強がりなキス
草木も眠る丑三つ時。
それは快適な湿度に包まれてぽっと花開いた。
光の射さぬ暗闇で密やかに咲く白い花は、やがて花弁を震わせて音もなく萎れていった。
空中に大量の花粉を残して。

そして翌朝―――――









いつも、人より早起きな筈のサンジは、何故か中々起きることができなかった。
起きるというか起き上がるというか。
身体が、動かない。
その合間にうつらうつらと奇妙な夢ばかり見る。
巨大なクモの巣に引っ掛かって身動きが取れなかったり、海賊に捕らわれて簀巻きにされていたり、
クソ馬鹿力の寝腐れマリモにがっつりホールドされていたり・・・
そんな苦しい夢ばかり見て、それでもようやく目を覚ましはしたが、やはり身体が動かしにくい。
―――なんだ?
指先が動くのを確認して、そっと右腕を上げる。
何かに引っ掛かりながらもなんとか視界に入った腕には、丸窓から差し込む朝日を跳ね返して光る何かが
絡み付いていた。



「なんだこりゃーーーーーっ」


サンジの叫び声に男部屋にいたほぼ全員が目を覚ました。
ほぼ、なのは約1名微動だにせず眠りこけているからだ。

「なんだあ、うわ!いてててっ」
悲鳴を上げたのはウソップだ。
目を擦ろうとしてひどい痛みに飛び上がっている。
「んあ?なに?っ・・・おおお重い!!」
サンジはなんとか身体を起こして、痛てえ痛てえとうめくウソップに目をやって、びっくりした。
・・・ウソップの両手が物凄いことになっている。
その下のソファには、見たこともない生き物がもがいていて・・・

「チョッパー?」
思わず疑問符付きで名を呼べば、チョッパーもどきはぐらぐらと揺れながらなんとか顔を上げて、
涙目でサンジに向かって目を見張る。
「・・・サンジ?」
チョッパーのピンクの帽子からは、いつも見慣れているそれとは違う実に立派で雄々しい、いくつもに
枝分かれした巨大な角が生えていた。











「一体これは何事なの?」
なにかとアクシデントにはことかかない船旅ではあるが、今回のこれはまた一団と唐突で理解不能だ。
ナミは腰に手を当てて、仁王立ちのまま目の前にずらりとならんだ男たちを見渡した。
身体に不釣合いなほど巨大な角を生やしたチョッパー。
その隣には両手の爪が異常に伸びてとんでもないことになっているウソップ。
そしてその隣には、なぜか下半身が真っ黒な毛で覆われアフロ状態になっているルフィ。
そして・・・これでもかと言うほど髪が伸びて床の上にまで金の渦を巻いているサンジ。

「どうやら原因はこれのようね」
ラウンジの扉を開けて入って来たロビンの手には、緑色の腹巻が乗せられている。
「なあに、これ」
えらくくたびれた感じの腹巻に、鼻を摘まみながら覗いたナミはあら?と首を傾げた。
「花?」
まるで腹巻に根を下ろしたかのように一輪の花が萎れていた。
テーブルから生えた腕が器用に辞典を捲り指を指す。
「ほら、これがそうだと思うわ。学名ポンティロッサ、俗名ノビスギソウ」
「・・・まんまじゃん」
「セントーレ島・・・この間寄港したところね、に自生する野草で、低温多湿、暗所を好み真夜中に
 花開いて明け方には萎れてしまう一夜草らしいわ。エア・プランツの仲間で土は必要ないみたい。
 種が剣士さんの腹巻についてきちゃったのかもしれないわね」
薄汚れてくたりとなった腹巻は脱ぎっぱなしでもう何日も放置されていた感じがする。
きっと男部屋の片隅で密かに成長していたのだろう。

「それでなんで、伸びすぎなの?」
「どういう作用か不明だけれど、この花の花紛を吸い込むと人体の一部が急成長するらしいわ。
 ただそれだけで特に後遺症はないのだけれど、島の群生地では結構被害報告が上がってるみたい」
「なるほどね」
ナミは改めて男たちを見渡した。
ウソップの両手指の爪は見事なまでに伸び曲がり、グロテスクな状態になっている。
顔も傷だらけなのは、寝ぼけて引っ掻いてしまったからだ。
チョッパーの頭には雄々しくも立派な角が小さな頭に酷なほど枝分かれして生えてしまっている。
あまりの重さに顔を上げていられないくらいだ。
そして何故かルフィの下半身はアフロ。
その隣で悄然とうな垂れるサンジの足元には、長く垂れた金髪が渦を巻いて床の上に広がっている。

