−3−





「サンジの飯だ〜!」

ルフィの絶叫とともに、嵐のような食事風景が広がった。
自分の皿も他人の皿も関係なく手が伸びる。
文字通り縦横無尽に伸びている。
それぞれ自分の分を確保するのに必死で、味わっているかどうかも怪しいが、ひたすら美味い美味いと食べている。



「なんなんだ・・・こいつら」
サンジは呆れて、ただ見ているのみだ。
目の前の皿に手が伸びる。
「こら!ルフィ、サンジ君のまで食べちゃだめ!」
すかさずナミが、伸びた手にフォークを突き刺す。
これを紙一重でかわわして、ルフィは口いっぱいに頬張りながら、何かもぐもぐ言っている。
「らーって、ふぁんひほ、くひはひひーんは」
「わかんないっての!」
グーで殴られた。
サンジはクスリと笑った。
「あーサンジが笑った!」
チョッパーが小さな声を上げる。
「呆れてんだよ。あんまりバカだから」
ウソップがそれでも嬉しそうにルフィの顔を小突く。
「ほっへんほんほふいー」
白ひげの船とはまた違う、賑やかな食卓。
同年代の仲間達。
これが俺の船か。
すとんと納得したようで、サンジは居心地の良さを感じていた。










GM号に着いてから、サンジは物凄く忙しかった。
まずチョッパーの診察を受け、キッチンに入った途端、その惨状に悲鳴をあげた。
そのまま大掃除になだれ込み、食糧庫のチェックをしてまたうめき声を上げる。
誰かが買いだめした食糧すらろくに使えるものはなく、これから買い出しに、と外に飛び出したら船は出港した後だった。

途方に暮れたサンジの背後で腹が減ったと船長が騒ぐ。
仕方なく夕食の支度をはじめると、クルー達はぞろぞろとキッチンに集まり、雑談をはじめた。
時折冗談を交わしながら、包丁を握るサンジを見ている。
ほんとに帰ってきたんだなーと小さく呟いて、涙ぐむウソップ。
そして久しぶりの全員揃っての夕食で、皆がはしゃいでいる。





「サンジ君も食べなさいよ。いつも作るばかりであんまり食べてないんだから」
それ以上痩せるとやばいわよ、とレディが心配してくれる。
俺の分も食え、と小さなトナカイがおずおずと皿をよこしてくれる。
「お、チョッパーいらねえのか」
その皿すかさず伸びてきたルフィ手の甲を、刀の鞘が打つ。
「いっでー!」
「てめえはてめえの分を喰え」
ゾロがビールを飲みながらルフィを見てにやりと笑う。

―――こいつ、笑えるんじゃねえか。

サンジが船に帰ってから、ゾロはずっと仏頂面をしていた。
視線を感じて振り向くと、目を逸らして知らん顔をしている。
こっちが睨みつけても絶対に目を合わせようとしない。
不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、目を閉じて居眠りをはじめる。
―――むかつく奴。
けれど目の前のゾロは楽しそうに会話している。
俺以外の奴らとは・・・
どういうこと?





夕食を終えて、デザートをつまみながら談笑する。
サンジがいない間の船の様子。
ウソップのどう聞いてもホラだろう手柄話。
ゾロだけは寝ると言って、キッチンから出て行った。
その姿が消えたのを見て、サンジはおずおずと皆に問い掛ける。

「さっきの、ゾロ?あいつと俺、どういう関係だったんだ?」
質問に一瞬、皆固まる。
その反応を訝しく思いながら、なお続ける。
「なんつーか、俺のことすげー目で睨んでるし。不機嫌っつーか、怒ってるってえか・・・」
「ああーそれは何だ」
ウソップが焦ったように答える。
「ゾロは元々ああいう見てくれだから誤解されやすいんだ。ああ見えて結構人情家だし、怒ってるわけじゃねえし」
「そうよそうよ、あれで今日はご機嫌な方なのよ。なんせサンジ君が帰ってきたんだから、嬉しくてしょうがないのよ」
「そうは見えないんですけど・・・」
口を尖らせてサンジが不満気な声を上げる。
「俺、あいつにだけ帰ってきたなとか、良かったとか声掛けてもらってないし」
―――う!!
全員がフォローできずに固まる。

