聖夜の贈り物




 ツンと冴えた夜空に、満天の星が瞬いている。
 どこかの教祖が産まれた日だとか、聖なる夜とか言われているけど、こんな風に冷えた夜に
 降る星の光はどこか神秘的で、自然と神妙な気持ちになるものだ。
 
 誰一人神など信じてはいないのに、クリスマスパーティは華やかに執り行われた。
 骨付き肉と多彩なオードブル、クラッカーにサンタの赤い服。
 三角帽子にワインとチーズ。
 特大クリスマスケーキにお決まりのどんちゃん騒ぎ。
 調子っぱずれな歌声と踊る影。
 ナミの軽やかな笑い声にウソップのほら話が重なって、ルフィがひっくり返っている。
 すっかり眠ってしまったチョッパーを抱いたロビンと一升瓶を抱えたゾロが、喧騒の中で穏か
 に話している。
 
 いい夜だ。
 宴の夜だ。
 サンジは上機嫌で、それでも意識的にアルコールはセーブしてクルーを眺めていた。
 ウソップとルフィがつぶれて、まもなく宴はお開きとなる。
 
 「そろそろお仕舞いにしましょうか。夜更かしは美容に悪いし・・・」
 「さ〜すがナミさん。美女は自分への気配りも忘れませんねえ」
 「自分にしか気配りしてねえじゃねえか」
 ぼそりと呟くゾロにギン!とガンをつける。
 「あんだとてめえ。ナミさんになんて口ききやがる」
 「あーはいはい、みんなお開きよー!」
 ナミのよく通る声が響き渡り、ゾロが腰を上げて床に寝そべっているルフィとウソップを担ぎ
 上げる。
 「明日みんなで片付けましょうね。おやすみなさい」
 ゾロに付き合って相当飲んだであろうロビンは、確かな足取りでナミと共に部屋を後にした。
 「酒に強いレディって、カッコいいな〜」
 その後姿にハートを飛ばしまくるサンジに、突っ込みを入れる者は誰もいない。

 しんと静かになった部屋の中で、くーかくーか眠るチョッパーを抱き上げた。
 呼吸とともに上下する、ふかふかの胸毛が気持ちいい。
 顔をうずめて頬擦りしていたら、二人を男部屋に放り込んだゾロが帰ってきた。
 「なに、してやがんだ」
 心底呆れたような声に我に帰って、サンジは慌ててチョッパーをゾロに投げる。
 危なげなくキャッチして、ゾロはまた男部屋に向かった。
 何故かホッとして、それから食器だけを片付け始めた。
 散らかった部屋の片付けは、明日にでも皆ですればいい。
 だが、汚れた食器をそのままに眠ることはできない。
 幸い食べ残しという物がこの食卓には存在しないので、山と積まれた皿を手早く洗う。
 貴重な水を無駄にせず効率よく漱ぎながら、サンジはひぃふぅみぃと口に出して数えてみた。
 ゾロと最後にHしてから、今夜で丁度一週間。
 かなり長く間が空いている。



 どういう勢いからか、ゾロと関係を持つようになって、結構経った。
 同じ船に乗って、むかつく奴だとかすげえアホだとかそれでも強えとか色々思ったけど、
 実際に手をかけられたら脳味噌が沸騰するかと思うほど興奮した。
 野生動物のような強い光を持つ目に見つめられたら、このまま食われちゃってもいいと本気
 で観念した。
 男相手にである。
 いくら魔獣でも、海賊狩りでも、ロロノア・ゾロでも、相手は男である。
 自他ともに認めるレディ大好き人間であるサンジが、こともあろうに無骨な野郎に押し倒され
 てベロチュ―かまされて恍惚となるようではお終いだ。
 ―――ああ、俺は終わったな
 頭抱えて一人唸ってみても、後悔の念に苛まされる事はなかった。
 この時点で既に末期である。
 勢いでSEXして、まあ悪かないよなと開き直っても、ずるずると関係を続けるつもりはなかっ
 た。
 野良犬にでも噛まれたと思って、忘れなさい。
 よくそう言うじゃねえか。
 野良犬ならぬ魔獣に噛まれて、忘れるどころかなし崩しに関係が続いてしまって、こともあろ
 うに告られましたよ。
 ロロノアさんに。
 そいでもって、その言葉一つ一つに過剰に反応してテレまくった俺は、誰が見ても三国一の
 立派なホモだ。 
 そうに違いない。 
 四六時中寝てばかりで、起きてる時は鍛錬オタクで、無愛想で人を小馬鹿にしたような口ば
 かり叩くような男が、俺を押し倒して好きだとよ。
 惚れてるだとよ。
 




 聞きなれた足音が近づいてきた。
 サンジは水を止めて、タオルで手を拭いた。
 軽く頬を叩く。
 赤くなっているのは、酒のせいだ。

 ゾロが入ってくる。
 「まだ、飲み足りねえのかよ」
 思い切り呆れた声をかけたのに、ゾロはおうと答えて勝手に酒を出してきて、グラスを傾けて
 いる。
 多分、サンジが皿を拭き終わるのを、ここで待つつもりだろう。