「ウソップは爪、チョッパーは角、ルフィが・・・毛?そしてサンジ君が髪の毛ね」
まあ見事だこと、と淡々と感心されてサンジはなんとなく身をちぢこませた。
何故か息苦しくて中々起きられないと思っていたら、どうやら眠っている間に伸びた自分の髪で
雁字搦めになっていたようだ。
「で、これはどうしたらいいのかしら」
「切るしかないようね」
あっさりとそう言ってロビンは爪切りを取り出した。




とりあえず一番不便そうなウソップの手をなんとかする。
「こういうのはゾロにすぱすぱってやって貰っちゃった方が早いんじゃないかしら…って、
 あの馬鹿いつまで寝てる気よ」
くねくねと変形している爪に悪戦苦闘しながらナミが悪態を吐く。
「彼はまだ部屋で寝ているのね。ふふ、どこが伸びちゃったのかしら」
呑気に言いながらも、手は慎重にチョッパーの角を剪定している。
いくらまた生えてくるとは言え、みっともない形にしてしまっては可哀相だ。
「しっかし人間、限界まで爪を伸ばすとこうなるってえいい見本だな。俺の村にゃあ、突然尾てい骨が
 伸びたじいさんがいたがーそのうち毛が生えて思うとおりに動かせるようになって、しまいにゃあ
 尻尾を使って木から木へと・・・」
「ええ、そりゃすげえな」
「便利だなー」
ホラ話に感心しているチョッパーの隣で、サンジは鬱陶しそうに前髪を掻き上げ煙草に火をつけた。
「俺も早いとこお願いしますー。なんせ髪が邪魔で朝飯の準備もできねえ」
「サンジ君はだめ」
「へ?」
やけにきっぱりと拒否された。
「だってそんな見事な髪・・・島についたら売れるじゃない」
にんまりと口端を上げるナミの笑顔はサンジ以外には悪魔の微笑みに見えた。
「ええ、そんなあ〜っ、だってすごい邪魔なんっすよ」
「だめったらダメ。地毛なのよ。しかも生えたてでつるぴかしてんのよ。売らない手はないじゃない。
 後でちゃんとまとめてあげるから、あ、煙草の火も気をつけてね」
「ナミ、俺の毛は切ってくれんのか」
サンジの隣に座る、ルフィの腰から下はあぐらをかいているかどうかも確認できないくらい毛に覆われていた。
「ええ勿論・・・ってあんたのそれ、何?脛毛?」
「いんやチン毛、これも売れっかな」
「売れるわけないでしょ、この馬鹿!!!!」
クリマタクトが炸裂し、ルフィはラウンジの扉を壊して甲板まで吹き飛んでしまった。


「んだあ。今なんか黒いのが飛んでったぞ」
入れ替わりに入って来たゾロは呑気に頭を掻きながらルフィを見送っている。
「ゾロ、あんた大丈夫なの?」
ナミの声に振り向いたゾロの顔を見て、全員ひゃああ〜と情けない声を出した。
ゾロの口元からは、異常成長した犬歯がそれは見事ににょっきりとはみ出していたから。









「ったく、まだちょっと気色悪いな」
「ガタガタ抜かすな。元はといえばぜんっぶてめえのせいだ」
ウソップとチョッパーの二人がかりで削られた歯を、ゾロはしきりに指で触っている。
「飯食ってるうちに馴染んでくっか」
舌で歯先をぺろりと舐めて、甲板に腰を下ろした。
「はっ、てめえはいいよな。削りゃあ終いだ。それに比べて俺はもう、邪魔で邪魔で・・・」
「切ればいいじゃねえか」
「ナミさんのお許しが出ないんだよ!」
ナミとロビンの二人掛かりで三つ編され結い上げられた髪は、頭上に高々ととぐろを巻いている。
ルフィにはあからさまに黄金のウンコだ!と言い切られる始末だ。

