「冗談よ、私が知らない内にあんた達が親しくなってるのが癪に障ったから、ちょっとからかっただけ。
水を向けたのは私だもの」
悄然と項垂れるサンジが気の毒になって、ナミはフォローに入った。
「今頃、ゾロはお見合いパーティとやらできっとくしゃみ連発してるわよ。まさかこんなところで酒の肴に
なってるとは思わないでしょう」
「・・・まあね」
無意識にポケットを探って煙草を取り出しそうになって、慌てて意味もなくナプキンを握り締めた。
そんなサンジの前に、最後のデザート皿がそっと置かれる。
「実は、そのお見合いパーティの話題のついでに今夜ナミさんとデートすることも言ってあるんだ。
その途端、なんかすげえ不機嫌になってたぜあいつ」
「あら、私とクリスマス・デートするってゾロに報告したの?」
ナミの目がまたきらんと輝いて、悪戯っぽい笑みが口元に広がる。
「ふーん、それで不機嫌になったんだー。ゾロがヤキモチ焼くなんて初めて聞いたわ、珍しい」
「そりゃあしょうがないよ、なんたってゾロはナミさんのことをとても大切に想ってるんだから」
ナミはデザートスプーンを口元に運んだまま、しばし口を開けてサンジの顔を凝視した。
「ん?どうしたのナミさん」
半開きの唇がとてもセクシーだよ?
「馬鹿ね、ヤキモチ焼いてる対象は私じゃないわよ」
ぱくんとスプーンを頬張って、にんまり口端を上げる。
「まあいいわ、今夜一晩ゆーっくりゾロとのこと、聞き出してあげる」
サンジは人差し指を立てて、ちちちと気障な仕種で横に振った。
「ダメだよナミさん。ゾロの話はこれで封印。今夜はこのホテルの部屋を取ってあるから、この先は俺たち
二人の今後の話をちゃんとしよう」
「あらまあ、ぬかりのないこと」
共犯者めいた眼差しを無言で交わしていたら、ふと入り口がざわついた。
遅れて食事を始めたためか、今店内に残っている客は少ない。
「お客様、お待ちください」
抑えた口調ながら切迫感があって、サンジとナミは同時に振り向いた。
空いたテーブル席の間を、真っ赤なシャツを着た男がこちらに向かって一直線に歩いてくる。
「ル・・・!」
ナミが慌てて腰を浮かし、膝に乗せたナプキンがはらりと足元に落ちた。
サンジは突然の闖入者からナミを守るべく立ち上がったが、二人の雰囲気に気圧されて動きを止めた。
こんなにも動揺するナミを見るのは初めてだ。
「ナミ、久しぶり」
真っ赤なTシャツに半ズボン、頭には麦藁帽子を被った男はにかりと子どものような笑みを浮かべた。
あまりにも場違いすぎて、いっそ真夏のサンタと形容した方が納得できるかもしれない。
ナミはきつく睨みすえたかと思ったら、いきなり右手でその男の頬を張った。
パンと小気味良い音を立てて、男の身体が僅かに揺らめく。
が、顔に浮かんでいる笑顔はそのままで、むしろ一層嬉しそうに歯を見せてしししと笑った。
「相変わらずすげーパンチだな。目が覚めたぞ」
「じゃあ今まで寝てたのね、もっと目を覚ましたかったらその辺から飛び降りたら」
ナミの肩が小刻みに上下している。
湧き上がる感情を必死で抑えようとしているのか、ドレスの端を握った手は震えていた。
「もういい、充分目え覚めた。迎えに来たぞ」
「なんですって?」
「俺と一緒に行こう、ナミ」
男は胸を張ったまま、堂々とナミに向かって手を差し出した。
乱入者を止めようと後を追ってきたスタッフも、事の成り行きにしばし動きを止めて見入っている。
「今更何言ってんの?私を置いて勝手に行っちゃったのはあんたの方じゃない。一言も相談しないで、
急に姿消しちゃって。5年よ、わかってんの?あれから5年、一度も私に連絡ひとつくれたことないじゃない」
「俺が身勝手だった。謝る、ごめん」
「謝ってすむなら警察いらないのよ!」
「・・・警察、呼びますか?」
サンジの背後で右往左往していたスタッフが、小声で聞いてきた。
サンジは首を振って、しばらく待って欲しいと伝える。
話の内容から考えて、この小汚いガキみたいなのが「ルフィ」だろう。
ナミさんのかつての恋人。
ゾロの親友。
「女の5年を舐めんじゃないわよ。23から28まで、一番いい時期にあんたは側にいなかった。そんだけ
私を放っておいて大丈夫とでも思ってたの?随分自信過剰なのね。でもお生憎様、私はあんたのこと
なんかとっくに忘れてたの。もうちゃんと恋人がいるの」
そう言って、サンジの方を指し示した。
