田舎のちょっとした観光地・・・のつもりで訪れたドラムは、なかなかの賑わいだった。
一番の紅葉ポイントであるワポル神社の駐車場に車を止め、人波に合わせてのんびりとそぞろ歩きを楽しむ。
「思ったより人出が多いな、屋台もたくさんある」
浮かれた様子のサンジにつられ、ゾロもそこはかとなくテンションが上がった。
「最近は平日だの休日だのって、あんま関係ねえだろ」
「確かに、可愛い女の子連れも結構いる~v」
観光客がいたとしても年配の女性客か夫婦連れが主流だろうと勝手に思っていたので、思ったより平均年齢が低いのが意外だった。
とは言えさすがに、家族連れの姿はない。
「まだ学校あるからだろうけど、他の客が多いのはやっぱ紅葉シーズンだからかな。さすがに綺麗だ」
参道を歩きながら、サンジは時折り足を止めて遠くを眺めやった。
今年は例年になく紅葉が鮮やかだということで、連なる山並みもまさに錦のごとき色合いだ。
「綺麗だし、美味そう」
立ち並ぶ屋台ではなにがしか焼いているらしく、食欲をそそる匂いが入れ代わり立ち代わり漂っている。
「牡蠣コロッケだと、海が近いのか」
「ここは山ん中だが、峠を越えると漁港があるぞ確か」
「帰りにそっち寄ってみねえ?市場ねえかな」
「あるんじゃねえか」

屋台の人寄せに誘われるまま揚げたての天ぷらを一つずつ買って頬張り、造り酒屋の甘酒を飲む。
立ち飲みスペースがあって、ゾロは車で来たことを後悔していた。
仕方ないから、サンジは後で手土産用にお勧め酒を買って帰ってやると約束してなんとか宥めた。
「くそ、造り酒屋・・・」
「まあまあ、また改めて来ようぜ。あ、鰻の串焼きって」
「鶏つくね・・・」
「焦がしみたらし」
あれこれと食べ物屋台に目が行ってしまって、サンジは額に手を当てて嘆息した。
「なんてこった、俺らはルフィか」
「ルフィと言やあ、いまあいつらどこいるんだ。最近音沙汰ねえぞ」
ゾロは片手にそれぞれ種類の違う串を4本、指に挟んでもぐもぐしている。
お前はウルヴァリンか。
「んーと、確かスウェーデン行くっつってたかな。ナミさんにまたメールしよう」
便りがないのは無事の証拠と思いたいが、世界を股にかけて飛び回ってる彼らが心配ではないと言えば嘘になる。
悪戯に紛争地域に足を向けないだけ、賢明だ。

「む」
「うう」
甘く香ばしい匂いに連られ、つい足を止めたのは二人同時だった。
休憩所で妙齢の女性達が頬張っている、焼き芋のせいだ。
「あれも美味そうだな」
「いや待て、よく考えろゾロ。焼き芋だぞ、つまり芋だぞサツマイモ。我が家にも新聞紙に包んでゴロゴロ仕舞われているサツマイモだ」
「だが、それこそ黄金色に照りが出てていかにも美味そうな」
「騙されるな、所詮はサツマイモだ。我が家の木箱の中に眠っているサツマイモごときに――――」
口では抗いながら、サンジの目線は無意識に焼き芋の屋台を探してしまっていた。
思いのほか近く、すぐ傍に石焼き芋屋がある。
「あ、あった」
「探してんじゃねーか」
ゾロに突っ込まれつつ、つい焼き芋売りのおっさんの前に立ってしまった。
「いらっしゃい、一番大きいのはラスト一本だよ」
“ラスト”の言葉には弱い。
「ん~~~そうか」
「最後だからオマケしちゃおう」
「・・・じゃあ、ください」
“オマケ”の言葉にも弱い、サンジだった。