一瞬の静寂を破ったのはルフィだった。
「ゾロは喜んでるぞ。めちゃくちゃ喜んでる」
イスにもたれて揺れながら、にししと笑う。
「そうよ、怒って見えてるのはすねてるだけよ」
ナミが後を継ぐ。
「すねてる?」
「サンジ君が自分のことを覚えてなかったから。知らん顔して目の前通り過ぎたんでしょ。ショック受けてんのよ」
なんだそれ。
「元々口下手で不器用な奴だからなー俺様と違って」
「ゾロとサンジは喧嘩仲間だったぞ」
チョッパーまでイスに立ち上がって力説する。
「まあ、今ごろ修行しながらニヤニヤ笑ってるさ」
ウソップが長い鼻を高々と掲げてそう言うと、サンジ以外の全員が爆笑した。



「25675、25676、25677、25678・・・」
ゾロは甲板でひたすら錘を振っている。
「25679、25680・・・」
邪念を払おうと思っても、頭の中は幸せな光景で一杯だ。

掃除をするサンジ。
ぶつぶつ文句を呟くサンジ。
夕食を作るサンジ。
笑うサンジ。

―――帰ってきやがった。

我知らず口元が緩む。
傍から見たら明らかに怪しい雰囲気を覗かせて、ゾロは暗闇に向かいひたすら錘を振り続けた。













―――翌朝、サンジは誰よりも早く起きて、朝食を作っていた。

「一月もいなかったなんて、まるで嘘のようね」
ナミは満足げに目を細めてコーヒーを飲む。
「記憶がなくったって、動けるもんなんだなあ」
「エースんとこの船でも、コックやってたんだろ」
エースの名に、胸がとくんと鳴った。
「ああ・・・じっとしてるのは性にあわねえし」
動揺を隠すようにゆっくりスープをかき混ぜる。

―――今頃どうしてんだろ。
エース・・・
・・・会いてえ―――

ふいと頭を振り払って、ルフィに聞いてみる。
「エース・・・とはどういう関係なんだ、あんたら」
「エースは俺の兄ちゃんだぞ」
ルフィの即答にサンジは絶句した。
驚くと目が丸くなる。
「兄・・・ちゃん?」
「ああ、俺達は兄弟だ」
へー・・・そうなんだー。
なんだかびっくりした。
そう言われれば、似ているような、似ていないような―――
へー・・・へーと呟いて、それ以上続かないようでサンジは黙って給仕を始めた。

ウソップがナミにささやく。
「なー今のサンジ、結構いいよな」
「そうねえ、丸くなったって言うか・・・変に大人ぶってないから、かえって落ち着いてるわね」
「怒らないし、優しいぞ」
チョッパーも嬉しそうだ。
「俺ふぁ、前のはんひのがふひはな」
ルフィが口一杯にパンを頬張ったまま喋る。
「えーでもすぐ怒ったぞ」
「すぐ蹴ったし」
「よく喋ったし・・・」
「れも、すきら」
喰いながら顔をつき合わせてなにやら言っている連中に、サンジは声をかけた。
「一人、足りないみたいなんだけど」
「ああ、いいのよあれは」
特製サラダを食べながらナミが微笑む。
「どうせどこかで寝てるのよ。起こさなくていいわよ。今のサンジ君には無理だから」
「食事、置いとくといいのかな」
「ほれは、くってやるほ」
手を伸ばすルフィの後頭部を、刀の鞘ががつんと殴った。
「ったく、油断も隙もねえ」
「ゾロ!」
いつの間に入ってきたのか、ゾロが立っている。
「珍しーなあ、お前が起こされずに起きてくるなんて」
驚くウソップの横にどかりと座り、両手を合わせてから食べだした。
サンジはそんなゾロをじっと見つめてみる。
ゾロはどことなく視線を漂わせながら、けっしてサンジの方は見ず、ウソップと話したりルフィを小突いたりしている。
―――やっぱり変な奴だ。
サンジが意識してゾロを見ている間、ゾロは一度もサンジを見なかった。





