■Go! Go! Muscle!!




 ゴーっ!ゴーっ!マッソウっ!
 リーンーグぅ〜にィ〜 いィ〜なずっまっはっしりィ〜♪
 ほーのーお〜のォ〜 せ〜んしを照らっすゥ〜♪

 シモツキ村の子ども達は手に手に水飴や薄焼き煎餅を持っていたが、みんな口にするのも忘れて銀幕に見入っていた。
 村の集会所前には祭事になると決まって移動映写団が訪れる。その演目の中でも特に子ども達の心を奪ったのは、筋骨隆々とした超人達がリング上で戦うアニメーション《キン○マン》だった。

 大都会で上映されているものをダイジェスト版にしているので話は切れ切れでよく分からないところもあったが、超人達の常軌を逸した必殺技や、ちょっと下品なギャグ、そしてなんと言っても極限の戦いの中で生まれる友情に、誰もが胸を熱くしたものだった。

 その後は数週間に渡って、寺子屋や剣道場でも《キン○マン》の話題が吹き荒れた。幼いロロノア・ゾロがとにかく沢山の剣を使ってトンデモ剣技を本気でやりだしたのも、このアニメーションの影響があるかもしれない。

 ゾロが好きだったのは、敵キャラの展開する渋めのドラマだった。
 高貴な紳士超人が主人公に負けたことを恨みに思い、殺人マシーンのようなロボ超人を鍛えるのだが、激しい鍛錬を繰り返す内に深い師弟愛が芽生えていくというお話などは一番のお気に入りだ。

 主人公との真っ向勝負に敗れたロボ超人は自ら仮面を外すが、その下にあったのは恐ろしい機械仕掛けの顔だった。
 《だ…誰かオレの顔を見て笑ってやしないか?》そう怯えるロボ超人に、紳士超人は力強く言うのだ。《だれもわらってやしないよ!》《よ…よかった…》安心したように息をつくロボ人間に、重ねて言う《この私が、笑わせるものか…!!》…と。
 冷徹に見えた紳士超人が涙を滲ませる様子に、ゾロはきゅうんと胸をときめかせた。

 そこまでなら、他の子だって共感してくれた。
 だが、ゾロの反応はそれだけではなかった。ロボ超人を見ているとチンポがウズウズするなんて、自分でもおかしいような気がした。それとなく遠回しに友達の反応を探ってみたが、やはりそんな反応はしないらしい。

『なんで俺は、ロボ超人を見てると紳士超人と替わりたいって思うんだろう?』

 あの孤独な魂を抱きしめて、ついでに肉体も抱きしめてやりたい。
 その衝動が成長と共に、明確な欲情に結びついてしまったときにはかなり焦った。ロボ超人を四つん這いにして後ろから突き上げる妄想をしながら初精通を遂げた時には、ティッシュを握り締めたまま硬直してしまった。

 どうやらこういう嗜好の男は、世間では《ホモ》ないし《ゲイ》と呼ばれ、女を対象とするのに比べると、極めて少数派であるらしい。ゾロの故郷のような田舎では尚更だったから、誰にも打ち明けられなかった。

 シモツキ村を出て大きな街に出てみると、ようやく新たな情報が入ってきた。世の中にはそんな少数派にも対応してくれる、《男娼》という職業があるのだ。また、そういう嗜好を持った連中が集まる酒場に行くと、上手く行けば恋人だって作れるかも知れないという。
 田舎を出て良かったとしみじみ思った瞬間であった。

 ただ、ゾロの好みは少数派の中でも更に狭い領域らしく、相当大きな街に行かないと好みの男娼は居ないそうで、未だに巡り会えていない。筋骨隆々としたガチムチ兄さん自体はいるのだが、そういう男は大抵抱く側の《タチ》という役回りで、抱かれる側の《ネコ》になることはあまりないそうだ。ゲイの多い酒場にも行ってみたが、やはり言い寄ってくる連中はタチばかりだった。

 たまにガチムチ体型でネコ志願の男も寄ってくるのだが、どうも仕草が女っぽくていけない。身体だけガチムチならイイというモノではなく、ゾロの好みは一己の男として頑とした芯を持ちながら、どこか危うげな魅力を持った《ネコ》なのだ。

