−手 紙−

海上レストラン、バラティエのオーナーゼフは最近様子がおかしい。
忙しい厨房でコック達に檄を飛ばしながらふと立ち止まり、いきなり物思いに耽る。
かと思うと新入りの野菜の洗い方に物凄い剣幕で怒鳴りつけ、怯えて落としたじゃがいもを手で拾ってじっと見入る。

客が引けたレストランをぼうっと眺めているかと思えば、テラスに出て海を見つめてため息をついたりする。
アンニュイな後ろ姿をコック達は恐れ慄きながら見守るしかなかった。



「オーナー、明らかに様子がおかしいぜ」
「どうしたってえんだ。とうとうボケちまったのか」
「聞こえたら殺されるぞ。ってえか、俺に殺されたいのかてめえ!」
コック達の心配を他所に、今日もゼフは海を見つめて黄昏ている。
ふいに強い風が吹いた。
掃除の為に開け放していた窓から吹き抜けた風が机の上のレシピやら書類やらを盛大に撒き散らした。

「このクソイカ野郎!何ぼうっとしてやがる、さっさと拾え!」
「あーあ、派手に撒けちまったなあ」
パティの手が止まった。
レシピに紛れて落ちていたのは白い封筒。
差出人はサンジだ。

「おい、サンジからオーナー宛に手紙が来てっぜ」
「お、あいつまだ生きてんのか。もう大人になったかな」
カルネは封筒を眺めながら顎に手を当ててうーんと唸った。
「この日付、これが届いてからじゃねえの。オーナーの様子がおかしいのは」
盛り上がっていたコック達がピタリとを話すのを止めた。
全員がそれに注目する。

「なんて書いてあるんだ」
「知るかよ、ってか、見る気か?」
「ダメだぞ殺されるぞ」
「でも今日オーナーは夜まで帰ってこねえよな」
「・・・」

再びの沈黙。
「別にわざとこれを見つけたわけじゃねえし」
「そうそう、風で勝手に飛んできたんだし」
「風で勝手に便箋が飛び出したんだよな」
「そして風で勝手に開いたわけだ」
言いながら、無骨な指がそっと封筒の中から便箋を抜き出した。
慎重に、跡がつかないように広げてみる。








クソじじい。
まだ生きてるか。
グランドラインはびっくりすることの連続だ。
いろんなことがあったけど、書ききれねえから又にする。
なあジジイ。
俺にも失くしたくねえ大事な奴ができたぜ。
そんだけだ。
ジジイも元気でいろよ。
サンジ。



「なんだコリャ」
なんともそっけない、それでいてどこか照れ臭くなるようなたどたどしい手紙。
一見何の変哲もないように思うが。
「こんなんでオーナーの様子がおかしくなるわけねえよなあ」
パティが首を捻る隣でカルネが難しい顔をしている。
「…問題は、サンジにできた大事な奴じゃねえか」
「おう、それだな。そうかそうか、あのチェリーもとうおつ大人になったか。どんな相手かなあ」
「奴だろ」
「奴…?」
コック達が顔を見合す。

「あのサンジに限っていくらモノにした女でも、女を指して奴とは言わねえだろ」
カルネの言葉にざわりととうろたえ始めた。
「じゃあなにか、サンジの大事な相手って」
「大事な奴だろ、ってことは…」
「野郎か?野郎とできちまったのか、あいつは!」

サンジはバラティエができる前からゼフの側にいた、コックの中では最古参だ。
だがほんの小さなガキだったから、後から入ったコック達もサンジのことを可愛がった。
ゼフ譲りの脚力と口の悪さで可愛げもクソもなかったが、巻いた眉毛もひよこ頭も実に愛くるしい。
どんどん成長して図体がでかくなっても、コック達はサンジが可愛くて仕方ないんである。
ことにゼフは態度や口にこそ出さないが、手中の珠のように大切に育てていた。
サンジにちょっかい出そうとする不埒なコックは叩き潰し、ふざけた客は蹴り出した。
思春期を迎えてもその情熱を料理にだけ向かうように仕向けて、とんでもない箱入りに育てたのはゼフの方だ。
勿論コック達も率先してそれに協力していたことに間違はない。
そのサンジを、広大なグランドラインに旅立たせたときの気持ちはどんなだっただろう。
ガキの癖に器の違う麦藁の船長に託して、じっと見送ったぜフの想いは計り知れない。
そしてサンジは海の果てで幸せに過ごしていることを、手紙でもって伝えてきた。

「…で、相手は誰だ?」
「奴だな、野郎だな。あの麦藁か?」
「鼻の長い野郎もいたぞ」
「バカ。世間は広いんだ。後からいくらでも出会ってるだろうが・・・けどよ」
口には出さないがコック達の頭の中は共通の男で占められていた。
サンジの、俺達の目の前で血飛沫を上げて海に落ちた馬鹿がいた。
まだよひよっこの癖に強大な敵に戦いを挑んで、臆することなく真正面から刃を受けた底なしの馬鹿だった。
だが、サンジは間違いなくあのバカに惹かれただろう。
ぐしんとパティが鼻を啜った。

「オーナーの心中、お察しするぜ。畜生めい。」
「あのサンジがなあ。ちょっとからかうと青筋立てて蹴って来たのになあ。」
「失くしたくねえ大事な奴だとよ。幸せなんだなあ。」
コック達はそれぞれに、生意気なチビナスに想いを馳せた。
魚の鰭で手を切ったとか、ゼフにどやされたとか、泣きべそをかいていたのがつい昨日のことのように思い出される。


「おいてめえら、もう片付けるぜ。オーナーが帰ってきちまう。」
パティが一声上げて立ち上がった。
「もうすぐお客様が来やがるから、急いで準備だ。おいカルネ!」
「おう、さあとっとと片付けるぜ。ぼやぼやしてっとサンジに笑われらあ。」
笑いながら、むさくるしい男供が動き出した。




それから数日後。

サンジの元にゼフから返事が届く。
白い封筒に白い便箋。
そこにはたった1行こう書かれていた。


「ガキがガキを産むんじゃねえぞ。」

子が子なら、親も親である。



                          −END−