正味30分程でゾロは帰ってきた。
今度は軽トラではなくバンだ。
施設から借りてきたらしい。

「車、よかったのか?」
「ああ。これからハウスん中作業して早々に終わるそうだ。で、何してたんだ?」
カウンターを挟んで、ゾロ以外の3人は頭を付き合わせるようにしている。
「日曜日のハロウィン・パーティの準備。メニュー表とかはたしぎちゃんに描いて貰うけど、店内の飾りつけのアイデアだ」
サンジは顔を上げて、ご苦労さんとゾロの前に熱いコーヒーを置いてやった。
「こんなことなら、なんか材料持ってくりゃあよかったな。遣り甲斐があんぜ」
「手先が器用な奴は、どこででも役立つな」
ゾロは素直に感心して、ウソップの手元を見下ろした。
広告の裏に鉛筆でなにやら書いているが、走り書きでも様になっていて素人目にも上手いとわかる。
「今日は定休日だから、明日ケーキの卸がてら一緒に和々に行くといいなと思ってよ」
「ああ、それはいい」
「すごく可愛らしいお店なんですってね。以前教えていただいてからブログも拝見しているんです」
カヤは顎の下で両手を合わせて微笑んだ。
お嬢様らしい仕草が板についていて実に上品だ。
「ブログを書いてらっしゃる方の語り口調と申しますか、とてもしっかりなさった女性ではないかと思ってたんです。文章に
 誠実さがにじみ出ているみたいで。このメニュー表もその方が描かれたとか、手先が器用な方なんですね」
「描くことは上手いが、器用かと問われると頷けねえな」
「むしろ、破壊神かも・・・」
「サンジが女性にそこまで言うとは、よほどなんだな」
「いやそのう・・・」
「この程度は実は褒め言葉なんだと、お前も会えばすぐにわかる」
首を竦めるウソップの隣で、楽しみですとカヤは目を細めた。
頬を薔薇色に染めて小さくグーを作る姿はとても20代半ばには見えず、あどけない少女のようだ。
背後の、雨に濡れたシモツキの風景がよく似合う。
「カヤちゃん、ずっといたらいいのに」
「カヤだけかよ、俺は?」
「残念ですが週末にはウソップさんのお仕事の打ち合わせが入ってますし、私も試験が一つ」
「試験?カヤちゃんが?」
驚いて目を丸くするサンジに、なぜかウソップの方が誇らしげに胸を張った。
「聞いて驚け、こう見えてカヤは資格マニアなのだ」
「こう見えてって・・・」
不満そうに口を尖らせるカヤの前で、サンジは素直に驚嘆してみせた。
「すげえ、カヤちゃんって勉強好きなの?」
「はい、確かに色々と勉強したり試験を受けるのは好きです。ただ、実地はどれもできてないんですが」
「典型的な資格マニアじゃねえのか?資格取るだけで生かせてね・・・」
最後まで言わせず、サンジはトレイでゾロの頭を叩いた。
「バカ野郎、何事もチャレンジ精神が大事なんだ。しかもたくさん勉強して資格取るってすげえことなんだぞ」
「いいえ、ゾロさんが仰るのはもっともです」
カヤは大学を卒業して以降、一度も就職していない。
ずっと実家暮らしで自主的に勉強三昧だった。
「ですから結婚を機に、お仕事に就きたいと思っております」
新しいお稽古事でも始めるような雰囲気で、サンジならずとも不安になった。
「えーと、大丈夫なのかな。その・・・就職先の目処とか。あ、その試験が週末の?」
「いえ、週末のは違います。地図力検定であまり就職とは関係なくて」
「??そんな検定もあんの?」
「はい、色々ありますよ」
にっこり微笑むカヤの横で、ウソップが身を乗り出した。
「一応メインは医療系だったんだが、どんどん手を広げちまったんだよな。元は理学療法士、保健師、一種養護教諭・・・
 そこから枝葉を広げてダイエット検定、メンタルヘルスマネジメント、アロマセラピスト等、幅が広いぜ」
「すごいなあ」
それなら、どこにでも就職できそうだ。
ゾロは温かいコーヒーを啜りながら、ちらりと横目で見た。
「養護教諭ってことは、保健室の先生か?」
「おうよ」
「いいなあ、カヤちゃんが保健室の先生だなんて。ずっと入り浸っちゃいそうだな」
夢見る目つきになったサンジの前で、ウソップはプリントアウトした紙を取り出す。
「村のHPで、診療所の理学療法士募集してただろ?これに応募したらっつってたんだ」
「・・・え?」
ゾロは一拍遅れてから、手元の紙を覗き込んだ。
「これ、シモツキ診療所だぞ」
「ああ」
「え?カヤちゃんシモツキ診療所を受けるの?」
「はい」
「え?えええ?」
二人して大げさなリアクションに、ウソップは満足そうにクックと喉を鳴らした。
「勿論、受かればの話だけどな。落ちたとしてもまあ、ここいらなら何か仕事見つけられるだろう」
「え、ええ?」
まだ話が掴めず、サンジはカウンターに懐くように状態を下げた。
「なにそれ、もしかしてカヤちゃんこっちに引っ越してくるの?」
「だからなんでカヤだけなんだよ」
ウソップは不満の声を上げた。
「結婚を機に、こっちに移り住みてえって俺が相談してたんだよ。そしたら実際にここまで来て見て、カヤも気に入ったって」
「うそー、マジで?」
うわマジ?マジ?とその場で跳ねそうな勢いでサンジが身体を起こす。
「ウソップもこっちに引っ越すのか?村に住むのか?」
「住めるとこがあったらな」
「あるあるすげえある!しかも空き家活用事業使ったら絶対安く済む。10年以上住めって条件付だけど」
「よほどのことがなかったら、そんくらい以上は住むつもりだぜ」
「マジ?やったー」
カウンター越しに抱きつきそうな勢いで、サンジは手を挙げた。
ゾロも、珍しく頬を高潮させて目を輝かせている。
「こいつじゃねえけど、ほんとかよ?仕事はどうすんだ」
「事務所作って独立するつもりだったんだが、今時どこに住んでたって流通は変わらねえしネット環境さえあれば
 仕事に支障はねえしよ。ここなら自然素材も豊富だし、工房が作れるんじゃねえかと思ってさ」
「ウソップ工房か?」
「最初から30になるまでにどっか田舎に引っ越してえと思ってたんだ。サンジの伝を聞いてゾロん家を訪ねて、
 あん時は日が暮れてから雪ん中でろくに景色もなんも見てなかったけど、実際今日来て見てここもありだなと
 カヤと話してた。わざと車を使わずに電車で来たのも、環境をこの目で見たかったからだ」
わーマジでー?と、サンジの興奮は治まらない。