『そういうコはなかなかいないねェ』

 娼館のオヤジも困ったように頭を掻いていたが、親切にそういう男娼のいそうな街の地図を書いて寄越してくれた。ゾロは鷹の目を探す道すがら、その地図を頼りに男娼も探したが、上手く辿り着けないまま海軍に捕まり、ルフィにスカウトされることになった。

 ルフィの侠気には惚れ込んだが、正直なところ、クルーの面子を目にするとかなり落胆した。ルフィはひょろひょろとした子どもらしい体格だし、ウソップも似たり寄ったりだ。ナミは女にしてはさばけた性格のようだが、当然ガチムチではない。ゾロ的にはむちむちプリンになど用はないのだ。
 ぶっちゃけ今まで倒してきた海賊達や海軍兵を見ている方が、視覚的には心が浮き立った。

 どのみち狭い船内で痴情の縺れなど起こったらややこしいから、クルーには手出ししないと決めてはいたのだが、それにしたって潤いがないことこの上ない。

 そのうち魚型をした海上レストランの副料理長が仲間に参入したが、こいつがまた輪を掛けてヒョロヒョロ体型と来ている。アーロンパークでは結構な侠気と岩をも砕く蹴りを見せてくれたので、仲間としては認める気になったものの、とても恋愛対象にはなりそうになかった。

 そんなわけで、未だもってゾロは童貞君だったりする。
 折角なので、いつか男前でガチムチ体型をした最高の《ネコ》と同衾できるその日まで、大事に取っておくつもりだ。

 

*  *  * 



 金髪のコックとは、イーストブルーからグランドラインを目指して航行している内に、少し気心が知れてきた。日中は何かと言い争いが多いのだが、夜になると静かに酒を酌み交わして、それなりに会話もする。女相手には躁状態になるコックも、ゾロが相手の時には沈黙を苦にしないらしい。

 ただ、他の男連中が子ども過ぎるせいか、こうして二人で過ごすと話題がシモ方向に偏っていくのにだけは辟易していた。コックが当たり前みたいに女性の嗜好を語るのが、如何にもゾロの方が少数派であることを思い知らされて苦しいのだ。

 ある夜、とうとう我慢しきれなくなって酒杯を卓上に叩きつけると、吐き捨てるようにぶちまけた。

「女の胸だケツだと、ぶくぶくした脂肪の塊になんか用があるか!俺ァ、筋肉がガッツリついた男を抱きてェんだっ!!」
「男…?」
「ああ、誤解すんなよ?間違ってもてめェやルフィみてーなヒョロい奴に用はねェ。俺の好みはバッキバキに筋肉が盛り上がった逞しい男だ」

 コックは豆鉄砲を喰らった鳩みたいに目をぱちくりと開いていたが、思っていたような嘲笑が返ってくることはなかった。

「そーなのか!?えー、マジで?今までヤったことあんのか?」
「ねェ。なかなか好みの奴に会えなかったんだ。どうでも良い奴相手にヤりたくねェしな」
「なんだー。じゃあ、てめェも童貞かよっ!」

 にぱぁっとコックが笑うから、ゾロは心底驚いてしまった。どうやら散々女の好みを語っていたコックも、憧れが強すぎてなかなか初体験が果たせない童貞君であるらしい。

 急に童貞同士のシンパシーを感じてしまって、それからは深夜二人きりになると、畑違いながら互いの好みを語り合うようになった。
 コックは昔酷い飢餓に見舞われてからというもの、食べてもなかなか筋肉がつかなかったから、ガチムチマッチョ男に惚れるというわけではなくとも憧れはあるらしい。そのせいか、《イイ筋肉》について語り合うときには結構盛り上がった。
 ゾロも娼館やその道の酒場以外でそんな嗜好をさらけ出すのは初めてだったから、照れくさかったが嬉しかった。

 コックは軽薄そうに見えて意外と口が堅く、どんなにムキになって喧嘩をしても、ゾロの嗜好をからかうことだけはなかった。他人から見たら奇矯に見えたとしても、ゾロにとっては何よりも大切な気持ちだと認めているのだろう。 