船は順調に航路を進む。
いつも通りの平穏な日々。
海軍とも海賊船とも出くわさない。
ゾロはありあまる体力を発散させるかのように、ひたすら修行に励む。
「32456・・・32457・・・32458・・・」
鍛えているのか数を数えているのか、分からなくなってきた。
どんなに集中しても、邪念が頭をよぎる。
―――どっかに滝でもねえかなあ。
いっそ瀑布にでも打たれたら、少しは気がまぎれるかもしれない。

サンジが帰ってきてから、自分は奴とまともに話をしていない。
よく帰ってきたとすら、言っていない。
そんなこと、口に出したら・・・
―――抱きしめちまう。
そうはいかんだろう。
あれはサンジでもサンジではない。
よしんば抱きしめたとしても、それで済むはずがない。
何の予備知識もない奴を押し倒したら犯罪だ。
・・・自制心・平常心・心頭滅却・・・
いつの間にか今日の日は暮れていた。



夕食を取るのも忘れて修行に打ち込んでしまった。
とっぷりと日は沈み、満天の星が輝いている。
もう皆、寝ただろうな。
今の間に、酒も多目に確保しとくか・・・
遅い夕食を取りに、何気なくキッチンの扉を開ける。

そこにサンジが座っていた。

―――やべ!
しまった、気をつけろよ俺。
電気点いてたじゃねーか。
開けてしまってからまた閉めるのは、不自然だ。
このまま出て行くのもバツが悪い。
仕方なく、ゾロは足を踏み込んだ。
ゾロに気づいて、サンジが顔を上げる。
「・・・まだ、起きてたのかよ」
とりあえず、声を掛けてみる。
「ああ、夕食残ってるぜ」

―――なんだ、こいつ普通に話しかけてくれるんだ。

サンジの方も妙に緊張している。
あのクルー達の中で唯一、感情の読めない強面の男。
隠しておいた食事を軽く温める。

サンジが座っていたイスの前には、使い古したノートが置いてある。
「・・・何、読んでたんだ」
「レシピだ。結構マメにつけてたらしい」
ゾロが覗くと、訳のわからない走り書きやら、イラストやら、びっしりと書いてある。
ところどころにクルーの名前らしきものも確認できる。
サンジは食事を運んで、イスに座りなおした。
とりあえず小さく礼を言って、ゾロは食べ始める。
「みんなの好みとか非常時の対処とか、細かく書いてある。我ながらすげーなあ」
参考になる、と他人事のように笑う。
横顔がやわらかい。
ついついサンジの顔に目が行ってしまって、慌てて視線を避ける。
「あんたの名前が一番多く出てくんだけど」
突然言われて、どきりとした。
「・・・なんて、だ」
日記―――じゃねえよな、レシピだよな。
「それがわかんねんだけど、何を何分で喰ったとか、何回噛んだとか・・・」
「はあ?」
「他の奴らのは好物とか全部書いてあるんだけど、あんたのはそんなんばかりだ」
―――――!
ゾロはサンジの飯をことさら誉めない。
何出されても美味いから黙って喰う。
好き嫌いもない。
だからサンジは・・・困ってたのか。
俺の好みを探してくれてたのかよ。

じんと来てしまった。
急に胸が一杯になって、箸を置く。
綺麗に空になった皿に手を合わせ、ごちそうさまでした、と声に出して言う。
片付けようと立ち上がるゾロに、サンジが声を掛けた。
「なあ、あんた―――」
見上げられて身体が固まる。
しまった、油断した。
目が―――あっちまった。
サンジは表情まで微妙に変わっている。
ふてぶてしさは微塵もなく、どこか心もとない感じで瞳の光も弱い。
目を逸らそうとして、失敗した。

「あんた、俺のこと嫌いなのか」
・・・きくか、そんなこと。
ストレートに。
しかもそんな目で!
蛇に見入られた蛙の如く、ゾロはピクリとも動けなくなった。

「―――き、」
どこか不安そうにサンジがゾロを見つめる。
小首を傾げるな。
可愛いーじゃねえか!
ゾロの胸中の葛藤など知る由もなく、サンジが不信げに眉を潜める。
「き?」
「き、―――き・・・」
なんだこいつ。
固まったまま、脂汗を流している。
どっか悪いんだろうか。
「お前、大丈夫か」
サンジは立ち上がって、ゾロの額に手を置いた。
ひやりとした感触。
てめえの手は冷てえと、何度か暖めた、白い手。
ゾロの理性がぷつんと切れた。





