ゾロ祖父の好みに合わせ、和風の味付けをベースにしたコース料理に舌鼓を打った。
盛り付け自体を少量にしてはあるが、祖父は喜んで全てに箸を付け平らげる健啖ぶりだ。
最後のデザートは、サンジ自らが給仕して回った。
「俺が作ったんですが、お口に合うかどうか」
「まあ綺麗」
女性陣から歓声が上がる。
抹茶の濃い緑がフルーツの彩りを引き立てる、ミニムースだ。
「鮮やかな緑色、まるでゾロの髪みたいね」
「ほんと」
指摘されて、思わずサンジは顔を赤らめた。
実際、ゾロを思うとどうしてもデザートが抹茶や和風になってしまう。

よくよく見てみれば、ロロノア一族は顔立ちは似ていても髪色は様々だった。
祖父は禿頭だし、伯父と父は豊かな銀髪だ。
叔父は茶色だし、従兄弟たちはそれぞれ明るい髪色で誰も緑ではない。
ゾロの兄達もこげ茶色で、ゾロ姉は母に似たのか見事な烏の濡れ羽色だ。
「うちの祖先は渡来人でしてな、今でも何代かごとに緑髪の子どもが生まれるんですよ。どうやらご先祖様がそうだったらしくてね。
 そうすると、その子どもには『ゾロ』と名付ける。そういうしきたりになっております」
「へえ」
「ゾロが生まれた時も、みんなが口を揃えて『ああこれは“ゾロ”だ』と言いましてな」
「すごいなゾロ」
サンジは感心して、ゾロの傍らに立った。
「お前って、生まれた時から『ゾロ』だったんだなあ」
「・・・知るかよ」
何度も聞かされているのだろう、ゾロは若干うんざりした表情で肩を竦めて見せた。
「単なる先祖返りだろ」
「だから野生的なのか」
「人を原始人みたいに言うな」

すべてを配り終えてサンジがテーブルに着くと、デザートを口にした女性陣から再び声が上がった。
「とっても美味しい、凄くなめらか」
「ほんとー」
「でもコクがあって、フルーツの酸味とよく合うわ」
女性に絶賛されて、サンジはニマニマと相好を崩した。
祖父も静かにスプーンを口に運んでは、満足気に目を細めている。
「これは美味しい」
「ありがとうございます」
あっという間に平らげてお代わりまで所望されて、サンジは嬉しさのあまり泣きそうになってしまった。
作ったものを美味しい美味しいと言って食べてもらえるのは至福の喜びだが、ゾロ祖父にそう言ってもらえるのはまた格別だ。
こんな風にお祝いの席に呼ばれただけでもありがたいのに、バラティエを会場に選んでもらえて、ゼフとも一緒にお祝いできる
なんて夢のように幸福で。
ゾロの一家がいて家族のゼフがいて、サンジの隣にはゾロが笑っていて。
決して二人きりのままごとまがいの生活ではない、家族にも親類にも社会にも認められた関係のような気がして、嬉しかった。





夢のような時間はあっという間に過ぎ去った。
終了予定の4時を少し過ぎた頃、ゾロ父が「それではそろそろ・・・」とまとめの挨拶を始める。
「本日はお忙しい中、父のためにお集まりくださりありがとうございました。遠方に住む者も多く、なかなかこういった機会を得る
 ことは叶いませんが、また時期を見てこうして集まることができればと思います」
「次は、卒寿だろ」
叔父が声を上げ、そうだそうだとみんなして頷く。
「2年後じゃね?」
「それまでに盆と正月があるけど」
「忙しないなあ」
「なにかってえと集まってるから」
「次はうちに来いよ、たまには遠出もいいぞ」
誘ったのは伯父だ。
長男がカリフォルニアに住んでいるからと、早くも計画を立てている。
「遠出すると、民族大移動的になるけど」
「多分、出国手続きで混乱するんじゃないかと」
「空港でプチパニック?」
その様子を想像して、サンジは一人で笑いを堪えた。