「お前、なんかぐらぐらしてっぞ」
「重いんだよめちゃくちゃ。髪ってのも馬鹿にならねえ」
天気がいいから甲板でイモの皮剥きなどしているのだが、いかんせん頭が重くて物凄く肩が凝る。
「明日にゃあ次の島に着くっつてったろ、暫くの辛抱だ」
「クソ、他人事だと思いやがって」
さて鍛錬に取り掛かろうと思うゾロだが、なんだか側で心許なくぐらぐらしているサンジの頭が
気になって仕方がない。
そっと横目で見れば、剥き出しの襟足は白くて細い。
思わず掌を添えてしまった。
「って、なんだっ」
「じっとしてろ、ほんとに折れそうだな。てめえの首は」
鍛錬が足らねえんじゃねえかと続けたかったが、別に鍛錬してもっと太い首になって貰いたくも
ないから言わなかった。
「気安くさわんな!」
「こうやってっと、ちったあ楽だろうが。無理すっと頚椎傷めるぞ」
そう言われては、邪険に手を払うこともできない。
確かにゾロにのでかい手で首の後を支えられると、かなり楽になった気がする。
けど昼下がりの甲板で男が二人並んで座り、しかも肩寄せ合って支えられてる図ってのは客観的に見て
どうかと思う。
なにより、今朝からサンジを見るゾロの目つきが微妙に違う。
元々金髪フェチの気があったのだろうが、妙にぎらぎらと輝いているのだ。

添えられた親指がゆっくりと後れ毛を撫でた。
びくんとサンジが首を竦める。
「・・・てめ、よせよ」
「なにがだ」
「惚けんな、やっぱ触るんじゃねっ」
皮を剥く手元が狂いそうだ。
「生っちろい襟足もエロいが、この髪を下ろしたとこも、もう一度見てえな」
「なに言いやがる、ってえかエロいってなんだ。この金髪フェチ野郎っ」
首をぐらぐらさせながら横にずれた。
ゾロも胡座をかいたままずずいとずれる。
「こっちくんな。つうか寄るな、触るな。へんないじり方すんな〜〜〜」
「じっとしてろ」
いつの間にか隅の日陰のところまで追い詰められて、殆どゾロの腕に抱え込まれていた。
結われた髪を辿るように撫でられて、首元に口付けられる。
「朝、てめえを見たときゃさすがに驚いたぜ。光の渦ん中にいんのかと思った」
「・・・バカやろ…てめ、昼間っから」
「黙ってろって」
顎の下から頬へとなぞり、唇を捕らえる。
いつもよりしっとりと口付けられて、サンジは抗う手を止めてしまった。

やはり削りきれていないのか、いつもと違う感触でゾロの歯が当る。
ザラザラした舌触りが気になって、ついサンジから舐めてしまった。
ちゅ、と音を立ててゾロが唇を離す。
「な、ちょっと違和感があるだろ」
「ん・・・」
笑うゾロの口元で、白い犬歯が光って覗く。
「まあ、てめえとこうしてりゃすぐに馴染むだろ」
「・・・阿呆」
再び唇を合わせて、今度は強く吸われた。
熱い舌が口内を舐めまわし舌根まで絡め取る。
「ふ・・・う・・・」
甘い吐息を漏らすサンジの頭を抱えて、ゾロは髪に指を差し入れぐしゃぐしゃと掻き乱した。
その動きにまた情欲を煽られる。
サンジの手がおずおずとゾロの背に回ったとき、よく通る声が響いた。

「サンジくーん!どこー!?」




「はあいナミさん!こちらでえす!」
殆ど条件反射で応えたサンジは覆い被さってきたゾロを蹴り倒し立ち上がった。
こんな時の動きは、いつもの数倍機敏だ。
「サンジ君、早くうっ」
「はあい、ただいま!」
「ちょっと待ておい!」
追い縋るゾロに後蹴りをかまして甲板に飛び出すと、みかん畑からナミが腕を組んで困ったように
見下ろしていた。

「・・・やっぱりね。サンジ君、ちょっといらっしゃい」
ちょいちょいと手招きされて、猫のように足元に駆け寄った。
「だめじゃないのサンジ君。こんなに髪を乱して。私達があんなに一生懸命結ったのに」
「ああ、すみませんナミさん!」
ナミはサンジの乱れた髪を撫で付けると、きっとゾロを振り返った。
「ゾロ、今夜一晩・・・いいえ明日サンジ君が無事髪を売るまで接触禁止よ!」
「ああ?」
ゾロは凶悪な顔で睨み返した。
「あんたなんかに好き放題にされて、サンジ君の髪が傷んだり切れたりしたら値が下がるでしょ!
 一晩くらい我慢しなさい!」
一晩くらいと言われても、ゾロは納得できない。
なんせ今日はサンジの誕生日なのだから。

