「ウソップ、なにしてんだ?」
「星を見てたんだよ」
鍛錬後にシャワーをあびて外に出ると、ウソップが夜空を見上げていた。
「星?」
「ああ。今日は七夕なんだ」
「七夕?なんだそれ?」
「七夕ってのは、天の川の両岸に引き離された織姫と彦星が年に一度再会を許された日なんだ」
「へえ?。で、何で星を見てんだ?関係あるのか?」
「ああ。ほら、あれが天の川だ」
ウソップが笑いながら天を指差すと、ゾロはその方向に目をやる。
間近に迫る星空にゾロは少し圧倒された。
グランドラインで見る星は今まで見てきたどこよりも天に近い。
手を伸ばせば星が掴み取れるような錯覚さえ起きてしまうほど見事な星空だった。

「空にも川があるのか」
「ちげーよ。星がたくさん集まって、それが川のように見えるんだ」
「へえ…」


降り注ぐような星の群れにゾロは目を奪われた。
金縛りにあったように視線すら動かすことができない。





―――――イタイ
ゾロの頭に声が響く。
心臓が波打つ。

―――――アイタイ
最初は微かに聴こえていた声が、次第に大きくなっていく。
それは誰の声なのか…。

―――――アイタイ

「ゾロ?」
訝しげに尋ねるウソップの声は耳には聞こえない。
聞こえてくるのはさっきから繰り返される言葉だけ。

―――――アイタイ



催眠術をかけられたように意識が朦朧とする。
まるで自分自身じゃないようだ。
そんな意識の中で、ただ一つはっきりとした感情。
それは。
「あいつに…会いたいな…」
「え?」
ウソップが振り向くと、ゾロは船を飛び降り走り去っていた。












サンジは買い出しの下見を終え、街から離れた丘に向かっていた。

夕方島が見えた時、
“ロビンの調べによると今回は船番が必要なようだわ。念のため二人決めましょう”とナミが言った。
前回の島で船番だったルフィとチョッパー、そして当然のことだが女性陣は船番から外され、残ったのは
ウソップ、ゾロ、サンジだった。
寝ているゾロは当然船番決定で、サンジとウゾップがくじ引きで船番を決めた。
結果、船番はウソップとなった。

“素直に俺が残ると言えればな”
ぼーっと先ほどのことを思い出しながら溜息を吐く。
新しい煙草をくわえて丘の上に立ち、ふと天を見上げた。
サンジの目に光のシャワーが降りかかった。
街のネオンにも勝る眩しい光を放った星達がサンジの目に映る。
その光に魅せられたように、サンジはただ呆然と天を仰ぎ見ていた。



どれ程眺めていたのだろうか。
もしかすると一瞬だったのかもしれない。
星の光にあてられたのか、サンジは胸が苦しくなった。
心臓を鷲掴みにされたように苦しい。
そしてどんどん胸が締め付けられ、苦しくなっていく心臓をサンジはどうすることもできない。

原因はわかっている。
サンジの視界が霞む。
瞳から涙があふれ、立っていることもできずその場に蹲った。
涙を拭うこともせず、ただ泣き続けた。





どれくらい時間が経ったのだろう。
人の気配を感じ顔を上げると、ぼやけた視界の先にいたのはよく知る人物ゾロだった。
「ゾ、ゾロ」
慌てて涙を拭う。
「…どうしたんだ?」
ゾロは真剣な表情でサンジに近づく。
「く…来るな」
その表情にサンジは戸惑い、いつものような言葉は出ない。
「どうかしたのか?」
サンジは呼吸を整える。
「何でもない。…それよりお前こそ何しにきたんだ?船番は?」
「船番はウソップがしている。お前に会いたくて、探してた」
「…俺に?」
「そうだ」
ゾロは相も変わらず真剣な声で告げると、サンジを抱きしめた。
「何しやがる。離せ」
離れようとするサンジをさらに強く抱きしめた。
「お前に会って、こうやって触れたくなった」
ゾロに抱かれてさっきまでの胸の苦しみはなくなっていた。
そして苦しみに代わり、愛しさが胸を占めていた。
「俺は同じ船にいるだろう。今までは俺に見抜きもせず、さっきだって寝腐れていたくせに。何言ってやがる…」
「サンジ…」
さっきまでサンジの胸を苦しめていたのは、自らが縛り付けていたゾロへの感情だ。
ゾロにこうして抱かれて、その拘束が解かれていく。
素直なサンジの気持ちが露になる。
その気持ちはもうサンジには止めることができないほど溢れかえっていた。



―――――ゾロのそばにいたい。
―――――でも、素直になれない。
―――――ゾロ。ゾロ。ゾロ
―――――どうして隣にいない?



「てめぇはいつも勝手なんだ」
「そう…だな…」
胸を叩くサンジを丸ごと抱きしめた。
「何時でも傍にいると思ってたから安心してたんだ。でもそのせいで大切なものを見失っていたのかもしれない…」
サンジの髪を優しく撫でながら呟く。
その手の優しさと、鼻を掠めるゾロの匂い、そして何より目の前のゾロの存在がサンジの不安だらけの心を少しずつ
和らげていった。

「だったら、これからは見失ったりするな」
「ああ…」
より強く抱かれながら、サンジはゾロの背中に腕をまわした。
そしてゾロに体重をあずけながら呟く。
「ずっと、俺を放したりするな…」
サンジが漏らした素直な気持ち。
そして願い。
「わかってる」
真っ直ぐで誠実なゾロの声。
二人の気持ちが交差する。
「…ゾロ」
サンジはゾロから少し離れると、瞳を閉じた。
「その証をみせろ」
ゾロはサンジの顎に手を添え、差し出された唇に深い口づけをした。
決して放したりはしないという、誓いと共に。






抱き合う二人の頭上で二つの星が輝く。
織姫と彦星が二人の心に宿り、二人の心をもう一度繋げたのかもしれない。
素直になれず、閉じ込めてしまった王子様の気持ちを。
近くにいすぎて見失った剣士の気持ちを。


天には静かな川が流れ
ゾロの誓いは星になり、川の星の一つとなった。

永遠にながれる天の川
だからその誓いは、永遠に破られることはない。


天に星が輝くかぎり―――――










                          END



星に誓いを