目の覚めるような美しい夕焼けと共に、その日も平穏に暮れた。
何事もないときは、何も起こらないものだ。
クルー達は釣りの成果に喜びながら、新鮮な魚料理に舌鼓を打つ。
日がな一日鍛錬していたゾロも夕食では旺盛な食欲を見せていた。
楽しげに食べ、笑う仲間たちの姿をサンジは一歩下がった位置から眺めて、肩の力を抜く。
自己満足でも、こうして自分の料理が喜ばれるならこれで充分だと思う。
やはり俺には料理しか残ってねえからな。

嫉妬するのは、愛されたいと願うからだ。
見返りを望まないで、与えるだけで生きていく術を知っているはずなのに、いつのまにか貪欲になっていた。
これでいいんだ。
これからも―――

ゾロの前で空になった皿に手を伸ばす。
「お代わりはどうだ、筋肉だるま」
にかっと笑って聞いてやれば、ゾロはほんの少し驚いて、頼むと応えた。
それでいい。
これからもずっと、こいつが求めるなら、身体だけでも応えてやるよ。
口元に薄ら笑いを貼り付けたまま、甲斐甲斐しく給仕するサンジの後ろ姿をゾロはずっと見ていた。



不寝番のチョッパーのために夜食を届けて、ラウンジに戻ろうとする。
格納庫の扉が僅かに開いていた。
ゾロの合図だ。
サンジはまあいいか、とそのまま格納庫の中に入った。
たいていはこうして、ゾロから誘いがあってそれに応えるのが習慣だった。
ゾロがどういうつもりで自分を抱き続けているのか、皆目見当もつかなかったが、生理的に気持ちいいなら
それでいいんだろう。
元々細かいことに拘りそうにない男だし。
こなだまでいた純情ちゃんに、未練があるのかも知れねえな。
サンジはそんなことをチラッと思って、自嘲に顔を歪めた。



格納庫の奥で、ゾロが毛布を敷いて座り込んでいる。
いつもあからさまなので笑ってしまう。
サンジはニヤニヤ笑いを浮かべたまま近付いた。
「久しぶりだなあ」
「ああ」
言ってから、け、と声を出した。
「てめえは久しぶりじゃねえんだろ」
つい、口調が卑屈になってしまう。
だがゾロは至極まじめな顔で首を振った。
「いや、10日くらいしてねえ」
ふーん、そうなの。
なんとなく白々とした気分になる。

「まあいいや、しようぜ」
俺は久しぶりなんだよと上着を脱いで、ゾロの前に腰を降ろした。
「てめえが脱がすか、俺からマッパになるといいか?」
ゾロはそれに応えず、腕を伸ばしてサンジの肩を抱き、背中に回した。
黙って力強く抱き締める。
これにはさすがに面食らった。
考えもしなかったパターンだ。
ゾロの首に顔を埋める格好になって、サンジは慌てて顔だけ上げた。
「・・・なんの、真似だよ。てめえらにはこういうの、流行ってたのか?」
「あいつと比べるな。俺はお前とこうしてえんだ」
ゾロの声はやけに冷静だ。
情欲の欠片も滲み出ていない。

サンジはうろたえてゾロの腕から逃れようとした。
が、がっちりと抱き締められて身動きが取れない。
「確かに俺は、てめえの中に入ってる奴ごと抱いた。あいつも最初は驚いて怯えて、酷く泣いたりしたが、
 俺を嫌いにはならなかったらしい」
ずくん、と胸の奥が疼く。
嫌な気分だ。
聞きたくない。
「それからも二度ほど寝た。あいつは多分、真剣に俺のことを愛したと思う。けど、何よりお前のことを第一に
 考えていた」
「は?なに言ってんだ?」
誰が、俺をだって?
「俺の気持ちにすぐに気付いて、お前の代弁をしてくれた。それから約束したんだ」
ゾロの話はあまりに端的でわかりにくい。
サンジは苛々と舌打ちする。
「てめえの気持ちってなんだよ。誰とでも訳のわからねえ約束するんじゃねえ、この約束マニア!」
「俺はお前が好きだ」

