百千鳥




新しい年度に入り、最初の産直作業のため蘖グループは作業場に集まった。
2トントラックから野菜を丁寧に下ろすスモーカーとゾロ。
魚市場から仕入れた加工品を運ぶコビーと、自家製ハーブとエディブルフラワーのパックを並べるヘルメッポ。
たしぎは宅配の伝票を確認し、サンジは蘖便りとレシピのプリントを組み合わせて針なしホッチキスで止めていく。
研修生が3名参加してカート運びや、宅配用の箱・テープ類を補充する。
その間に、助っ人で参加したウソップは空箱をどんどん組み立てていた。
なにをさせても手際のいい男だ。

「今月は200箱越えちゃうから、相当な分量になるわね」
大変だ〜と言いつつも、たしぎの瞳は輝いている。
実に楽しそうだ。
「正月明けからまた増えたんじゃないか?もう宣伝はしてないだろ」
シモツキの野菜を都会の人にも味わってもらいたくて始めた産直は、最初のうちはなかなか浸透しなかった。
産直自体珍しくもないし、シモツキの知名度も低く、これと言った特産品も目新しい名物もなかった。
それでも地道に直売所に出荷し続け、百貨店でも出店し、レテルニテを中心に年間を通じて収穫ツアーを企画した
結果、一定の固定客がついた。
リピーター率は高く、ささやかながらも口コミで広がって今の数に落ち着いている。
これ以上の出荷数はキャパを超えるので、昨年から積極的な広報活動は行っていない。

各自自分の持ち場に着いて、流れ作業を始めた。
ひたすらせっせと、重いものから順にきっちりと箱に詰めていく。
「最近は“お抱え農家”を求める傾向にあるから、俺らには追い風じゃないか」
「それはそうだが、いつまで続くかな」
普段のんきに構えて見えて割とシニカルなものの見方をするゾロが、キャベツを入れながら鼻で笑う。
全体的にモノの値段が安くなり過ぎて、丹精込めて育てた野菜でも十把一絡・二束三文な値の付け方をされることも
多かったが、最近は身元がはっきりした野菜として買い求められる傾向が出てきた。
安すぎるものは、どんな素材を使ってどこでどう加工されているかわからない。
俄かに食の安全が叫ばれる風潮も伴って、“誰がどこでどのようにして作っている食べ物なのか”に焦点が当てられた。
「レテに足を運んで下さったお客さんとか、収穫ツアーに参加してくださった方は俺らと顔を合わせてますもんねえ」
「お互い一度は顔を合わせていると“知っている人”だから、ああこの人がこの野菜を作ってるんだって親近感持って
もらえると思うの」
「そこが強みだよなー」
もちろんレストランと連携したイベントだけでなく、緑風舎独自のプランが甲を奏している部分はあるのだが、やはり
“食べもの”と直結しているせいか収穫ツアーのリピーター率は特に高い。

「そう言えば、隣町に野菜工場できたってニュースになってましたね」
ブロッコリーを入れながら研究生がふと呟き、手づくりこんにゃくをナイロン袋に詰めるスモーカーがただでさえ悪い
人相をさらに顰めた。
「ああ、完全室内育ての葉物野菜な」
「売れるのかなー」
菜の花を束ねながら、つい否定的になりがちなコビーの口調にサンジが口を挟む。
「でも、それこそ安心安全じゃね?室内で水耕栽培だから虫は付かないし農薬も肥料もいらないし」
「人工光で、ちゃんと育つのかしら」
「葉物だからそれで充分だろ」
「いやいや、栄養の点は・・・」
「水耕栽培の方が栄養の吸収率は高いらしいぞ」
ああだこうだと話しつつも、手はきっちり動いて作業は滞らない。
「確かに、俺らが農薬とか肥料とかにいくら気を付けててもさ、空から化学物質が降ってくるのは止められねえじゃね?
 それらは雨と一緒に地面に染み込むだろうが」
ハーブのパックを箱に入れながら、ヘルメッポがそのままズバリ言ってしまったので、みなの手が一瞬止まってしまった。
おいおいそりゃないだろうとニンジンを揃えつつ、ウソップが心の中で突っ込む。
ヘルメッポはハウス内での栽培が主だから、他のみんなと一線を画しているつもりかもしれない。

「自然界なんて身体に毒なもんもざらにあるんだ。なんもかも排除しないで適度に摂取してた方が、免疫付くだろ」
ゾロの意見に飛びつくように、コビーと研修生達がブンブン頷いている。
「そうですよ、なんでもかんでも殺菌消毒とかするからアレルギーが酷くなるんです」
「人間、耐性が大事だぞ」
「甘やかすと過敏になるか、退化するからな」
「なんでみんな、俺の方向いて言うんだよ」
ブーブーと文句を垂れるヘルメッポを横目で見ながら、サンジは箱の中身を体裁よく整理してプリントを乗せた。
「でもまあ、スモーカーだってパウちゃんの身体のことを思えば下手なもん食べさせられないだろ」
「当たり前だ」
普通にしていても極悪面なのが、眉間に皺を寄せて視線を投げるとまるで睨み付けられているようだ。
「だからさ、パウちゃんに食べさせるつもりで野菜を送り届ければ、それでいいんじゃないかな」
スモーカーの目元が、ふっと和んだ。
「そうですね」
たしぎはテープが曲がらないよう丁寧に梱包して、真新しい箱の角を愛しげに撫でた。
「この野菜が、届け先のたくさんのパウちゃんに美味しく食べてもらえるように。パウちゃん達の身体を強く元気にして
 くれますように」
「そうだな」
「俺たちが安心して食ってるもんだ、お客さんにだって自信を持って届けられるぜ」
よっしゃもうひと頑張り!と意気揚々と作業を続行するヘルメッポ達を横目で見ながら、サンジは大切なお届けものを
慎重に積み上げる。
実際、植物工場なら虫が付いてなくていいよなあと思っていたのは、内緒だ。



「お疲れ様〜」
「集荷何時だっけ?」
「4時、余裕だな」
一作業終えて、みんなは和室に集まりごろりと横になった。
「雨、降らないうちに荷物出せそうでよかったな」
「お疲れ様です〜」
コビーが淹れたコーヒーを順番に回していく。
サンジは事務所の冷蔵庫から、用意していたおやつを運び出した。
「お疲れ、おやつだぞー」
「やったー!」
「これが楽しみで、手伝いに来てんすよ」
「なんだよお前ら」
急に元気になってわらわらと起き上がり、研修生達は狭い和室の中で行儀よく正座した。
「ちょっと時期はずれなんだけどな、来年用にと思って桜餅アイスの試作品」
「桜餅?」
「あー、可愛いピンクっすね」
タッパーから取り出して、小皿に分けて行く。
「本当なら、いまが桜の時期なのに」
「今年は早かったよねえ。すっかり出遅れちゃったから来年メニューでどうだろ」
「うん、美味いぞ。ちゃんと桜餅の味がする」
「香りがいい。それにモチモチ感があって・・・」
「小豆がアクセントになってるな」
「俺は普通のアイスのがいいー」
「はいはい、普通のおやつもあるから文句を言うな」

アイスが全員の腹に収まってから、サンジはもう一つタッパーを取り出した。
「これは豆乳ティラミス」
「・・・なんか最近、健康志向?」
「や、昔からだろ」
「だから俺は、普通のお菓子がいーいー」
「普通だってこれも、美味いってこれも」
「や、普通に美味いぜコレ」
ぎゃーぎゃー騒ぎつつ、どれもぺろりと平らげられた。
月に一度の産直発送も、サンジにとっては楽しいイベントの一つになっている。



End