床に出すと染みになるっつうだろが、タオルもう1枚いったな」
荒く息をつきながら、ゾロが軽口を叩いた。
サンジの股間からタオルを奪い取って適当に拭き、自分だけ身支度を整えて立ち上がる。
とっとと立ち去ろうとするゾロの背中に、悪態をついた。
「ったく、スーツが皺だらけになったじゃねえか。この痴漢野郎」
「服脱がせてる暇はねえだろ。急げっつったのはてめえだ」

扉が開いた途端、強烈な陽光が差し込んで一瞬目が眩んだ。
遮る間もなく扉は閉じられ、再び暗闇となる。
視界が赤く染まった残像に目を瞬かせて、サンジはゆっくりと身支度を始めた。










恐らく―――――
出会った瞬間から、サンジはゾロに囚われた。

いわゆる一目惚れなんて言葉では片付かないくらい、強烈な衝動。
恋愛の対象はあくまで女性だけれど、ゾロに対するそれはもっと生々しい肉の感情だ。
それも多分、最初から。

何もかもが正反対で絶対にそりの合わない間柄なのに、サンジはゾロから目が離せない。
その一挙手一投足に気が散って、だから余計に喧嘩を売りたくなる。
好きな子にちょっかいだして嫌われるガキか俺は。
何度自問して改めようと思ったか知れない。
だが感情は正論なんて受け入れないものだ。
どうしたってゾロが気になる。

傍を通り過ぎるだけで匂いを感じる。
話しかけられれば胸がざわめき、喧嘩をすれば興奮する。
共に戦う時はまさに至福だ。
無駄に汗をかいて鍛錬する背中を見つめては、耳から心臓が飛び出しそうな音をたてているのは、
どう冷静に考えたって恋する乙女のそれだろう。
そう多分、サンジはゾロに惹かれている。
SEXしたいと思うほど。

野郎ばかりの船で育ってきたとはいえ、それなりに健全に育ったつもりだ。
何かと声を掛けられることはあったが悉く袖にしてきた。
というか蹴り倒してきた。
故に男との経験もないし願望もないはずだったのに、ゾロを目の前にしてから宗旨換えしたのかお前、と
セルフ突っ込みしたくなるほど如実に身体の方が反応する。
ゾロに触れられると心拍数が上がる。
例えそれが、喧嘩の最中に襟首捕まれた時だろうと逃げる最中に踏み台にされた時だろうと、ときめくものは
仕方がない。
だが、サンジはその感情をゾロに伝える気はなかった。
とんでもない。
野郎に、しかもゾロ相手に弱みなど見せられるものか。
この思いは墓場まで持っていって、冥土の土産に死ぬ間際にでも告って驚かせてやろう。
そんなドリームを抱きながら、日々暮らして行くはずだった。

ゾロが手を出してくるまでは。












きっちりと首元までネクタイを絞めて、格納庫の扉を開け放した。
真っ直ぐキッチンに向かいお代わり用の皿を持って甲板に向かう。
先に席に着いたゾロは、皆に混じってちゃっかり皿を空にしていて「おかわり〜v」とうるさいルフィを
小突いている。
さっきまで格納庫で乳繰り合っていたと言うのに。




ゾロが自分の足を切り落とそうとしたと聞いたとき、血の気が引いた。
実際卒倒しそうになった。
足はサンジの禁忌だ。
のみならず、自らそれを捨てようとしたゾロに猛烈に腹が立った。
自制が効かなくなるほどに。
自分でも支離滅裂だったと思う。
ゾロにすれば単なる言い掛かりだったと思う。
けれどサンジは激しくゾロを責めて、それでも傷に触るから手は出さないで…
結果、逆に組み敷かれてやられてしまった。

どこをどう転んでそんな成り行きになったのか、実際のところ覚えていない。
したたかに酔っていたのもまた事実だから、その辺の事情を今更ゾロに聞ける訳もなく、それからなんとなく
続いている。
一度やったら、なし崩しにやられ放題ってのが実情だろう。
ゾロに触れられるのは実に気持ちよくて、受け身の肉体的負担も苦にはならなかった。
元々苦痛には強いタイプらしいし何より気持ちが入っている分、相手がゾロだってだけで精神的な喜びの方が
何にも勝っている。
だから、求められれば断れない。
もちろん気軽に受け入れるそぶりは見せないが、何かと悪態をついて抵抗して見せても、結局最後は
受け入れるのだ。