額に当てられた手首ごと、サンジの顔を両手で挟む。
物凄い勢いにサンジのバランスが崩れた。
ほとんど倒れ掛かる形で壁に押し付けられる。
声を出す間もなく唇をふさがれた。
驚愕で目が見開く。
自由な方の手でゾロの身体を押し返すがびくともしない。
拳骨で何度も背中を叩き、緑の髪を思い切り引っ張った。
ゾロは気にも止めずひたすらサンジの唇を貪る。
強い力で舌が入り込もうとするのを、サンジは歯を食いしばって拒否した。
ゾロの手が、開いた襟元から差し込まれる。
びくついたサンジの隙を突いて舌を入れた。

がり、と嫌な音がして、鉄の味が口内に広がった。
―――んの野郎、噛みやがった!
唇を離して、床に押し倒す。
がたんっと大きな音を立てて、イスまで倒れた。
体重をかけてのしかかり、ボタンの千切れ飛んだシャツを思い切りはだける。
「・・・やめろ!」
サンジの口から悲痛な声が漏れる。
ゾロの頬に爪を立て、引っ掻く。
うるさい手を床に押し付けて、うなじに歯を立てる。
白い首筋に、自分の血の跡が残る。
サンジが頭を振って、小さく悲鳴を上げる。



―――嫌だ!嫌だ!
長い間なんともなかった頭が、割れるように痛い。
目の前に天井と、ゾロの髪が見える。
自分の胸に顔をうずめてまさぐっている。
嫌だ・・・!
ゾロが腰に手をかけた。
こめかみがどくどくと波打って、目の前が赤くなる。
サンジは目を開けていられなくて、不自由な両手で顔を覆う。
悲鳴とともに、漏れ出た声―――。
「・・・エース!」



ゾロがはじかれたように顔を上げた。
サンジを押し倒したまま、その場に凍りつく。
サンジの両手は目元を覆い隠し、表情が見えない。
その唇からもう一度、縋るような声が搾り出される。

「―――エース・・・」

背中から冷水を浴びせられたようだ。
ゾロは血の気が引いたまま、動けなかった。



サンジは必死で抵抗していたのに、蹴りがまったく出てこなかった。
蹴りまで・・・忘れてたのか。
この一月、蹴りを入れる必要はなかったのか。
エースがいたから―――。


―――そういう、ことかよ。


ゾロは、ゆっくりと身体を起こした。
自分を押さえつけていた体重が消えて、サンジはおずおずと手の甲をずらした。
ゾロが自分を見下ろしている。
逆光で表情が分からない。
ただ黙って、自分を見つめているようだ。
サンジは座ったまま後ずさった。
ゾロが深く息をついて、踵を返した。
黙ってキッチンを出て行く。
ぱたんと扉が閉まる音を聞き、サンジの肩から力が抜ける。
ほうと、息をついて、まだ震える手で襟元をかき寄せる。



ゾロの熱い手。
たくましい腕。
抗えない力。
なにもかもがエースを思い出させた。
煙草を取り出し、火をつける。
まだ指が震えている。



何もかも包み込むような、大きな優しい手。
傷つけないよう気遣う愛撫。
すべてを委ねて得られたやすらぎ。

正反対なのに、思い出させる。


―――エース・・・

サンジは両手で自分の身体を抱きながら、膝に顔をうずめた。






















「・・・くん、サンジくん」
柔らかな手で揺り動かされて、サンジは目を覚ました。
「サンジ君、大丈夫?」
ナミの大きな瞳が覗き込んでいる。
――ああ、なんて愛らしい瞳。
ぼうっと見蕩れていると、目前のナミの顔がトナカイに摩り替わった。
「サンジ、俺がわかるか?」
ああ、チョッパーの目も可愛いなあ。
「おいおいおいィっちゃってるのか、おーい」
ウソップの顔が近づいて、サンジははっきりと覚醒した。
「―――れ?」
床に座ったまま壁にもたれた状態で、皆に囲まれている。
「・・・俺、このまま寝ちゃったのか」
サンジのつぶやきに、皆の顔がほころんだ。