「今度はぜひ、うちにも遊びに来ていただけませんか?」
ゾロ祖父がゼフに語り掛ける。
「ありがとうございます」
「お正月は、いつもフランスで過ごされるとか」
「もう習慣になっておりますので。ですが、いつか折を見てお伺いしたいと思います」
祖父は目を細め頷いた。
「ぜひ、ゆっくりとお話したいですな」
ゾロの祖父と自分の祖父であるゼフが会話を交わしている風景を、サンジは飽きることなく眺めていた。




「今日は大変お世話になりました」
「ご馳走様でした、とっても美味しかった」
「今度、友達連れて来ますね」
スタッフ総出で外までお見送りだ。
唯一アルコールなしで通した長兄が、マイクロバスを取りに一足先に駐車場へと向かっている。
支払いは先にカードで済ませているから立ち去り際もスマートだが、請求額より多く振り込まれていてパティは恐縮していた。
ただし、今日の膨大な酒代を差し引けば結果はトントンだろう。

ゾロ祖父はプレゼントしてもらったばかりのマフラーを巻いて、ご満悦だ。
預かっていたコートをゾロ父に手渡し、ゾロ母の肩にショールを掛ける。
サンジより頭一つ分下の位置にある母の顔がゆっくりと振り向いた。
「風邪を引かないように、気を付けてね」
「はい、おかあさんも」
囁くように言って、はにかんだように笑みを浮かべる。
サンジのそんな表情の変化を、ゼフのみならずスタッフの皆がそっと息を詰めて見守っていた。
「お正月には帰ってらっしゃい」
ゾロにではなくサンジにそう言ってくれるから、サンジは消え入りそうに小さな声で「はい」と応えた。

「それでは、ご馳走様でした」
「ありがとうございました」
「ありがとうございやした!」
どこの組かと聞き間違うような迫力の見送りを受け、ロロノア一行は横付けされたマイクロバスに乗り込んでいく。
後ろの席から順に詰めて座り、それぞれに窓を開けて顔を覗かせた。
「サンちゃん、またね」
「ゾロ兄、またね〜」
同じ顔が並んで幾つも見下ろしていて、背後に並んだスタッフがその場でバタバタと膝を着いた。
見慣れたはずのサンジもこれにはツボを突かれ、片手で口元を覆いながら涙目で手を振り返す。
傍目には名残を惜しんでいると思われるだろうが、笑いを堪える方がつらい。
ゼフに至っては神妙な顔付きで頭を下げたきり、顔を上げなかった。

数回クラクションを鳴らし、バスはゆっくりと遠ざかっていった。
道にまで出て見えなくなるまで手を振り続け、サンジはほうっと息を吐く。
「無事、終わったな」
「ああ、よかった。楽しんでくれたかなあ」
「当たり前だろ」
仲良く振り返りながら踵を返すと、バラティエの前は死屍累々の状態だった。
まるで討ち死にしたかのように、そこここでスタッフが倒れ付している。
ゼフは、まだ頭を下げたままだった。

「もう、行っちゃったよ」
「終了しました、ありがとうございました」
ゾロがきっちりと頭を下げると、脱力したスタッフから一斉に声が上がる。
「聞いてねえよー」
「あんまりだ、あれはあんまりだ」
「反則だー」
「ものすごく疲れた、つか、あちこち痛え・・・」
ずっと60度お辞儀をしていたゼフが、すっくと腰を伸ばした。
「野郎ども!寝くたれてねえでとっとと片付けだ!」
ようやくゼフらしい怒号が響き、スタッフ達はヨロヨロと起き上がり始めた。