「本気でホントに、2人でこっちに引っ越してくんの?」
「勿論、道楽のついでみたいな絵本作家だけじゃ食ってけないかもしんねえけど、一応これでも俺ちょっとは人気
 あるしよ。印税もあるし」
「私も働いて少しでもお給金をいただければ、なんとか慎ましくやっていけるのではないかと」
「大丈夫、少なくとも食うもんには困らねえよ。ここなら!」
事務所を構えるつもりだったなら、それなりの予算は確保されているのだろう。
空き家事業を活用すれば工房もすぐにできるし、村の助成金を色々活用するとビックリするほど生活は楽になるはずだ。
詳しくはごんべさんJrに相談すればいい。
田舎の割にでかいディスカウントスーパーがあるから、生活必需品の費用は多分都会ほどかからない。
「ようこそカヤちゃん!めっちゃ大歓迎!」
「だから俺は?!」
サンジは急遽ワインを開けて、改めて2人を歓迎した。





「ここがゾロが請け負ってる田んぼ、あっちからこっちまで」
「広いな〜」
「これでもだいぶ縮小しちまったんだよ。受託できない田んぼが増えたから歯抜け状態で」
「やっぱ広い面積を一気に作業できた方が効率が上がんだろ」
「勿論、全部まとめて委託してくれたらいいのに」
「いっそ畦道潰してえよな」
「農家さんの都合があんだから、無茶言うな」
サンジはバンの中からガイドよろしく案内している。
雨に濡れてあちこちに水溜りができた農道をゆっくり走り、カヤは物珍しそうに窓ガラスに額をくっつけて見入っていた。
「あ、電車が通りますね。1車両って可愛い」
「おもちゃみてえだな」
「夕方になると、2両に増えるぜ」
雨に濡れた風景は、どこに行っても同じようなものだ。
「天気良かったらヒーリングスポットとか、案内するのにな」
「観光はまた、いつでも来るよ」
「本気でここに住むってんなら、これからいろんな手続きやら下見やらでしょっちゅう来ることになるだろ」
「そっかーそうだな」
サンジはしみじみと呟いた。
やっぱりまだ信じられなくて、嬉しさで胸が躍る。

「あ、あれがそうですか?」
山の間に白い建物を見つけ、カヤが声を上げた。
「そう、あれがプチホテル」
「可愛らしいですね」
「ここいらじゃ珍しい、ちょっと都会っぽいホテルだぜ」
サンジの物言いに、またウソップが噴き出した。