「なんだあ、寝てたのかよ」
小さな蹄がサンジの手首にあてられる。
「うん、バイタルも正常。頭痛くないか?」
そう言えばちょっと痛い。
「すまん、おれすっかり寝てたんだな。今、朝飯作るから――」
慌てて立ち上がろうとするサンジをナミが制する。
「あーいいのよパンがあるから、適当に切って焼くわ。昨日スープも作っておいてくれたんでしょ。私たちでするから、
 休んでなさい」
「いや、今俺マジで寝てたし――」
ウソップもサンジの肩を叩いて座らせようとする。
「まったくびっくりしたぜ。朝ここ入ったら椅子は倒れてるしノートは散乱してるし、でお前が壁にもたれた動かねーだろ」
「サンジは覚えてないんだろうけど、きっと倒れたんだよ」
優しいみんなの言葉に、サンジは穴があったら入りたかった。
違うんだ、俺マジで寝てたんだ。
あれからいろいろ考えてたはずなのに、そのまま寝ちまうなんて――
「さー座って座って、今ウソップが用意するから」
「って、俺かよおい」

「サンジめしー!」
けたたましくルフィが起きてきた。
その後ろには、ゾロの姿もある。
どきりとサンジの胸が鳴った。
「あれ?飯は?」
きょろきょろするルフィをナミが椅子に座らせる。
「今ウソップが用意するから待ってなさい」
「今朝サンジ倒れてたんだ。少し休ませた方がいい」
「何、ほんとかサンジ!」
どうしよう、どんどん話が大きくなってくる。

「とりあえず出来たぞ、席につけ」
ウソップの号令で朝食をとり始める。
「あら、結構おいしいわ、このサラダ」
「おう、ちぎっただけだけどな」
「ドレッシングがうまいんだよ」
賑やかな食卓で、ゾロとサンジだけが無言だった。

――久しぶりに色々考えたつもりだったのに、寝てたんだな俺。
スープを覗き込んだままサンジの手が止まる。
冷静になって考えると、どうしても結論は一つしかなかった。
つまり、あいつと俺は元からそういう関係だったってこと。
今更確かめようもないけどよ。
他の奴らに俺とあいつってそうなのか?なんて聞けねえし。
もしそうだとすると、多分俺は最低最悪のことを口走ったに違いない。
大変な状況になったという自覚はあるが、どこか他人事の自分がいる。

――だって、どうしたって・・・俺が好きなのはエースだもんよ。
目が自然にルフィに向く。
そういや、どっか似てるよな。
あの座った時の腕の開き具合とか、喰いっぷりとか・・・
でもエースはよく食ってる最中に寝たよな。

どうしたって頭はそっちに行く。
思い出すのは、傷ついたあいつの顔じゃない、エースの顔だ。
殆ど食事をとらずにルフィに熱い視線を送りつづけるサンジを無視して、ゾロはさっさと食事を終えてキッチンを出た。








昨夜はよく眠れなかった。
今も眠いとは思わない。
ただ鍛錬する気にもならず、見張り台に登る。
考えてみれば、所詮サンジはただのバカな男だ。
口も足癖も悪い凶暴で手に負えないアホ。
女とみれば鼻の下を伸ばし、だらしなく媚を売る。
自分が知る中で最低最悪の部類に入る野郎。
本来なら視線の端も引っかからない、かぼちゃかナスだ。
最も軽蔑に値する。
それがこの1ヶ月というもの、あの阿呆のことで頭の中が一杯だった。
どうかしている。
俺の目標は世界一の剣士。
鷹の目のミホークを倒し、無敵となること。
それはくいなへの誓いであり、自分自身の夢。
尻軽男に心を乱されてる場合ではない。
忘れてしまえ、あんな性悪猫。