『こいつァ、意外とイイ奴だ』

 そう思う日々の中、麦わら海賊団はかなり大規模なカジノや風俗産業の店舗が建ち並ぶ島に寄港した。
 買い物ついでに島の状況を偵察してきたコックは、戻ってくるなりにやんと笑ってゾロの胸板を突いてきた。

「おい、マリモ。俺様に感謝しろよ?てめェが好きそうな男がいる、ゲイ専門ショーパブの場所を聞いてきてやったぜ!」
「なにィっ!?」

 コックは《親切ついでだ》と言って、道案内まで買って出てくれた。

『どんな男なのかな?』

 心なしかいそいそとした足取りで向かう途中、ふとコックの表情を見やると少し顔色が悪いようだった。

「てめェ、風邪でもひいたのかよ?」
「ちげーよ」
「でも、顔色悪ィぞ?」
「日が暮れかけてっから、光線の加減でそう見えんだろ。大丈夫だ、気にすんなよ。てめェは一足先に童貞切っちまえ。凄ェ好みの奴なら、口説いて連れて来いよ」
「ルフィが認めねーだろ」
「てめェがヤりたいって思うくらいの奴なら、ルフィの眼鏡にも適うんじゃね?」
「バーカ。そこまでの奴がそうそういるか。取りあえず抱きたいくらいの奴がいれば御の字だ」
「そうかァ?」

 コックはへらりと軽薄そうな笑いを浮かべていたが、一瞬だけ切なげな眼差しを浮かべてから、素早くそっぽを向いた。
 
「頑張れよ」
「おぅ。てめェも好みの女が見つかると良いな」
「ああ…そうだなァ」

 先にゾロが童貞を切るのが淋しいのか、コックは少しはんなりとして淡く微笑む。その表情が酷く綺麗に見えて、胸の奥が変に疼いた。

「…?」

 コックの手がばしんとゾロの背を叩いて前へと促す。結局ゾロの感情は有耶無耶なまま、ぎらついたネオンサイン輝くゲイショーパブへと連れて行かれた。



*  *  * 



「レ〜ツ…ダンシンッ…っ!!」

 ドン…ダンっ!ドドンダダン…っ!
 ドン…ドンっ!タダンドドン…っ!

鮮やかな照明に浮き上がる舞台は、ゾロにとってまるで桃源郷だった。
 逞しい男達が勢い良く足を踏みならし、中央のポールに掴まってクルクルと回転したり、一斉に同じステップを踏んで見事な踊りを披露する。

筋骨逞しい男達は筋肉の流れを極限まで美しく見せるべく、オイルを全身に塗りつけている。彼らが身につけているのは細身の革製ブーメランパンツのみだから、盛り上がった大胸筋が胸板を分厚く飾るのは勿論のこと、腹直筋が板チョコレートみたいにくっきりと区画分けされているのも、腹斜筋が抉られたように明瞭な斜線を描くのも、両腕を上げてマッスルポーズを取ったときに、頸部から背部までをダイヤ型に覆う僧帽筋の下に、はっきりと菱形筋が浮かび上がる様子も息を呑むほどに美しく、全てを感嘆の想いで眺めた。

「あの金ラメパンツの奴が、《ネコ》なんだってさ。少し影がありそうでよ、てめェの好みじゃね?」
「そうだな…」

 黒い髪を短く刈り込んでいたり浅黒い肌をしているのが、思い出のロボ超人にも少し似ている。
 苦悩に満ちた表情で狂おしげに踊っているのも、実に雰囲気が出ていて良い。

「こっちに来たときに、パンツに札を入れてやれ。そん時にウィンクしてみて、相手も返してきたらOKのサインだってよ。舞台が引けてから隣の連れ込み宿に行きな」
「そうか。ナニからナニまですまねェな」
「イイってコトよ」

 気さくに答えて煙草を口にするコックだったが、その指は少し震えていた。顔色は青いのを通り越して、いまや真っ白になっている。

「寒いのか?」
「…っ!」

 両手でコックの右手を掴んでやると、ビクンっと弾かれたように震える。その手は凍てつくみたいな温度だった。人が密集して暑いくらいの室温なのに、どうしたのだろうか?もしかして、女好きなのにムリしてこんな空間にいるのが辛いのか。

