ヒラリヒラリと舞い遊ぶように花から花へ。
自由に飛び交う君はまるで麗しきアゲハチョウのよう。
俺は枝から枝へ糸を張り巡らし、君を待つ事しか出来ない卑怯な蜘蛛で。
気ままな君も好きだけど、そろそろ罠に掛かっておくれ。
前後不覚にもつれ合い、熱く絡まり合おう。












日が昇ると同時に、サンジは眠りから覚めた。
身を包む温もりは、気合いで振り切るしかない。
ここでグズグズしてしまうと、再び深い眠りへと落ちてしまうのだ。
しかし、この心地良さは実に魅力的である。
出来るならば、永遠にこの温もりに包まれていたい。
(くそっ!気合いだ!!)
心の中で自分にいい聞かせ、サンジは身を起こすことに成功した。
そして瞬時に赤面する。
ベッドの上から見下ろす床には衣服が散乱しており、しかもそれが重なるように二人分ともなると、昨夜の出来事が
鮮明に思い出される。
島に着いたのが二日前の昼過ぎ。
ログがたまるのが二日ということで、初日に船番をし昨日はゾロと一緒に宿に泊まったのだ。
久しぶりのベッドと言うこともあってかなり激しく致したっけ…。
今更ながらに隣を見やれば、見慣れた、緑頭が熟睡しており、果てなき夢の世界へと旅だっているはずだが、その
逞しい腕はしっかりと、サンジの細腰へと回されているのだ。
「くっ…。」
心地良い温もりの正体を知って、サンジは低く唸った。


船員はいなくとも食事の準備はコックの仕事である。
だが、どうやってこの腕から抜け出せば良いのか…。
サンジは暫し悩む。
(何なんだ、まったく。いつも起こさなければいつまでも寝ているくせに…眠るならおとなしく、他人に迷惑かけねぇように、
 死体のように転がって寝てれば良いんだ。このマリモは。蹴り起こすか。)
そこまで考えて、サンジはふと気付く。
起こさないよう、それでいて確実に素早く、腕を退ければ良いのだ…と。
冬眠中のマリモだ。起きるはずがない…そう確信する。
思い立ったら即、実行。
たまに思慮が足りないと注意されていることも忘れ、サンジは腰に回された逞しい腕に指をかけた。
その瞬間、しっかりと腰を拘束していた腕に、明らかな意志を持って力が込められ、サンジは気力で振り切ったシーツの
海へと、強制的にダイブさせられる。
「うわっ…!?」
「何処に行く気だ?」
「マリモ!?」
驚きに目を見開くサンジの瞳に映ったのは、未だ意識の覚醒し切らないゾロの姿だった。
「お前ッ、起きてたのか!?」
「今、起きたんだよ。…で?何処に行く気だ?ん?」
「食事の準備だ。いつもの事だろう?クソ剣士は寝てればいいだろ。いい加減、放せ!」
いつの間にか、腰に回されていた腕は更に強く腰を掴み、ついでに残った右手は肩へと移動している。

挙げ句、足までもが絡みついて来たので、サンジは血相を変えて身を捩った。
「駄目だ。放さねぇ。ふたりきりの時くらいいいだろ。」
「朝っぱらから何考えてやがる!!」
「ん?どうした?何を考えてるっていうんだ?」
「ッ…!!」
からかうゾロにサンジは一層頬を赤くした。
肌が密着する度、胸の動悸が跳ね上がるっていうのに、この言葉だ。
サンジの肩が怒りで震え始める。
「怒るな、怒るな。良い子にしてろって。今日はまだ始まったばかりだぜ?」
「なら、その腕を退けろ!」
「それは、できねぇな。」
一方的に言い切ると、ゾロはサンジの頬に口付けを落とした。
その行動を冷めた目で見つめ、サンジは無言で反撃の機会を探す。
食事の用意は諦めたが、このままクソマリモの好きな様にはさせねぇ。
体がもつかよ。
「クソマリモ、これで最後だ。放せ。でないと蹴り飛ばすぞ?」
「今の状況を見てからものを言うんだな。観念しろよ。」
「くっ…このマリモやろうっ!」
いつの間にかゾロに足を押さえ込まれている。
サンジはゾロを押し退けないと蹴りが使えない。
だが、このウェイトの差だ。ゾロの方が一枚上手であり、用意周到だった。