 結局、度々ゾロと寝るようになった。
 奴なりにかなり気を遣っているようだが、サンジの身体には結構な負担になっている。
 やってる最中は、確かにめっちゃイイんだけど、翌朝がキツイんだよなあ・・・





 ゾロの身体は好きだ。
 あの腕で抱きしめられると気持ちいいし、あの指が肌を辿るとぞくぞくする。
 耳元で囁かれるとクラっとくるし、キスは激しくて身体の芯が熱くなる。
 考えていただけで、心臓がドキドキしてきた。
 軽く息を吐いて気持ちを鎮める。
 なんせ当人が目の前にいるのだ。
 
 ともかくSEXはいいのだが、問題は自分の身体だ。
 あれはどれくらいやったら、慣れるもんなのだろうか。
 入れる度に後が痛くちゃ、やってられないだろう。
 それとも慣れる頃には、がばがばになっちゃうんじゃないだろうか。
 ゾロはほっといたら毎日でもやれるタイプだ。
 ストイックで淡白なのかと思っていたら、とんでもない。
 精神力で自制しているだけで、実は精力絶倫天然スッポン男だった。
 こんなこと毎回やられちゃあ、身体が持たないので何日か日を置くように仕向けた。
 攻撃やらトラブルやらがあると、自然お預けにもなる。
 すると、溜まった分一度やったら凄いのである。
 少なくとも1日は、現場復帰できなくなる。
 溜めないように1日おきに抜くべきか、ずっとじらしてどーんと玉砕して3日寝込むか。
 サンジは今後のゾロとの付き合い方を含めて、真剣に考えていた。



 男も、レディみたいに濡れるといいのになあ。
 馬鹿な考えだと承知しているが、マジにそう思う。
 本来使用するべき器官じゃないから、痛いし苦しいし、無茶してるってのはすげえわかる
 けど、でも結局気持ちいいんだからもっと受け入れやすくなってもいいんじゃないだろうか。
 ゾロはゾロなりに、かなり気を遣ってくれている。
 すぐに突っ込みたいのをかなり我慢して、時間かけて慣らしてくれてるのがわかる。
 男相手に気遣ってんじゃねえ、と啖呵切っても、鼻で笑ってなかなか入れて来ねえ。
 俺が痛そうな顔するからか。
 どんだけやっても、入れる瞬間は痛くて、身体が強張って青褪めちまう。
 そうすっと、ゾロは辛そうな表情をする。
 俺、ゾロとするの好きなのによ。

 やっぱり濡れるといいのに。
 口に出して言わなくても、あんたが好きだと身体で伝えられるじゃねえか。
 キスされて愛撫されて、熱くなって蜜を湛えたら、全身で好きだとわかるじゃねえか。
 受け入れてるとわかるじゃねえか。
 俺が慣れねえ限り、ゾロはいつまでも強姦気分のままだ。
 まあ、強姦されてるシチュエーションでしか許してねえ、俺の態度にも問題はあるが。
 自分から言えねえだろ。
 やりたいなんて。
 でもほんとはやりたいと思ってる。
 翌朝のご飯の準備とかなかったら、2日や3日寝込んでも構わないくらい、一晩中でもやっ
 ていたい。
 ゾロが好きだからよ。
 でも、そんなこと正直に伝えられるわけもないから。
 実際、ケツ痛ーし・・・。



 キッチンの外から、軽い足音が聞こえてきた。
 遠慮がちに扉が開かれる。
 おずおずと覗いたのは、つぶらな瞳。
 「どうした。目、覚めちまったか」
 ゾロが声を掛けた。
 チョッパーはにへら、と笑ってキッチンに入ってきた。
 「ホットミルクでも飲むか?」
 皿を片付け終えた戸棚から、カップを取り出す。
 「ああ、ごめんサンジ。折角片付けたのに・・・」
 「これくらい、どってことない」
 チョッパーはゾロの向かいにちょこんと座った。
 サンジの後姿を見ながら、エッエッエと笑う。
 「なんだ、なんか嬉しいのか。」
 面白そうにゾロが見ているのに、チョッパーは照れたように頭を掻いた。
 「俺なあ、夜のキッチンって好きなんだ」
 カップを両手で受けて、ありがとうと言う。
 「見張りのときとか、暗い外から見るといつも暖かい灯りがついててさ、中を覗くとサンジが
  いるんだ。いい匂いさせてたり、ノート広げて何か書いてたり・・・すんげー幸せな気分に
  なる」
 「なんだそりゃ」
 呆れた風ではない、照れたサンジの声。
 「ゾロやサンジは、小さい頃の辛かったこととか、よく思い出すか?」
 唐突なチョッパーの問いに、二人は顔を見合わせた。
 「そんなこたあ、思いださねえ」
 「っていうか、俺覚えてねえかも・・・」
 チョッパーはミルクを口に含んで、それからこくんと頷いた。
 「俺もさ、トナカイだった頃のこととか全然思い出さない。それよりドクターとかドクトリーヌとか
  は今でもしょっちゅう思い出す。それから初めてみんなに出会ったとき。船に乗ったとき。
  サンジのご飯を食べたとき――――」
 目を閉じて、エヘへと笑う。
 「なんか、記憶って変化するんだな。辛かったときのことはベールがかかったように薄ぼん
  やりしてる。代わりに楽しかったこと、好きな光景がたくさん積もってきて、思い出す回数
  が増えていく」
 「それはチョッパー、お前が今幸福だからだ」
 らしくない、ゾロの言葉にサンジはびっくりした。
 「楽しい思い出が積み重なるのが、幸せなんだろ」
 穏かなゾロの顔に、一瞬見蕩れる。
 ああ、こいつこんな顔もできるんだ。
 「俺も、そう思う。ゾロ」
 ほうと一息ついて、チョッパーはカップを置いた。