「結局買ってやんの」
「しょうがねえだろ、ラスト1本でしかも100円値引きしてくれたんだから」
流石に一番大きいサイズとあって、とても一人では食べきれない大きさだ。
あちあちっと騒ぎながら二つに割り、片方をゾロに差し出す。
「いただきます」
「いただきまーす」
はふはふ、白い湯気を立てながら顔を傾けて横から齧る。
「ふまー」
「うん、こりゃふまい」
ほふほふと頷きつつ、歯で表面をこそげ取るように齧り付く。
熱い、熱いが美味い。
「くそ、たかがサツマイモの癖に」
「品種が違うだろ、段違いに甘え」
「でもサツマイモだ、うちのサツマイモだって美味いんだー」
「今度天ぷらしようぜ」

齧りながら歩いていたら、すれ違った若い女性達が振り返った。
「焼き芋あるんだー」
「お芋食べてたね」
芋を齧っていたサンジが、ぶほっと噎せて首を竦める。
「見、見られた」
「残念だな、いま行ってももうねえぞ」
意地悪なゾロの呟きも、お互いにサクサク前を歩いているからサンジ以外の耳には届かない。
「最後の芋は俺達が貰った」
「や、さっきも言われたんだよな。焼き芋―って、みんな好きなんだな」
結局、全部食べ尽くすまでの間に5人の女性に「焼き芋食べてるー」と呟かれた二人だ。



紅葉狩りなのか屋台狩りなのか、判別つかない状況を大いに楽しみ、古い町並みが残された区域をぐるっと回ってから買い物へ向かう。
郊外にドンとたてられた巨大なディスカウントストアは、駐車場も広々として快適だ。
「どこ行っても、そこそこ人がいるな」
「活気があっていいんじゃねえか」
ゾロと並んで歩きながら、サンジはなんとなく手持ち無沙汰に自分の顎を撫でた。
「よかった。ほら、あんま人がいねえとよ、悪目立ちするかと思って」
「ん?」
「だってよ、いい年したおっさんが二人連れで歩いてるって、変じゃね」
「・・・考えすぎだ」
「かな」
「自意識過剰」
「んなことねーよ」
プンすか怒りながら、肩を怒らせて早歩きで先に行く。
サンジの気持ちもわからないでもないが、ゾロはどちらにしろ気にしない。
ただ、人出が多いことで紛れるとサンジが安心できるなら、それが一番いいだろう。

久しぶりの二人での買い出しで、しかも日用品が安いとあってあれもこれもと買い溜めた。
外へ出れば雲行きは少々怪しくなっていたが、軽トラではないから安心して後部座席に荷物を積み込む。
「あと、漁港回ってみよ」
「この時間なら、あんまいいもんねえかもしんねえぞ」
「ついでだ、新規開拓」
トンネルを抜けて峠の山道を越える頃には、フロントガラスを濡らす程度に雨が降った。
それも、海を見下ろしながら下る時には止んでいる。

「市場、ねえな。あっちに並んでんのは干物屋さんか」
「表に生魚置いてあるぞ」
「自分で塩して干してえんだよ、いいもんあるかな」
寂れた漁港に男二人が立ち寄るとさすがに目立つのか、網を繕う漁師が目を向けて来るがサンジは気にしない。
食材を前にすると職業意識が高まるせいだろう。
「これとこれ、こっちも一籠ください」
「ほいよ、残り物だからこれオマケするね」
「ありがとうマダム」
「あらいやだ、マダムだなんてねえ」
漁場のおばちゃんは誰もが人懐こく、どこかお隣のおばちゃんに似た可愛さがある。
サンジは始終ニコニコして、たくさんのオマケと一緒に魚を買い占めた。
「帰ったら、風太達の散歩行ってくれよ。俺、この魚仕込んで干したい」
「了解、じゃあ直帰すっか」
いつもならどこかで喫茶店でも探して一服するところだが、最初に屋台で食べ過ぎたのと買った魚を早く捌きたいのとで気が
急くらしく、サンジはうんうんと頷いてシートベルトを装着した。