邪念を払い、閉じていた目をゆっくりと開ける。
目線の先の水平線遠くに島影が見えた。
それが島ではなく、海賊船だということは直ぐにわかった。

「敵襲だ!」










ゾロの声に全員が立ち上がった。
ばたばたと外に駆け出す。
がくんと船が揺れて、振動が響いた。
打ち込まれた大砲の弾が届かずに近くに着水したのだ。
敵船はもの凄いスピードで近づいている。
「応戦するぞ!」
叫んで飛び上がったルフィの体が巨大化する。
「なんだありゃ」
見る見る膨れて巨大な風船のようになった腹に、弾が跳ね返っていった。
「すげー」
あっけにとられているサンジを尻目に、それぞれ自分の持ち場に散っている。
接近した海賊船から、わらわらと船員達が飛び移ってきた。
もの凄い数だ。マストから飛び降りたゾロが応戦する。
1本を口にくわえ、両手にそれぞれ刀を持って、まるで舞うようになぎ払っている。
取り囲んでいた男達は竜巻に巻き込まれたかのように、吹き飛ばされた。

――なんなんだあいつ。
とんでもねえ強さだ。
何で3本も腰に下げてるのかと思ってたが、こういう使い方だったのか。
ゾロの動きに見蕩れていたら、後ろから切りかかられた。
体が勝手に避ける。銃で撃たれ、切りかかられても、ひょいひょいかわす。
体が覚えてんだな。
つまり俺も、コックだけど戦闘員なわけだ。
ところで、俺のエモノはなんだよ。
手ぶらじゃ闘えねえだろ、武器はなんだ?
「ゴムゴムの斧!」
凄い音がして長い長い足が敵船を砕いた。
ルフィだ。
あれはあれでものすげえ。
ウソップが大砲で地道に弾を打ち込んでいる。
チョッパーは泣きながらいろんな形に変化して逃げ回っている。
なんか、すげー。
――あれ?ナミさんは・・・
いつの間に移ったのか、海賊船のキャビンから大きな袋を下げて出てくるナミの姿があった。
たちまち見つけられて刀を突きつけられている。
「あぶねえ」
頭より先に体が動く。
気が付いたら男を2、3人蹴り倒していた。
「サンジ君!」
ナミを背にかばって身構える。
―――ああこの感じだ。
気分が高揚する。
口元が緩む。
楽しいといったら、語弊があるだろうが、こんな気持ちは久しぶりだ。

「ナミさん、下がってて」
一斉に襲い掛かる奴らを足だけでなぎ倒す。
床に両手をついて回転すると、一度に多くが吹き飛んだ。
ああ、そうか。
これが俺の戦いか。
踵落としを決めて息を整えた。
こう数が多くちゃ、きりがねえ。
「まだ使いモンにはなるんだな」
冷たい声が聞こえた。意外に近くにゾロが立っていた。
敵と睨み合いながらサンジに背を向けて構えている。
「エースに守られて腑抜けたかと思ったぜ」
サンジの顔に朱が走る。
「エースは俺を守ってたわけじゃねえ!」
怒りに駆られて吐き捨てるように口走る。
「俺から船の秩序を守ってただけだ」

周りを囲んでいた海賊共がいっせいに切りかかってきた。
ゾロと背中合わせで闘う。
知らないのに、ゾロの間合いがわかる。
3本の刀の動きに合わせて、それを避けながら敵を倒す術をサンジは知っている。
後ろにゾロがいるという安心感。
―――これが仲間かよ。
死と隣り合わせの状況なのに、この満ち足りた気持ちは何だ?

「たーおれーるぞー」
どこかからルフィの間延びした声が聞こえる。
振り向いてびっくりした。
敵船のマストがこっちの方向に倒れてくる。
―――やべえ!
こともあろうに直撃だ。
ナミをかばって身を伏せる。
衝撃に備えて身を硬くする、が何も起こらない。
一呼吸置いて、かんと頭に何かぶつかった。
そろそろと顔を上げると、自分の真上に倒れるはずだったマストが、真っ二つに割れている。
「ずらかるぞ」
傍らに立ったゾロが刀をしまい、サンジの腕からナミを引きずり出して船に飛び移った。
サンジもそれに続く。
小さなかけらが当たっただけなのに、頭がひどく痛い。
マストを失った海賊船は這這の体で逃げていく。







「ったく、通りすがりに喧嘩吹っかけるたあ、ふてえ船だ」
急に元気になって声を張り上げるウソップ。
「海賊ってそんなもんだろ」
ちげえねえと笑っている。
「ナミ、てめえやけに重てえな」
ゾロの言葉にナミがにやりと笑った。
「どさくさにまぎれて、火事場の何とかよ」
大事そうに抱えた袋の中には、宝石類が・・・
「抜けめないなー」
「これで当分、生活費には困らないわ」
「さすがナミだ」
呆れた顔と感歎の声の中、サンジの目の前がぐるぐると廻る。