 そういや、この船に来てから何かと忙しくて、クソじじいのこととかあまり思い出さなかった
 な。
 それでも記憶の中のじじいは、あったけー目で俺を見てる。
 あんなに怒鳴られて蹴られたのに、あまりそのことは思いださねえ。
 胸がぽわっと暖かくなる、いい思い出だらけだ。
 そしてルフィ、ナミさん、ウソップ、ビビちゃん、ロビンちゃん―――
 チョッパーと、ゾロ。
 ゾロと、俺はこれからも幸せな記憶ってモノ紡ぐんだろうか。
 こいつと過ごす大切な時間が降り積もっていくのだろうか。
 幸福な思い出で満たされて一杯一杯になっても、俺はこいつの隣にいるのだろうか。



 「ありがとう。ご馳走様」
 チョッパーが椅子から降りて、空のカップをサンジに手渡す。
 「それから、これ――――」
 化粧水くらいの大きさの瓶に、リボンが結んである。
 「ゾロとサンジにプレゼント。どっちに渡していいかわからないから、とりあえずサンジに」
 「サンキュー。なんだ、これ?」
 瓶の中でとろりと揺れる、透明な液体を灯りにかざす。
 「俺特製の潤滑油だ。ビタミンEが配合してあるから持続性もあるし、皮膚細胞の新陳代謝
  も促すぞ。もちろん天然素材使用だから身体にも害がない。っていうかハーブエキスも
  入れてあるからリラクゼーション効果まである。是非使ってくれ」





 ――――はい?





   「ああ、一人子供産んでから、SEXが億劫でしょうがないわ。濡れも悪いし・・・」
   「ママ〜。はいこれ。使ってみてよ」
   「あら坊や、これなあに?」
   「SexualJerryだよ。これならきっと上手くいくよ。そして早くボクに弟か妹作ってよ」
   「まあ、坊やってほんとに気が利くのね。わかったわ、ママ頑張っちゃうv」


 ってな光景がサンジの頭の中でぐるぐる展開した。
 そうか・・・チョッパー弟か妹が欲しかったのか・・・じゃなくていつから気付いてた、俺達の
 こと?っていうか気付いてたんか俺達の関係・・・っていうかこういうのものをわざわざ作っ
 てくれてるってのは、俺が辛いこと知ってたのか?っていうか―――

 固まったままぶつぶつトリップしているサンジを置いといて、ゾロはチョッパーを手招きした。
 小声で尋ねる。
 「このアイデア、お前のじゃねえな。瓶から察するにナミか、ロビンか?」
 チョッパーは青くなってふるふると首を振った。
 「ち、違うよ。俺を呼び出して言いつけたのはナミだけど、隣でロビンも笑ってたなんてこと、
  絶対にないよ」
 やっぱりそうか――――
 「わかった。俺の勘違いだな」
 あっさりゾロが言ってくれたので、チョッパーは心底ホッとした。
 よかった。
 ばれてない。
 「あれは、いくらでも作れるのか?」
 「うん、配合はメモってあるから。材料も手に入りやすいものだし」
 「そうか、ありがとよ」
 大きな手でぽんぽんとチョッパーの頭を叩いた。
 「よせやい。子供じゃねえぞ〜。」
 満面の笑みでへにょへにょしながら、身体をくねらせている。
 「じゃあ、俺寝るね。おやすみなさい」
 「ああ、おやすみ。チョッパー」
 軽い蹄の足音が遠くなっていくのを、ゾロは静かに見送った。

 「―――いや、いくら弟が欲しくても・・・無理だぞ」
 サンジはまだぶつぶつ言っている。
 チョッパーに知られていたということが相当ショックだったらしい。
 ここで、実はチョッパーは何にも知らなくて、ナミとロビンに唆されただけだと教えてやった
 ら、今度はどう反応するだろうか。
 人のことには気が回るくせに、自分の事に疎いこの男は、自分達の関係が実は一部に
 ばればれだということに、気付いていない。
 特に女に気付かれてると知ったら、パニックを起こすだろう。

 さて、どうしたものか。
 
 思案したが、とりあえず試してみてから考えることにするか。
 テーブルに置かれた小瓶を手にとって、ゾロは足を踏み出した。


                          −END−