「・・・!」
一瞬、何を言われたのか理解できないまま、サンジは動きを止める。
「お前が好きだ。お前から誘いを掛けられたとき、正直嬉しかった。これでお前を手に入れたとさえ思った。
 だが、てめえはいつまでたっても掴みきれねえ。どんなつもりで俺に抱かれてんのか、なぜ俺の誘いを
 断らないのか、てんで理解できなかった。もしかしたら、てめえは誰とでもこうなのかと勘ぐったりもした」
「なにを・・・っ」
抗議したかったが、うまく言葉にならない。
「俺は強さに執着して、大剣豪になることだけを目指して生きてきた。だが・・・鷹の目をぶった斬って世界一に
 なって、その後に続く修羅の道を歩みながらも、他のモンも欲しくなった」
ゾロがぺろりと舌を出して唇を湿らす。
「例えば、オールブルーって奴を見つけたてめえを見てえ、そこでてめえが作った飯を食いてえとも思う」

サンジは言葉もなくただ呆然と口を開けたままだったが、ゆっくりと瞬きして眉を寄せた。
「・・・お前、偽者?」
「なにがだ」
さすがにゾロもむっとする。
「だってよ、てめえのキャラじゃねえぞ、そういうの。俺のこと好きって・・・俺の夢も見届けてえってなんだよそれ。
 てめえがそんなこと言うだなんて、口にするなんて―――」
ゾロは不満そうに口を突き出しながらも、神妙に頷いた。
「言われてみりゃあそのとおりだ。俺だってこんなこと口に出して言うつもりはまったくなかった。この間までは」
そりゃあ、口に出さなくても思ってはいたってことか?
「それがなんで心変わりしたってんだ」
ゾロに抱き締められたまま、至近距離で問答するのは居心地が悪い。
サンジは力任せにゾロの胸を押して、ほんの少しだが距離を得た。
と言っても背中は壁についてしまったから、これ以上は逃げられないが。

「まさか、純情ちゃんの影響か?約束したって・・・」
またしてもまじめな顔で、ゾロが頷く。
条件反射でサンジはむかっときた。
「んだよ、てめえのが絆されたってのか」
それもこれも、ついこないだまでいたサンジとの約束のため、か?
「てめえが何に腹立ててんのか、よくわかってねえ。てめえと違う奴と寝たことかも知れねえし、そいつに
 影響されて俺が変わったことかも知れねえ」
神妙に、ゾロが言葉を綴る。
まあそんとおりだ。
全部に腹が立ってんだよ。

「最初に無理やり手え出したのは、なんでだか腹が立ったからだ。てめえの面して、てめえの声でなんだか間の
 抜けた能天気なことばかりほざきやがるから、無性にむかついた。頭打ったかなんかのショックなら、手荒い
 ことしたら元に戻るかとも思ったんだ」
・・・なんて乱暴な奴だ。
「だが本気で中身が違うとわかって、それでもそいつはたいした自覚もなしにふらふらしてやがるから、放っとけ
 なくてな。なんせてめえの身体じゃねえか。戦う術も知らねえくせにうろつくのが気になって、ずっと一緒にいた」
ゾロとしては随分と必死に、サンジの顔を覗き込むように喋る。
その度サンジの身体はどんどんずれて、身体を傾けて無意識に逃げていた。

「あいつは、身体だけでも俺にくれるって言った。てめえがどういうつもりで俺と寝てるのかわからねえっつったら、
 嫌いな奴と寝たりはしないと断言した。俺の気持ちが伝わるように、ちゃんと身体に刻み付けとけって慣れねえ
 くせに誘いやがった」
聞きたくねえ。
もうこれ以上―――

「そんなに、想われてたんなら忘れられねえだろうよ。・・・気持ち、よかったんじゃねえのか?愛のあるSEXは」
どんなに取り繕ったって、自分の声は卑屈にしか聞こえないだろう。
「いっそ、そいつのままのがよかったんだろ。俺のノート見て、それなりにモノをこなしてたんだ。元通り戻っても
 支障はなかったんじゃねえのか」
サンジは身体を傾けたまま、へらへらと笑った。
煙草の一本も吸いたいが、ゾロが邪魔でそれもできやしない。

「確かにあいつも迷ったはずだ。だがすぐに結論付けて、義眼を海に投げた。この世界を去ることを選んだ」
辛かったろうな、と漠然と思った。
自分と違い、周囲から愛され、守られて育った男だ。
そんな坊ちゃんがこんな人殺し野郎に身体から犯されて、それでも愛した初めての相手だったんだろう。