誕生日にかこつけてたっぷりサービスしてやろうと思っていたのだ。
たかが髪が伸びたくらいでなんでナミに指図されなければならないのか。


「サンジ君も、頭が重いから料理も結構きついでしょ。今日はパーティはなしにしましょ。明日、
 陸でゆっくりお祝いするから」
そう言われてはサンジもそれ以上異存はない。
元々自分の為のパーティにそれほど力を入れる気はなかったし、正直この頭でぐらぐらふらふら
するのは辛かった。
「お前なあ。いくら日をずらして祝うっつったって、本来の誕生日ってのは今日この時だぞ。
 記念すべき20歳の誕生日は今日限りしかねえんだ。それを明日に伸ばすたあ随分酷じゃねえか」
いつになくしつこく詭弁を弄するゾロに、ナミもサンジも呆気に取られる。
ただし、サンジにはゾロの魂胆はわかっていた。
ただ単に長髪の自分にちょっかい出したいだけなのだ、この金髪フェチは。

「わかりました。ナミさんの仰るとおり大事にしますよv」
馴れ馴れしく自分の肩に手をやるゾロを蹴り倒して、サンジはにっこりと笑った。












サンジの誕生パーティは明日に持ち越し。
そして今夜一晩髪を大事にして過ごしてもらう…という訳で、サンジは急遽見張り番になった。
なるほど見張り台で一夜を過ごせば誰もサンジの髪には引っ掛からない。
マストにはウソップ特製のネズミ返しならぬゾロ返しが仕掛けられていて、ゾロだけでなくルフィでさえも
上までは登れない構造になっていた。

幸い初夏島海域で、暑過ぎもせず寒くもない。
風は適度に吹いて心地よく、晴れた夜空には満天の星が輝いている。
絶好の見張り番日和だよな――――
サンジは煙草を吹かしながら、ぼうと星の数を数えていた。



誕生日に一人で見張りなんて…可愛そうだなんて自分でも思わない。
別に祝わないと言ってるわけじゃない。
明日、ゆっくり陸で祝ってもらえるんだ。
ただ1日延びただけのこと。
それに誕生日とは言うものの、本当に今日がサンジの生まれた日だなんて確率は365分の1だ。
名前が「サンジ」だったから3月2日になった。
それだけだ。
だから、別に全然寂しくない。
こうして空と海に抱かれながら降る星を眺めて過ごせるなんて、幸福な夜じゃあないか。
そう思ってサンジは一人でにししと笑った。

本当は―――
自分の生まれた日は好きな人と二人っきりで過ごしたい。
なんて甘い夢を持っていなかった訳じゃない。
誕生日を3月2日と定められた時から、いつかこの日を愛する人と二人っきりで過ごせるようになるんだと、
幼い自分は密かに夢見ていた。
バラティエにいた時は必然的にゼフと過ごしていたからカウントには入っていない。
GM号に乗り込んで旅を始めた当初はナミと過ごすつもりで自分の誕生日の祝い方を色々と計画して
みたりしたものだ。
それが…どう言う訳か、二人っきりで過ごしたい大切な人がナミではなくなってしまっていた。
しかも美しくも優しくも可愛くもない、むくつけき筋肉ダルマに。

ありゃ失敗だ。
サンジは無意識に髪を掻き毟ろうとして、やめた。
頭が重い。
未来の誕生日の過ごし方を夢見ていた幼い自分が、もし今の俺を見たらどれほど絶望するだろう。
今この瞬間、20歳を迎える時に側にいて欲しいのが緑腹巻だなんて。
腐るにも程がある。

穏やかな波に揺れる見張り台の上で、サンジの気分は上昇と下降を繰り返しながらさっきから堂々巡りを
続けていた。




「おい」

風に紛れて低い声が耳に届く。
とくんと小さく高鳴った心臓は、明らかに喜んでいた。
ナミに釘を刺されても、近寄れないように細工をされても来てくれたゾロに。
嬉しいと、そう思えてしまった自分にまた一人臍を噛む。

「寝てんのか」
失礼な言葉に顔だけ覗かせてサンジは悪態を吐いた。
「見張りが寝るか、てめえじゃあるまいし」

はるか上空にサンジの顔を認めて、ゾロは腕を組みながらにかりと笑った。
それからどかりとマストに凭れて胡坐をかく。

「おい?」
戸惑ったサンジの声に、ゾロは上を見上げて手を伸ばした。
「せめて、てめえの髪を寄越せ」
「・・・」
一呼吸置いてから、サンジは妙に気恥ずかしくなった。
ゾロが髪を寄越せと言う。
この場合長く三つ編みに編んだ一房を下に下ろせってことだよな。
・・・まるで御伽話みたいに。