「ここまでしてくれりゃあ、もう良いぞ?なんなら船に戻っとけ」
「バカ。てめェの迷子っぷり甘くみんなよ?約束の時間までに帰んなかったら、ナミさんにドヤされるぜ」
「だったら、俺ァこの店の奴に連れてって貰うからよ」
「そう…か」

 瞼がゆっくりと伏せられていくと、意外と長い金色の睫毛が頬に影を落とす。昼間は明るい陽射しに透けて殆ど分からないが、一緒に晩酌をするときには時々気付いて、しばらく眺めていたりしたものだ。ガチムチではないが、コックのパーツは時々えらく綺麗に見える。

「じゃあ、俺…帰るな?あいつ、イイ奴だと良いな…」
「おう」

 ちいさく手を振ってコックが背を向ける。はて、こいつはこんなに薄い背をしていただろうか?ゾロの好みではなくとも、それなりに幅があったような気がしたのだけど。それに足取りも不安定で、よほど体調が悪いらしい。

 気になりつつも後ろを振り返ると、例の浅黒い《ネコ》が近寄ってくる。端整な顔立ちをしたなかなかの男前だと思うし、筋肉に関して言えばかなりゾロ好みの筈なのに、どうしてだか心が弾まない。

 それよりも、人垣の向こうに消えてしまったコックの方が心配だった。あいつはゾロの嗜好に合わせてこんなところまで来てくれたのに、あのまま返して良いのだろうか?

「ねェ…あんた、俺の好みだ。…ヤらないか?」

 媚びを含んだ低音が耳朶に響く。とろりした目つきと舌舐めずりにガクリと興味が減じるのを感じた。こいつは外見だけの男だ。ゾロが惚れるほどの芯を持った男じゃない。
 それにこいつだけではなく周囲の男達も、至近距離で見ると何かが違うような気がする。確かに逞しいのだが、どこか空虚な印象があるのだ。

「悪いが、他を当たってくれ」
「なんだよ、つれないな。ちぇ…、緑頭の逞しい剣士が来たら優しく相手してくれって金髪の男に頼まれたんだけど、あんたじゃないわけ?」
「そいつは、黒スーツの男か?」
「そうそう。さっきのあの子、あんたの友達かい?ノンケっぽいけど、ちょっと危うい感じすんだよね。一人で行かせちゃって大丈夫かな?」
「…どういうこった」
「ああいう子が凄ェ好みだって連中がいんだよ。俺なんかはノンケには手を出さないってポリシーがあんだけど、そいつらはちょっと無理矢理系入ってくっから、ちょっと様子見たげた方が良いかもよ?」
「…っ!」

 小さく会釈をして謝意を示すと、さばけた表情で《ネコ》は手を振ってくれた。好みストライクではなかったが、意外と佳い男だ。

 さあ、それよりもコックだ。随分と顔色が悪かったし、集団で掛かられたら不覚を取ることもあるかも知れない。あからさまに敵対ムードを出してくれればまだ良いのだが、一見親切ごかした態度で臨まれると、あのアホアヒルはコロッと騙されることがある。

 前に立ち寄った島でも、《凄ェ珍しい調味料があるんだけど、寄ってかない?》なんて声を掛けられて、怪しい廃屋に連れ込まれそうになっていた所に、ゾロが殺気を飛ばしながら駆けつけるという一幕もあった。
 あの男は自分が性的な意味で狙われるという可能性に、どうも気付いていないらしい。どれだけバラティエで箱入りにされていたのかがよく分かる。

『あの無防備アホアヒルを、こんな場所で一人にするんじゃなかった!』

 ゾロは好みの体格をしているはずの男達を押しのけて、ひたすらヒョロっとしたコックを捜し回った。



*  *  * 



 一人になって俯いたら、目の奥が酷く熱くなった。泣くまいと唇を噛みしめたら、少し血の味がした。

『あ〜…これが失恋の味ってやつだ』 

 なんて鉄臭くて生々しい味だろう。
 周囲の喧噪をよそに、相変わらず全身が冷たい。大好きな男のために恋の橋渡しなんて柄でもないことをしたから、交感神経が異常緊張しているのかも知れない。

『ゾロはあいつを抱くのかな?そんで…よっぽど気に入ったら、メリーにも乗せんのかな?』

 あの男がサンジほど腕が立つとは思えないから、戦闘になったらウソップやナミと同じように庇ってやろう。もしも身代わりになってサンジが死ぬようなことがあったら、少しはゾロもサンジを好きになってくれるだろうか?