「…何なんだ…まったく…。」
何度かもがいては見たもののゾロはびくともせず、サンジは諦めの溜め息と共に小さく呟いた。
そんなサンジの髪を、ゾロの大きな手が優しく撫でる。
「放すと消えるだろ。」
「は?」
「ふらふら、フラフラ。すぐにどっか、行っちまう。」
「それはてめえだろ、迷子剣士が!!何言ってやがる。」
ゾロの方向音痴は、今に始まったことではない。
そんなゾロにみんなも手を焼いているのだが、こればかりは何度注意しても直らない。
毎度見つけるのに苦労する。
「そうじゃないだろ。」
「何が?」
「いつも俺から離れて、他の奴のことばかり気にしてるだろ。」
「はっ…?何言ってやがる。レディは大切に扱うものだ。」
「女だけじゃないだろ…。俺は一番最後だ。」
「なっ……。そっ…それは…。」
サンジの頬が赤くなる。
「分かっていても、たまに不安になる。」
ゾロは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
クールな剣士としては子供じみた独占欲を見せる己を、何処かで恥じているのかもしれない。
「自分でも馬鹿な考えだと思うが。いつか…そのまま、他人の為に体はって戻って来ないんじゃないかと…消えちまうん
 じゃないかと…考える。」
サンジを抱きしめながらゾロは視線を宙に漂わせた。

いつもは真っ直ぐ前を見ている瞳が、さまようように揺れ、彼の不安を如実に語る。
そんなゾロの告白を、サンジは彼の腕の中で聞いていた。
その瞳は強い光を宿し、投げ出された腕はゾロの背中へと回され、彼はゾロと強制的に視線を合わせる。
「本当に馬鹿な考えだな。」
「分かってる。」
「まぁ、そう不機嫌な顔をすんなよ。」
自分の思いを鼻で笑い飛ばされ、眉間に皺を刻みつけたゾロを、サンジは軽く宥めた。
「俺はいつも、ちゃんと戻って来るだろ。」
「あぁ…。」
「お前が手を差し出せば、握り返すことも出来る。」
「…コック。」
「もっと自信を持て。俺が収まるのはお前の腕の中で、俺が帰る場所はお前の側だ。」
「ッ!」
言葉と共に浮き出た微笑みに、ゾロは息を飲む。
そして己の浅はかな考えに、酷く恥ずかしさを覚えた。
「それにだ、俺が消えた場合、しつこく探し回るだろう男がいるしな。」
誰を指しているかは一目瞭然。
ゾロの脳裏を、見慣れた船長の顔がよぎる。
「ははっ、違いねぇ。アイツなら、あの世まで探して連れ戻しそうだな。」
才能ある航海士もいるしな。
成る程…しつこそうだ。
そして、必ず見つけるだろう。

「そうだろ?じゃ悩みも解決したようだし、もういいだろ離せ。」
「いやだ。」
「…いいかげんにしろよ。クソマリモ野郎!」
「待て。待て、待て。」
また肩を震えさせたサンジに、ゾロは慌ててそう告げる。
「何だ?」
不機嫌そうに振り返ったサンジの手を掴み、ゾロは彼をベッドの中へと引き入れた。
そのまま彼の細い体を押し倒し、意地悪く笑みを浮かべる。
「今日はまだ始まったばかりだって言ったろう?」
「だから?」
「もう少し傍にいてくれよ、サンジ。」
瞬時に顔を赤くしたコックの唇を奪う。
深く深く口づける。
「んっ……。やっ…め……ゾロ。」
涙目になりながら抵抗するも、ゾロの力に敵わず頭がボーッとしていく。
抵抗を止めゾロの背中に腕を回す。
さらにキスが深くなりそのままゾロを受け入れた。


「いったいどれだけやれば気がすむんだ。この変態マリモが!!買い出しして船に戻ったら100%出航時刻こえちまう
 だろうが!!」
「別にいいだろ。少しくらい。」
荷物を運びながらサンジの後ろを歩き悪びれる様子は全くない。
あれからゾロはサンジを離す事なく2回戦を堪能し、3回戦に突入しようとして蹴り飛ばされたのだ。
そして現在に至る。
「よくねぇだろ。ナミさんとロビンちゃんが俺の帰りを待ってくれているんだ。すぐに帰るからねーーーー。」
「くだらない。アホか。」
「何をー。変態マリモには言われたくねぇよ。」

いつものようにケンカをしながら船に戻る。
遅れた事によりナミからおとがめを受ける。
メロリンしているサンジに、全く反省のないゾロ。
ナミについて船内に入っていくサンジの後ろ姿を見ながら、穏やかに笑う。









ヒラリヒラリと華麗に舞う君。
君は気紛れだから、俺は待つ事しか出来ないけれど。
この両手を広げるように、精一杯糸を巡らすから。
いつでも俺の胸に飛び込んでおいで。
愛を込めて紡いだ蜘蛛の巣の上で、もつれ合い、絡まり合い、激しいダンスを踊りながら一つに溶け合おう。





                                       END







アゲハチョウ