「なに考えてやがる、この金髪フェチ!!」
照れ隠しに言い返した。
未来の大剣豪が男に髪を強請るなんて、寒いにも程がある。
「てめえに触れられねえんなら、せめて髪を寄越せってんだ。誕生日を一人で過ごす気かよ」
またしても胸がときめいてしまった。
ゾロが、人の誕生日に拘るなんて思いも寄らなかったけど・・・
少しは気にしてくれてるって事か。

サンジはそれ以上言い返すこともしないで、黙って、髪を一房下に下ろした。
編まれていても結構な長さのあるそれは、下で座るゾロの元に届いたようだ。
つんつん、と2度ほど合図のように軽く引っ張られて、じっと止まったかと思うと微妙に動く気配がする。
「・・・なに、してんだ。」
「・・・」
答えないゾロを見下ろすと、あろうことがゾロはサンジの髪を口元に当てて目を閉じている。
「・・・て、ててててめっ」
「うっせ、髪にキスするくらい、普通だろ」
うるさそうに言い返すゾロの頬は、夜目にも少々赤黒く見える。
「今夜は、これでてめえを抱いてるつもりにしてやる。そん代わり、明日は覚悟して置けよ」
届くか届かないかくらいの低い声でそう言われて、サンジは見張り台の上で真っ赤になった。
なにか言い返したいが墓穴を掘りそうで何もいえない。
なんて恥ずかしい奴なんだ。
そう思うのに、口元がにやけてしまうのは何故だろう。

「・・・勝手にしてろ、フェチ野郎」
誰も見ていないだろうに、恥ずかしさにそっぽを向いて言い捨てたサンジに応えるように、
また髪が2度引っ張られた。















穏やかに夜は過ぎ、朝日が水平線から顔を覗かせる。
飛来する鳥の数に、島が近いことが分かる。
サンジは軽く伸びをして、まだ暖かいコーヒーを飲み干した。
いい夜だった。
ひとりぼっちで、見張り台で過ごした夜だったけれど。
波は穏やかで風は柔らかく、星は綺麗だった。
なにより一人じゃなかったから―――

そっと下を伺い見ると、ゾロは胡坐をかいた姿勢のまま眠っているようだ。
垂らした一房をつんつんと引っ張ってもよほどガッチリ抱き込んでいるのか外れそうにない。
サンジは自分の髪に引っ掛からないように気をつけてマストから降りた。

もう朝だし、ナミたちも起きてくるだろうし大丈夫だろう。
自分の髪を抱いて眠るマリモ剣士に、キスの一つでもくれてやるかと近付いて、サンジは凍りついた。

腕を組み目を閉じて、口を真一文字に引き結んで眠る剣士の横顔はストイックだ。
だがその僅か下方向、胡坐の中心部にそそり立つモノはなぜか前を寛げられていて、立派な仁王立ち状態で
朝日に向かって伸びている。
しかもそれに幾重にも巻きつけられているのは紛れもない自分の髪の束!



「―――――――――!!」



声にならない叫びが甲板に響き渡った。

「…何事?」
心配で早起きをしていたナミが飛び出してくる。
サンジは慌てて自分の髪を引っ張った。
ばりっべりっと嫌な音をたてて剥がれる。
弾みでゾロも胡坐をかいたままごろんと引っくり返った。

「やだ、ゾロ何やってんのって…ほんとになにやってんの―――――っっ」
「わああダメですナミさん!目が腐りますうううっ!!」
慌ててゾロをそのまま海目掛けて蹴り落とす。
大きく弧を描いて跳んでいったゾロはどぼんと巨大な水柱を上げて遥か彼方に落ちて沈んだ。

「さん、さん、サンジ君!髪はっ髪は無事っ??」
「わああ洗ってきます〜〜〜っ」
自分の髪を掻き集め、サンジは半べそになって駆け出した。
引き剥がした時自分の髪は無事だったようだが、毛先にいくつも緑色の縮れ毛が張り付いている。

海に沈んで数秒後、漸く意識を取り戻したゾロが海面に浮上して波飛沫を上げると、すかさずナミの
クリマタクトが振り落とされた。






上質の蛋白質でパックしたお陰か、サンジの髪は予想以上の高値で売れたそうだ。







                              −END−