『そういった意味じゃあ、ムリかァ…』

 サンジがゾロを好きだと自覚したのは、よりにもよってゾロからガチムチ体型の男が好きだと告白された夜だ。以前から憧れめいたものを感じているのは分かっていたけれど、ゾロの好みと自分が懸け離れていると知ったとき、胸が引き裂かれるように痛かったことで、それがどういう気持ちなのかが分かった。

 その夜から、自慰のネタはがっちりとしたゾロの腕に掴まれて、激しくバックから突かれる自分だった。ゴリゴリと剛直で抉られて身も世もなく悶絶するのを夢想しては、ひょろりとした体型を呪った。

 晩酌の度にガチムチが如何に素晴らしいかを訥々と語るゾロに、調子を合わせて喋りながら、その実、自分がそうなることは出来ないという事実に打ちのめされていた。この島でゲイショーパブの話を聞いて、積極的にゾロ好みの男を見繕おうとしたのも、微かな望みに希望を繋ごうとする自分の浅ましさを何とかしたかったからだ。

 けれど、そいつをゾロが気に入ったらしいことが分かると、全身から血の気が引いていくのを感じた。みっともなくその場に座り込んでジタバタと手足を振り回し、《そんな奴じゃなくて、俺を好きになってくれっ!》と泣き叫びたかった。

 そうしなかったのはせめてもの矜持に取り縋ったのと、結局はゾロの幸せを優先したかったからだ。それが恋する者の努めだと…そう思ったからだ。

『あぁああ〜…でも、マジでイタい』

 締め付けられるような胸の痛みに堪えかねて、安普請の壁に肩を凭れさせる。《ギシ…》と軋む壁材の音が、サンジの胸から響くようだった。

「よう、仔猫ちゃん。具合が悪そうじゃないか。大丈夫かい?」

 声を掛けてきた男達を振り返って、パンツ一丁のぎらつくオイリー肌と、スキンヘッドの筋肉質な身体つきにぎょっとしてしまうが、それがゾロまで差別しているように思えて罪悪感を覚えてしまう。そのせいか、普段男に対してするよりもずっと優しい表情で対応した。

「あ…あ、すまねェ。邪魔だよな?」
「いいや、邪魔なんかじゃないさ。なあ、良かったらその辺で具合が良くなるまで横になっていかないかい?」
「でも…あんたらの控え室か何かだろ?まだ宵の口だしよ。今からが忙しいんじゃね?」
「いやいや、だからこそだよ。俺たちがショーをやってる間は寝てていいからさ」
「そっか。じゃあ…お言葉に甘えようかな?助かるよ、マジでしんどかったんだ」
「そうかそうか、大変だったな。おー…えらく冷えてるじゃないか」

 男は手を握ると、そのまま抱きしめようとしてきたが、生理的に受け付けなくてするりと身を引いてしまう。ゾロは逆にこういう身体の方が好きなのだろうから、ちょっと嫉妬も感じてしまった。

「悪ィ。このスーツ卸したてでさ、オイルがついちまうと洗濯が大変だから…」
「ああ、分かってるよ。気にしないでくれ」

 本当に気さくな男達だ。気分を害した風もなくサンジを小部屋に連れて行くと、手早くマットを敷いて寝かせてくれた。ただ、親切過ぎるのか、寄って集ってサンジのスーツを脱がせた上に、シャツやらズボンまで剥ぎ取って、しまいには下着まで剥ごうとするのには辟易した。