予定通り、帰宅してそこそこにゾロは風太と颯太にせっつかれて散歩に出かけた。
その間に、サンジは部屋を暖めつつ手早く魚を捌いて浸ける。
並行して夕食の支度が出来た頃、ゾロも戻ってきた。
「天気、どうだ?」
「や、こっちは降ってねえぞ。道が乾いてる」
「んじゃ干しても大丈夫かな」
軒下に干し網を吊り下げ、加工した針金ハンガーを仕込む。
「これで、明日天気よかったらいい日干しができっぞ」
「明日はそれで一杯やれるな」
ともあれ今日は、あるもので済まそうぜと買いこんできた惣菜を並べた。
「誕生日にこういうのも、たまにはいいだろ」
「おう上等だ」
ゾロは気に入った地酒を買って帰って来れたので、それだけで上機嫌だった。
「一応、冷蔵庫の中にはちゃんとケーキも作っておいてあるんだからな」
今日はあれこれ食べ歩きをした割には甘いものは少なかったとサンジが言えば、ゾロは緩く首を振る。
「デザートはこれからだろうが。もちろん、冷蔵庫のとは別腹で」
「・・・ばか野郎」
意図することに気付いて、サンジは顔を赤らめてすれ違いざまにゾロの向う脛を蹴った。





誕生日プレゼント代わりのスイーツを夜中中堪能したゾロは、ゆったりと朝寝を楽しんでいる。
そろそろ起きなければと、怠い身体を起こしたサンジはカーテンを引き様絶句した。
「―――――ん、のおおおおおおっ!」
尋常でない叫び声も、ゾロにとっては日常茶飯事になりつつあって寝覚めの効果はなかった。
「ばか、起きろクソ野郎!魚が、魚がねえっ!」
「・・・んだあ、また猿か?」
「知らねえけど、魚がねえっ!俺のアジ――――っ!」
雨上がりの晴れた空の下、無残にも破かれた干し網がブラブラと揺れている。


「・・・ってことがあったんだよー」
手土産を持ってお隣さんちにお邪魔すれば、おばちゃんはあれまあといたく同情してくれた。
「気の毒にねえ、せっかく美味しいお魚だったのにねえ」
「酷いよね、やっぱ猿かなあ」
そうぼやくと、おばちゃんはふるふると首を振った。
「猿だったら、わざわざ網を破かないね。知恵があるから、ちゃんとファスナー開けるよ」
「嘘だあ」
「ほんとうよぅ」
ただし、開けても締めないのだとか。
「でも、最近あのはぐれ猿を見かけないの」
「そりゃよかった」
サンジがそう言うのに、おばちゃんはどこか悲しそうに首を振った。
「いたらいたで怖いけど、見かけないと心配でねえ」
おばちゃんの優しさについ同調して、そう言えばあいつはどうしてるんだろうと考えてしまう。
「でも、猿じゃないならなんだろ。猫?」
「ハクビシンかも」
「ハクビシンってこんな悪さもするのか」
「最近は性質悪いのよぅ」
世間話をしていたら、おばちゃんが突然「ふぁっ」と叫んだ。
「へ、なに」
「いたぁー、いたわぁ」
視線の先を見れば、橋より斜め先にある畑をヒョコヒョコと猿が一匹歩いていた。
小脇にカボチャを抱えている。
サンジはすくっと立って、声の限りに叫んだ。

「コラーっ!!!」
サンジの怒号は、山波に幾重もこだました。
猿はと言えば、ぬっと首を伸ばして立ち上がった後、片手に蕪を掴んで四足で走り去っていく。
「あれあれ、蕪取られたあ」
「へ、かぼちゃは?」
猿が立ち去った後には、どこから取って来たのかカボチャが一つちょこんと置いてあった。
「蕪のお代がカボチャなら、まあいいかもねえ」
おばちゃんは縁側に座り直し、両手に湯呑を持ってのんびりとお茶を啜った。



End







猿酒

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