ルフィはその動きに合わせるように視線を動かしたが、人懐こい笑顔はそのままだ。
「おう、お前がサンジだな!ナミが世話になった、ありがとう!」
「なんで過去形なのよ!」
ナミが切れる。
「俺は最初から、多分最後までナミが好きだ。だからこれからはずっと側にいる。一緒に行くぞ、ナミ」
「ふざけんな」
再び振り下ろされた右手を取って、ルフィはそのままナミを抱き上げた。
薄いドレスの裾が花のように舞う。
「どこに行くんだ」
サンジは腕を組んだまま、冷静にルフィに尋ねる。
「決めてねえ。さっき日本に帰ってきたとこだし、まず最初にナミを探さねえとと思ったからこっち来たんだ。
ナミ、お前んち行っていいか?」
「冗談じゃないわよ」
抱き上げられた体勢で、両手でばちんとビンタを食らわせた。
ルフィの片方の鼻から、たらりと鼻血が垂れる。
「あーじゃあ、このホテルの部屋使えよ。クラブフロア7332号室」
「サンジ君!」
ナミの声は、抗議と言うより驚嘆に近い。
サンジは胸ポケットからカードキーを取り出すと、ルフィに向かって投げた。
ナミを両手に抱いたルフィは、それを器用に口で加えて受け取る。
「使い方はナミさんに聞け、お前にゃ無理だろ山猿」
「ふわっは、はんふう」
ナミはルフィの腕の中からなんとかして降りると、逃げようとはせずイスに置いてあったハンドバッグを
手に取り、落ちたナプキンでルフィの鼻血を乱暴に拭う。
「いいわ、今夜一晩かけてみっちり言い訳を聞いてあげます」
「おう、頼むぞ」
ルフィは悪びれずにそういい、改めてナミの顔を覗き込んだ。
「・・・なによ」
「ししし、前よりもっといい女になったな」
そう言って軽く頬にキスをして、肩を抱いた。
先ほどまで怒りで真っ赤になっていたナミの頬が、今は柔らかな桜色に染まっている。
「こんなレストランに来るのに、そういう格好は止めてよね。非常識にもほどがあるじゃない」
「今度飯食いに来る時は、ちゃんとした格好で来るよ」
ルフィはナミから離れると、呆然と立ち尽くすスタッフや居合わせた客達一人ひとりに、お騒がせしてすみません
でしたときちんと頭を下げて回った。
その光景を見ながら、ナミがサンジに視線を合わせないでそっと側に寄ってくる。
「ごめんね、サンジ君」
「いいよ、とんだサンタクロースのお出ましじゃ、俺の出る幕ないじゃん」
話にしか聞いたことがなかったけれど、実際にルフィとやらを目にしても、とてもナミと釣り合う人物とは思えない。
けれど確かに、ナミがルフィを見る瞳には心が篭っていて、自分では太刀打ちできないと直感したのだ。
「よいクリスマスを」
「ありがとう、サンジ君も」
「ありがとうなサンジ、またな!」
豪快に手を振って最後まで賑やかに、ルフィはナミをつれて堂々と店を出て行った。
一人残されたテーブルには、食べかけのデザートと空のコーヒーカップ。
ぽつんと座って夜景を眺めるサンジに、スタッフが何事もなかったようにそっと近付いた。
「エスプレッソはいかがですか?」
「・・・いただきます」
ほろ苦い香りを嗅ぎながら、サンジはぼんやりと空を見上げる。
地上の星々の光に圧倒されてか、空には一つの瞬きも見えない。
けれどきっとこんな晴れた夜は、シモツキの空には満点の星々が輝いているのだろう。
それとも、もう白い結晶が空から舞い降りてきているのだろうか。
お見合いパーティにあぶれて、ゾロも一人で、こうして空を見上げてないかな
―――ん?
ゾロ?
ルフィは今日帰国して、その足でナミを迎えに来たといった。
今夜この店でナミが食事をしていることを、知っているのはサンジと当人と後は・・・ゾロ一人。
「・・・あ・あ・あ・あの野郎〜〜〜〜〜〜」
思い当たって今更ながら悔しさが込み上げ、思わず膝に乗せたナプキンを引き千切らん勢いで握り締めた。
いくらヤキモチ焼いたからって、何も恋敵に塩を送るような真似しなくていいだろうが。
つか、恋敵って・・・
「そもそも、ゾロは誰に嫉妬してんだ?」
ふと湧いた疑問を口に出して、サンジは一人首を傾げた。
クリスマス・イブの夜。
恋人を颯爽と掻っ攫われ、取り残された男が一人、ぶつぶつとなにやら呟きながら百面相を繰り返して
いるのを、名店のスタッフたちはひっそりと見守っていたという。
Merry Christmas!
聖なる夜を、心静かに過ごされますように……
END