「送ってくれてありがとうな」
「礼にはおよばねえよ。つか、ここで暮らすんなら車は必需品だしな」
「路線バスも本数が減って、駅前にタクシーなんか常駐してなかっただろ」
「迎えがなかったら、どうすりゃいいかわかんなかったよ」
「駅でレンタサイクルやってるけど、こんな雨じゃどうしようもないしな」
エントランスに横付けすると、ホテルマンが出てきた。
なるほど都会っぽい。
「今夜は2人でゆっくりしろよ。明日の朝、また迎えに来っから」
「偉そうに言ってっけど、ゾロ様々だぜ。ありがとうよ」
荷物を持って降りたウソップは、カヤと並んで丁重に頭を下げた。
ゾロはなんと反応していいのか分からず、運転席で頬をぽりぽり掻いている。
「また、明日な」
そう言うサンジの目線が、どこか意味有りげだった。
さっき言っていた「相談」をしたいのだろうか。
けれどどうも、雰囲気的にカヤの前ではしたくないらしい。
とは言え、今回ウソップはずっとカヤの傍にいるつもりだし、ゆっくり話を聞いてやることはできないかもしれないなあ。
そんなことを考えながらふと視線を移すと、運転席からゾロもじっとウソップを見ていた。
その目がなんだか、恨みがましい。
――――なに、ゾロも早く相談してえの?
こりゃ参ったなと半笑いで頭を掻きつつ、ウソップは手を振って走り去る車を見送った。





「素敵な方々ですね」
通された部屋の中で落ち着くと、カヤはほうとため息を吐いた。
「男の方お2人で、正直どのような方かと思っておりましたが、とても好ましいお2人でした」
両手を胸の前で合わせ、夢見るように目を閉じる。
ウソップは心底安堵して、ベッドの上に腰を下ろした。
「よかった、カヤに気に入って貰えたのが一番嬉しいよ」
「ウソップさんのお友達ですもの、素敵な方だろうとは思っていました。サンジさんは中学の頃の思い出しかなかった
 んですけど、驚くほど変わっておられなくて。あの頃、ともすれば少し粗暴になりがちな年頃の中にあって、今思うと
 サンジさんは異質でしたわ」
特に大人びている訳ではないが、物腰に子どもらしさがなかった。
無条件に女性を賛辞する姿勢も、普通の男子中学生ではあり得ないことだ。
「今この年代になって、サンジさんの態度はとても自然なものとなっています。素敵な年の取り方をされたのでしょう」
「まあそれは・・・どうかなあ」
苦笑しながらも、確かに当時のサンジは異様だったと思い返さずにはいられない。
そのまま卒業を待たずに消えるように去ってしまったサンジには、同級生の間では触れられたくない負のイメージもついていた。
そのことを、カヤは知らない。

「とても仲が良さそうで、素敵な先輩ですね」
「ああ、まあな」
田舎に移り住む先輩でもあり、おしどり夫婦の模範でもありか。
がしかし―――
「カヤ」
「はい」
いきなり真面目な顔つきになったウソップに、カヤは身体ごと向き直ってこちらも表情を引き締める。
「実は、ゾロとサンジ両方に折り入って相談があると言われた」
こくりと頷いた。
「それがどうも、俺にのみ相談したいものらしい。しかもゾロとサンジは別々に俺に言って来たし、お互いの耳に
 入れたくない話かもしれない」
カヤが黙っているので、先を続ける。
「多分カヤにも聞かせたくない話かもしれん。俺はどうしたらいいだろう」
「それでは、私はどこかで時間を作りましょう」
打てば響くような明快さで答えた。
「私に遠慮せずにご相談に応じられるよう、私は明日連れて行っていただけるという和々さんで、たしぎさんと
 言う方とご一緒させていただきます。お店のお手伝いもしてみたいし。その間にウソップさんはゾロさんや
 サンジさんと、個別に面談なさってはいかがでしょうか」
「いいのか?」
「ええ、それが一番いいと思います」
カヤは気分を害した風でもなく、寧ろ目を輝かせて頷いた。
「そうして相談事を持ち込まれる、頼れるウソップさんが素敵だと思いますもの」
「カヤ・・・」
ウソップは、何事であってもカヤに隠し事をしたくはなかった。
人に知られたくないとゾロやサンジが願ったとしても、このことだけは話が別だ。
カヤの知らない場所でコソコソと動きたくはない。
その為にゾロやサンジを裏切ることになったとしても、後ろめたさは感じても後悔はしないだろう。
だってカヤは、こうやって腹を割って話せばなんだってきっとわかってくれるのだ。
この無駄のない聡明さに、ウソップはいつも感銘を受ける。

「ありがとう、それじゃそうする」
「はい、私で協力できることがあったらなんでも言ってくださいね」
ウソップから見たら、カヤこそが頼もしくて素敵だ。
なんだか愛おしさが胸に迫って、ウソップは向かい合って繋いだ手にきゅっと力を込めた。








野分

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