「素敵だ、ナミさん。素晴らしい」
うつろな声で賛辞を繰り返す。
足元がふらつく。
まだ船は揺れているのか。
「サンジ?」
壁にぶつかるようにもたれたサンジに、チョッパーが気付く。
「ったく・・・ひでー嵐だ」
言って、サンジは昏倒した。












深い眠りについたまま、とうとうサンジは夜まで目を覚まさなかった。
船の修理も食事の準備にも役に立たないゾロは、必然的にサンジのお守をさせられている。
さっきのさっきまでもう係わり合いになるまいと決めた男の寝顔を眺めながら、ゾロは諦めに似た境地にいた。

どうあがいても長い付き合いになるんだ。
自制心でどこまで耐えられるかわからないが、タガが外れたらやっちまえばいい。
こいつが誰に惚れてようが、知ったことか。
開き直ればこっちのものである。
あれとこれとは違う人間だ。
なら、こいつともう一度付き合い直すのも、悪かねえ。

突然、サンジの自分の頭をがしがしと撫でだした。
ううーと唸っている。
目を開いてあちこち見て、ゾロに目を合わせた。

「ゾロー、飲み過ぎた」
違うだろ。
突っ込みを入れる前にまた頭を抱えている。
「あったまいてー、気持ちわりー・・・」
ゆるゆると身を起こし、だるそうに腕を伸ばす。
「そこの水、とってくれ」

――なんか変だ。
「こら、聞こえねーのかクソ腹巻」
こいつ――
「素敵眉毛」
「ンだとこらぁ」
顔をしかめたまま、凶悪な面でねめ上げる。
「エロコック」
「バカにしてんのかてめえ、あー頭いて−・・・」
サンジだ。
サンジだサンジだサンジだ。
あれほど焦がれた大バカ野郎が今、目の前にいる。

「・・・おい、煙草どこだ」
間抜けた面してちょろちょろしてやがる。
「こら聞いてるか筋肉だるま、水か煙草だ」
正面向いたサンジの身体ごと力一杯抱きしめる。
「ってなんだあー」
うろたえるサンジの背中と頭を撫で摩る。
後頭部をがっしり掴んで、顔が触れ合うほど近づいて見つめた。
ゾロの瞳があまりに真剣で、サンジは声を出せない。



「―――よく、帰ってきた」
喉の奥から搾り出すような声で言い、ゾロが口付ける。
首を傾げて深く合わせて、歯の間から舌を滑り込ませる。
サンジの乾いた口内を、舌で湿らせていく。
「・・・ふ――」
時折唇の間から吐息が漏れるが、サンジは拒絶しない。
ゆっくりと身体が弛緩していく。

キスを交わしながら性急に身体をまさぐる。
シャツの下から滑るゾロの手をやんわりと押し留めて、サンジはようやく離れた唇から言葉を発する。
「とうとう頭沸いたか?マリモヘッド」
かまわず、たくし上げたシャツの下の小さな突起に舌を這わす。
「何、がっついてんだ。夕べやったとこだろうが」
サンジの言葉に頭を上げた。
「俺にとっちゃ、一月以上ぶりだ!」
有無を言わさず首筋にむしゃぶりついた。



シャツのボタンをちぎって胸をはだけ、ベルトを外す。
鎖骨をきつく吸い上げて、乳首を指で摘まむ。
「ちょ・・・ゾロ・・・」
ズボンをずり下げ、胸に舌を這わせながら立ち上がりかけたサンジ自身を揉みはじめた。
指に唾をつけて、後ろも刺激する。
サンジの身体がびくびくと跳ねて、力を抜こうと息を吐いている。
「・・・なんか、俺も――溜まってんのか?」
上気して反応する自分の身体にサンジ自身が驚いている。
乱暴に指の抜き差しを繰り返すゾロの手に縋りつく。
「―――いつもより、乱暴じゃねえか」
抗議の声に眉をしかめる。
てめえ、誰と比べてる?