「いやいやいや…マジでもういいからさ、あんたらはショーに戻りなよ」
「いやぁ…俺らのショーはもう終わったんだよ」

 急にギラついた目つきで男の一人が嗤うと、カシャンと手元で変な音がした。見れば、別の男がサンジの手首に手錠を掛けたのだ。

「え?」
「今度はこの部屋で、あんたがショーをする番だ」

 《くく…》と男達の咽奥でくぐもった嗤いが響き、サンジの肩や足首が大きな手によってマットに押しつけられる。饐えた匂いのするそのマットは、何度もそういう用途で使用されているようだった。

「ノンケの金髪君がネコに目覚めるショーだ。こりゃあ見物だぜェ…」
「へへ、違いねェ」

 親切そうだった顔が一様に脂下がり、涎を垂らさんばかりにしてサンジの肌に触れてくる。

「…………それってつまり、俺…騙された?」
「ま、そーゆーこった。可愛がってやるから良い子で寝てなよ、仔猫ちゃん」
「俺たちのビッグマグナムで、すぐにケツ孔も腕が呑み込めるくらいに開発してやんよ。そしたらここで商売するって生き方もあるからなァー?安心して身を任せな」

 ビキ…。

 サンジのこめかみで、血管が怒張した。



*  *  *





「おい、あんた。金髪黒スーツの細い男を知らねェか?」

 従業員らしい男の肩を掴んだものの、へらりと笑うばかりで返事が要領を得ない。コックの行方を知らないわけではなく、知っていて黙っているのだと直感した。

「言え」

 殺気走った眼差しで睥睨しながら襟元を掴んでやれば、ぎょっとしたように従業員の表情が変わる。斬り殺しそうにでも見えたのか。

 実際、どうしてこうもコックのことが気になるのか分からない。あいつは相当に腕が立つし、万が一のことがあっても男なのだから妊娠するような心配もない。なのに、あの人一倍ロマンチストで、いつか運命の恋人に出会うことを夢見ている男が、見ず知らずのホモに手出しされると思ったら、居ても立っても居られなくなってしまう。

「あいつに何かあったら…てめェも同罪として扱うぞ?」
「ひっ!」

 ちゃきりと鯉口を切ってぎらつく白刃を見せつけてやれば、堰を切ったようにペラペラと喋りだした。やはりコックはあの《ネコ》が懸念していたように、レイプ常習集団に連れ込まれているらしい。そいつらは深酔いした若い男を言葉巧みに誘い込んで輪姦するのだという。

 冗談じゃない。あのアホコックは大事な仲間なのだ。
 そう…他の連中には言えないような話まで出来る、貴重な相手だ。だからこんなにも心配なのだ。と、何故かわざわざ自分に言い聞かせる。

「あんの…アホがっ!」

 思った通りの展開で危機に晒されているらしいコックの元へ急ごうとすると、突然…目の前の壁が粉砕された。

 ドコォォン……っ!!

「ムぅ〜トン…ショットォーーっ!!」
「ヒイイイイイィィィィ………っ!!」

 壁を吹き飛ばして凄まじい蹴りを見せているのは、手錠を掛けられた半裸のコックだった。怒り心頭に達しているらしく、先程までの儚いような白さを払拭し、頬を赤く上気させて眦を般若の如く釣り上げている。蒸気を放ちそうな怒りの波動は収まることなく、逃げようとするガチムチマッチョメンを容赦なく追いかけては見事な跳び蹴りを喰らわせている。

 その姿に、思わずゾロ息を呑んだ。

『なんてェ綺麗な筋肉だ…っ!!』

 灰色のボクサーパンツを穿いているだけのコックは、細身ながらも無駄な脂肪一つ無い見事な筋肉をしていた。特に凄まじい蹴りを放つ脚は鞭のようにしなやかで、盛り上がった大腿直筋の上を斜走する縫工筋がするりとしたラインを描く様や、鼠経部にくっきりと腸腰筋や内転筋腱が浮かぶ陰影に見惚れてしまう。

『奴は筋肉の持つ潜在能力を、余すところなく戦闘に引き出してやがる…っ!!』

 コックの肉体は全体のバランスが調和して、類い希な魅力を醸し出しているようにも思う。個々の筋が極めて機能的に連動して、舞踏のような蹴り技に昇華しているのだ。
 それは見守る観客達の方でも同様であったらしい。