「しょうがねえやな。こんな世界じゃ到底生き残れねえような坊ちゃんだ。その辺は弁えてんだろ」
「あいつが帰ることを選んだのは、俺がそう望んだからだ」
びくりと、肩を揺らしてサンジは顔を上げた。
「あいつは誰より俺のことを理解していた。俺よりずっと。図星指されて腹も立ったがそんとおりだった。最初に
 あいつがてめえの中に入ったときは、ぶん殴って追い出せるものなら追い出したかった。とっとと消えて、
 俺のコックを返せって怒鳴りたかった」
サンジは目を見張り、ゾロを凝視した。
挑むようにそれを見返して、ゾロは言葉を続ける。
「てめえの面してよっぽど素直で可愛い野郎だったが、俺が愛したお前とは違うんだよ。頑固でひねくれてて、
 俺以上にてめえのことをわかってなくて、すぐ癇癪起こして一人で自己完結させちまうような、手に負えねえ
 扱い辛い野郎だ。おまけに孤独から生まれたような顔をして、飢えに怯えて誰かが傷付くことを恐れて、
 戦闘の最中でもよそ見するような大馬鹿者だ。本当は誰より仲間を大切にして、見えねえところで気遣って、
 思い遣る優しい奴なのに」
ゾロは堰を切ったように一気に捲くし立てて、傾いだままのサンジの痩躯を掻き抱いた。

「てめえはどんなつもりで俺に抱かれてた。俺じゃなくても誰でもいいのか?それとも、俺に惚れて抱かれていたか?」
うまく、答えられない。
声も出せない。
こんな一方的で熱烈な告白を受けるなんて、想定外だ。

「なんとか言いやがれ、てめえ他の野郎とも寝るような奴か」
「んなわけ、ねえだろう!」
とりあえず抗議の声は上げられた。
「誰が好き好んで、野郎なんかにケツ差し出すか!」
「なら俺はなんだ!」
殆ど怒鳴り返す勢いでゾロが迫る。
額をくっ付けた状態で睨み合って、なんだか急に馬鹿馬鹿しくなって来た。

「・・・思わなかったんだよ」
「んあ?」
よく聞こえない。
「てめえがそんな風に、誰かに執着するなんて思わなかったんだよ!」
耳に向かって怒鳴った。
ゾロは顔を顰めながらも、サンジの身体を離さない。
「脳みそまで筋肉で、本能でやってるだけでなんも考えてねえんだと・・・」
「俺のこたあ、この際どうでもいい。てめえはどうなんだ」
うううーとサンジは唸った。
「俺はてめえが欲しい。夢とひっくるめて一緒に欲しい。てめえはどうなんだ」

真正面から突きつけられた。
サンジは観念して目を閉じる。
欲しいものを欲しいと言えと、同じように言った男が確かにいた。

唇を噛み締めて、一つしかない目を開いて、それでもゾロの目を見返せないから、胸元辺りに視線を漂わせた。
ゾロの喉仏が大きく上下するのがわかる。
こいつも、緊張してんだろうか。
「・・・俺は、毛嫌いしてる奴には指一本だって触れさせねえよ」
小さく唾を飲み込んで、拗ねたように口を尖らせた。
「・・・欲しい奴しか、誘いなんてかけねえ」
これがいっぱいいっぱいだ。
押し黙ったサンジの肩を数回撫でるように手を這わせて、ゾロは改めて胸に抱きとめる。

「ずっと、てめえを抱きたかった」
ため息のように、息を吐きながらゾロが呟く。
サンジも肩の力を抜いて、ゾロの首に頬を預けた。


「ただいま」
素直になれなくて、わだかまりばかりでずっと言えなかった言葉。
ゾロは満足気に笑うと、改めて「おかえり」と呟いた。








まさかこんな風に、ゾロと笑いながらキスを交わす日が来るとは思いもしなかった。
唇を合わせて、歯を舐めて舌を絡めて・・・決して優しくなったわけじゃない、むしろ荒々しく求めながら性急に
追い立てられる。
文句を言う隙もないほど口を塞がれて、身体を開かされた。
解すのもそこそこに、猛り狂った雄を打ち込まれ、身を捩りながら爪を立てる。
抗うために伸ばした手は、掴み取られ指を重ねて握り締められた。
やっぱりまるで、愛し合っているかのようだ。
こんなに乱暴で苦しいのに、余裕さえなくてがむしゃらに腰を打ちつけるゾロが愛しくてならない。

思い遣り労わる相手なんていらない。
慈しみなんてクソくらえだ。
欲しいものを欲しがって、喰らい合うケモノのようにただ求めればいい。
いつか夢さえ潰えても、飢えた魂がある限り―――