サンジは時計を確認し、慌てて帰り支度を始める。
「片付け手伝えなくて悪りいんだけど」
「あー、わかってるから急げ。予定の電車に乗らねえと乗り継ぎが上手くいかねえんだろ」
「風太が待ってるもんなー」
風太の名を出された途端、きゅうんと懐かしさが込み上げてきた。
こうなると、じっとしていられない。
「ああ、早く帰ってやんないと。風太、待ってっだろうなあ」
「おい、荷物持ってきた」
サンジの焦りに釣られてか、ゾロも珍しく急いだ様子で階段を駆け下りてくる。
「そいじゃジジイ、みんな、どうもありがとう!」
「おう、またな」
「気を付けて帰れよ」
「ありがとうございました!」
最敬礼するゾロを引っ張り、サンジは駅へと駆け出す。
帰り際ゼフと目があったが、特段何も言わなかった。
何も言わないということは、全面的に信頼されている証だと、ゾロはわかっている。

二人を見送ってから、スタッフ達は再びやれやれと声に出した。
「なんか、普段使わねえ筋肉を使った気がする」
「明日が怖えなあ」
ボヤくスタッフを前に、珍しくゼフも同意した。
「まったくだ」



   * * *



「いやー楽しかったよな」
帰宅してメールを開けば、ウソップから出版記念パーティの時に撮った写真が添付されて来ていた。
ナミとカヤ、それにロビンとカフェのママ、ポーラに囲まれたハート目写真や、ソウルキングの公演の模様が写っている。
「臨場感溢れる写りだな」
「こん時はあんま見てなかったけど、ソウルキングってでけえな。首から上写ってねえし」
言いながら、プリントアウトしてはアルバムに貼った。
データで残しておくよりアルバムに貼って、ゾロと二人で見返すのがとても楽しい。
「あと、ハロウィン・パーティん時のも」
「晴れてよかったよなー」
帰って翌日にはレテルニテのイベントだったから、余韻に浸る暇もなかった。

風太恋しさに飛んで帰ったら、風太は預けられていたお隣さんの庭で、ゾロの軽トラが近付く前からピョンピョン跳ねては吼えていたらしい。
遠くの音でもわかるのかねえと、お隣のおばちゃんは感心していた。
一晩の留守はちゃんと大人しく待っていたけれど、やっぱりどこか寂しそうだったよと言われてサンジの方がベソを掻きそうだ。
なにより二人の姿を見た風太の喜びようは半端ではなく、サンジも荷物もなにもかもを放っぽり出して風太に抱きつき
しばらく庭先を転げまわっていた。

「年末に帰る時は、風太も連れて行こうな」
「それまでに車借りとくよ、さすがに軽トラで帰るのは辛い」
表で車の音がして、生垣の向こうに宅急便の車が通り過ぎるのが見えた。
橋を渡ってここまで来たということは、なにか届けてくれたのだろう。
「なんだろ」
「見て来る」
ゾロが大股で廊下に出て、玄関を開けた。
すぐさま戻ってくる。
「メール便だ、うちから」
「え」
差出人はゾロ父の名前。
なんだろうと、封を開けるゾロの手元を覗き込む。
ふわりと香の匂いがして、おかあさんの優しい笑顔が脳裏に浮かび上がった。

丁寧にお礼が綴られた便箋と、大判の写真。
「う・・・」
「―――わぉ」
バラティエで、みんなで撮った記念写真だ。
ゾロ祖父とゼフを真ん中にして、スタッフ全員も入れて撮影した。
これだけの人数が集まっているのに、やっぱり3分の2が同じ顔で同じ表情で畏まって写っている。

サンジはじーっと眺めている間にまた笑いがこみ上げてきて、そのまま畳に突っ伏してしまった。
「すげえ、見事・・・写真で、見ると、また・・・」
「これ、バラティエにも送ったらしいぞ」
ゾロの呟きに、再び笑いの発作が起こってしまった。
そうか、バラティエにも送ったのか。
もしかしたら、これが店のどこかに飾られてしまうだろうか。
みんなはこれを見る度に、仕事に支障が出てしまうんじゃないだろうか。

「最高の誕生会だったとよ」
「そっか、俺らにとってもそうだったよ」
ありがとう、と写真中央のゾロ祖父に囁き掛け、アルバムの新しいページに貼った。


END








知音

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