「凄ェなあの兄ちゃん!」
「おお、飛び込みの格闘ショーかっ!?細いが、実戦向きの良い身体してやがるぜっ!」
「確かになァ。戦う為に鍛えられた筋肉だな、ありゃあ。《完璧に機能する肉体は美しい》って言葉があるが…まさにその言葉通りの身体だぜ」

 その辺のオッサン達の言葉を聞いて、やっとこのパブで感じていた違和感の正体に気付いた。そうだ、この店で勤めている男達は誰もが《見せ物》としての筋肉を鍛えており、戦闘に向いている身体ではないのだ。隆起させることに重きを置いた筋肉は、見ている分には綺麗だが実際に動くと俊敏さに欠ける。

 ことに相手が俊速の蹴りを誇る凶暴コックと来ては、マッチョ男達に勝ち目など無いだろう。そもそも、コックを見くびって手首への拘束しかしなかった時点で勝負は付いている。

『そうだ…。あいつは、闘うコックだ』

 仲間達の命を繋ぐために手を使い、仲間達の命を護るために脚を使って闘い続ける、誇り高い戦士。
 ゾロが背を預けて闘うことの出来る希有な存在だ。

 胸の奥が熱い。
 かつてロボ戦士に感じたのよりも、もっと具体的で生々しい熱情が胸から全身へと駆けめぐり、ゾロの肉棒を痛いくらいに怒張させた。

『あいつが欲しい…』

 鍛え抜かれたあの肉体を押し開いて、情欲の証を最奥に溢れるほど注いでやりたい。そんな欲望を向ける対象ではないと分かっていても、本能的な衝動を感じることは止められなかった。

「おらァっ!!」

 ステージに乗り上げて他の従業員に救いを求めていた男に回し蹴りを喰らわせると、コックはやっと落ち着いたように身を逸らせる。狙っていた獲物を全て撃沈させたのだろう。しなやかな上体が反らされて気怠げに溜息をつくと、頭部を振ってさらりとした金髪を靡かせる。気を利かせた照明係がスポットライトを浴びせかければ、薄付きながら実戦的な筋肉が美しい陰影を浮き上がらせた。

「かっ…」
「…こ、良ィ……」

 一幅の絵画のような情景に、男達のハートは思いっ切り鷲掴みにされたらしい。ぼそりと感極まったように呟いた後、誰かが《ヒューっ!》と鼠啼きしたのを切っ掛けに、そこかしこから一斉に歓声があがった。

「兄ちゃん痺れるゥ〜っ!」
「抱いてェ〜っ!!」

 自分を襲おうとした男達以外の連中が好意的に受け止めているのが信じられないようで、きょとんとしたまま呆然としていたコックは、急に恥ずかしくなったみたいに頬を上気させて舞台から降りようとする。だが、男達に囲まれた状態では逆効果だ。ベタベタと素肌を触られて《若くてピチピチのお肌だ、羨ましいねェ〜》だの、《君、幾らだい?》等とコナ掛けられて困り果てている。距離を詰められているから上手く蹴れないらしい。

「退け。そいつァ、俺の連れだ」
「…っ!」

 ゾロは並み居るマッチョメンやオッサン達を押しのけて、ひょいと荷袋のようにコックを肩に乗せると、人気のない場所を目指した。

「え…え?おい、マリモ…。振られちゃったのか?」
「近くで見たら、好みじゃなかった」
「はは、贅沢言いやがる。よっぽど好みが煩ェんだなァ」

 コックは急に力が抜けたみたいに乾いた笑いを浮かべると、くったりとして暫く黙っていたが、破壊した壁を越えて小部屋に戻してやると、塵埃まみれのスーツやシャツをはたいてブツブツ文句言いながら身につけた。

「あーあ、卸したてのスーツだったのによ」
「悪かったな。迷惑掛けた」
「良いよ…別に。はは、これでまたてめェも当分は童貞だな?こんなデカい島は、ローグタウンまでねェぞ?」
「いや…もしかすっと、俺ァ…一生童貞のままかもしれねェ」
「あ?なんだよ、てめェらしくもねェ。ぶった斬られても諦めないような男のくせして、どうしたってんだよ」
「斬られるのも蹴られるのも構わねェが、てめェが嫌がるのに無理強いなんかできねェだろが」
「……へ?」

