それは、穏やかな夏の夜だった。
夕食を終え、キッチンで酒を飲みながらくつろいでいるゾロにサンジが声をかけた。
「なあ、今日買い出しに行ったら、店のオヤジがオマケだってこれをくれたんだ……」
サンジがポケットから取り出したのは、一袋の線香花火。
「そうか。」
ゾロはあまり興味なさげにそう言いまた酒を飲む。
サンジは、線香花火を見つめていた。
「……一緒にやらねぇか?」
「ふたりでか?」
今日の昼頃島に到着して、ルフィはチョッパーをつれて冒険と飛び出し、ナミとロビンは船番をすることなく出かけ、
先ほどウソップと交代したのだ。
船にいるのはゾロとサンジのふたりだけ。

「コックとふたりして、線香花火か。」
「…嫌か?」
がっかりした様子でサンジが言う。
―――ふたりだけの時、コックは普段とは違い素直だ。
その切なげな表情がなんとも可愛らしい。
そんな素直な顔を見せるコックがたまらなく愛しい。
「それもいいな」
ニヤリ、とゾロが笑みを浮かべる。
「そうか。」
サンジの顔がぱっと明るくなった。
―――ふたりだけの思い出を作るには、持って来いだな。
ゾロは柔らかく目を細めた。






「こっちだ、ゾロ!」
船から降りると、サンジはさっさと袋を開け、花火を取り出している。
ゾロはサンジのすぐ向かいにしゃがみ込んだ。
「これはマリモの分。これが俺のだ」
丁度半分に分け、自分の分から一本取り出すと、サンジは目を輝かせて言った。
「おい、火をつけるぜ。」
コックのはしゃぎっぷりに苦笑する。
zippoを取り出すと、細く垂れたその先端に火をつけた。
線香花火は勢い良く燃えたかと思うと、徐々に火力を失い、先端に牡丹と呼ばれる丸い球を作り始めた。
パサッパサッという音を伴い、松葉の火花を散らす。
しばらくそれが続くと、先端の牡丹は次第に小さくなってゆき、やがて散り菊と呼ばれる小さな火花を降らせながら
燃え尽きた。
サンジは終始無言でそれを眺めていたが、完全に火が消えると、我に返ったように顔を上げた。
「ゾロ、やらねぇのか?」
「いや、見とれてたんだ」
「そうか。マリモにも花火の良さが分かるんだな。」
―――見とれてたのはコックにだけどな。
にっと笑ったコックの顔は、月明かりに照らされて、ぞくりとするほど美しかった。

「じゃ、競争しようぜ。どちらの方が長く燃えるか!」
「いいぜ。負けた方が勝った方にキスする、ってのはどうだ?」
線香花火を一本取り出しながらコックに言うと、
「なっ、何言ってやがる!このエロマリモ!」
暗闇でもコックの顔が耳まで赤くなるのがわかる。
―――本当に可愛いな。
ふたりっきりで過ごす他愛のない夏の夜のワンシーンに、ゾロの胸は幸せな気持ちで満たされていった。
「勝つ自信がないのか?」
「何を!マリモのくせに。負けるわけねーだろ。」
「じゃやるんだな。」
「あったり前だ!よし、じゃ火をつけるぜ。マリモ、用意はいいか?」
「ああ。」
ふたつの線香花火が、勢い良く火を吹く。
そしてほとんど同時に牡丹を形成していく。大きな松葉の火花が弾き出された。
その時。
「あっ……」
ポトリ、とコックの花火から火種が落ちた。
「まずは俺の勝ちだな」
ニヤリとゾロが笑う。
「だーーー。う、煩い!マリモやろーのくせに。もう一度だ!」
「望むところだ。」
ふたりはそれぞれ新しい花火を手にした。
今度はふたつとも、綺麗な松葉を弾き出す。
もうすぐ散り菊というところで、ゾロの花火から火種が落ちた。
「今回は俺の勝ちだな。マリモくん。」
コックが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「おし、次ので勝負だ。」
「マリモくん、相手してやるぜ。」
3度目の勝負は、どちらの牡丹も落ちることなく燃え尽きたが、若干サンジの方が早かった。
「微妙に俺の勝ちだな。」
ゾロが笑って顔を上げた。
コックは俯いたまま、返事をしない。
―――まさかこの程度で拗ねちまったのか?
「おい、コック?」
「……ゾロ」
ようやく顔を上げたが、その表情からは先程までの無邪気な笑みは消えていた。