サンジの衣服をすべて剥ぎ取って身体を開かせる。
「俺は、いつもこうだ」
まだ慣らされきっていないソコに己をあてがい、先走りの汁を塗りつける。
「――ゾ・・・ロ」
青褪めるサンジの顔を見つめながら、ゾロは身体を進めた。
脱がせたシャツをサンジの口に当て、悲鳴を吸い込ませる。
それでも漏れる吐息と声が聞きたくて、突き上げながらシャツを噛むサンジの唇に耳を寄せる。
「・・・ロ――って・・・」
苦しげに歪められた顔にキスを降らせ、何度も突き上げる。
噛ませていたシャツを取ってサンジの頭を抱える。
耳元にうなされたような声が届く。

「――ゾロ」
俺だ。
「ゾロ・・・」
俺だ。
もっと俺の名を呼べ。
俺の名だけを呼んでくれ。
眦に涙の浮かんだサンジの瞳は、ゾロを捉えている。
俺だけを見て。
俺だけを感じろ。
激しく陵辱しながら、ゾロは長い長いキスをした。












海賊からぶん取ったお宝を換金しに、島に寄った。
食糧庫にはろくな在庫がなかったので買い出しも兼ねている。
サンジは久しぶりの上陸で嬉しそうだ。
一月以上記憶を失っていたにしては、順応が早い。
説明を受けてもにわかには信じられないようだったが、カレンダーを見てなんとか納得していた。

皆も多くは語らない。
それでも時折、あの大ボケサンジを懐かしんで、からかったりしている。
それだけだ。
何も変わらない。





目が覚めたサンジにボコられたゾロは、顔に青痣をつけたまま黙って付き従っている。
勿論、買い出しの荷物持ちだ。
賑やかな通りを二人で歩く。
「大体てめーには説明能力ってエのはないのか。問答無用でがしがしやるだけしか能がねえなんざ、サル以下じゃねえか」
まだサンジは怒っている。
大好きな市場に来ているから、機嫌はいい筈なのに、口は勝手にぶつぶつ文句を呟いている。
「訳もわからず好き放題されたこっちの身にもなれってんだ」
怒ってはいるようだが、口を利いてくれてるだけましなんだろう。
ゾロも言いたいことは山ほどあったが、あえて黙っていた。
様々な人種の行き交う広場をまっすぐにサンジが歩く。

金髪の後頭部を見ながら、あの大海原でもう一度会えたんだから、それでいいじゃねえかと納得するゾロがいる。





「エース!」
サンジの声に、ゾロが弾かれたように振り向いた。
行過ぎた人の中に、ゆっくりと振り向く黒髪の男がいた。
「よお」
口の片端を上げて、微笑む。
「久しぶり、アラバスタ以来だな」
サンジの声に屈託はない。
「そうだな」
穏かなエースの声。
ゾロは目だけで挨拶した。
「ちょうどいい、これから飯作るんだ、エースも寄ってけよ。船はすぐ近くだ」
サンジの誘いをエースはやんわり断った。
「そうしてえのは山々だが、俺も急いでる身だ」
「まだ黒ひげ追ってんのか」
「ああ、この島にはもういねえらしい」
またな、と軽く言ってエースは踵を返した。

「ルフィに会っていきゃあいいのになあ」
エースの後姿を見送るサンジの肩に手をかけた。
「ンだよ」
むっとして離れようとするのを力をこめて引き寄せる。
「あほ、人が見てんだろ」
「うっせえ、誰も見てねえよ」
肩を抱いたまま先を急がせるゾロの向う脛を、サンジは力一杯蹴った。














港から潮風が強く吹きつける。
波間に漂う船の影に、あの日の言葉が甦る。



―――エースが好きだ。

―――離れたくねえ。

―――傍にいてえ。



真っ直ぐに俺を見て、縋りついた指。
ひたむきな激しさと不安に揺れた瞳。
あの日交わした約束。

お前が忘れても、俺が覚えててやる。
何度でも思い出す。

あの時確かに、お前は俺を愛していた。
俺はお前を愛していた。




―――好きだ。

耳に残る言葉だけが風に乗って海へ逝く。

いつまでも覚えててやる。
何度でも思い出そう。






それが―――

――逝ってしまったお前へのレクイエム。



                          end