 虚を突かれたように目をまん丸にしているコックは、もう完全にスーツで肌を隠していたけれど、それでも変わらず愛おしいと思った。

「どうやら俺ァ、てめェに惚れたらしい。悪かったな…てめェは筋金入りの女好きなのによ」
「でも…でも、俺ァ…痩せっぽちだぜ?てめェの好みじゃあ…」
「いや、滅茶苦茶好みだって今日分かった。細くてもてめェの身体は、闘う男の肉体だ。命を賭けた遣り取りが出来るその身体と、侠気に惚れちまった」
「そ…そーかよ」
 
 コックはどこか落ち着かなげにもじもじして、居ても立ても居られない様子だ。仲間として、童貞のシンパシーも感じていた相手に欲情されたと知って、気持ちが悪いのかも知れない。
 
「安心しろ。仲間にゃ手出ししねェと決めた誓いは、絶対破りゃしねーから」
「………破らねェの?絶対?」
「ああ」

 コックはくるりと巻いた眉をへにょんと下げて、尚も上目遣いにゾロを見ながら唇を尖らせている。なんでそんなに拗ねたような顔をしているのだろうか?

「あのさ、それって…。俺が手出ししてくれって頼んでもダメか?」
「約束ってのは絶対だ」
「そっかァ…。でも、俺ァ…てめェと仲間じゃなくなるのもヤなんだけど…」
「だから、仲間にゃ手は出さねェと言ってるだろうが」
「だから、仲間だと手を出して貰えねんだろ?俺ァ…………出して、欲しいんだけど……」
「………………は?」

 目が点になっているゾロの唇を、《ちゅっ》と音を立ててコックのそれが吸っていく。小鳥が啄むみたいなそれがキスというものだと気付いたのは、真っ赤になったコックが耳朶まで染めて全力疾走を始めてからだった。

「お、おいっ!待てっ!!」
「ここまで頑張ったんだっ!これ以上待てるかァっ!!」
「待てっつってんだろうが!えいクソっ!……………二刀流、鷹波っ!!」
「こんなトコで技出す奴があるかァーっ!!」
「非常事態だ」

 逃げ足が速すぎる男を捕獲するために、長年鍛え上げた《必殺技》を駆使して足止めしようとすると、既にコックによって破壊された施設が更に崩壊していく。《止ーめーてーくーれェ〜っ!!》と悲鳴を上げる支配人を尻目に、ゾロは両手に抜刀した剣を掴むと、悪鬼のような形相でコックを追いかけ回した。

「待てーっ!」
「待たんっ!!」

 既に出来上がっているにもかかわらず、羞恥心と意地が邪魔をして大人げない追いかけっこを展開する二人が、ようやく足を止めてキスを交わしたのは、それから10時間が経過してからであった。




おしまい








■あとがき■
 このお話は2011年ゾロ誕記念アンケートでゾロの性嗜好として項目に上げた、「ガチムチ兄ちゃんの尻肉を、《てめェ、可愛いな》と言いながら揉んじゃうガチムチマッチョ好きゾロ」から派生したお話です。得票数が111票中11票(最下位)というドマイナーさが輝きます。逆に言うと、11人は勇者が居るんですね(笑)

 みう様が「原作、ないし半パロ」で19歳ゾロに拘った以外は、「全部の項目にチェックを入れそうになった」と伺って、その嗜好の幅広さに感嘆した折に、「だったらガチムチマッチョ好きゾロもイケるのか」というお話になったのでした。

 ええと…。取りあえず私の書いたガチムチ話は色々と敗北してますね。ハイ。
 考えたときにはちゃんと筋金入りハードゲイで、褌一丁で兄○船とか謳いそうなゾロを思い浮かべていたのですが(この段階で既に何か間違えてる)、更に斜走した結果、ゾロが《キン○マン》好きで、提唱カップリングがロビ○マスク×ウォ○ズマンな腐男子になってしまいました。
 あ…あれ……?

 メールで伺ったみう様のガチムチ好きゾロは超絶格好ウィ〜!ので、今から楽しみでなりません…っ!
 完成の日を心待ちにしておりますっ!




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