「ゾロっ・・・」
熱に浮かされたようにサンジは叫ぶ。
「俺を、てめえで満たしてみろ。てめだけで・・・一杯に・・・」
サンジの挑発にゾロは歯噛みした。
どれだけ深く打ち込んだって、捉えきれない。
「言ってろ、てめえを死ぬまで食らい尽くしてやる」
「はっ・・・やれるもんなら・・・」
声を立てて笑いながら、サンジは硬い髪を掴んで白い喉元に引き寄せた。
言葉通り歯を立てて舌で舐め、ゾロは身体を起こした。
サンジの膝裏を手で押さえて、限界まで開かせながら楔のように己を打ち込む。
サンジは笑いながら嬌声を上げて、自分の腹の上に何度目かの精を放った。





汚れた毛布に包まって、サンジは腕だけ伸ばして煙草の入った上着を手繰り寄せた。
背を向けてウトウトしていたらしい、傷のない背中がゆっくりと動いてこちらに向き直る。
目を閉じたまま口元でむにゃむにゃ言って、それでもサンジを抱き寄せる仕種をした。
「この偽者・・・どこでそんな芸当を覚えた」
笑いを噛み殺して、サンジが囁く。
ゾロは片目だけうっすらと開けて、ようやく目を覚ましたようだ。
「たいした甘ちゃんになったもんだな、骨抜きかよ」
「うっせー・・・てめえと、こうしたかったんだ」
寝ぼけたゾロは普段より素直だ。
言われたサンジの方が赤面して、仕方なく煙草に火を点けた。

「もう、朝か?」
戸の隙間から、白い光が差し込んでいる。
「ああ、遅漏でねちっこい親父テクな誰かさんのお陰で、徹夜になったぜ」
ため息と一緒に煙を吐き出した。
そろそろシャワーを浴びておかないと後が面倒だ。
「そうか、星が見れなかったな」
「星?」
問い返して、あ、と思い出した。
そう言えば、あっちのゾロも星を見せたいとか言っていた気がする。

「星ってなんだよ、てめえらのマイブーム?」
「さあな、俺も詳しくはねえが、こっちにもあっちにも二つ並んだ同じ星があるんだとよ」
ふうんと気のない返事を返して、サンジはふと考える。
「それよりよ、てめえ方向音痴を直せとまでは言わねえが、星ぐらい読めるようになっといた方がいい。この
 広い海原で、唯一方向を指し示すのは天体だ。せめて日が昇る方向と星が沈む方向くらいはわかるように
 なっとかねえと、海の男にゃなれねえぜ」
サンジの言葉に、ゾロはきょとんとした表情で見返した。
「俺が、海の男になるのか」
素で問いかけられて、サンジはちっと口の中で舌打ちする。
が、こいつはちゃんと言葉で伝えないとわからない大馬鹿者なのだと自分に言い聞かせた。

「俺は一生、海で暮らすつもりなんだよ。だったらてめえは、海の男だろうが」
数秒置いて、ゾロはああ、と頷いた。
何度か一人で首を縦に振って、やにわににんまりと笑う。
「そうだな、てめえと海で生きるのも悪かねえ」
「何が悪かねえだ。一緒に居させてください、お願いしますだろうが」
ひとりニヤニヤと顔を崩すゾロに毛布をひっ被せた、その時―――


「海軍だ――――っ!」
チョッパーの情けない声が格納庫まで届いた。
二人同時にがばりと跳ね起きる。





甲板に駆け出してみると、空一面に薄紫の雲が筋のようにたなびいて、朱に染まった東の方角から何艘かの
船がこっちに向かってくるのが見えた。

「全速力で逃げるわよ!」
ナイトキャップを被ったままのウソップが右往左往し、ナミは望遠鏡を覗きながら方角を確認した。
「ゾロは舵を取ってって言うか!その前にパンツくらい履け!」
視線は逸らしたものの、的を外さずしてサンダーボルトがゾロの上に落ちる。
「サンジ君もズボンくらい履きなさい!」
「ああ〜っ、レディの前で失礼しました!」



早朝から慌しくなったGM号は、あり得ないほど角度を変えて全速力で走り出した。
波を掻き分け風を味方につけて、どこまでも駆ける。

サンジは遠くで海軍から放たれる大砲の音をBGMに、手早く朝食の準備を始めた。
片が付く頃には丁度いい食事タイムになるだろう。
煙草を咥えたまま目を凝らして、空を見上げた。



朝が来たなら、空は白い光に包まれて星々はその存在すらなくしたように沈黙する。
それでも、たとえ空に星はなくとも―――

俺達はここにいて、欲しいモノを手に入れるのだ。
生きて、愛して、闘って
―――望みのかぎりに




END









空に星はなくとも

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