ゾロに求められて、自分の中で果てられれば心は満たされる。
例え何も言葉はなくても、用が済めば自分だけ身支度を整えてさっさとその場を立ち去られても、
サンジはそれだけで満足してしまった。
熱っぽく見つめてくる瞳が、無骨な手が、獰猛な高ぶりが、自分だけに注がれていることに安堵しているのだ。

ゾロはそんなサンジをどう思っているのかさっぱりわからない。
多分、手近な処理相手ができたぐらいにしか、思っていないだろう。
肉欲を満たされるだけでサンジは満足している。
ゾロの心まで欲しいなんて、そんな贅沢は望まないつもりだ。

けれど――――
どうしても心の隅がちくちく痛む。


そしてその痛みは、日増しに酷くなっていくのだ。















サンジは手の甲に貼った絆創膏をそっと剥がした。
噛み痕は、もうそれとは判別できないほど薄くなっている。
誰が噛んだものでも、自分で噛んだものでも不自然極まりない傷。

こうして隠さなければならない傷が、幾つも増えていく気がする。





「じゃあ俺、見張り台に戻るよ。ご馳走様」
チョッパーがシンクに皿を置いて出て行った。
入れ替わりみたいにゾロが入ってきて、サンジはわずかに眉を顰める。
まるでタイミングを図っていたようで、そう詮索する自分が自意識過剰な気もして落ち着かない。

「なんだ、クソマリモも腹減ったのか?それとも酒か?」
「ああ、酒でいい」
「なんだそれ」
酒でいいだなんて、贅沢にも程がある。
大体この酒はこの俺が遣り繰りしてなんとか溜めたへそくりの中から…とかなんとか言い募っていたら
ゾロの手が腰に回ってきた。

「…おい」
咎めるつもりで睨みつけたが、ゾロの口元は笑っている。
エプロンとシャツの間にでかい手が滑り込んで、布越しにぐりと乳首を押してきた。
思わず痛えと呟いて、その腕を止める。
「…急に触んな」
「小っせえな。どこだかわかんねえや」
ゾロは悪びれず、背中から抱くようにして腕を廻した。
開いた襟元から手を差し込んで無骨に撫でる。
「このバカ!まだ皆起きてんだぞ」
ルフィは男部屋で寝てるだろうがウソップは風呂にいるはずだ。
ナミやロビンも女部屋からいつ出てくるか分からない。

「そうだな。まだ宵の口だな」
世間話みたいに相槌だけ打って、それでもゾロは悪戯する手を止めなかった。
硬くて節くれた指が容赦なく小さな突起を弄繰り回す。
最初はふにゃふにゃと心もとなかった乳首はその刺激に応えるように固く尖って、より弄りやすいように
形を変えた。

「お、いい感じになってきた」
ゾロは面白がっている。
それがわかるから、サンジは余計腹が立った。
「てめえ、人の身体で遊ぶなよ。いつでも好きなようにできるって、思い上がんじゃねえっ」
「いつでもできっだろうが。ちょっと触りゃあすぐに勃つしよ」
きゅっと強めに抓られた。
気持ちいいよりも痛くて、ゾロの腕に噛り付いた。
「痛え…って、この馬鹿力!」
「おう、悪い…ここは優しくだな」
ボタンをぷちぷちと外してエプロンの横から乳首だけ出して舐める。
とんでもない状態にサンジは恥ずかしさのあまり立ち眩みを覚えた。

ふらつく身体をイスに座らせて、ゾロは散々サンジの乳首を弄り倒した。
終いにはシャツが中途半端に脱がされて肩が剥き出しのまま、背もたれに仰け反る形で喘がされた。
それでも下半身には触れてこない。
どうにも我慢ができなくて、サンジはゾロの髪を掴んで耳を引っ張った。
「いい加減にしろよ、てめえ…ち、乳首ばっかり、触りやがって…」
引っこ抜く決意で掴んでいるのに、顔も顰めないでゾロは唾液で濡れた唇で笑った。
「んじゃ、どうして欲しいんだ。俺は今てめえの乳首が触りてえんだ。てめえは、どうして欲しいんだよ」
意地の悪い言葉に顔を歪めて黙ってしまう。
そんなことを、自分の口から言えるわけがない。
ゾロはサンジの上に跨って、下半身を押し付けた。
押し返す感覚に思わず声が漏れる。