「どうしたんだよ?まさか、負けていじけてる訳じゃねぇだろ?」
「……違う。」
また俯いてしまうサンジの肩を、ゾロが優しく抱く。
「じゃ、どうしたんだ?」
「……儚いんだな、と……。」
「あ?」
「人の命なんて、線香花火と同じようなもんだ。最後まで燃えるものもあれば、さっきのみたいに途中で散って
 しまうものもある。……お前も俺も、いつ命の火種が落ちるかわからねぇな、と……。」
「……」
ゾロは黙って続きを待った。
「最後まで燃え尽きても、同時じゃなかった。お前か俺のどちらかが、先に果てることになると思っちまって。それに、
 俺たちは海賊だ。途中で散ってしまう可能性の方が遥かに高いだろ・・・。」
サンジの肩を抱くゾロの手に、力が入る。
「いつか必ずその時は来る。だけど……俺はお前を失いたくない…。でも俺が先に逝った時は忘れてくれ。幸せに
 なってくれよな……。」
消え入りそうな声でコックが言う。
顔を上げたその瞳には、涙が溜まっていた。
―――まったく、こいつは。
ゾロはそっとサンジを抱く腕をほどくと、ゾロの分とサンジの分、と分けられた線香花火の中から一本ずつ取り出した。
「いいか、コック。見てろ。」
ニ本の先端をまとめて軽く捩ると、静かに点火する。
ニ本分の火薬が激しく燃え、やがてひとつになり、大きな球を成した。
ブツブツと音を立て、一際大きな松葉の火花を散らす。
しばらくすると、その重さに耐えきれなくなったのか、ひとつになった線香花火はボトリと大きな火種を落とした。
「コック。一本じゃ心もとなかった線香花火も、二本まとめたらひとつになって、大きな火花を出したろ。落ちた火種も、
 もちろんひとつだ。」
不思議そうな表情で自分を見つめるコックを、ゾロは胸に引き寄せ、強く抱きしめた。
「俺たちもひとつになりゃ大きな火花を出せる。重さに耐え切れずに落ちたとしても、その時も一緒だ。運良く最後まで
 燃えても、やっぱり燃え尽きる時は一緒だ。……同じ道を歩いてる限り、俺たちはひとつだぜ、サンジ。」
ぎゅっとサンジがゾロのシャツを掴んだ。
「俺たちはもう、ひとつの道を歩いてるだろ?大丈夫だ、サンジ。俺はお前を残して死んだりしねぇ。お前の前で大剣豪に
 なるんだからな。だからお前も、俺を残して死んだりするんじゃねぇぞ?一緒にオールブルーを見つけるんだろ。いいな、
 死ぬ時は一緒だ。わかったか?だから忘れろとか言うな。」
ゾロの胸に顔を埋めたまま、サンジが何度も頷く。
金髪の髪を優しく撫で、ゾロはサンジの額に唇をつけた。
「よし、そろそろ片づけねぇと、10尺玉が帰ってくるぞ。」
その言葉に、ようやくサンジは涙で濡れた顔を上げた。
「ルフィは10尺玉なのか?」
「う―ん……逆にライターかもしれねぇな。ダイナマイトにでもねずみ花火にでも、何にでも火をつけてきそうだ。」
ニッと笑ったゾロを見て、サンジもようやく顔をほころばせた。

「…ゾロ」
不意にサンジが、ゾロの唇にキスをした。
「コック?」
「さっきの勝負に負けたからな、約束だ。」
そう言うと、さっさと片付けを始めるコック。
暗闇でもその頬が真っ赤に染まっているのがわかる。
ゾロはサンジを背中から抱きしめた。
「ゾロ。ずっとか?」
小さな声でサンジが訊く。
「ああ。ずっとだ。」
ふたりの顔が近づきもう一度唇を重ねる。
真夏の月が、ふたりをいつまでも照らし出していた。




E N D






花火