「なんか、とんでもねーことになってんな。なあ、乳首だけでもイけんのか」
馬鹿にしている。
人を玩具にして遊んでいる。
心底腹が立つが、もうどうにも身動きすら取れない状態だ。
「い、イけるか阿呆!そんなもんでイってたまるか!」
「わかんねえぞ。イくまで試すか」
口元は笑っているのに瞳は妙に真剣で、そんなゾロが恐ろしいと思う。
こいつならやりかねないと、本気で怯えた。

「…冗談じゃねえ。責任取れ、コラ」
最大限気勢を張って、ゾロの頬を抱きこんだ。
自分から口付けて、無言で強請る。
仕方ねえなと大げさな声を出して、ゾロはサンジを抱え上げた。










ずるりと、抜き去られる感触が惜しくて、追い縋るように腰を上げた。
背後で笑った気配がして、羞恥に顔を歪める。
どうせこの暗さなら何も見えない。
乱暴に揺すられて、床に擦り付けられた皮膚がひりひり痛んだ。
なんとか身体を起こして撫で擦っている間に、ゾロは手早く身支度を整えたようだ。
格納庫の扉を開けようとするから、サンジは思わず短く叫んだ。

「待て!」
いつにない声の調子に、ゾロが不審気に振り向くのがわかる。
「あのよ・・・話があんだ」
裸で座ったままゾロを見上げる。
暗くて表情は見えないが、こちらを向いて次の言葉を待っているのは分かった。

「もう、終わりにしねえ。こういうの」
「はあ?」
ゾロの声が訝しげに響く。
言ってしまってから、サンジはああ、と思った。
終わりもなにも、ゾロは多分最初から何も始まっていない。
「終わりっつうか、やめだやめ。もうてめえにやられんのは、これっきりで勘弁だ」
「はあ?」
ゾロの声のトーンが上がった。
ナニ言ってんだお前、って感じだ。
サンジは傍らに脱ぎ捨てられたエプロンを手繰り寄せ、ポケットから煙草を取り出した。
火をつけた瞬間、睨みつけるように戸口に立つゾロの顔が浮かんで消える。

「てめえもちったあ、考えろってんだ。盛りのついた猿みてえに毎回ガンガンやりやがって。
 もう付き合いきれねえ」
「・・・嫌だってのか?」
さも心外と言った風に問うてくる。
「当たり前だろ」
「そうは見えねえが」
あれだけよがっておいてなにを今更、なニュアンスを言外に含めて、ゾロが軽く笑った。
そんな態度に腹が立つと言うより、無性に悲しくなる。

「まあ、俺も流されやすい性質だしな。快楽に弱いってえのも事実だ。けどよ、てめえにだってこの状況は
 あんまよくねえ」
「俺が?」
ゾロの声はまだ嘲笑っている。
サンジはなるべく言い訳めいて聞こえないように、言葉を選んで続けた。

「前はストイックに鍛錬ばっかして強さだけを求めてたじゃねえか。それがどうだ。今じゃ単なる
 エロオヤジみてえに人のこと弄繰り回してよ。そんなんで鷹の目に勝てるかってんだ」

しばし、沈黙が流れる。
ゾロからの反応はない。
「俺は痛えし辛えし、てめえは堕落する。お互い、いいことなしだ。ここらで切れようぜ」
「・・・」
ゾロからの返事がない。
サンジは焦れて煙草を床で押し潰した。

「少なくとも、俺はもうごめんだっつってんだ。これっきりだ。いいな」
「・・・ああ」
返事と同時に扉が開いた。
薄明かりが差し込んで、すぐに閉じられる。

元の闇の中に一人取り残されて、サンジはもう1本煙草に火をつけた。
今、確かにゾロは了解した。
もうこれで、あの手が触れてくることはないだろう。
サンジは口元を引き上げて、喉を鳴らした。
密やかに笑ってみる。


もう、求めることはない。
明日から、ただの仲間だ。
戻れるだろうか。
戻るしかない。
気の合わない、喧嘩仲間に。
例えそれが表面上の演技だけでも。





汗の引いた身体に、格納庫の気温は少し肌寒かった。
けれどサンジは裸のまま、ただじっと目を閉じて笑い続けた。